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2011年08月31日

▼入会金四万円の「秘密結社」フリーメーソン

 1925年(大正14年)、横浜の貿易商の息子として生まれた片桐氏は、横浜高等商業学校(現・横浜国大経済学部)を卒業後、陸軍に入り、「特攻隊の生き残り」として終戦を迎えた。「しばらく闇市をうろうろとした」後に、外国船の乗組員となり、その後、東京オリンピックの開催された1964年に日本コカコーラに入社、5年後には役員に就任している。
 82年に独立、友人と会社経営を始め、三越がシンガポールに造った「レジャー・パーク」を買い取り、代表取締役社長として現地で約10年間経営にあたった。心臓を患ったためリタイアし、日本に帰国したのは、92年のことである。
 「今から30年以上前のことです。メーソンリーに加入している友人がいて、最初は好奇心から入会を希望したわけです。当時、私は外国船のパーサー(事務長)の仕事をしていましたから、欧米人とのつき合いも多く、欧米の一流のビジネスマンにはメーソン会員が多いということを知っていましたから、興味もありましたし、入会すれば顔も広くなって仕事にも役立つのではないかとも考えました。実際にはそんな思惑ははずれてしまいましたけどね。ロッジのなかでは宗教の話、政治の話、そしてビジネスの話はしてはいけないんです。俗っぽい動機だけでは続きませんよ。なにしろ繁雑な儀式のために、覚えることがすごく多いですから。入会したのはいいけれども、面倒くさくなってやめてしまう人も多いんです。お金も時間もロスしますからね。ビジネス的にはマイナスの方が大きいでしょう」
 片桐氏が入会した当時、入会金は4万円で年会費が4〜5千円。30年以上も前のことだから、けっして安いとはいえない。しかし、この金額は30年間ほぼ据え置かれているという。
 「今では、そのあたりのスポーツクラブに入るより、ずっと安いんじゃないですか。以前はともかく、現在は金持ちのクラブじゃありません。僕らのような役員は、選挙で選ばれて就任するんですが、完全に手弁当で、報酬はありません。書記役だけ例外で実費が支払われますが、でも月に2万円くらいのものですよ。みんな完全に持ち出しです。
 入会に際しては、二人以上の会員の推薦が必要で、条件としては、職種は問われませんが正業に就いている成人男性であること、それからどんな宗教でも構わないが、信仰心を持っていること、この二つです。無神論者はだめなんですよ。したがって共産主義者の入会は認められません。これはイングランド系の伝統的なフリーメーソンリーの入会条件です。入会を希望したら誰でも入れるというわけでもありません。そのロッジのメンバーが投票を行ない、全員が同意した時のみ、認められるのです。
 入会の時には儀式があります。世間から何か怪しげな秘儀をしているではないかという、おどろおどろしいイメージを持たれがちなんですが、どうということはありません。マスターから兄弟愛とか隣人愛とか、ある意味では常識的な道徳観念を諭されるだけのことです。こうした儀式というのは形式的なもので、一種のお芝居のようなものですよ。オカルト的な興味で、入ってくる人も少なくないのですが、そういう人は決まって失望します(苦笑)」
 部外者に理解しがたいのは、なぜ、古めかしい儀式を後生大事に守らなければいけないのか、しかも、それをなぜ秘密にしなくてはいけないのか、という疑問である。
 私の質問に、「実は私も不思議でした」と片桐氏は笑って答えた。
 「一つには、ある程度秘密を保つことで会員同士の連帯感が生まれるということもあるでしょう。儀式を繰り返すことで、そこに込められた道徳律を染み込ませ、体得していくという建前もあります。しかし、現実的に必要なのは、会員相互の確認です。たとえば私が外国を旅行したとします。見知らぬ土地で、知り合いがいないのは心細いですから、その土地にあるロッジを訪ねるとします。すると、簡単な証明書の提示を求められ、儀式の内容を尋ねられ、メーソン独自の握手の方法などで、訪問者である私が、本当に会員かどうか確認するわけです。会員であるとわかったときから、『ミスター片桐』ではなく『ブラザー片桐』となり、いわば身内の人間として扱ってくれるようになる。原始的といえば原始的な方法ですよね。これだけ通信とコンピュータ・ネットワークの発達した時代に、口伝の儀式とか身振り手振りのサインに頼っているわけですから。これは起源に原因があるんだと思います。
 メーソンの起源については、諸説さまざまあります。人類最初のメーソンはアダムであるとか、ノアの箱船で有名なノアが初代のグランド・マスターであるとか。そうした話は山ほどメーソンのなかに伝わっていますが、でも、あくまで伝説です。
 伝説はともかくとして、実在するフリーメーソンリーは12世紀頃から記録があるのですが、その頃は世界各地の建築現場を移動しながら仕事をする石工の集団でした。当時は一部の上流階級をのぞき、文盲が普通の時代でしたから、口伝で建築の技術を伝え、仲間同士であることを確認するサインが生まれたわけです。その伝統が、近代に入って、石工の組合から一般の人たちの友愛団体となり、そして現在に至っても続いているわけです。ちなみに、伝統的な石工を実務的(operative)メーソン、石工ではないが哲学的探求を志して入会してきた人を思索的(speculative)メーソンと呼んで区別しています。近代以降のメーソンリーは、完全に後者で占められています。
 現代では正直言って、秘密の儀式とかサインというのは、時代錯誤という感じはしますよ。儀式を全部暗記するのも、大変面倒です。でも、わざわざこういう面倒な手続きをふむのも、長い間続けていると、悪くはないものだなと思えてくるから不思議ですよ。大人のお遊びみたいなところがありますが、やはり、連帯感というものは生まれますからね」
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