小説は時間をおいて読み直したときに、表現などを変えようと思うときがあるので、小説サイトなどで完全な完成版として発表するときには少し違うものになるかもしれませんが、大まかな設定などはそのままだと思います。
第三章までは、『エブリスタ』などでお読みいただけます。
興味がおありの方は検索してみてください、
以下、
第四章の2の本文ですが、長いので追記に掲載します。
『眠虎の民〜ネコノタミ〜』
第四章『水の国の転輪聖王(チャクラヴァルティン)』【二】
大海廊の終わりも、巨大な巻き貝の中で始まった。
入口と違って縦向きに海に屹立するように作られたその中で、まさに螺旋階段のように回転しながら上昇すると、ハチワレ・ブラック号が乗っていた床ごと海の上に押し出された。
八芒星型の薄型ボートのようなそれは、一行を乗せたまま滑らかに海上を進み、水の国の港の一部に合体した。
「混んでいないところに自動的に運ばれるようになっているので、渋滞も起きにくいんですよ」
ブラッドが一同を集めた運転席でスズにそう説明した。
どういう仕組みかは知らないが、海中でも海上でも波の揺れなどはほとんど感じない、三時間ほどの快適な旅だった。
「さて、今後の予定ですが……今夜は『紅睡蓮亭』でお世話になるとして、どうしますか?」
「紅睡蓮亭はね、カラさんの実家でもあるんだけど、この国一番の料亭旅館なんだ。中でも『北斗七星蓮歌団』のショーが大人気。なんだっけホラ、日本でもあるでしょ女の子だけのダンスや歌のすごい歴史があって迫力がある感じの……」
ギンコがスズの隣で説明を加える。
「やっぱり海運龍港ではまずお買い物でしょ! スズは私たちが案内してあげる!!」
カラが手を上げて叫んだ。
地元に帰ってきて嬉しいのもあるのだろう、いつもよりさらに艶やかな、それこそ紅色の蓮の花のような装いをして、満面の笑みでオウコと腕を組んでいる。引っ張られているオウコも、何となく幸せそうだ。
そんなわけで、スズとギンコ、フーカのマレビトグループは、街の案内も兼ねたカラとオウコのデートに便乗することになった。他のメンバーもそれぞれ、この港でしか買えない物などを探す予定だという。
「夜には、うちで大宴会があるんだから、みんなお昼はあんまり食べすぎないでね! それじゃあ解散!」とカラが号令をかけ、夕方に紅睡蓮亭で現地集合するまでは、各々自由行動の運びとなった。
「通称、“灯船郷”、“灯船港”とも呼ばれる『海運龍港』は、この世界のありとあらゆる物資が届く港湾都市です」
この水の国の都市を上空から見た立体映像で表示した案内板が、静かな水のような音楽をBGMに、中性的な美しい音声で説明する。
「また、海運龍港とこの水の国、坎《かん》王国の王庁府を含むこの都市一体は、“ヴァイジャヤンティー”、『永遠に枯れない蓮華の法輪』とも呼ばれています。
過去・現在のあらゆる知識を蓄え、未来に向けてそれを活かしていくことができるのは、私たちを常に見守ってくださる坎王、転輪聖王、孔様の輪廻転生の大慈悲の現れでもあります」
なんとなく宗教的な話になってきたなとスズは思う。
そもそも輪廻転生なんて本当にあるのだろうか。
「あるんだよ。たぶん。あっちでもチベットの高僧とか、前世の記憶がある子たちとかいるでしょ。それのもっとリアリティのある現実バージョン」
ギンコがスズの気持ちを見越したように囁く。
「それではまた。各国の珍味、特産物、そして知識と歴史を堪能できる水の国をお楽しみください。何かありましたらいつでもお声をかけてくださいね」
そう言って案内の自動音声は終了した。
顔を上げると立体映像の実物版、遠くに水晶玉のような球形の透明なドームに包まれた水色の『坎球宮』、正式名『坎龍水宮』が遠く、目に映る。
まるで超巨大なスノードームのようだ。
その周囲をこれまた超巨大な金色の輪が三本、交差するように廻っている。
温室とか、そういう気候に左右されないための何かのシステムなのだろうか。
遠目でも、うっすらと虹に囲まれたその壮麗さが伝わる。
「ま、明日になればマレビト登録で嫌でも行くところだから」とギンコは笑う。
「今日はせめて、色んなものを食べて、楽しんで、明日に備えよう!」
そう言ってギンコはスズの両肩を掴んでくるりと振り向かせた。
都市の中央とは逆の港側、こちらにはずらりと大小様々でカラフルな船が並んでいた。船の船体そのものが派手に塗られているものもあれば、帆やその上に建てられたテントの装飾が素晴らしいものもある。
「荷下ろしするのが面倒で、そのままお店にしちゃったって話だけど、それはそれで効率的だよね」とギンコが笑う。
「夜は夜で、どの船にも灯りがついて綺麗なんだよ。本当に幻想的」
活気づいたネコたちの多く行き交うさまに、賑やかな呼び声と、港に降りたときから感じていた美味しそうな音と匂いに改めて気がついた。
お祭りの屋台やデパートで感じる、ファストフードの雰囲気だ。
「まずは何か食べなくちゃね、食べ歩きもここの醍醐味だから」
蓮の花のような紅色の衣を海風に揺らし、カラがどこか誇らしげに言う。
忙しい漁師や船乗りたちがさっと食べられるように、港には様々な軽食がある。
細長い小さな魚をみっちり詰め込んだ『フライドフィッシュ』、蓮の葉でくるんで蒸し焼きにし、蓮の花に見立てた見た目にも美しい肉まん、『蓮包《はすみ》』、薄く削ぎ落とした肉で好みの具材やソースを巻き込んだ『肉巻き貝』など。
どこか地球での学校帰りに食べた懐かしい思い出と繋がるものがある。
「まあスズもいつも料理を頑張ってくれてるし、たまには美味しくいただいても良いんじゃない?」
ギンコがそう言ってくれたおかげで、みんなで様々なものを買い込み、少しずつ色んな味を楽しんだ。
スズ、ギンコ、フーカたち三人は仮面を少しずらし口の周辺だけを覗かせて食べたり飲んだりしているが、周囲のネコたちはそれぞれ自分たちのことで忙しく、また観光を楽しんでいるのでマレビトがいることには気が付かないようだ。
むしろこの水の国産まれのスターのカラや、その恋人で大柄な虎のオウコの方が有名な存在としてネコの目を引いている。
それでも勝手に写真を撮られたり握手やサインを求められるようなことは滅多になかった。『自由』こそがネコたちのマナーだからだそうで、ギンコによれば「マレビトも有名人として一度大々的に報じられれば、全く知らない新しい存在ほどは興味を持たれないですむ」らしい。何事にも例外はあるが。
そんなスズたち一行のそばを仮面をつけた子ネコたちが歓声をあげながら海鳥を追いかけて走り抜けていった。港町らしくたくさんの鳥がいるが、狩りの練習でもしているのだろうか。
日本のお祭りでもオモチャのお面が必ず売っているように仮面は各地で売られていて、賑わいのある場所で姿を隠すのにそれほど苦労はしなかった。
「揚げ物ってカラッと揚げるの意外と難しいんですよね……サックサクだし香ばしいしもう。ああ肉まん……この大きさじゃないとフワフワ感とシットリ感と、具材のジューシーさのバランスが保てないんですよね、最初に考えたひと、神。お肉もね、パサパサにも脂っこくもならずに噛みしめたときの肉汁が……」
「スズが何かむちゃくちゃ感動しながら食べてるね」
「作る側にまわらないと解らないことってあるのよ。あたしも苦労したから解る」
ギンコとフーカがスズの少し後ろを歩きながらつぶやく。
スズは地球では食べ物はお金さえ出せば出てくるものだと思っていた。
ファストフードは食事というより、おやつに近い感覚で食べていたが、今ではどんな料理でも作ってくれる人がいるから手早く食べられるのだとよく分かる。
「本当に美味しいです、ありがとうございます! 」
食べながら思わず叫んでいた。
料理は嫌いではないが、久しぶりにそれに関わる全てから開放されて純粋に幸せも感じていた。そしてふと、毎日料理を作ってくれた母親のことが頭をよぎった。
なぜだか少し、泣きたい気分になった。
「さ、腹ごしらえも済んだことだし、お次はこの麗しの愛の都、虹の都、ヴァイジャヤンティーでは外せないお店、『双喜館』に行きましょ!」
カラが華のように重なった薄衣の袖を海風にたなびかせながら、ウキウキと弾んだ声で叫んだ。
指し示す先には、明るい黄色の船体に、ピンクのハートマークが描かれた巨大な船が停泊していた。
【ネコタミ第四章 水の国の転輪聖王【2】了】
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