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2024年03月31日

『眠虎の民〜ネコノタミ〜』第四章の1


『眠虎の民〜ネコノタミ〜』第四章の保存用のプレ版です。

小説は時間をおいて読み直したときに、表現などを変えようと思うときがあるので、小説サイトなどで完全な完成版として発表するときには少し違うものになるかもしれませんが、大まかな設定などはそのままだと思います。

第三章までは、『エブリスタ』などでお読みいただけます。
興味がおありの方は検索してみてください、


以下、
第四章の1の本文ですが、長いので追記に掲載します。


『眠虎の民〜ネコノタミ〜』

第四章『水の国の転輪聖王(チャクラヴァルティン)』【一】



 朝焼けの海の空は不思議な色をしている。

 紫とピンク、そしてオレンジと水色と深い紺碧の空が、雲の切れ間に液体を流したかのように混在している。
 まるで神様がこれから今日一日の世界を、どんな色に染めようかと迷っているかのようだった。

 しばらくするとその魔法のようにカラフルな空と雲の中心を、限りなく白に近い黄金の光が天に向かって貫きはじめた。やがてその光が扇のように空いっぱいに広がってゆく。
 直視できないほどの輝きで塗り替えられた世界の色はいつの間にか、いつもの見慣れた、通常の色のものに変わっていた。“マジックアワー”の終わりだ。

 これがこの世界独特の美しい現象なのか、自分が元いた世界にも同じようにあったものなのか、スズは知らなかった。

 朝焼けの海の光景など、生身の自分の目で観たことがなかったからだ。
 せいぜいお正月の『初日の出』の映像くらいで、それすらも彼にとっては比較的どうでも良いもので、美しい景色よりも何よりも、眠れるものならもっと眠っていたかった。
 できることなら永遠に、正月だろうと日常だろうと、毎日をただ永遠に眠っていられるのならば、目覚めることなく暖かく心地よい夢の中で過ごしていたかった。

「本当にあの時の自分と今の自分は、同じ自分なんだろうか」

 スズは心の中で、今まで生きてきた時間のすべてが夢の中の出来事だったように感じていた。

 あちらの世界で感じていたことと、今の自分が感じていることが、地続きの同じ世界のものとは思えなかった。
 実際、次元か何かが違う世界に暮らしてはいるのだが。

 ふと空の片隅に目を移すと、小さいが輝きを放つたった一つの星と、紙のように薄く細い月が、うっすらとまだ白く形を残していた。


「スズのために、いちばん良い時間帯で見せてあげたい」

 そんなギンコの提案から、到着した海岸からあえての数時間を過ごして仮眠を取り、半ば強引にかなりの早朝に起こされてのち、この巨大なネコ型キャンピングカー『ハチワレ・ブラック号』の屋上庭園で、スズはこちらの世界の海の景色と潮風を堪能している。

 地球の日本でも海が近くにない県に住んでいた訳では無いが、普通に暮らしていて頻繁に海に出かけられるような生活ではなかった。
『海』というだけでも、夏休みや特別な旅行など、やはり何かそれに近い特別な興奮を感じていた。
 それとも海という存在そのものに、もっと生物的な意味で命が躍動する何かを感じ取っていたのかもしれないが、彼にとっては一人で波の動きを見ているだけでも飽きない、楽しい時間だった。

 ギンコとフーカは基本的に彼の近くに座して談笑しているが、風の国のサーカス団『シルフ』にとっては、この美しい景色ももう何度も通って見慣れたもののようで、その他のメンバーはそれぞれ自室や運転席で自由に過ごしているようだ。

 そんなわけで虹の魔法のような朝焼けの海を堪能したあとに海岸沿いを数時間走り、午前十時頃にようやく、目的のその海の“入口”にたどり着いた。

 遠目からも見えていたが、とてつもなく巨大なトゲのある巻き貝の形をしたものが海岸に口を開けるようにして海の中に沈み込んでいる。
 これがこちらの世界の海底トンネル、『大海廊《だいかいろう》』の入口らしい。

 ちなみにこの貝にある複数のトゲは、地球でいうところの『防波堤』や『テトラポッド』の役割も果たしているらしい。

 ギンコの話では『ゴクアッキガイ』の大きなレプリカということらしいが、スズたちの乗る、超大型のキャンピングカーも余裕で通り抜けられる大きさだ。

 これはこの世界の海で普通にある貝の大きさのものなのか、それとも『魔境』にしかいない超モンスター級のものなのか聞いてみたかったが、なんとなく子供じみた質問のように感じたのでスズは口をつぐんだ。

 何しろ『蜃気楼』を出す大ハマグリは、こちらの世界では実際に存在するらしい。
 海上に見える“理想郷”を目指せば海の魔物に喰われる、それはこちらの世界では常識なのだそうだ。

 海の中にも地上にある『魔境』と同じで『魔海』も実在し、潮の流れや魔海境の存在の有無で航路や海底トンネルの位置が決まっているらしい。
 だから『風の国』から『水の国』へ行くには、この『大海廊』を通るのがベストの選択肢なのだそうだ。

 そんな巨大な貝殻の白壁の入口を通り抜けると、ほんの一瞬暗くなり、そしてすぐに四方を透明で分厚いガラスのような壁に囲まれた、明るい光の海の中そのものの、『大海廊』に包まれた。


「うわぁ、こういう水族館、行ってみたかったんですよね!!」

 スズが上空を通り抜ける魚の群れを見て思わず口にした。
 南国の海のように透き通った水の光の中を、様々な形と色の魚や生き物が通り過ぎてゆく。
 地球で見たことのある種類もいるようだが、巨大で魚なのかそれ以外の海の生き物のような、なんだか解らないような形と色のものもたくさんいた。

 沖縄などに海中を通り抜けるように見学できる水族館があるのは知っていたが、スズ本人は行ったことがなかった。
 もちろんここではその規模もケタも大いに違うのだが、彼にとってはまさに夢のような光景の連続に、驚きと喜びを隠せなかった。

「すいぞくかん?」スズと向き合って座るフーカが尋ねる。

「なんて言うか、海の生き物をまとめて飼っている施設って言うか……ある意味ものすごく大きな『魚石《さかないし》』というか……まぁあっちの世界ではそういうのがあるんだよ」
 ギンコが苦笑しながら答える。

 彼らの座る屋上庭園からは、ほぼ全方位、光りに包まれた美しい海の中の光景を観ることができた。
 見渡す限り全面に、美しい珊瑚の岩礁と、様々な種類の無数の生き物たちが泳ぎ暮らす姿が続いてゆく。
 まるで自分たちも巨大な魚の一部となって、海の中を泳いでいるようにも感じられた。

「魚たちは、この透明な壁にぶつかったりしないのかな」
 スズがつぶやいた。

「まあ地球の水族館や水槽でも、そんなにぶつかる魚はいないと思うけど」とギンコが説明を加える。

 そもそも魚や海の生き物たちには水圧などで敏感に感じ取る能力がある。人間である自分たちも、そうそうガラスの壁に突っ込んだりしない程度の、生き物としての判別する力はあるはずだ。

 この大海廊の透明で分厚い壁は、『坎石《かんせき》』という水の国を代表する石で出来ているらしいが、基本的には水圧が強いほど強度を増す石なのだそうだ。
 もっと下の階層にも、車や物を運ぶそれぞれスピードの違う海廊がいくつかあるらしい。
 海中の景色を楽しみたいものは海上近くをゆっくりと、とにかく速く届けたい物があれば海底に近い闇の中を高速でやり取りするという、独特の旅や物流の形式があるのだという。

 スズたちの乗る車そのものが動いているのではなく、いつのまにか乗った、高速のベルトコンベアーのようなもので移動しているようだ。前後に他の自動車は見えなかった。
『普段は無人』というほど使用されていないわけではないが、利用客が詰まるほど混雑するようなシステムと移動法ではない、そんな空気を感じた。

「このゆっくりコースでだいたい二時間くらいで水の国だから、よく観ておくと良いよ。水の国の下には『龍宮城』があるそうだし、よ〜く観てたら於菟姫《おとひめさま》さまも見えるかも」
 ギンコが笑いながら言った。

「オトヒメ様? 浦島太郎のあの乙姫様?」
 景色を観ていたスズがびっくりした顔で振り向いた。

「うーん、似てるけどちょっと違うかな。狩りの成功を約束してくれる虎の顔と、魚の体の神様で……シャチ? 鯱、『しゃちほこ』とかそういう姿の……まあどんな姿にもなれるらしいけど、ミオ様の化身の一つっていう説もあって。美女であることには間違いないだろうけど」
 ギンコが迷いながら重ねて説明する。

「美人な女の人でなきゃいけないの?」
 なぜかフーカが冷たい声で一言いれた。

「いやっ、ほら伝説というか、おとぎ話の登場人物が実在しているなら凄いなというか……」
 スズがなぜか言い訳がましく心境を説明した。
「そりゃ美人で仙人とか神様のような存在ならもちろん会ってみたいけど」という、うっすらとした本音は彼も気づかないうちに頭の上の方で景色とともに、すっ飛んでいった。

「あっ、ホラ、見て!!」ギンコが叫んだ。

 視界の遠く、海の底の向こうに大きな影が見えた。

 ゆっくりと泳いでいるように見えるそれは、地球で言う『ザトウクジラ』に良く似ていたが、違った。

 その巨大なクジラの全身には、虹色に光を変える古代の象形文字のような線が刻まれていた。
 巨体に刻まれたその文様は、薄く輝きながら常に形を変えているようだった。

 そのゆったりとした姿がこの透明な大海廊にあわや接するかと言うほどに近づいてくると、やがて急旋回して巨大な尾をふりながら、見えないほど遠くへ去っていった。

 最もスズたちに近づいた瞬間、そのクジラの深遠な目と、確かに視線が合った。
 そして何かに貫かれたように心が通じたと感じた瞬間、クジラに刻まれた文様と光がかすかに、だが確かに、変わった。

「『ヴァルナ』だよ。別名『キオククジラ』。
 この世界のあらゆる記憶を保持しているっている伝説がある、海の神様……魔獣かな。どっちだろう。時々はこっちの海にも来るけど、会えるなんてほんとに珍しい」

 ギンコが呆けたようにつぶやいて、「良かったね、スズ」と、驚いたように笑った。



【『眠虎の民〜ネコノタミ〜』第四章『水の国の転輪聖王(チャクラヴァルティン)』【一】了】

posted by NisikioMani at 15:35| ネコタミ
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錦億磨錦 NisikioMani 【その他のペンネームや旧ペンネーム: 億錦樹樹 Puolukka3712 龍盤虎居 など。】 猫好きの絵描き・小説書き。
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