2018年10月17日
捨てられた女【怖い話 】
一昨年の9月、
俺とシゲジとキイチは町に飲みに行きました。
最初は焼き肉屋。
その後スナックでカラオケやって、
最後のラーメン屋を出たのが、たぶん1時半過ぎでした。
俺はアルコール飲まないんで、車の運転です。
キイチはもうベロベロで、
後部座席に収まるとすぐに寝てしまいました。
国道から県道へ入ってすぐの交差点でした。
助手席のシゲジが
「おい…おいって」
と、俺の腕を叩くのです。
「さっきの交差点に女がおったやろ」
県道のこのあたりは、
周囲は山ばかりで何もないし、
深夜になると交通量も少ない。
だから、そんなはずはないって思ったのですが、
シゲジは
「ちょっと戻ろうぜ」
と執拗に誘うのです。
「若い娘でけっこう可愛かった」
とか言って。
「お前、酔っぱらってるのに顔とかなんてわかるんか?」
そう言いながらも車を方向転換させて、
さっきの交差点に向かいました。
すると居たんです。
シゲジの言うとおり、
交差点のところに若い女が。
女は、道端のちょっと草むらっぽいところにしゃがんで、
こっちに背中を向けていました。
ワケありかよー、とか考えながら、車を停めました。
ライトは点けっぱなしで。
「おーい、何やってんや?こんなトコで」
女はくるっと振り向きました。
色が白くて、美人タイプの女なのがわかりました。
けど、その時の表情がちょっと忘れられないんです。
口がワっと全開になっていて、
目も血走った感じのまん丸で、
ビックリした顔のまま固まったみたいな表情でした。
そんな顔でこっちをじっと見ています。
ちょっと毒気を抜かれた感じで立ち竦んでいると、
後ろからシゲジが話しかけてきました。
「あいつ、ゲロしてたんちゃうか?」
そう言われて見ると、口の端がよだれか何かで
濡れているのがわかりました。
町で酔っぱらって、
ここまで歩いてきて吐いたのかもしれません。
事情はともかく、
このまま見過ごすのも悪いような気がして、
こう言いました。
「家まで乗せてったるわ」
「*@?。&*#$%!」
女は口を開いたまま、
訳のわからないことを言いました。
女が座っていたあたりの草むらで、
ガサガサと何かが動く気配があるような気がします。
これはヤバイかも、そう思いました。
すると、女は口を閉じて今度は普通に喋りました。
「…乗せてって」
ちょっとおかしいとは思いましたが、
こんなところで置いていくのも気が引けます。
見た目は可愛い女だったので、シゲジは
「よっしゃ、それでオッケーなんや」
とか、意味のわからないことを言って、
一人で盛り上がっています。
後部座席のドアを開くと、
寝ているキイチの隣に女を座らせました。
「夜中やし、シートベルトはええやろ」
女を乗せると、俺は車をスタートさせました。
「…あんなトコで何してたんや?」
「誰かに捨てられたんかぁ?」
シゲジが、しきりに後部座席に向かって話しかけています。
俺は、バックミラーで女をチラチラと見ていました。
ちょっと短めの髪で整った顔立ちですが、
ちょっと顔色が白すぎるように感じました。
車の揺れに合わせて、
白い顔がゆらゆらと揺れています。
「私が捨てられたんとちゃうねん」
突然、女が口を開きました。
「私は捨てられた男を捜しにきたんや」
ちょっと言っていることが良くわかりません。
「…なんや、男って彼氏か?」
いつの間に目覚めたのか、キイチが話に加わりました。
「ちょっとガッカリしたわ。
せやけど意味ワカランな、その話」
どうやら大分前から意識はあったようです。
「ドコに行ったらええねん?」
俺は女に聞きました。
車は県道を自分らの村に向かって走っています。
「真っ直ぐ行って、もうちょっとしたら左」
女は運転席と助手席の間に
身を乗り出して指示しました。
その時、バックミラー越しに女と目が合いました。
どこを見ているのかわからないような、
何か疲れ切ったような目。
女はそのまま、
ストンと後部座席の真ん中に座り直しました。
「そこ、そこ曲がって」
そんな感じで、何回か曲がり角を曲がりました。
俺はだんだんおかしいなと思い始めました。
この先は山の奥で人里など無いのです。
シゲジもいつの間にか無口になっていました。
寝てるのかと思って見ると、
目を開けたまま俯いています。
だんだん道が狭くなって、
とうとう舗装もなくなりました。
「ほんまにこの道でエエんか?」
「…ええねん。もっと先や…」
男に挟まれて後部座席の中央に座っているので、
悪路で揺れるたびに声が震えています。
「もうすぐやなぁ…」
女が独り言のようにそう言いました。
もうずいぶん奥まで来ています。
もちろんこの先に人家などありません。
もうすぐどこに着くのか、
俺はだんだん怖くなってきました。
女の顔を見ようかとミラーを見ましたが、
暗くて表情が見えません。
助手席でシゲジが何かブツブツ言っています。
「ここで停めて」
林道の車廻しのところに車を停めました。
女は車から降りると、
細い人が一人やっと通れるような
山道の入口に向かいました。
あたりは月明かりで少し明るいのですが、
木立の中は真っ暗です。
女の格好は、
ワンピースにパンプスだったかハイヒールだったか、
とにかく山歩きをする格好ではありませんでした。
「おい!どこ行くんや!そっちには何もないぞ!」
俺が叫ぶと、女は振り向きました。
うっすら笑っています。
「早くおいでやぁ、もうちょっとやから」
女の後を追いかけようとして、
誰かに肩を掴まれました。
一瞬心臓が止まるかと思いましたが、
シゲジでした。
「お前…行くんか?」
弱々しい声でそんなことを聞きます。
「しゃあないやんけ。
このまま放り出していくワケにいかんやろ」
「…ほなら俺も行くわ」
最初の頃のハイテンションが嘘のような様子でした。
俺が先頭で女の後を追いました。
女はどんどん山道を先に進んでいきます。
途中で気が付きました。
この道は夏に通った覚えがあります。
若い男が山に迷い込んで、消防団で捜索した時でした。
確かこの先には大きな池があったはずです…
女は池に何の用事があるのか?
後を追いながらそのことばかり考えていました。
後ろからは二人の影が追いかけてきます。 やがて池に出ました。
9月だというのに少し肌寒い。
女は池のほとりで立ち止まりました。
「…来たで」
月明かりは木立に遮られて、
水面は真っ黒で何も見えません。
あたりは全くの無音でした。
俺たちの息の音しか聞こえてきません。
「アホー!!何してるんや!ボケェ!!」
女が池に向かって突然がなり始めました。
「いね!いんでまえ!あほんだらぁ!
クソッタレ!!死ね!」
もの凄い勢いの悪口を全身を震わせて叫び続けています。
呆気にとられて見ていると、今度はこっちを向きました。
「お前らも帰れ!はよ帰れ!ボケー!!」
最初に見た時のように大きな口を開けて、
血走った目でこっちを睨み付けています。
「はよいね!殺すぞ!ごろ…ごぼゴボ!」
口から何かを吐き出しながら、
こっちへ手を伸ばしてきます。
俺は限界をでした。振り向くと、
さっき来た山道をダッシュで引き返しました。
後ろからは女の叫び声が、
前にはシゲジの走る姿が見えます。
車のところまで来ると、
ドアを開け車内に乗り込みました。
後ろを確認すると、
キイチがぐっすりと眠り込んでいます。
エンジンをかけて、そのまま待ちました。
「なにしてんねん!はよ出せや!」
シゲジが追いつめられたような顔で言いました。
「何を待ってるんや、まさか…」
その言葉で我に返りました。
一気に車をスタートさせて林道を下りました。
一番近いキイチの家まで帰り着くと、
体の力が一気に抜けました。
寒くなかったのに、体がガタガタと震えてきました。
もちろん、
女が怖かったというのもありましたが、
それよりも、
シゲジの最後の言葉が恐ろしかったのです。
俺たちは、
3人で町へ飲みに行った帰りに女を拾いました。
3人足す1人で4人。
ところが、女を拾った後、
車には5人乗っていたのです。
運転席に俺、助手席にシゲジ、
俺の後ろにキイチ、後部座席の真ん中に女。
もう一人、助手席側の後部座席に
男が一人座っていました。
俺もシゲジもそれを憶えています。
でも、男の顔も姿も全く記憶にないのです。
なのに、シゲジの言葉を聞くまで、
不思議とは思っていませんでした。
そのことを考えると、今でも背筋が寒くなります。
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