2019年07月01日
融合篇〈人魚姫〉四章
一節
血だらけのOLが街中を歩いている。
「う……」
ヤクザ風の女によって与えられた痛みは、
彼女をよりいっそう惨めにした。
「病院……行かなきゃ……。
こんな事で、死んじゃったら……」
怪我をした足を引きずって、彼女は歩く。
一歩踏み出すごとに、針のような
痛みがその足を襲った。
「……っ!」
呻く声も、掠れて。
爆風に晒された喉は、
焼けるような痛みを訴える。
「……ふふっ」
無意識の内に彼女は
笑っていた。
病気になると、親が優しくなった。
怪我をすると、友達が心配してくれた。
「ああ可哀想。可哀想。可哀想。
痛みは、同情を集める最高の媚薬。
Normal
- 【 人魚姫 】あの人にやられた所が痛い……けど……
- 【 人魚姫 】今の私……もしかしたら……
- 【 人魚姫 】とっても可哀想に見えないかしら……?
Hard
二節
ふらりと道端に座り込む。
すると、男の人が声を掛けてきた。
「大丈夫ですか!?」
……私は、嬉しかった。
三節
男の人の目が、私を憐れんでいる。
可哀想って思ってくれている!
ああ、それなのに――
四節
「意識はありますね。出血も止まっている」
「え……?」
「ここで少し休んでいてください。
他の人を診てから、また来ますので」
五節
救急隊員と思われるその人は、
私の右手首にタグを付けて去って行った。
タグの色は……緑色。
海に漂う、藻のような。
六節
ああ、そう。ドラマで見た気がする。
確か……こういう時のタグは
治療が必要な段階を表していて。
「緑は……」
七節
緑色は、一番軽い。
緊急の処置や搬送は、
必要ないと判断された人。
八節
どうして?私、こんなに痛いのに。
どうして?私、こんなに悲しいのに。
どうして?私、こんなに可哀想なのに。
どうして?どうして?どうして?どうして?
九節
――ああ、そうだわ。
もっと、惨めにならなきゃ駄目。
もっと……戦わなくちゃ。
十節:前半
OLは立ちあがった。
いつの間にか傷は完全に癒えている。
「これい、力のせいなの?」
黒いバケモノと戦える力。
受けた傷が治る力、
これでは彼女は強いまま。
可哀想になんて、なれる訳がない。
「きゃあああ!」
その時、群衆から悲鳴が上がった。
バケモノ達が再び襲いに来たのだ。
「……戦わなきゃ」
緑色のタグを引き千切ると、
OLは化け物に向けて走り出した。
現実で、黒い化け物達が踊る。
悲劇を求める愚かなOLを祝して。
そうだ。戦え。戦え。戦え。戦え。
ここが彼女の舞踏会。
Normal
- 【 人魚姫 】私、閃いたの。私は、戦う。
- 【 人魚姫 】みんなを守って。そうして傷ついて。
- 【 人魚姫 】最後に死ねば。
- 【 人魚姫 】みんな、私を綺麗に憐れんでくれる!
Hard
十節:後半
黒いバケモノ達の死体を築き上げ、
その上でOLは溜息をついた。
「……この程度じゃ、駄目」
彼女はヤクザ風の女の事を思い出す。
「あの人くらい、強い人じゃないと……
私を可哀想にできない……」
取り憑かれたように、彼女は歩きだした。
「強くて、私に悲劇をもたらす人……」
OLはぶつぶつと呟き続ける。
すると、その前に一人の女が現れた。
「あれは……」
憂いを秘めた瞳。
悲しげに顰められた。
――それは、
もう1人の彼女だった。
戦い続けたその先に待っていたモノは。
もう一つの世界で、
悲劇を求めて戦っていた自分だった。
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