2018年04月01日
寺に宿泊
山寺での修行中、
僧侶たちの多くは変な体験をしたり・見たりするらしい。
その体験談もかなり薄気味悪いが、今日は別な話を書くとしよう。
わたしが子供の頃、
近くの寺にひとりのお坊さんが住んでいた。
子供好きで、話し上手。
檀家の誰もがこの坊さんのことを尊敬していた。
人相は悪いが、そこにいるだけで
「ありがたい」
と思えるような坊さんだった。
ある年の夏休みのことだ。
近所の友だちと寺の境内で遊んでいると、
その坊さんがスイカを御馳走してくれた。
坊さんと、わたしと、友だち3人で縁側に座り、
蝉の声を聞きながら他愛もない話しをしていた時、
友だちのkが
「幽霊って本当にいるの?」
なんて質問をした。
いるさ。
坊さんはあっさりそう答えた。
そんなものいるハズないと声を張り上げるkとわたしに、
坊さんは今夜泊まりに来るよう誘った。
両親に寺に泊まる許可をもらったわたしとKは、
わくわくしながら夕飯を食べ、暗くなってから寺を訪ねた。
すると坊さんは麦茶を一杯飲ませてくれた後、
わたしたちを本堂へ連れて行った。
これから夜の御勤め(読経)をするから、そこに正座して静かにしてなさい。
わたしたちは坊さんの後ろに並んで座り、
嫌々ながら読経につき合わされるハメになった。
子供にとってそれは恐ろしく退屈で、足の痺れる苦痛な時間だった。
だが悪ふざけをする訳にはいかない。
この坊さん、子供好きで優しいが、悪いことをすると容赦なく叱るのだ。
それを身にしみて知っていた私達は、
黙ってお経が終わるのを待つしかなかった。
読経が始まってしばらく経った時だ。
本堂の入り口、つまりわたしとKのすぐ後ろで物音がした。
何の音だろうと耳をすましていると、どうも人の足音のように聞こえる。
しかも靴の中にたっぷり水を入れたまま歩いているような、
グチョッ、グチョッ・・という足音だ。
それから、誰かにジッと見られているような嫌な感覚。
思わず背筋がゾッとしてKの方を見ると、
彼も同じものを感じたようにわたしを見ていた。
和尚さん・・・助けを求めるように
わたしたちは小声で坊さんを呼んだ。
が、坊さんは左手をちょっと揚げてわたしたちを制した。
そのまま大人しくしていろ・・・
そう合図しているようだった。
読経の間中、
その不気味な足音と視線は続いた。
これからどうなってしまうんだろう、
わたしたちは訳もなく不安になり、半ベソ状態だった。
やがてお経が終わると、正体不明な音も視線も、綺麗に消えた。
私達は緊張の糸が切れた勢いで坊さんにしがみついた。
夜、御勤めの読経をしていると、
成仏できない仏様がたまにやって来るらしい。
今夜来たのは、
おそらく3年前に近くの川で身投げした身元不明の女の人。
毎年、同じ月日の同じ時間にやって来るのだという。
幽霊がいるかいないかは分からない。
信じる人も信じない人もいる。
だが、こういう奇妙な体験をしてしまうと、
坊さんを続けなくちゃいけないと思うね。
坊さんは静かにそう言った。
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