2008年03月06日
猫姫の舞踏 16
また、するりと夢の世界へ入り込む。
また、あの女と魔術師の夢を見る。
そしてまた、ノアールは黙って、その二人を見守っていた。
――あなた、顔色が悪いわ。本当に、この峠を越えられるの?――
女が魔術師に尋ねる。魔術師は確かに、青い顔をしている――かなり痩せているし、体はあまり、丈夫な方ではないらしい。
――ああ、うん……。大丈夫だよ、アイラ。こんなところで、休んではいられない――
(アイラ? あの、女の人のこと?)
ノアールは少し、驚いた。この夢を何年もずっと見続けて、今ようやく、女の名前を聞かされたのだ。
(ううん、それだけじゃない。ここ――このシーン、初めて見る)
――無理、しないでね。もしあなたが倒れたら、あたし――
魔術師はにこっと微笑み、女に応える。
――大丈夫、大丈夫。私にはまだ、やらなければならないことがある。そして、君も……、あ、いや。君たちも、守らなきゃいけない――
――……うん。お願いね、フォス――
ここで、夢から覚めてしまった。
(あれ……? いつもの、倒れるシーン、は……?)
眠る時間が短かったためなのか、いつも見る、フォスと言う魔術師が倒れ、アイラと言う女が泣き叫ぶシーンを見ることは無かった。
(……でも。何だか、幸せそうだった)
いつも見る悲劇のシーンとは違う、あの二人の幸せそうな会話と、笑顔。その二人の顔も、初めて見たような気も――。
(……初めて、かな? どこかで、見たような、気が)
ぼんやり考えているうち、また、眠気がやってくる。
今度は、夢を見なかった。いや、見たような気もするが――。
「おい、ノアール! ブラン! もうスタン駅に着くぜ! ほら、起きなって!」
カインの声と、慌てて飛び起きたせいで、こっちの方はすっかり、忘れてしまった。
「ん、ん〜! あー、関節ポキって鳴った!」
何時間も列車に揺られて疲れたのか、ブランが伸びをしている。カインも同じように、首をコキコキ言わせ、体をほぐす。
「はー……。もう大分、暗くなっちまったなぁ。宿、あるかな?」
「あるかな、って……。まだ、付いてくる気?」
「おう」
当たり前のように、カインがうなずく。ノアールはもう、この話をすること自体、不毛な気がし始めていた。
(どうすればいいのかしら、ね。……もう!)
(黄輪)