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2018年02月21日

“時代”と“ことば”

 時代によって「ことば」は変容しますね。

何を隠そう、私の世代はテレビで「新人類」と言われた一期生です。二十歳頃にです。
私よりたった二つしか歳の離れていない先輩とも、私たちは違うんだと思い暮らしてきました。

そんな私ですが、50代になると、今の若い人たちはまた違う人たちに感じて見えてしまいます。
素行とかファッションとか変わっていくのも普通のことだし、「ことば」だって変わって当然なのでしょう。

思うと、「とても」とか「かなり」「非常に」「ひどく」といった言葉(「程度副詞」というんですね)は特に、その時代時代の若い人たちからイジられる傾向にあったと思います。

私が高校の頃は、「爆」を付けて呼ぶことがありました。「爆笑」から来ているのかも知れません。
例えば、とても悲惨なことを「爆惨(ばくさん)」。懐かしいことは「爆懐(ばくなつ)」。
あと、北海道なので「なまら」というのは使いましたね。「なまら痛い」とか「なまらおかしい」など。

今では「めっちゃ」といいますね。
私は使うことありませんけど。

何となく関西風な響きを感じる「めっちゃ」ですが、例えばお笑いの“ダウンタウン”とか、いい歳の人たちはやはり使っていないと思います。

 いま私はどうなんだろう、、、
「爆惨」も「なまら」も使うことはありません。「とても」や「やたら」で済ませます。

あと、「ヤバい」の使い方も変わりました。
私が思う「ヤバい」とは、「ヤバい、逃げよう!」というように必ず悪い状況で使っていました。

でも今は違いますよね。
良いことにも使っていますね。
その感覚が伝わりません。悪いものが良いものだと言われても、ピンとこないように。

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「この刺身、ヤバい!」と言われたら、食べては体に危険だと思ってしまいます。

 このように「ことば」が時代とともに変化していくのは、自然の成り行きだし、私たち自身も変化させてきた一因だと思います。
しかし最近の動向として思うのには、新しい言葉を作るのではなく、使い方を変えている気がするのです。

「感覚」や「フィーリング」というのは大切なことで、コミュニケーションには必要だと思っています。
でも「感覚」や「フィーリング」で言葉が持つ、本来の意味を置き去りにされている気がして焦ります。

先日も、
2018/2/3「もっとも重要なひとつ?」にも書いたように、「世界でもっとも偉大な発明家のひとり」は、「もっとも」といった時点で一人のはずなのに、もっとも偉大な人たちが何人もいる状況になっています。

また、よく来るメールに
「───イチオシその1───」
「───イチオシその2───」
というのもおかしな話。「イチオシその2」だったら、すでにイチオシではないのでは?

 言葉が自由に変遷するのは時代を映しているのでしょう。
でも今は自由になり過ぎだと心配しているのは私だけでしょうか。





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posted by CSおじさん at 01:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 随想
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