小説は時間をおいて読み直したときに表現などを変えようと思うときがあるので、小説サイトなどで完全な完成版として発表するときには少し違うものになるかもしれませんが、大まかな設定などはそのままになると思います。
第三章までは、『エブリスタ』などでお読みいただけます。
興味がおありの方は検索してみてください、
以下、
第四章 の本文ですが、長いので追記に掲載します。
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『眠虎の民〜ネコノタミ〜』
第四章『水の国の転輪聖王(チャクラヴァルティン)』【三】
「あれはね、『連理の枝にとまる比翼の鳥』の図柄なんだよ」
ギンコが黄色い船体に描かれたハート型の絵について説明する。
遠目では単純なハートマークに見えていたが、近づいてみれば首を曲げて頭をつけた一対の鳥が描かれていることが分かる。
赤く細い冠羽のついた頭から長い首にかけてはピンクからオレンジ、黄色へのグラデーション、お互いが一枚ずつ広げた翼は外側から内側に向かって黄緑から濃いグリーンへと変わる艶やかな彩りだ。
その孔雀か南国にいるような派手だが美しい鳥が、波のように渦巻いたデザインの紋様の枝にとまっている。
「“連理の枝”も“比翼の鳥”も仲の良いカップルや夫婦の象徴なのよ」
カラがオウコとぴったりと腕を組んで、嬉しそうに言う。
「ちなみに、船先の桃花心木《マホガニー》の船首像もそう」
ギンコが指差す先、船の先端には赤みを帯びた艷やかな木で立体的に作られた『連理の枝にとまる比翼の鳥』がある。海風に翼を広げた姿が実に優雅で美しい。
船に接続された階段を上っていくと、弦楽器の軽快かつロマンティックな旋律が聞こえてきた。
中学校の校舎が一つ入るくらいの巨大な船なのだが、その船首の方では、傍目にも相思相愛のカップルたちが楽しそうに記念写真を撮っている。
「ああ……何か見たことあります、これ」
スズの脳内で、流れている音楽が『タイタニック』のテーマに変換して聴こえてきた。これはあれだ。恋愛絶頂期にラブラブな人たちが行くあれなやつだ。
デッキの上には、小さないくつかのテントと、それに並ぶ行列ができている。男女のカップルや男性もいるが、圧倒的に若い女子ネコが多い。
それぞれのテントにタペストリーが掲げられているが、『水晶玉』だったり、『タロットカード』だったり、『易』の図柄が刺繍されている。
そして船の中央、一番大きなテントの上にはこの船の帆の代わりとなるような大きなタペストリーが風に翻っている。例の『比翼の鳥と連理の枝』というやつだ。
どうやら中央のテントは、土産物の販売店らしい。
ネコたちの出入りが激しいし、買ったものを大切そうに抱えて出ていく客も多い。
「そう、ここって、恋愛や結婚に特化した商業施設なんだよね。いわゆる恋愛のお守りとか、おまじないグッズとか、パワーストーンも売ってるけど」
と、ギンコが笑う。
「『永遠に枯れない蓮華の法輪』っていうこの都市の名前から、“ここで愛を誓った恋人たちは永遠に結ばれる”みたいな、いわれがあるんだよね。だからここで売ってるアイテムとか、ここで撮った写真とか、まあ、そんな感じで恋するみんなに大人気」
続けてカラが言う。
「ここでの恋占いは良く当たるし、入籍の日付なんかも縁起の良い日を教えてもらえるの。もちろん、デートやハネムーンの旅行にも人気だし、まさに永遠の愛を誓う“愛の都”の象徴って感じよね」
とても誇らしげな様子のカラに引かれて、一行はその土産物の販売をしている中央のテントに案内されていった。
「ここではね、特にこの『感石』が人気なの」
カラがずらりと並べられた美しい石について説明する。
「最初はこの黄緑とグリーンの石なんだけど、両思いの二人が持つと、黄色とピンクの石に変わるの!」
両手で作ったよりも少し小ぶりなハート型のネックレスが、二つで一つの形で一対のものとして合わさって売られている。勾玉を合わせてハート型にしたようなものだ。
どれもガラスのように半透明で美しく、外側は黄緑色で、内側になるほど濃い緑色のグラデーションだ。
デザインは色々で、比翼の鳥から龍と虎、龍と鳳凰など様々なモチーフが刻まれている。安価でシンプルなものもあるが、美術工芸品としても価値が高そうなものも多い。
それが密閉されたガラスの器だったり、ボトルの中の水に沈められた形で販売されている。
「誰も触ってないことが重要なのよ」とカラが言う。
「でね、お互いがお互いの想いを込めた石を持つの。試しにちょっとやってみるわね」
と、店員に目で合図をした。常連のようで、むしろカラたちが来店したことをありがたいという眼差しで見ている。たまたま居合わせた周囲の客たちも同様だ。
龍と虎のデザインの感石を手にとって、オウコとカラ自身の鼻にちょっとこすり付けた。そしてそれを一つの形に合わせると、あっという間にピンクと黄色に色が変わり、二つだったものがどんなに引っ張っても離れない、一つのハート型の石になった。
「ああん、もう。これで何個目か判らないけど、良かったらお店のサンプルとして使ってね?」とカラが近くにいた店員に渡した。
店員はうやうやしく、下げ渡されるような形で受け取り、「ありがたく、飾らせていただきます」と両手でそれを受け取って店の奥に引っ込んでいった。
よく見れば店の棚の最上段には、『非売品』としてピンクと黄色に色が変わった石が飾られている。滅多に得られない希少な宝石のような扱いだ。
ギンコが小さな声で、
「『感石』が絶対的な愛情で結ばれると『恒石』になるんだ。
夫婦石とも言われるんだけど、これを婚姻届といっしょに登録すると、まさに永遠に祝福された夫婦としてほとんど崇拝の対象になる。
まあいつか壊れるカップルもいて、その時はその時で自動的に離婚の運びになるんで、本人たちの自己満足でもあるんだけど。
別にそれで責められるわけでもないし。
恋愛も結婚も離婚も、基本的にはみんな、この世界ではそれぞれの自由だから」
と囁いた。
「それでもやっぱり、お互いに一人の相手をずっと想い合って、生涯愛し合っていられるのは本当に凄いことだと思うよ」
と心底羨ましそうに溜息をついた。
つまり、片想いなら相手の石の色は変わらないわけか。
そして、自分の想いは持っている相手に嫌でも伝わると。
「……ちなみに、持ってたりする?」
純粋な好奇心からスズが聞いた。
「本来こういうセンシティブでプライベートなことは他人に見せたりするものじゃないんだよ。カラさんたちは本当に特別。プライバシーとかないから。あの二人は出会いからして全国中継とかされてるからなんかもう本当に国民栄誉賞もの。
あれだよね、これがあるだけで不倫も浮気も遠距離恋愛の不安や心配もないし、お互いの心がはっきり見えるってだけでも人類史上で言えばノーベル平和賞ものの石だと思うよ」
ギンコが早口でまくし立てた。
アタフタとしてどう見ても何か誤魔化しているが、そういえばギンコの恋愛事情など知るよしもなかった。
地球の人間の物差しでいうと顔面も肉体も美形で逞しいギンコはどうあがいてもかなりモテそうだが、そもそもこの世界にマレビトの女性がどれだけいるのか、それにマレビトとネコたちとの恋愛や結婚は可能なのかどうなのかも聞いたことがない。
「それより、スズも一つ買っておいたらどうかな?
いつかどこかで役に立つかもしれないし、縁起物だから!」
ギンコにそう言われてスズもちょっとだけ想像してみた。
「は? いや無理だから。無理無理無理。受け取れないから持って返って!」
と、隣りにいるフーカの照れ隠しでもなく素で拒絶する顔が浮かんだ。
感石も自分のハートか何かも粉々に割れるイメージしか浮かばない。
「……いや、オレには色んな意味でまだ早いアイテムな気がします」
そもそも自分が誰かと永遠に結ばれるというのも憧れではあるのだが、同時に果てしなくファンタジックな想像のつかない別世界での絵空事のようにも感じる。
夢のような世界に来てはいるのだが、自分にそれが可能なのかも判らなかった。
「そうか……そうだよね……まあ、しょうがないか……」
明らかにギンコが落ち込んだ様子を見せた。
そしてちらりとフーカを横目で見たが、彼女はどうにも無関心な様子で外の方を気にしている。占いに並ぶ行列を見ているようだ。
無意識なのか、いつも首から下げているロケットのあたりを服の上から触っている。
やがてフーカは意を決したように「やっぱり、あたし、占ってもらおうかな」とつぶやいた。
「時間がかかるかもしれないから、みんなは好きに遊んでて! じゃあ今夜また紅睡蓮亭で!」
と小走りにスズたち一行から離脱していった。
「これは……どうだろうカラさん、良い兆候?」ギンコが聞いた。
「うーん……普通の占いなら私に頼んでもいいはずだし……恋かしらどうかしら……」
そして二人でスズの方を振り向いてこう言った。
「ないかなぁ……」「どうかしらねぇ……」
二人は同時に溜息をついた。
【『眠虎の民〜ネコノタミ〜』
第四章『水の国の転輪聖王(チャクラヴァルティン)』【三】了】
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