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2024年11月11日

『眠虎の民〜ネコノタミ〜』4ー7

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『眠虎の民〜ネコノタミ〜』

第四章『水の国の転輪聖王(チャクラヴァルティン)』【七】



 通称『水の国』こと、『坎《かん》国』は、眠虎の大陸の北に位置する。

 この国の北方はほぼ魔境だとされており、未開の地が広がっている。
 眠虎の民たちが行ける最北端には、“奥の院”と呼ばれる神殿と大辰居が置かれているが、ごく一部の限られた者しかそこを訪れることはできない。

 噂では神仙が直接降りてくるとか、そこでこの国の王でもある『坎王』、孔《コウ》が特別な啓示を受けているのだとも言われている。

 国の東は主に文化や教育などの施設が多く、舞闘会の開かれる闘技場などもこちらに配置されている。
 南は海運龍港に代表される開かれた港と商業施設、西はカラたちの『紅睡蓮亭』のような宿泊と娯楽をテーマとした建物が多い。

 その中央に位置するのが坎王の暮らす『坎球水宮《かんきゅうすいぐう》』であり、他の全ての国の各役所の中枢機関でもある。
 略して『坎球宮』や『球宮』とも呼ばれるが、ここには王立図書館もあり、眠虎の大陸全土の情報と歴史が収められている。

 そしてその全ては、地球で言えば『ヴェネツィア』のように水路で繋がっている。坎球水宮を中心に、大まかに言えば八卦図の形で橋や民家などが並び、その間を美しい水をたたえた水路が走っているのだ。

 水色の大理石のような石で作られた美しい石畳の街路と、それに続く水路。水の色はどこまでも透き通り、水底にまでも光が届いている。
 それでも時々は魚のような光る生き物の影がよぎる。“水清ければ魚棲まず”というが、ここでは清い水でも生物が生きていられるらしい。

 船の運行の邪魔にならないような水路の中央には、『梅花藻』のような水中植物が繁茂している。
 水中では鏡に映る幻のように、鮮やかな水草の緑と、慎ましく小さな白い花が揺らめき、水上でもその花のいくつかが、水面に顔を見せた人魚のように、美しく清廉とした姿を咲かせている。
 
 時折その空中の息を吸った花に、青や緑に光る銀細工のようなトンボがひらりと身を寄せ、その黒曜石のような羽を奮い立たせ、ふと何かを思い立ったように離れてゆく。


「で、この金色の龍の船が、坎球宮と行き来してるやつね」
 ギンコが自らとその一行が乗っている船先を、指で指した。

 スズたちの乗った船を象っている金色の龍は、紫色の眼を持ち、球形の宝珠とそれに繋がる鐘を口にくわえている。
 時折そこからその存在を示すかのように、ウインドチャイムのような、シャラシャラとした美しい音を響かせている。
 

 東は『青龍』、南は『朱雀』、西は『白虎』、北は『玄武』。
 この国のそれぞれの方向に行き来している船のモチーフは、色と形で分かりやすく、方角を司る四神で表現されている。

 そして坎球宮のある、この水の国の中央に向かうのは『黄龍』、黄金色の龍の船に乗れば良いのだ。
 観光用に船頭の『ミズサキ』案内人が乗っている大型の船もあれば、自動運転の小型の物もある。いずれも無料だ。

 ギンコがいるのだから案内人のいない船でも良いはずだが、スズとフーカ、そして今回は何故かいっしょに付いてきたヤタガラスのダンテは、あえて観光案内の説明をしてくれる『ミズサキ』のいる大型船に乗り込んだ。

 今は船の最後方、長椅子のように最も開けた広い席に、仮面姿の三人と魔獣(魔鳥)一羽で並んで座っている。

 ギンコはのんびりと真ん中の座席で足を組んで、時々スズに水の国や船上から見える建物などの説明の補足をしつつ、観光を楽しんでいるように見える。

 フーカはいつもよりもどこか緊張した様子で景色を見ながら、時々静かに溜息をついたり、何かを振り払うように軽く首を振って顔を上げたりと、物憂げかつ落ちつかない様子ではあるが、基本的には右端の席で『できれば誰にも話しかけられたくない』という様子で、膝から足を揃えて、きちんと座っている。

 スズは左端の席で観光案内に耳を傾けながら、彼の肩や頭の上でどうにも落ち着かないダンテに時々顔や頭を突かれては、そんな二人の様子をそっと伺っている。

 朝早く“紅睡蓮亭”を出て、『マレビト登録』に向かう一行なのだから、スズ自身が最も緊張しているはずなのだが、何となく二人の温度差が気にかかる。

『マレビト登録』にあたっては、あちらの世界から持ち込んだ全ての物を一時的に提出する義務があり、その後で簡単なテストがあるらしいのだが、具体的なその内容については教えてもらえなかった。

 受験勉強で覚えた地球の物事であれば、まだ何とか答えられる問題もあるだろうが、そもそもテストの内容が判らない。
 どんな問題でどう答えるのが正解なのか、点数によってその後の自分の待遇や行先などが変わるのかなど、聞きたいことは山程あるが、ギンコいわく「自分の心に正直に答えるのが一番良いと思うよ」との事で、肝心な事からは話を逸らされていた。


 やがて巨大な水晶玉のような坎球宮が見えてきた。
 透明なガラスのようなその入口は円形に開いており、船はスムーズに通り過ぎる。この国に入ってから、秋冬の肌寒い感覚への和らぎは感じていたが、ドームのようなこの球体の中に入ってからは、さらに気温の暖かさを感じた。

 ちょうど良くスズたちの乗っている船の『ミズサキ案内』も終わり、整然と船の並ぶ美しい船着き場に着いた。


 船から降り立った者は船着き場の階段を上がり、皆一つの方向に向かってゆく。
 その先には、さながら青い蓮が花開いたような、美しい『坎球水宮』の姿があった。
 


【了】





タグ:小説
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錦億磨錦 NisikioMani 【その他のペンネームや旧ペンネーム: 億錦樹樹 Puolukka3712 龍盤虎居 など。】 猫好きの絵描き・小説書き。
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