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2020年11月29日

私とは

私が私である証拠とは?

私であるという意識。私としての連続した記憶。連続した記憶にある私の身体と同じ形状の身体の保持。

私が私であると認識できるのは、形は似ているが私と違う他者と区別出来るということだと思います。
連続した記憶は私が時間という流れの中で一貫性を保っているということではないでしょうか。
連続した記憶にある私の身体と同じ形状の保持とは、昨日の私と今日の私が同じ顔をして同じ身体的特徴を持っていると確認できることではないかと。


人間がが世界でたったひとりしかいなければ私が人間だという意識や私は他者とは違うという意識は生まれようがないと思うのです。

連続した記憶の定義は曖昧ですね。植え付けられた記憶というものを仮定すると、記憶の連続性には意味がなくなるような気がします。
例えば、みんなが好きな少年ジャンプの連載マンガ第1話の場面で物語が始まるとき、登場人物たちはこの世に作者によってはじめて創造されたのに、すでに姿形は完成しており、連続した記憶を持っています。作者が創造主となり、今日このとき少年ジャンプに連載を始めたマンガの世界を完成された姿で創造したと見ることができてしまうのです。

昨日と今日の身体が同一とするのも疑わしいです。
私たちの身体は日々スクラップ&ビルドを行っており、ほぼ1年たてば物質的には入れ替わってしまっています。また、医療が進み、身体の一部または全部が人工物で置き換わった時、昨日の身体との同一性は言えなくなるのでは。

あまり深みにははまりたくないのですが、「私は誰?ここは何処?」ととぼけないで「私は誰か、ここは何処か」と自己を見つめなおす時間を持つのもたまには有効と考えるのです。
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