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2015年10月30日

第六章第一節 陳良の川島芳子目撃証言

段連祥は臨終での遺言の中で、川島芳子は一九四八年三月二十五日に北平で死刑から逃れ、《七哥》と于景泰による護送のもと、瀋陽を過ぎる途上で段連祥を探し出したと語った。彼ら三男一女は長春市郊外の新立城の農村にやって来た。川島芳子は対外的には方おばあさんと呼ばれていた。段霊雲は彼女を《方おばさん》(或いは《方ママ》)と呼んでいた。我々の調査は新立城に方おばあさんが実在したかどうかを確かめるところから始まった。
段霊雲の記憶の中の新立城は、張玉が一九六七年に生まれる前のことで、すでに四十年も過ぎていたので、彼女はただ次のことを覚えているだけであった。方おばあさんの家に行くには、バスに乗りまず胡家店という地点に行き、バスを降りて、さらに農家の馬車に乗り方おばあさんの家に行く。張玉が方おばあさんと別れたのは、まだ十一歳に満たないときで、すでに三十年が過ぎていたため、方おばあさんが新立城にいたころの記憶はかなり薄れていた。新立城(鎮)はさほど大きくはないが、数十平方キロの農村の範囲の中で、何の手がかりもない状況下では三十年前の方おばあさんの住んでいたところを探すのは、海で一本の針を探すくらい難しいことである。どうしたらいい?張玉は最初は自信たっぷりに言った。
「新立城(鎮)の範囲内で、あちこち聞きまわれば方おばあさんの手がかりが得られないとは思わない。」
段霊雲と張玉母子はかつて新立城で方おばあさんと一緒に暮らしたことがあるので、我々は必ず探し出せると自分たちを励ました。
我々は相談の結果、何の目的地なく新立城の区域を村から村へ探し回っても、苦労多くして効果少なしで、無駄が多いだけだ。段霊雲が新立城の方おばあさんの家に行くには胡家店を経由したと証言しているからには、先にそこをあたってまず胡家店で手がかりを探して見ようということになった。
調べてみると、長春市区から新立城(鎮)に向かう道沿いに胡家店と言う名前の地点は二箇所あり、一つは長春市区からさほど遠くないところにある胡家店で、十数年前には浄月潭公路の料金所の名前であった。もう一つの胡家店で新立城ダムを過ぎて、長春市から二十五キロほど離れた場所であった。段霊雲が言うには、記憶している方おばあさんの家はさほど離れてはおらず、長春市区からさほど遠くないということであった。そこで、我々は長春市区から出たばかりの所にある胡家店を訪ねてみることにした。
八月のある日、何景方ならびに段霊雲と張玉の母子は自動車で「胡家店」へ真っ直ぐ向かった。改革開放後に、長春市の都市区には大きな変化が起こっていた。長春市経済開発区が長春市の東南郊外に新しい町並みとして建設されていた。三十年前の以前の様子はもはや見る影もなくなっていた。窓から目に入るのは全て真っ直ぐな大きな道と両側に並び立つように立つ高層ビルであった。我々はあちこちと走り回った後に、もともと胡家店公路の料金所跡地で、かつて胡家店村民であった一人の清掃員から聞くと、かつての胡家店(屯)は、現在既に市経済開発区の新世紀広場にほとんどを占められ、残りの土地はすでに道路か高層ビルに占められているとのことであった。胡家店(屯)の以前の住民も計画された住宅地区に引越し、もともとの農家はみな無くなってしまっていた。それでも我々はあきらめられず、胡家店がもとあった地点を歩き回って見たが、ちょうど先ほどの五十歳くらいの清掃員が述べたように、家を探すどころか、手がかりを与えてくれそうな人までいなくなっていた。
数日してから、おそらく記憶がはっきりしていなかったか急いでいたためか、段霊雲は突然ある人物のことを思い出した。それは前世紀の五〇年代初めに、彼女が方おばあさんの家に住んでいた頃、陳連福という名の老人が、毎年息子の陳良と方おばあさんの家に鴨卵を持って来ていたというのである。現在、陳連福はとっくに世を去っていたが、その息子の陳良はまだ生存していた。陳良は数年前によく段霊雲が住んでいた団地に野菜を売りに来ており、段霊雲に家の住所を書き残していた。陳良という証人が見つかれば、我々の調査もなにか手がかりが見つかるかもしれない。何景方と張玉は陳良が段霊雲に書き残した住所をたよりに、陳良を訪ねることにした。

初秋、農村ではちょうど農産品の収穫の季節であった。長春市朝陽区永春鎮平安村窩瓜屯に住む陳良夫婦は、親切にも農家で取れた野菜で客人をもてなし、トウモロコシ、ジャガイモ、ナス、ネギの味噌漬け、新鮮なトマトなどで何景方と張玉の二人に農村風味の料理を振舞った。
陳良はいまだ七十歳に達していないが、歯は全て抜けて総入れ歯になっており、耳も遠くなっており補聴器を使って人と話をしなければならず、顔中に深く刻まれた皺が多年の苦労と風雪を物語っていた。しかし往時のことを話し出すと、彼は楽しそうに話し始め、声も弾んできた。段連祥と方おばあさんのことは彼の記憶に深く残っており、さっそく我々に証言を提供してくれた。
もともと、陳良の父親陳連福の祖先は山東省昌邑県で、幼いときに陳良の祖父に従って関東地方に移住し、長春市郊外の新立城の十里堡(屯)に落ち着いた。村の中で、陳連福も故郷の山東の習慣である鴨の養殖を学び、十里堡周辺の十里八村では鴨の養殖家で有名だった。
中華人民共和国になって初期のころ、陳連福から鴨卵を買う人が少なからずおり、その中に張玉の祖父である段連祥もいた。段連祥と方おばあさんは十里堡から五、六里はなれた斉家村に住んでいた。段連祥は鴨卵を買うときにはいつも一籠ごと買い、甕の中に塩漬けにして、方おばあさんに少しづつ食べさせていた。さらに陳連福と息子陳良は毎年端午の節句の前にいつも鴨卵を籠一杯にして方おばあさんの家に届けていた。長年そうしていたので、段連祥と陳連福は顔見知りになった。
今でも陳良がよく覚えているのは次のようなことである。段連祥は背が高く、少し白髪があり、体がやせており、なかなか男前で、話を聞くと学問があるようであった。陳良も父親の陳連福が段連祥は満州国時代に日本語通訳をしていたと話していたのを聞いたことがある。
毎回鴨卵を部屋に届けていたので、陳良は《方おばさん》の家と本人のこと良く覚えていた。方おばあさんと段連祥は独立した家に住み、部屋は三部屋あり、東西両側には小部屋があった。庭の門は黒漆の木の門で、門の両側には番小屋があった。庭には野菜が植えてあり、さらに鳩を飼っており、ウサギと小鳩のような鳥がいた。方おばあさんはとてもやせており、とても色白で、大きな目が炯炯と光っていた。格好をきめて小奇麗にしており、てきぱきしており、頭の上に曲げを結い、少しモダンな感じで、一目見て農村のおばあさんのようではなかった。部屋の中は比較的きれいにしており、屋内の配置も整っていた。大きなタンスがあり、タンスの上には大きなラジオと置時計が並べてあり、部屋の中には壁沿いに大きなテーブルと幾つかイスがあり、赤ペンキを塗った床板が敷いてあった。
前世紀の五〇年代後半には、農村では人民公社化が始まり、鴨の養殖も個人ではできなくなったので、陳連福と陳良親子は段連祥と《方おばさん》に鴨卵を届けることはしなくなった。しかし段連祥と陳良の父親の陳連福はその後も連絡を取り合っていた。文化大革命が終了してまもなく、方おばあさんが病気の期間には、陳良と父親の陳連福は見舞いにも行ったことがある。
方おばあさんが逝去した後に、段連祥が紹介人となって、大家に方おばあさんと彼が住んでいた部屋を陳連福に売った。陳良は当時の価格二百元で話をつけたが、父親の陳連福は大家に百五十元しか払わなかったことを覚えていた。陳連福が部屋を買い取った後に、家族は十里堡から斉家村に引っ越した。そのときは陳良も既に結婚しており、妻は実家で一人っ子であったので、陳良は妻方の実家に引っ越して落ち着き、それが現在彼が住んでいる場所―長春市朝陽区永春鎮平安村窩瓜屯である。
前世紀の八〇年代初め、新立城鎮は道路拡張計画により、陳連福の家はちょうどその立ち退き範囲に入っていた。陳連福はそれを聞いた後、前もって家を四百元で同じ村の張さんに売り、彼も陳良の現在住む家に引っ越してきた。一九九五年に陳連福は享年九十二歳で病逝した。
陳良家から帰って、我々はとてもほっとしたが、それは方おばあさんを知っており見たことのある人が段霊雲と張玉母子のほかに、陳良という第三者の証人として現れたからである。さらに陳良の証言を通じて方おばあさん(川島芳子)が新立城に住んでいたころの村の名前は斉家村(屯)であることがわかった。
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