2017年03月25日
野球狂の詩 第12話感想 「よれよれ18番」
初回放映:1978年
フジテレビ系
今でも数少ない毎週放送の1時間アニメ。1977年に放送された水原勇気編が好評だった
ため、その続きである2話〜6話を月1放送。7話〜最終回の25話までが毎週放送される
という変則的な放送形態であった作品。水島新司の同名原作漫画のアニメ化であるが、最新
作の水原勇気編(1話〜11話)の後(12話〜25話)にそれより前の時系列のエピソー
ドが放映されたため、12話以降はOP以外には水原勇気は登場しない。
(ストーリー:ネタバレ)
セリーグ球団である東京メッツのピッチャー岩田鉄五郎は現役最年長の53歳で現役生活35
年の超ベテランである。3年間勝ち星無しであるが、観客動員が見込めるため、鉄五郎登板の
日は予告先発が恒例となっていた。あと1勝すれば150勝達成となる。娘婿の岩田清志は今
年で既に152勝(3年間で70勝)している同じ東京メッツのピッチャーであり鉄五郎と同
居している。清志は岩田の家では年寄りをまだ働かせていると言われる世間体を気にして、鉄
五郎に引退を強く進めていたが、鉄五郎には全くその気がない。
ある日鉄五郎は、大切にしていた若い頃の写真を孫の武司が破ってしまったのを怒れなかった
ことから、情を利用して勝つ方法を思いついた。息子の清志が先発の試合であったが、試合前
の練習や試合中、事あるごとに対戦相手のタイガースの選手に自分の老いをアピールして油断
させてストッパーとして役割を果たし、清志に今シーズン20勝目をプレゼントした。
しかし、長年鉄五郎とバッテリーを組んでいた今はメッツ監督の五利は、こんな手を使わなけ
ればならないなら鉄五郎も引退の潮時ではないかと思うのであった。
シーズンも終盤、東京メッツは5位に転落。鉄五郎はその後20戦登板がない。せめて4位に
上がって来年の開幕戦はホームの国分寺球場でやりたいと五利監督はつぶやく。鉄五郎は1度
でも五利に優勝を味合わせたかったと引退をにおわす発言をし始める。それを聞いた五利は3
日後のタイガース戦を鉄五郎の花道とするため、先発と決めてしまう。
その後、鉄五郎からの正式な引退宣言が無いまま、鉄五郎の真摯なトレーニング姿からメッツ
ナインも次の試合で引退ではないかと感じていた。球団オーナーは観客動員のためマスコミに
も引退をにおわせる情報を流し球場は満員となった。メンバー表に投手は鉄五郎しか登録され
ておらず、火浦をはじめとする投手陣は観客席で鉄五郎の完投を見守っていた。
この試合中、鉄五郎は正攻法の投球を続け、15打席目の田淵を三振に打ち取り6時間50分
かかった試合は53対10でタイガースの勝利で試合終了となった。球団が用意したマイクで、
鉄五郎は挨拶を始めるが、「もうわしが登板することもないやろ...。今年はな!」とまだ全く
引退するつもりがないことを宣言した。肩透かしをくった観客からはヤジが浴びせられた。
「墓場に足突っ込んでいる爺さんがよ!」というヤジに鉄五郎は。「爺さんが688球(通常の
5試合分の玉数)も投げられるか」と返す。最後に球団への感謝と五利監督に、来年こそ優勝
をプレゼントするという言葉を残し、鉄五郎は気を失ってマウンドに倒れた。
水原勇気編が終わって一気に男臭いペーソス溢れたエピソードになりました。
久しぶりにこの話を見て衝撃的だったのが、自分が鉄五郎と同年代になっていることと、いくら
アスリートの引退年齢が早いといっても鉄五郎が「墓場に足突っ込んでいる爺さん」とヤジられ
ていることでした。当時の50歳代に対する一般認識はそんなものだったのでしょうか。
1970年代後半という時代を偲ばせることは、登板後の鉄五郎が球場内の湯船につかりながら
ピンクレディーのヒット曲「サウスポー」を歌っていることでした。しかし酷い音痴なので側で
聞いていたトレーナーは何の曲がわからず、鉄五郎に怒られていました。また当時はやっていた
コメディアン小松正夫のギャグ「しらけ鳥音頭」から「しらけ鳥が飛んでいるムードやな」とい
う鉄五郎のセリフがあります。
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フジテレビ系
今でも数少ない毎週放送の1時間アニメ。1977年に放送された水原勇気編が好評だった
ため、その続きである2話〜6話を月1放送。7話〜最終回の25話までが毎週放送される
という変則的な放送形態であった作品。水島新司の同名原作漫画のアニメ化であるが、最新
作の水原勇気編(1話〜11話)の後(12話〜25話)にそれより前の時系列のエピソー
ドが放映されたため、12話以降はOP以外には水原勇気は登場しない。
(ストーリー:ネタバレ)
セリーグ球団である東京メッツのピッチャー岩田鉄五郎は現役最年長の53歳で現役生活35
年の超ベテランである。3年間勝ち星無しであるが、観客動員が見込めるため、鉄五郎登板の
日は予告先発が恒例となっていた。あと1勝すれば150勝達成となる。娘婿の岩田清志は今
年で既に152勝(3年間で70勝)している同じ東京メッツのピッチャーであり鉄五郎と同
居している。清志は岩田の家では年寄りをまだ働かせていると言われる世間体を気にして、鉄
五郎に引退を強く進めていたが、鉄五郎には全くその気がない。
ある日鉄五郎は、大切にしていた若い頃の写真を孫の武司が破ってしまったのを怒れなかった
ことから、情を利用して勝つ方法を思いついた。息子の清志が先発の試合であったが、試合前
の練習や試合中、事あるごとに対戦相手のタイガースの選手に自分の老いをアピールして油断
させてストッパーとして役割を果たし、清志に今シーズン20勝目をプレゼントした。
しかし、長年鉄五郎とバッテリーを組んでいた今はメッツ監督の五利は、こんな手を使わなけ
ればならないなら鉄五郎も引退の潮時ではないかと思うのであった。
シーズンも終盤、東京メッツは5位に転落。鉄五郎はその後20戦登板がない。せめて4位に
上がって来年の開幕戦はホームの国分寺球場でやりたいと五利監督はつぶやく。鉄五郎は1度
でも五利に優勝を味合わせたかったと引退をにおわす発言をし始める。それを聞いた五利は3
日後のタイガース戦を鉄五郎の花道とするため、先発と決めてしまう。
その後、鉄五郎からの正式な引退宣言が無いまま、鉄五郎の真摯なトレーニング姿からメッツ
ナインも次の試合で引退ではないかと感じていた。球団オーナーは観客動員のためマスコミに
も引退をにおわせる情報を流し球場は満員となった。メンバー表に投手は鉄五郎しか登録され
ておらず、火浦をはじめとする投手陣は観客席で鉄五郎の完投を見守っていた。
この試合中、鉄五郎は正攻法の投球を続け、15打席目の田淵を三振に打ち取り6時間50分
かかった試合は53対10でタイガースの勝利で試合終了となった。球団が用意したマイクで、
鉄五郎は挨拶を始めるが、「もうわしが登板することもないやろ...。今年はな!」とまだ全く
引退するつもりがないことを宣言した。肩透かしをくった観客からはヤジが浴びせられた。
「墓場に足突っ込んでいる爺さんがよ!」というヤジに鉄五郎は。「爺さんが688球(通常の
5試合分の玉数)も投げられるか」と返す。最後に球団への感謝と五利監督に、来年こそ優勝
をプレゼントするという言葉を残し、鉄五郎は気を失ってマウンドに倒れた。
水原勇気編が終わって一気に男臭いペーソス溢れたエピソードになりました。
久しぶりにこの話を見て衝撃的だったのが、自分が鉄五郎と同年代になっていることと、いくら
アスリートの引退年齢が早いといっても鉄五郎が「墓場に足突っ込んでいる爺さん」とヤジられ
ていることでした。当時の50歳代に対する一般認識はそんなものだったのでしょうか。
1970年代後半という時代を偲ばせることは、登板後の鉄五郎が球場内の湯船につかりながら
ピンクレディーのヒット曲「サウスポー」を歌っていることでした。しかし酷い音痴なので側で
聞いていたトレーナーは何の曲がわからず、鉄五郎に怒られていました。また当時はやっていた
コメディアン小松正夫のギャグ「しらけ鳥音頭」から「しらけ鳥が飛んでいるムードやな」とい
う鉄五郎のセリフがあります。
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