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2013年05月06日

京都で一度きりの怪奇現象

b.で、どうだったんすか、京都長かったんでしょ、何か見なかったんすか、

a.京都で「蟲」を見たかって?、近所の鈴虫寺、そこは「鈴蟲寺」って書いてあったな、門前の石柱に、

b.やはり住職は「蟲師(ムシシ)」っすか、

a.ウワサでは、年中スズムシを繁殖させる秘伝のワザがあるとかで、なにせ、年中観光客の絶えない寺で、しまいに交通整理のガードマンまで雇ってたから、きっと儲かってるんじゃねえの、

b.自分自身は見なかったんすか、蟲とか幽霊とか、

a.京都の大学で一人暮らしするとき、親から二つだけ注意された、ひとつはどんなに頼まれても借金の保証人になるな、もうひとつは嵯峨野の化野(アダシノ)念仏寺へは行くな、

b.化野念仏寺ってかなり絞り込んだ注意っすねえ、

a.あとで知ったんだけど、この寺で写した写真に霊体があまり多く写り込むんで、いちいち供養して欲しいって写真がたくさん送り返されて、とうとうお寺側が撮影禁止に踏み切ったとか、

b.嵯峨野に散らばってた無縁仏をあつめて供養してるんすね、このお寺、

a.むかしは人里離れたこのあたりに無造作に人々が葬られたんだろう、だから、特に念仏寺あたりは気をつけて行かなかったんだが、人付き合いとかあってなあ、

b.行っちゃったんすか、

a.いや、直接この念仏寺って事じゃなくて、ここから峠を越えた向こうに保津峡って渓谷があるんだけど、そこでキャンプしようって事になったんだ、京都に移り住んで二年目の秋だったか、

b.保津峡といえば毎年必ずと言っていいほど、学生が溺れ死んでます、

a.いや泳ぐ事はなかったんだ、ただ、電車で保津峡まで行って火をおこして料理作って、テント張って寝て、翌朝帰ると、ただそれだけのこと、ただ1人だけ予定が合わなくて原付バイクで遅れて来たんやけど、

b.どうもその遅れてきた1人がやばそうっすね、

a.やっぱりそう思うか、大体そうなんだよな、この日の夜もこれといって変わったことなく、さあそろそろ寝ようかって事になったんやけど、なんか晩飯の量が足りなくてみんな腹減ってきたわけや、

b.そうなると、唯一の機動力は遅れてきた彼の原付バイクか、

a.もう夜も更けて真っ暗なんだけど、じゃあ峠越えて嵯峨野のローソンで買ってくるわって、出かけたのはいいんだが、おそいんだ、帰ってくるのが、

b.事故ったんすか、

a.そうじゃないかって、みんなで心配しはじめたころ、ようやく帰ってきたんだ、ローソンの袋かかえて、でもバイクがない、そんでおびえてるんだ、えらく、

b.とうとう出たんすね、出るべきもんが、

a.「行きはよいよい帰りは怖い」って歌じゃないけど、嵯峨野のローソンで買い物すませたとこまでは良かったんだ、だけど峠にさしかかったところで、突然バイクのエンジンが止まってしまって、ふとバックミラーが明るいんで、後続のクルマかと思って、振り返ったらヒトダマだったんだ、2〜3個光りながらふわふわ浮いてたそうだ、

b.じゃあ、バイクなしで歩いて峠を越えたんすか、

a.いや、たまたま通りかかったヤンキーのクルマを両手広げて無理やり止めて、事情を話して乗っけてもらったそうだ、

b.それもそれで別の意味、恐ろしいっすね、ボコボコにされないで良かった、じゃあこの話はこれでひととおり決着したんすか、

a.いや、続きがあって、翌朝、テントをたたんで、とにかくそのバイクのとこまでいって、もう一度エンジンかかるかやってみようってことになって、4〜5人だったか、全員歩きで峠を越えてバイクのとこまで向かったんだ、

b.かかったんすか、バイクのエンジン、

a.いや、かからなかった、というか何か変なんだ、ハンドルのあたりが、

b.曲がって使い物にならないとか、

a.いや、そういうじゃなくて、見た目まっすぐなんだけど、よく見るとあり得ないくらいねじれちゃってるんだ、ハンドルのまん中部分だけが、まるで、雑巾しぼったみたいに、

b.じゃあ、どこかにぶつけたとかそういう事じゃなくて、

a.そんなハッキリした曲がり方じゃなくて、金属なのに、柔らかいキャラメルみたいにグニャグニャになってるんだ、いったいどういう力が加わったらこんな風にねじ曲がるのか、

b.それに、もしかしてここ、化野念仏寺の近くじゃ、

a.そう寺から百メートルそこら・・・30年京都に住んだけど、自分がこの目でハッキリ見た怪奇現象って、けっきょくこのバイクのハンドルが最初で最後だった、

b.後日談とか無いんすか、

a.その数年後のこと、バイクの彼が北野天満宮の初詣に参ってお賽銭を投げたんやけど、勢い余って、賽銭箱の奥に祭ってある鏡に当てて割っちゃったんだ、

b.そりゃ縁起悪いっすね、よりにもよって鏡に当てるか、

a.その年、自動車の免許を取った彼だが、さっそく交通事故を起こして、お婆さんを死なせてしまった、対向車をよけるため路肩にクルマを寄せたんだが、そこにいたお婆さんに気づくことができなかったそうだ・・・

b.その彼はどうしてるんすか、今、

a.結婚してしあわせに暮らしてるよ、今も京都で、きっともう心配ないさ、

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