2018年05月28日
書評『人間であること』
こんにちわ、小谷中広之です
「小谷中広之」が読んだ本の書評をします。「小谷中広之」なりに感じたこと(感情)を書き、少しでも皆様の何かのきっかけになれればこのうえない喜びです(定期的に書評は更新していきます)
「小谷中広之」が感じ、思った事を書きたいと思っております
今回のご紹介する本は、時実利彦様の「人間であること」です
このような方にお勧めです
「孤独感を感じている人 自暴自棄に陥っている人 ネガティブ思考」
著者の方のプロフィール
「1909年岡山生れ 生理学者 医学博士 東京大学名誉教授 1973年死去」
まとめ
1970年代に出版された書物
今現在でも人間とそれ以外の生き物との区別を理解しようと推進する本は多数出版されている
人間であるという事実をもっと明確にするにはどうしたらよいのだろうか
昔は動物には痛みなどの神経はないと信じられていたし、現在では鳴き声でコミュニケーションする動物も多数発見され認知されている(つまり言葉を話すという事)
痛みや恐れを感じる動物、言葉を話す動物、道具を作り出す動物、建築する動物、仲間の死を悼む動物など古くはそうは考えられてこなかった動物たちの行動は、時の経過とともに多くの研究者や学者たちが塗り替えてきた
塗り替えられてきた人間と動物との境界の常識を感じることもできる昔の書物
しかし絶対に変わらないことがあるのが人間の向上心や知りたい(未知の体験)ことを知りたい(体験したい)と思う好奇心
私はこれこそが人間以外の動物にはない、人間と動物の違いなのではないかと感じる
だからって向上心や好奇心がない人は人間ではないのか?と問われても困る
人間は生まれながらにして人間であるから、どういう生き方をしても人間という生き物のくくりからは外れることはない
オオカミに育てられよう(この本にもオオカミに育てられた人間の話が載っている)と宇宙で出産した子供(未来にはありうるかもしれない。人きっとその子を宇宙人と呼ぶかもしれないが…それでも人間である)であろうと生きている限りソレは人間だ
人間をやめることは出来ない
人間をやめること、それは死を意味する
人は死んでも人の心の中で生き続けるかもしれないが、人間ではない
人間であることの極論は「生きている」
これに尽きる
しかしこれだけでは面白みがないからこそ研究者や学者は今日もその違いを発見すべく巨大な好奇心で生きている
ここまで読んでいただきありがとうございます。読んでいただいた方の人生での何かのお役に立てればとても嬉しいです
この本の他の文章が気になった方下記のサイトで購入可能です。
人間であること (岩波新書) [ 時実利彦 ] |
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