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2021年09月20日

三浦綾子の「道ありき」でうつ病から病跡学を考える3

 気分障害の発病により思考の中にも虚しい気持が常に漂っているため、この作品の執筆脳を「虚無とうつ」にする。アメリカのツング博士が提案する自己診断表、ツングの自己評価うつ病尺度(日本成人病予防協会監修2014を参照すること)を「道ありき」に適用してみよう。

【ツングの自己評価】

 尺度の項目には、次のようなものがある。@気分が沈んで憂鬱だ、A朝方は一番気分がいい、B些細なことで泣きたくなる、C夜よく眠れない、D食欲は普通にある、E性欲は普通にある、F最近痩せてきた、G便秘である、H普段より動悸がする、I何となく疲れる、J気持ちはいつもさっぱりしている、Kいつも変わりなく仕事ができる、L落ち着かず、じっとしていられない、M将来に希望がある、Nいつもよりイライラする、O迷わず物事を決められる、P役に立つ人間だと思う、Q今の生活は充実していると思う、R自分が死んだほうが他の人が楽になると思う、S今の生活に満足している。
 
 それぞれの項目に「めったにない」「時々そうだ」「しばしばそうだ」「いつもそうだ」という選択肢がある。選択肢には、左から右または右から左へと番号1、2、3、4が付いている。「道ありき」の内容に照らして各項目の番号を選択し合計すると、スコアは53点となり、当時の三浦綾子が中程度の抑うつ傾向にあったことがわかる。そこでシナジーのメタファーを「三浦綾子と虚無」にする。
 虚無については、「道ありき」の第三部の中でも触れている。虚無とは、自己を喪失させ滅びに導く一つの力である。虚無に気づくことは、結核や癌の発見以上に大切である。虚しい世界にいれば、家事、勉学、芸術、就業、結婚など、どの道を選んでも虚しくならずにすむ道はない。
 しかし、ハンセン病のため手足が不自由で目も見えず、人を頼らなければ呼吸しかできない人の顔が輝いているとか、がん患者が日夜平和を祈り日々時間が足りないという話がある。どうしてこの人たちは、虚無に陥らないのであろうか。彼らは、奪うことができない実存を心得ている。実存とは、真実の存在であり、永遠に実在する神のことである。三浦綾子は、神を信じるときに、虚無を克服できるとする。

花村嘉英(2021)「三浦綾子の「道ありき」でうつ病から病跡学を考える」より

三浦綾子の「道ありき」でうつ病から病跡学を考える2

2 「道ありき」のLのストーリー
 
 人生では失うものもあれば得るものもある。例えば、病気になれば気持ちが滅入り、物事を悪く考えるようになる。三浦綾子も敗戦の翌年に肺結核の症状が出た。しかし、医師は、問診で肺結核と言わず、肺浸潤とか肋膜と説明した。肺結核と診断すれば、現代でいうがんの告知に匹敵したからである。何れにせよ、綾子は、生きる目標を失い、何もかもが虚しく思われる虚無の心境に陥った。 
 虚無的生活は、人間を駄目にする。三浦綾子曰く、全てが虚しいから、生きることに情熱はなく、何もかもが馬鹿くさくなり、全ての存在が否定的になって、自分の存在すら肯定できない。そんな時、医学生の前川正という人から聖書を薦められる。聖書は、教訓めいたことのみならず、虚無的な物の見方も含んでおり、自己を否定して追い込むと何かが開けると説く。そして綾子の求道生活も次第に真面目になっていく。そこで「道ありき」の購読脳を「虚無と愛情」にする。
 旭川での入院当初、三浦綾子自身は、結核からカリエスを発症していると思っていた。カリエスとは、骨の慢性炎症、ことに結核によって骨質が次第に溶け、膿が出るようになる骨の病である。一方、肺結核は、結核菌によって起る慢性の肺の感染症であり、多くは無自覚に起こり、咳、喀痰、喀血、呼吸促迫、胸痛などの局所症状、羸痩、倦怠、微熱、発汗または食欲不振、脈拍増加などの一般症状を呈する。カリエスは、症状が相当進まないと、医師はそのように診断しない。
 札幌に転院してから熱が続き体は痩せ血痰も出て排尿の回数が多くなり、夜だけで7、8回起きることがあった。病院では、血液検査、尿検査、1.8リットルの水を飲む水検査などの検査が続く。体は、ますます痩せ細り、胸部に空洞が判明した。背中も痛み、下半身に麻痺が来て失禁も伴い、まさにカリエスである。絶対安静の診断が下される。こうした身体疾患が原因となり、気分障害も発症している。
 
花村嘉英(2021)「三浦綾子の「道ありき」でうつ病から病跡学を考える」より

三浦綾子の「道ありき」でうつ病から病跡学を考える1

1 先行研究

 三浦綾子(1922−1999)が自身の闘病生活を描いた「道ありき」は、24歳から37歳までの実生活を描いている。この論文は、「道ありき」に描かれた三浦綾子の病状からうつ病の様子を探ることにより、病跡学の分析を試みる。そもそも入試や育成に違いがあるため、人文と医学は、共生の組合せの中で最も成立しにくい組である。また、心理と医学の組でも行動様式とか臨床心理が主要の研究のため、執筆脳は、殆んど研究されていない。 
 病跡学の参考資料として日本病跡学会の論集59号を使用する。その中にあるマックス・ウェーバーのうつ病に関する論文(高橋2000)は、うつ病に対して患者や家族がどのように対処するのかについてうつ病者の行動や周囲の反応という観点から考察をしている。この論文も、うつ病者(作者)の発病による影響や虚無感、周囲の人たちの対応、そして婚約者との死別を乗り越え、綾子が三浦光世と人生を再スタートする回復の場面について作者の病を追跡しながら考察していく。
 シナジーのメタファーの研究の流れを見ると、基本的に人文と自然科学の調節である。まず、人文と情報の計算文学が来て、次に人文と医学から病跡学の考察になる。その際、理工や医学の専門家による購読の研究と内包の違いを説明するために、まず認知の柱をスライドさせて医学と調節し、次にフォーマットのシフトによるLの考察を試みる。
 イメージでいうと、縦は比較とか照合を、横は異質の入出力を調節している。その際、人文と社会、人文と情報、文化と栄養、心理と医学といった組を作ることにより信号が横滑りする。信号の流れは、縦横共に分析、直感、エキスパートである。
 こうした購読脳と執筆脳の相互関係から三浦綾子のシナジーのメタファーについて考える。先行研究の計算文学の分析では、作家が思考を繰り返す問題解決の場面が考察対象であった。しかし、病跡学の場合は、問題未解決の場面も含めたより多くの場面の考察が可能である。

花村嘉英(2021)「三浦綾子の「道ありき」でうつ病から病跡学を考える」より

2021年06月29日

三浦綾子の「道ありき」の多変量解析−クラスタ分析と主成分7

6 まとめ 

 データベースの数字を用いてクラスタ解析から得られた特徴を場面ごとに平均、標準偏差、中央値、四分位範囲と考察し、それぞれ何が主成分なのか説明できている。そのため、この小論の分析方法は、既存の研究とも照合ができ、統計による文学分析がさらに研究を濃くしてくれている。

【参考文献】
片野善夫 ほすぴ162号 知っているようで知らない五感のしくみ−視覚 ヘルスケア出版 2018
加藤剛 多変量解析超入門 技術評論社 2013
日本成人病予防協会監修 健康管理士一般指導員受験対策講座 ヘルスケア出版 2014 
三浦綾子の「道ありき」 新潮文庫 2004
花村嘉英 計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか? 新風舎 2005
花村嘉英 从认知语言学的角度浅析鲁迅作品−魯迅をシナジーで読む 華東理工大学出版社 2015
花村嘉英 日语教育计划书−面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用 日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで 南京東南大学出版社 2017
花村嘉英 シナジーのメタファーの作り方−トーマス・マン、魯迅、森鴎外、ナディン・ゴーディマ、井上靖 中国日语教学研究会上海分会論文集 華東理工大学出版社 2018 
花村嘉英 从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默 ナディン・ゴーディマと意欲 華東理工大学出版社 2018
花村嘉英 川端康成の「雪国」から見えてくるシナジーのメタファーとは−「無と創造」から「目的達成型の認知発達」へ 中国日语教学研究会上海分会論文集 華東理工大学出版社 2019
花村嘉英 三浦綾子の「道ありき」の購読脳について ファンブログ 2019 

三浦綾子の「道ありき」の多変量解析−クラスタ分析と主成分6

◆場面3
北大病院を退院して旭川に帰ったわたしは、精密検査の結果を、家人や三浦光世にあらためて報告した。血痰や喀血で、しばしば死の恐怖をわたしに与えた空洞が、いまや完全に治っていること、カリエスも、七年にわたってギプスベッドに忍耐したおかげで、堅実に治っていることをお互いに奇跡と喜び合った。
A2 B1 C2 D1

ただ、結核性腹膜炎から婦人科の方が少し冒されているため、引き続いて超短波の療法を、旭川の病院で受けることになった。毎日の通院が、わたしの体を次第に鍛えて行った。十貫足らずだった体重が、いつしか十四貫にまでなっていった。A1 B1 C2 D2

明けて昭和三十四年の正月である。三浦が一番先に年賀に来てくれた。わたしたちは新年初めての礼拝を、二人で待った。聖書を共に読み、賛美歌を歌い、共に祈った。わたしは彼に尋ねた。「来年のお正月も来て下さるでしょうね。」A1 B1 C2 D2

あべかわ餅を食べていた彼は、箸をとめ黙って首を横にふった。「まあ!来てくださらないの?」わたしは驚いて彼を見た。彼はおだやかに笑って言った。「来年の正月は、二人でこの家に年賀に来ましょう」「え?二人で?」彼の言葉にわたしはハッとした。何とも言えない喜びが胸にこみあげた。A1 B1 C2 D1

三浦光世が帰った後、わたしは母に彼の言葉を告げた。夕食の時、母が父に言った。「とうさん、今年はタンスを買わなくてはなりませんよ」「タンスを?どうしてだ」「だって、綾ちゃんがと嫁に行くんですって」「綾子がお嫁に?相手は誰だ、人間か」A1 B1 C2 D1

【カラム】
A平均1.6 標準偏差0.55 中央値2.0 四分位範囲1.0 
B平均1.0 標準偏差0 中央値1.0 四分位範囲1.0
C平均2.0 標準偏差0 中央値2.0 四分位範囲2.0
D平均1.4 標準偏差0.55 中央値1.0 四分位範囲1.0
【クラスタABとクラスタCD】
AB 平均1.3低い、標準偏差0.2普通、中央値1.25低い、四分位範囲1.5普通
CD 平均1.7高い、標準偏差0.2普通、中央値1.75高い、四分位範囲1.5高い
【クラスタからの特徴を手掛かりにし、どういう情報が主成分なのか全体的に掴む】
BとCの標準偏差が0のため、直示と新情報を中心に描こうと思っている。
【ライン】合計は、言語の認知と情報の認知の和を表す指標であり、文理の各系列をスライドする認知の柱が出す数字となる。
@ 6、視覚以外、直示、新情報、解決 → 精密検査の結果を報告する。
A 6、視覚、直示、新情報、未解決 → 旭川の病院に通院する。 
B 6、視覚、直示、新情報、未解決 → 正月三浦光世が見舞いに来る。
C 5、視覚、直示、新情報、解決 → 来年の正月の話もする。
D 5、視覚、直示、新情報、解決 → 綾子は嫁に行くことになる。
【場面の全体】
 視覚情報が8割ほどしかなく、脳に届く通常の五感の入力信号の割合よりも低い。従って、ここでは視覚以外の情報が役に立っている。

花村嘉英(2020)「三浦綾子の『道ありき』の多変量解析−クラスタ分析と主成分」より

三浦綾子の「道ありき」の多変量解析−クラスタ分析と主成分5

◆場面2
わたしは、曾つて自分が、自殺を計ったことを思い出した。一人の人間が健康を取り戻すのに、これほどの苦しみを経なければならない。何とももったいないことを考えたのかと、その頃になってやっと自分の愚かさが悔やまれたりするのだった。A2 B1 C2 D2

彼の二回目の手術が終わった翌朝だった。うつらうつらしているわたしの病室に、彼の母と、弟さんが入って来た。私の所から借りたゴザを返しに来たという。そのゴザは、彼の母が病室に敷いて使うのに、わたしがお貸ししたのだった。A1 B1 C2 D1

驚いたわたしが、「どうして、もういらないのですか」と聞くと、「正が先ほど亡くなりましたから、もういらなくなったのです」と、おっしゃって、弟さんと二人で、わたしのベッドにつかまって泣かれるのだった。
A1 B1 C2 D2

「そんなはずがありません」
そう叫ぼうとおもうのだが、なかなか声にならない。やっと声になったかと思った時、わたしは目をさました。いまのが夢だったとは思えないほど、あまりにありありとしていて、わたしは言いようのない不吉な予感がした。いやな夢を見たというより、いやな幻を見せられたという感じだった。A2  B1 C1 D2

だが、わたしの夢とは反対に、彼は再び日に日に元気になり、やがて三月の末に退院することになった。彼の父が迎えに来られ、わたしを見舞ってくださった時、わたしは目を真っ赤に泣きはらしていた。大きな手術も無事に終って、元気に反っていくのだから、わたしは誰よりも喜んでいいはずだった。それなのに、なぜかわたしは泣けて仕方がなかった。A1 B1 C2 D1

【カラム】
A平均1.4 標準偏差0.55 中央値1.0 四分位範囲1.0
B平均1.2 標準偏差0.45 中央値1.0 四分位範囲1.0
C平均1.6 標準偏差0.55 中央値2.0 四分位範囲1.0
D平均1.6 標準偏差0.55 中央値2.0 四分位範囲1.0
【クラスタABとクラスタCD】
AB 平均1.3低い、標準偏差0.2低い、中央値1.25低い、四分位範囲1.5普通
CD 平均1.6普通、標準偏差0.49普通、中央値1.5普通、四分位範囲1低い
【クラスタからの特徴を手掛かりにし、どういう情報が主成分なのか全体的に掴む】
前川正を哀れに思う夢であるが、情報は旧から新、問題は未解決から解決へ進んでいく。
【ライン】合計は、言語の認知と情報の認知の和を表す指標であり、文理の各系列をスライドする認知の柱が出す数字となる。
@ 7、視覚以外、隠喩、旧情報、未解決 → 自殺をはかったことを愚かと悔やむ。
A 5、視覚、直示、新情報、解決 → 前川正の母が見舞いに来る。
B 6、視覚、直示、新情報、未解決 → 前川が死んだと告げる。
C 6、視覚以外、直示、旧情報、未解決 → 夢なのに厭な予感がした。
D 5、視覚、直示、新情報、解決 → 前川正は退院することになった。
【場面の全体】
 視覚情報が6割で通常の五感の入力信号の割合よりも低いため、視覚以外の情報が問題解決に効いている。

花村嘉英(2020)「三浦綾子の『道ありき』の多変量解析−クラスタ分析と主成分」より

三浦綾子の「道ありき」の多変量解析−クラスタ分析と主成分4

◆場面1 
言ってみれば、この世で望める限りの幸福を一心に集めていたわけだ。しかし彼は老人を見て、人間の衰えゆく姿を思い、葬式を見て、人の命の有限なることも思った。そしてある夜ひそかに、王宮も王子の地位も、美しい妻も子も棄てて、一人山の中に入ってしまった。A1 B1 C2 D1

つまり釈迦は、今まで自分が幸福だと思っていたものに、むなしさだけを感じ取ってしまったのであろう。伝導の書といい、釈迦といい、そのそもそもの初めには虚無があったということに、わたしは宗教というものに共通する一つの姿を見た。A1 B1 C2 D1

わたし自身、敗戦以来すっかり虚無的になっていたから、この発見はわたしに一つの転機をもたらした。
A1 B1 C2 D1

虚無は、この世のすべてのものを否定するむなしい考え方であり、ついには自分自身をも否定することになるわけだが、そこまで追いつめられた時に、何かが開けるということを、伝導の書にわたしは感じた。
A1 B2 C2 D1

この伝導の書の終わりにあった、「何時の若き日に、何時の造り主をおぼえよ」の一言は、それ故にひどくわたしの心を打った。それ以来私たちの求道生活は、次第にまじめになっていった。A1 B2 C2 D1

A平均1.0 標準偏差0 中央値1.0 四分位範囲1.0
B平均1.4 標準偏差0.55 中央値1.0 四分位範囲1.0
C平均2.0 標準偏差0 中央値2.0 四分位範囲2.0
D平均1.0 標準偏差0 中央値1.0 四分位範囲1.0
【クラスタABとクラスタCD】
AB 平均1.2普通、標準偏差0.2低い、中央値1.25普通、四分位範囲1低い
CD 平均1.5高い、標準偏差0低い、中央値]1.5普通、四分位範囲1.5普通
【クラスタからの特徴を手掛かりにし、どういう情報が主成分なのか全体的に掴む】
A、C、Dのバラツキが小さいことから、作者の考察は一定している。
【ライン】合計は、言語の認知と情報の認知の和を表す指標であり、文理の各系列をスライドする認知の柱が出す数字となる。
@ 5、視覚、直示、新情報、解決 → 釈迦が一人で山に入る。
A 5、視覚、直示、新情報、解決 → 宗教に見る共通性。
B 6、視覚、直示、新情報、未解決 → 発見による転機。
C 6、視覚以外、直示、旧情報、未解決 → 追いつめられると何かが開ける。
D 5、視覚、直示、新情報、解決 → 求道生活を修正。
【場面の全体】
 全体で視覚情報は10割であり、脳に届く通常の五感の入力信号の割合よりもかなり高いため、視覚の情報が問題解決に効いている。

花村嘉英(2020)「三浦綾子の『道ありき』の多変量解析−クラスタ分析と主成分」より

三浦綾子の「道ありき」の多変量解析−クラスタ分析と主成分3

3 多変量の分析

 多変量を解析するには、クラスタと主成分が有効な分析になる。これらの分析がデータベースの統計処理に繋がるからである。
 多変数のデータでも、最初は1変数ごとの観察から始まる。また、クラスタ分析は、多変数のデータを丸ごと扱う最初の作業ともいえる。似た者同士を集めたクラスタを樹形図からイメージする。それぞれのクラスタの特徴を掴み、それを手掛かりに多変量データの全体像を考えていく。樹形図については、単純な二個二個のクラスタリングの方法を想定し、変数の数や組み合わせを考える。
 作成したデータベースから特性が2つあるカラムを抽出し、グループ分けをする。例えば、A五感(1視覚と2それ以外)、Bジェスチャー(1直示と2比喩)、C情報の認知プロセス(1旧情報と2新情報)、D情報の認知プロセス(1問題解決と2未解決)というように文系と理系のカラムをそれぞれ2つずつ抽出する。
 まず、ABCDそれぞれの変数の特徴について考える。次に、似た者同士のデータをひとかたまりにし、ここでは言語の認知ABと情報の認知CDにグループ分けをする。得られた変数の特徴からグループそれぞれの特徴を見つける。
 最後に、各場面のラインの合計を考える。それぞれの要素からどのようなことがいえるのか考える。「道ありき」のバラツキが縦のカラムの特徴を表しているのに対し、ここでのクラスタは、一場面のカラムとラインの特徴を表している。なお、外界情報の獲得に関する五感の割合は、視覚82%、聴覚11%、嗅覚4%、触覚2%、味覚1%とする。(片野 2018)

花村嘉英(2020)「三浦綾子の『道ありき』の多変量解析−クラスタ分析と主成分」より

三浦綾子の「道ありき」の多変量解析−クラスタ分析と主成分2

2 三浦綾子の「道ありき」は気分障害

 「道ありき」の購読脳を「虚無と愛情」にする。回想録執筆時の記憶の中では、肺病のため虚しい思いがつきまとっている。気分障害の原因については、身体疾患との関連があるといわれている。日本成人病予防協会(2014)によると、うつの症状としては、心身のエネルギーが低下することによって日常生活に支障をきたした状態のことである。憂鬱感と不安感が混じった抑うつ感、考えがまとまらず決断に時間がかかり、注意散漫になる思考障害、物事に対する関心や興味が低下する意欲障害がうつ病の基本的な症状である。
 購読脳の組み合せ、「虚無と愛情」という出力が、共生の読みの入力となって横にスライドし、出力として「虚無とうつ」という執筆脳の組を考える。シナジーのメタファーは、「三浦綾子と虚無」として調節する。
人生の中では失うものもあれば得るものもある。三浦綾子も20代に入って敗戦の翌年に肺結核の症状が出た。しかし、医師は肺結核とは言わず、問診で肺浸潤とか肋膜と説明した。肺結核と診断すれば、現代でいうがんを宣告するようなものであった。何れにせよ何を目標に生きればよいのかわからず、綾子は、何もかもが虚しく思われる虚無の心境となった。

花村嘉英(2020)「三浦綾子の『道ありき』の多変量解析−クラスタ分析と主成分」より

三浦綾子の「道ありき」の多変量解析−クラスタ分析と主成分1

1 先行研究との関係

 これまでに三浦綾子(1922−1999)の「道ありき」執筆時の脳の活動を思考とし、シナジーのメタファーを作成している。(花村2019) この小論では、さらに多変量解析に注目し、クラスタ分析と主成分について考察する。それぞれの場面で三浦綾子の執筆脳がデータベースから異なる視点で分析できれば、自ずと客観性は上がっていく。この小論でシナジーのメタファーといえば「三浦綾子と虚無」を指す。

花村嘉英(2020)「三浦綾子の『道ありき』の多変量解析−クラスタ分析と主成分」より
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プロフィール
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花村嘉英
花村嘉英(はなむら よしひさ) 1961年生まれ、立教大学大学院文学研究科博士後期課程(ドイツ語学専攻)在学中に渡独。 1989年からドイツ・チュービンゲン大学に留学し、同大大学院新文献学部博士課程でドイツ語学・言語学(意味論)を専攻。帰国後、技術文(ドイツ語、英語)の機械翻訳に従事する。 2009年より中国の大学で日本語を教える傍ら、比較言語学(ドイツ語、英語、中国語、日本語)、文体論、シナジー論、翻訳学の研究を進める。テーマは、データベースを作成するテキスト共生に基づいたマクロの文学分析である。 著書に「計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」(新風舎:出版証明書付)、「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品−魯迅をシナジーで読む」(華東理工大学出版社)、「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで(日语教育计划书−面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用)」南京東南大学出版社、「从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲」華東理工大学出版社、「計算文学入門(改訂版)−シナジーのメタファーの原点を探る」(V2ソリューション)、「小説をシナジーで読む 魯迅から莫言へーシナジーのメタファーのために」(V2ソリューション)がある。 論文には「論理文法の基礎−主要部駆動句構造文法のドイツ語への適用」、「人文科学から見た技術文の翻訳技法」、「サピアの『言語』と魯迅の『阿Q正伝』−魯迅とカオス」などがある。 学術関連表彰 栄誉証書 文献学 南京農業大学(2017年)、大連外国語大学(2017年)
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