なんやかんやで遅くなってごめんなさい。
以下例によってネコタミ第四章の四のプレ本文です。
ちなみにホームページの方ではたまに
ネコタミの裏話とかもしております。
気になる方はそちらでもまた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
『眠虎の民〜ネコノタミ〜』
第四章『水の国の転輪聖王(チャクラヴァルティン)』【四】
花火が水面に映る。
睡蓮や蓮や比翼の鳥、美しく彩られたそれらの形が天空に舞い上がる。
それが深く吸い込むような夜空に、湖の水面に、舞っては消えていく。
『紅睡蓮亭』は、“竜宮城”を地上で再現したような場所だった。
西日で照らされた紅色の瓦と、朱色の柱。
壁面には鮮やかな色合いで描かれた龍と虎、そして水や火などの自然界の属性、魔獣も含めた生き物や植物などが、この世界の歴史を物語るように美しく描かれている。
豪奢で圧倒される建物だが、そこに訪れる者はどこか“特別に迎え入れられた”ような高揚感を覚える。
スズの頭の中では沖縄の『首里城』や、中国の『紫禁城』のイメージと重なった。以前は王や皇帝が住んでいたが、今では旅行客も受け入れてもらえるというような歴史のある場所特有の、格式ある雰囲気なのだ。
一階は誰もが出入りできる高級料亭のようで、昼間はちょっと豪華な外食をしたいというような旅行客や家族連れが数多く訪れる、運が良ければ予約なしでも入れるような飲食店だ。
二階より上の階層はそれほど高くなく、部屋数も多くないようだったが、それだけに泊まることのできる客は限られている宿泊施設だった。
カラの実家ということで、シルフの一行とスズたちはその最上階のワンフロアを数日間貸し切りにできるらしい。
この世界でのいわゆるセレブとか億万長者と言われるお金持ちもいるのだが、一定以上の金銭を稼いだらそのお金は国富として眠虎の国全体の利益として徴収され、世界全体に還元されるらしい。
その代わり、こういう施設はいつでも優先的に無料で使用できる。
ただし、めったに使わない無駄な別荘などは持つことができず、基本的にどんなに裕福な者でも一人が住む家は一つというのが望ましいとされている。
最上階のその部屋は、男女が廊下で区切られてはいるが、いわゆるスイートルームのような作りで、中央には食事もできる大広間、そしてそれぞれに寝室が一つずつあてがわれていた。
地球で一般市民として普通に暮らしていたら、一生お目にかかれないかもしれないような美しく、豪華な部屋だ。
大きなテラスからは広大な湖とそこに設置された客席と舞台が見える。
その湖の上空で、日が落ちてから花火が打ち上げられている。
地球で観るものより音は静かだが、光は長く空や水面に残る。
荷解きをしてしばらくすると、華やかな衣装を身につけた女性たちが何十人か、次々と押し寄せるようにして訪ねてきた。
その中にいたカラの六人の妹たちも、特徴は違うがみんなそれぞれに美しく、可愛らしかった。歳は人間で言えば十代から二十代くらいだろうか。
詳しくは聞かなかったが、それぞれ父親や母親が違うらしい。
こちらの世界では割と普通のことで、『家族』というのは事実上の血の繋がりよりも、その時一緒に暮らしている仲間という方が近い。
例によってそれなりに『マレビト』として可愛い扱いをされたが、舞台の幕開けが近い時間になるとそれぞれ手を振りながら楽屋へと戻っていった。
紅睡蓮亭の客だけが入れる、この湖の名前は『鴛鴦湖《えんおうこ》』。
生涯つがうという言い伝えがあった、仲睦まじい夫婦の円満を表す『オシドリ』を表す鴛鴦だが、カラ姉妹の母と父は、まあまあ何度もくっついたり離れたりを繰り返す夫婦らしい。
それぞれ水の国を代表するサーカス団、『ウンディーネ』の一員らしいが、説明すると長い時間がかかるらしく、詳しくは聞いていない。
巨大な睡蓮の華の形を模した舞台は水中演舞を真骨頂とし、その他にも多数の水の演出を特徴としている。
水中で光る華のように広がり、またすぐに透明になる不思議でカラフルな水中花火の演出も、天女の羽衣や人魚の尾ひれのように優雅に広がる薄衣の衣装も素晴らしい。
本来、泳ぎをそれほど得意としていない眠虎の民にとって、水の中に長く潜れるだけでも尊敬に値することらしい。
地球上の猫科の動物でも、水中に潜って狩りをする種類は極めて稀だったはずだ。自然番組が好きだったスズは心の中でそんな事を考える。
客席もそれぞれ透明な睡蓮や蓮などの花の形態で、その足元では邪魔にならない程度に細やかで美しい光が、ゆっくりと虹色の変化を繰り返しながら輝いている。
大きさもそれぞれだが、スズたちの入る最前列の良席と思われる睡蓮の花は、十五人程度なら余裕で入れる大きさで、シルフの主要メンバーみんなが円座に座っている。
中央にはいわゆる中華料理式の円卓が設けられているし、聖獣や神を象った見た目にも美しく豪華な料理が溢れるように数々の品々が並んでいた。
皆、最初の一時間ほどは演技と食事を礼儀正しく美味しく味わっていたのだが、舞台も後半になった今の時間帯では、お酒(マタタビ酒も含む)などの勢いも手伝って、それなりに個人の本性が出たゆえの議題が話の主となっている。
本当に申し訳ないが、メンバーのほとんどは、もはやこの世界の最高レベルの水中劇など目にも耳にも入って無いようだ。
まあ、スズ以外は毎年のように見慣れているのもあるのだろうが。
スズ本人は円卓に並べられた料理や、その更に中央に浮かぶ立体映像でも中継されている舞台の展開や優美さも一観客として楽しもうとしているが、それ以上にやや下世話なメンバーたちの馴れ初めや、恋愛観の話なども気にかかる。
夜と言っても午後九時すぎ程度の時間だが、最年少のリンクはなんだかもう眠そうだし、“大人の事情”をやや制限なしに楽しそうに話しているシルフのみんなの話も聞いておいたほうが今後の人生のためになる気さえする。
そんなわけでスズは、舞台の様子を気にしつつも話題を遮らせないような静かな気遣いとともに、みんなの恋愛事情を小耳に挟む形で胸に刻み込んだ。
「だって、この人を逃したら絶対に後悔するって思ったんだもの」
カラが左手に酒杯を、あいた右手を軽く降って言う。
「まあ年末のここの大舞台の主役だったんだけどね、妹たちもみんな代役を努められるくらいに修練は積んでいたし。一生一度の大事はどっちかってって言ったら、私にとってはこっちだって思っちゃったんでしょうね」
カラは照れくさそうに、だが誇らしげに語っていた。
どうやらこちらの世界にも、年末大晦日恒例の大規模な『歌合戦』的な歌謡劇や、『格闘大会』の中継があるらしい。
どの番組を観るかはもちろん個々の自由だが、大会そのものに参加したり、神仙にお参りしたりして年明けを待つのは同じらしい。
そしてその歌謡劇の主役かつオオトリでもあったカラと、格闘大会である『大晦日《おおつごもり》の大舞闘会』でテン老師にコテンパンにやっつけられているオウコが出逢うことになったらしい。
達人同士が手合わせすると、戦いというよりも舞い踊るように見えるので、『舞闘会』なのだそうだ。
年齢も性別も自由に参加できる大会なのだが、その最後の演目がテンのような、この世界でも最高峰といえる達人と手合わせできる『猛者《もさ》と民』。
『達人VS達人に憧れる腕に自信のある無数のファン』のコーナーなのだ。
もちろん小さな子ネコたちへの年齢制限はあり、それはそれでまだ早い時間帯に別枠で安全な教室のようなかたちで設けられている。
最深夜枠のこの『猛者と民』の時間は、この眠虎の世界の伝説たちが年に一度集う、魔力と技の競演なのだ。
そこでオウコは、テン老師に何度倒されても立ち向かっていったらしい。
「普通はね、全国放送だし、一回やられたら大人しく場外に出て引っ込むのが礼儀でもあるし、あんまりしつこい奴はそれこそ鮮やかに達人の方が場外に吹き飛ばしてだんだん数が減っていくものなのよ。それでちょうど年明けくらいになって終わり、試合終了」
カラが空になった杯を振る。
「私も、子ネコの頃から何度か参加したこともあるんだけど、まあテン老師みたいな本当の達人は別として、私より強い男になかなか出会えなかったのよね。いつの間にか、“私より弱い男とは付き合えないな”って思うようになってて。
そのうちに『北斗七星蓮歌団』の舞台の方がプロとして忙しくなってきて、リアルタイムで試合を観ること自体も減ってきてたんだけど」
たまたま舞台の最後の幕開け前に楽屋に帰ってきたカラが観たのが、その何度もやられては立ち上がるオウコの姿だったのだそうだ。
国民の大多数が観戦している全国放送で、どうしてこの虎の大男は恥も外聞もなく諦めないで戦っているのかしら、とカラは不思議に思った。
「その時気づいちゃったの」
カラはおそらく、当時と同じように確信を込めた表情でこう言った。
「私が求めていたのは、私を力で負かして屈服させる男じゃなくて、私よりも心が強くて自然に尊敬できる殿方だったんだって」
【 『眠虎の民〜ネコノタミ〜』
第四章『水の国の転輪聖王(チャクラヴァルティン)』【四】了】
【このカテゴリーの最新記事】
-
no image
-
no image
-
no image