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2014年02月13日

ヘリウム

ヘリウム (新ラテン語[2]: helium)は、原子番号 2、元素記号 He の元素。

無色、無臭、無味、無毒で最も軽い希ガス元素である。すべての元素の中で最も沸点が低く、加圧下でしか固体にならない。ヘリウムは不活性の単原子ガスとして存在する。また、存在量は水素に次いで宇宙で2番目に多い。ヘリウムは地球の大気の0.0005%を占め、鉱物やミネラルウォーターの中にも溶け込んでいる。天然ガスと共に豊富に産出し、気球や小型飛行船の浮揚用ガスとして用いられたり、液体ヘリウムを超伝導用の低温素材としたり、深海へ潜る際の呼吸ガスとして用いられている。



目次 [非表示]
1 特徴
2 用途
3 歴史 3.1 発見
3.2 産出と利用

4 同位体
5 関連項目
6 脚注 6.1 注釈
6.2 出典

7 外部リンク


特徴[編集]

標準状態において、ヘリウムは単原子ガスとして存在する。ヘリウムを固化するには非常に特殊な条件下に置かなければならない。元素の中で沸点が最も低く、標準圧力下では温度を下げて絶対零度になっても不確定性原理のため液体のままであり、固化するにはさらに高い圧力をかける必要がある。液体とガスの臨界温度の差は 5.19 K しかない。固体ヘリウムはヘリウム3とヘリウム4で必要な圧力が異なり、圧力を調節して体積の30%をコントロールすることができる。ヘリウムは比熱容量が非常に高く、密度の高い蒸気となり、部屋の温度が上昇すると素早く膨張する。

固体ヘリウムは 1.5 K、2.5-3.5 MPa という非常に低い温度と高い圧力の下でしか存在できない。だいたいこのくらいの温度以上になると、相転移を起こしてしまう。これ以下の温度ではそれぞれ立方体型の分子を作っている。

ヘリウム-4の2つの液体状態、ヘリウムIとヘリウムIIは、量子力学の研究(超流動現象)において重要で、物質が超伝導を帯びるような絶対零度に近い超低温で発現する。

人体が吸い込むととても高い音が出る。純度の高いものを吸い過ぎると視界がブラックアウトし、まともに呼吸ができなくなり、窒息死するので注意が必要。

用途[編集]

ヘリウムは空気よりも軽いため、浮揚用ガスとして使われ、広告用バルーンや天体観測用気球、軍事用偵察気球などに使用されている。ヘリウムは水素の92.64%もの浮揚力があり、燃えないため、水素よりも安全なガスとして風船のガスなど広く利用されている。

以下のような他の用途がある。
ヘリウムと酸素等との混合ガスはテクニカルダイビングなど、深海潜水用の呼吸ガスとして用いられる。ヘリウムは窒素よりも麻酔作用が少ないため、窒素中毒などの中毒症状を起こしにくい。さらにヘリウムは粘度が低いため、高圧下でも呼吸抵抗が小さく、身体からの排泄速度が速いため、使い方によっては減圧症になる可能性を低減できる。欠点として熱伝導率が高いため、体温調節が難しくなり低体温症になる危険があること、また空気と比較してはるかに高価であることがある。ヘリウムと酸素の混合ガスであるヘリオックスと、ヘリウム、酸素、窒素を混合したトライミックスがある。
ヘリウム中では音速が空気中よりずっと速い(純粋ヘリウム中では約1000m/s)ため[注 1]、ヘリウムを吸入してから発声すると、甲高い音色の奇妙な声が出る(ドナルドダック効果)。これに着目して、いわゆるパーティグッズとしても利用される。ヘリウムに毒性はないが、酸素を混入していないヘリウムを吸入したことによる酸欠事故がまれに起こっている。このため、パーティグッズのヘリウム缶は酸素が20%ほど含まれている。
ヘリウムは沸点、融点ともに最も低い元素であり、液体ヘリウムは他の超低温物質よりも低温となり、超伝導や低温学など、絶対零度に近い環境での研究が必要な分野で冷媒として使用されている。また、ヘリウム3とヘリウム4を使った希釈冷凍法がある。
能美防災の民生用蓄圧式消火器には、窒素の代わりに圧力源として使われている。
ガスクロマトグラフィーなどの搬送ガスとしても使用される。
水素爆弾では水素がヘリウムになる核融合反応が使用されている。
液体ヘリウムはロケットの噴射口を守る冷却剤、シリコンやゲルマニウム結晶の保護材、あるいは原子炉の冷却材、超音速風洞実験での充満ガスとして用いられている。
同位体であるヘリウム3は核融合発電の燃料としての利用が考えられている。しかし、現在熱核融合炉で想定されている温度の領域では、トリチウム燃料の場合に比べて核融合反応が起こりにくい上、地球上で天然に採取する事はほとんど不可能である。太陽から噴出した太陽風が月面に堆積した物を採取する、木星などの木星型惑星で採取する等の方法が検討されている。
液体ヘリウムはNMRやMRIの測定装置で超伝導電磁石の冷却に使われている。
ヘリウムは分子が小さく、きわめて微小な孔にも浸入可能であるため(ヘリウムを詰めた風船が時間が経つと小さくしぼみ、浮力が落ちるのはこのためである)、配管のリーク(漏れ)を高精度で非破壊検査するのに用いられることがある(配管に気体のヘリウムを流してヘリウムリークディテクタで漏れを検知する)。前述の特徴のほか、化学的に安定で人畜に無害、また大気中にほとんど存在しないため誤検出の心配がないなど、この用途には理想的な物質であるとされている。 しかしわずかな隙間にも侵入するため、潜水艦や減圧室などヘリウムの混合ガスを使用する状態において、防水として設計された時計などの隙間にも侵入し、圧力変化によって腕時計のガラスを吹き飛ばしてしまうことがある。このため、一部のダイバーズ・ウォッチにはヘリウム・エスケープ・バルブが付いており、この機構で内部のヘリウムを自動的に外へ逃がすことができる。

水素に次いで軽い気体であるため、ポンプなどを使って移動させる時に少ないエネルギーで素早く移動させる事ができる。また液体に溶けやすく人体に無害と言う特性もあり、血管内で素早く膨らませたり縮めたりすることで心臓の機能を補助するIABPのバルーンに吹き込む気体として採用されている。

歴史[編集]

発見[編集]

ヘリウム原子の存在を示す最初の証拠は、1868年8月18日に太陽の彩層部分の光を発光分光分析(en)した際に見つかった、波長587.49ナノメートルの黄色い輝線だった。これを発見したのは、インドのグントゥールで皆既日食を観察していたフランス人天文学者のピエール・ジャンサンだった[3]。彼は当初、この線はナトリウムを示すと考えたが、同年10月20日にイギリス人天文学者ノーマン・ロッキャーがやはり太陽光を分析して黄線を観測し、ナトリウムのフラウンホーファー線記号D1やD2に近かったことから、D3と名づけた[4]。ロッキャーは、この元素が太陽を構成する地球では知られていない元素だと結論づけ、彼とイギリスの化学者エドワード・フランクランドは、ギリシア語で太陽(ἥλιος)を意味する「ヘリウム」と名づけた[5][6][7]。





ヘリウムのスペクトル
1882年、イタリアの物理学者ルイージ・パルミエーリ(en)は、ヴェスヴィオ山の溶岩を分析していた際に、スペクトルD3線を見つけた。これが地球上で初めてヘリウムの存在を示唆する証拠となった[8]。

1895年3月26日、イギリスの化学者ウィリアム・ラムゼー卿がクレーベ石(en)(10%以上の希土類元素を含む閃ウラン鉱)と無機酸を反応させる実験を通じてヘリウムの分離に成功し、地球上で初めて生成した。ラムゼーはアルゴンを探していたが、硫酸で発生させたガスから窒素や酸素を取り除いた残りをスペクトル分光して調べたところ、太陽光と同じD3線を発見した[4][9][10][11]。そしてこれが、ロッキャーやウィリアム・クルックスが名づけた「ヘリウム」であると同定した。実はアメリカの地球科学者ウィリアム・フランシス・ヒレブランド(en)がラムゼーに先立ち閃ウラン鉱標本の試験を行っている際に変わったスペクトルを見つけていたが、彼はこれを窒素のスペクトルと思い込んでいた。ヒレブランドはラムゼーに祝辞の手紙を送っている[12]。

原子量を計測できる程度の量は、スウェーデンウプサラ市でペール・テオドール・クレーベとアブラハム・ラングレ(en)が抽出に成功した[13][14]。

1907年(1903年?)にアーネスト・ラザフォードとトーマス・ロイズは、新しく見つかったガスをガラス管に詰めてスペクトルを調べようとした際に、粒子が薄いガラス壁を通り抜けることを見つけ、アルファ粒子がヘリウムの原子核であることを突き止めた。1908年にはオランダのヘイケ・カメルリング・オネスがガスを1K以下まで冷却し、液化に初めて成功した[15]。彼はさらに温度を下げて固体を得ようとしたが、常圧のヘリウムは三重点を持たないため、これには失敗した。しかし、1926年に、オネスの教えを受けたウィレム・ヘンドリック・ケーソンが1cm3のヘリウム固体化に初めて成功した[16]。

1938年、ロシアのピョートル・カピッツァは絶対零度近くまで冷却したヘリウム4がほとんど粘性を持っていないことを発見し、これは超流動と呼ばれた[17]。1972年には、アメリカのダグラス・D・オシェロフ、デビッド・リー、ロバート・リチャードソンによって、絶対零度に近い温度域でヘリウム3でも同じ現象が発見された[18]。

産出と利用[編集]

1903年、アメリカ・カンザス州デクスター(en)で石油掘削のボーリングが行われたところ、不燃性のガスが湧き出た。カンザス在住の地質学者エラスムス・ハワース(en)がこれを収集し、ローレンス市のカンザス大学で化学者ハミルトン・キャディ(en)とデイヴィッド・マクファーランドの協力を得て成分解析を行った。その結果、ガスは質量比で窒素72%、メタン15%(酸素がなかったため燃焼しなかった)、水素1%と、残り12%の成分は解明できなかった[19]。さらに解析を進めた結果キャディとマクファーランドは、1.84%はヘリウムであることを突き止めた[20][21]。これによって、地球全体では希少であるヘリウムがアメリカのグレートプレーンズ地下に大量に存在しており、天然ガスの副産物として入手可能だということが判明した[22]。アメリカの主なヘリウム含有ガス田は、ほとんどがカンザス州、オクラホマ州、テキサス州西部の地域にある[23]。

この発見によって、アメリカ合衆国は一大ヘリウム供給国となった。第一次世界大戦時、リチャード・スレルホール卿(en)の助言を受けて、アメリカ海軍は3基の実験的な小規模ヘリウム製造設備に投資をした。これは、空気よりも軽く不燃性のガスを阻塞気球に使う目的があった。これ以前、ヘリウムガスは通算で1m3も得られていなかったのだが、この計画で生産されたガスは純度92%で5,700m3にのぼり[4]、1921年12月1日に処女航行を行った世界初のヘリウム飛行船C-7(アメリカ海軍)にも使われた[24]。

第一次世界大戦中、抽出方法は低温によるガスの液化法からそれほど改良されなかったが、生産は続けられた。当初は飛行船などの揚力ガス(en)需要が中心だったが、第二次世界大戦中にはそれに加えアーク溶接用の需要が拡大した。ヘリウム質量分析計(en)も原子爆弾を製造するマンハッタン計画で用いられた[25]。





テキサス州アマリロにあるヘリウムモニュメント。1960年代に造られた。
1925年、アメリカ合衆国連邦政府は、テキサス州アマリロでヘリウム国家備蓄計画(en)を発動した。これは、民間の商用や戦時の軍用目的の飛行船へ供給体制を備えることを目的とした[4]。アメリカ軍はドイツへのヘリウム輸出を制限したが、これが水素を用いざるをえなくなったヒンデンブルク号の爆発事故の遠因となった。大戦後にヘリウム需要は縮小したが、1950年代に入ると、宇宙開発競争や冷戦を背景としたロケットエンジンの推進剤用などへ酸素や水素の冷却用として、ヘリウムの用途は広がった。1965年、アメリカのヘリウム消費量は戦時中の最大量の8倍にもなった[26]。「ヘリウム条例1960修正条項」(Public Law 86–777)発布後、アメリカ合衆国鉱山局(USBM)は、カンザス州ブシュトン市(en)にある複数の民間所有ガス精製工場から天然ガス中のヘリウム回収を始め、これを延長684kmのパイプラインでテキサス州アマリロ近郊のクリフサイドにある国家備蓄基地へ集約した[23]。これらのヘリウム-窒素混合ガスはクリフサイド周辺のガス田に再注入され、純度向上と貯蔵を両立させた[27]。

1995年段階で、アメリカのヘリウム備蓄量は10億m3[23](14億ドル相当)に達し、翌年に議会は貯蔵増の停止と[28]、「ヘリウム民営化条例1996」(Public Law 104–273)を採決して、2005年までに備蓄ヘリウムをすべて販売することを内務省に命じた[23][29]。ただし、備蓄分の売り切りは2015年と予想される[23]。

1930年から1945年にかけて生産され、飛行船に使われたヘリウムの純度は98.3%であった。1945年には純度99.9%ヘリウムが溶接用に少々製造された。1949年までにヘリウムはグレードA(99.95%)まで商用生産が実現した[30]。





工業用ヘリウムの需要は急増している。
長い間、アメリカは全世界の商用ヘリウム生産量90%以上を担って来た。その他にはカナダ、ポーランド、ロシア等でも生産された。1990年代中頃、アルジェリアのアルゼウ(en)にて、全ヨーロッパの需要量を賄う1,700万m3の新工場が稼動を開始した。2000年までにアメリカのヘリウム総需要は年間1500万kgまで増加したが[31]、2004年から2006年にかけてカタールのラス・ラファンとアルジェリアのスキクダ(en)でそれぞれ新工場の建設が行われた。2007年段階で、ラス・ラファンは稼動率50%、スキクダは未稼働の状態にある。しかし、アルジェリアはスキクダでの生産が始まれば、世界2位の供給国となる[32]。その一方で、世界的なヘリウム需要は価格とともに上昇し[33]、2007年の消費量は2002年比倍増となった[34]。需給バランスの変動により、将来は深刻なヘリウム不足と価格高騰が予測される[35][36]。

2012年には、世界的なヘリウム供給不足が発生した。原因は、アメリカでの設備トラブル、新興国での需要増などが考えられている[37][38][39]。このため、東京ディズニーリゾートでは2012年11月21日からパーク内でのヘリウム風船の販売を休止した[40]。

同位体[編集]

詳細は「ヘリウムの同位体」を参照

ヘリウム原子の原子核は 2つの陽子と2つの中性子からなり、周りを2つの電子が回って構成される(ヘリウム4)。同位体にヘリウム3(陽子 2、中性子 1、電子 2)がある。

ヘリウム3は、天然には非常に僅かしか存在しないので、原子炉で生成したものが利用される。原子炉内で、リチウム6に中性子を当てると、三重水素とヘリウム4ができ、この三重水素がベータ崩壊して、ヘリウム3となる(半減期12.5年)。

そのほか、人工的に作られた同位体としては、ヘリウム6、ヘリウム8、ヘリウム10などがある。

ヘリウムの同位体を用いた地球化学的な応用は大きく分けて2つある。まず、ヘリウム3をトレーサーとした地球物質の循環を探ることができる。もうひとつは岩石中に天然に存在する放射性同位体であるウランやトリウムの放射壊変(アルファ崩壊)に伴って放出されるヘリウム4の蓄積量から、その岩石の生成年代を求めることができる(U, Th/He 放射年代測定)。

関連項目[編集]

ウィキメディア・コモンズには、ヘリウムに関連するメディアがあります。
超流動
反ヘリウム
ヘリウムフラッシュ
液体ヘリウム

脚注[編集]

注釈[編集]

1.^ 共鳴の起こる波長(喉頭腔の大きさに依存)を一定とすると、周波数はその媒質を伝わる波の速さに比例する。周波数#定義を参照。

出典[編集]

1.^ Magnetic susceptibility of the elements and inorganic compounds, in Handbook of Chemistry and Physics 81st edition, CRC press.
2.^ http://www.encyclo.co.uk/webster/H/27
3.^ Kochhar, R. K. (1991). “French astronomers in India during the 17th - 19th centuries”. Journal of the British Astronomical Association 101 (2): 95–100 2008年7月27日閲覧。.
4.^ a b c d Clifford A. Hampel (1968). The Encyclopedia of the Chemical Elements. New York: Van Nostrand Reinhold. pp. 256–268. ISBN 0442155980.
5.^ Sir Norman Lockyer - discovery of the element that he named helium" Balloon Professional Magazine, 07 Aug 2009.
6.^ “Helium”. Oxford English Dictionary (2008年). 2008年7月20日閲覧。
7.^ Thomson, W. (1872). Frankland and Lockyer find the yellow prominences to give a very decided bright line not far from D, but hitherto not identified with any terrestrial flame. It seems to indicate a new substance, which they propose to call Helium. Rep. Brit. Assoc. xcix.
8.^ Stewart, Alfred Walter (2008). Recent Advances in Physical and Inorganic Chemistry. BiblioBazaar, LLC. p. 201. ISBN 0554805138.
9.^ Ramsay, William (1895). “On a Gas Showing the Spectrum of Helium, the Reputed Cause of D3 , One of the Lines in the Coronal Spectrum. Preliminary Note”. Proceedings of the Royal Society of London 58: 65–67. doi:10.1098/rspl.1895.0006.
10.^ Ramsay, William (1895). “Helium, a Gaseous Constituent of Certain Minerals. Part I”. Proceedings of the Royal Society of London 58: 80–89. doi:10.1098/rspl.1895.0010.
11.^ Ramsay, William (1895). “Helium, a Gaseous Constituent of Certain Minerals. Part II--”. Proceedings of the Royal Society of London 59: 325–330. doi:10.1098/rspl.1895.0097.
12.^ Munday, Pat (1999). John A. Garraty and Mark C. Carnes. ed. Biographical entry for W.F. Hillebrand (1853–1925), geochemist and U.S. Bureau of Standards administrator in American National Biography. 10-11. Oxford University Press. pp. 808–9; 227–8.
13.^ (ドイツ語) Langlet, N. A. (1895). “Das Atomgewicht des Heliums” (German). Zeitschrift für anorganische Chemie 10 (1): 289–292. doi:10.1002/zaac.18950100130.
14.^ Weaver, E.R. (1919). “Bibliography of Helium Literature”. Industrial & Engineering Chemistry.
15.^ van Delft, Dirk (2008). “Little cup of Helium, big Science” (PDF). Physics today: 36–42 2008年7月20日閲覧。.
16.^ “Coldest Cold”. Time Inc.. (1929年6月10日) 2008年7月27日閲覧。
17.^ Kapitza, P. (1938). “Viscosity of Liquid Helium below the λ-Point”. Nature 141: 74. doi:10.1038/141074a0.
18.^ Osheroff, D. D.; Richardson, R. C.; Lee, D. M. (1972). “Evidence for a New Phase of Solid He3”. Phys. Rev. Lett. 28 (14): 885–888. doi:10.1103/PhysRevLett.28.885.
19.^ McFarland, D. F. (1903). “Composition of Gas from a Well at Dexter, Kan”. Transactions of the Kansas Academy of Science 19: 60–62. doi:10.2307/3624173 2008年7月22日閲覧。.
20.^ “The Discovery of Helium in Natural Gas”. American Chemical Society (2004年). 2008年7月20日閲覧。
21.^ Cady, H.P.; McFarland, D. F. (1906). “Helium in Natural Gas”. Science 24 (611): 344. doi:10.1126/science.24.611.344. PMID 17772798.
22.^ Cady, H.P.; McFarland, D. F. (1906). “Helium in Kansas Natural Gas”. Transactions of the Kansas Academy of Science 20: 80–81. doi:10.2307/3624645 2008年7月20日閲覧。.
23.^ a b c d e 小川亮. “ロシアのヘリウム生産の現状と展望” (日本語). 日露技術ニュース. 2010年6月5日閲覧。
24.^ Emme, Eugene M. comp., ed (1961). “Aeronautics and Astronautics Chronology, 1920–1924”. Aeronautics and Astronautics: An American Chronology of Science and Technology in the Exploration of Space, 1915–1960. Washington, D.C.: NASA. pp. 11–19 2008年7月20日閲覧。.
25.^ Hilleret, N. (1999). “Leak Detection”. In S. Turner (PDF). CERN Accelerator School, vacuum technology: proceedings: Scanticon Conference Centre, Snekersten, Denmark, 28 May – 3 June 1999. Geneva, Switzerland: CERN. pp. 203–212. "At the origin of the helium leak detection method was the Manhattan Project and the unprecedented leak-tightness requirements needed by the uranium enrichment plants. The required sensitivity needed for the leak checking led to the choice of a mass spectrometer designed by Dr. A.O.C. Nier tuned on the helium mass."
26.^ Williamson, John G. (1968). “Energy for Kansas”. Transactions of the Kansas Academy of Science (Kansas Academy of Science) 71 (4): 432–438 2008年7月27日閲覧。.
27.^ “Conservation Helium Sale” (PDF). Federal Register 70 (193): 58464. (2005-10-06) 2008年7月20日閲覧。.
28.^ Stwertka, Albert (1998). Guide to the Elements: Revised Edition. New York; Oxford University Press, p. 24. ISBN 0-19-512708-0
29.^ “Executive Summary”. nap.edu. 2008年7月20日閲覧。
30.^ Mullins, P.V.; Goodling, R. M. (1951). Helium. Bureau of Mines / Minerals yearbook 1949. pp. 599–602 2008年7月20日閲覧。.
31.^ “Helium End User Statistic (PDF)”. U.S. Geological Survey. 2008年7月20日閲覧。
32.^ Smith, E.M.; Goodwin, T.W.; Schillinger, J. (2003). “Challenges to the Worldwide Supply of Helium in the Next Decade” (PDF). Advances in Cryogenic Engineering 49 A (710): 119–138. doi:10.1063/1.1774674 2008年7月20日閲覧。.
33.^ Kaplan, Karen H. (2007年6月). “Helium shortage hampers research and industry”. Physics Today (American Institute of Physics) 60 (6): pp. 31–32. doi:10.1063/1.2754594 2008年7月20日閲覧。
34.^ Basu, Sourish (2007年10月). “Updates: Into Thin Air”. Scientific American (Scientific American, Inc.) 297 (4): pp. 18 2008年8月4日閲覧。
35.^ サイエンス日本語版2007年12月号
36.^ 大家 泉、2012、「ヘリウム需給の見通し」 、『高圧力の科学と技術』22巻3号、日本高圧力学会、doi:10.4131/jshpreview.22.185 pp. 185-190
37.^ ヘリウムガス:供給不足で風船販売中止 産業に影響拡大も(毎日新聞 2012年12月24日)[リンク切れ]
38.^ 産業ガス最大手の大陽日酸がロシア国営と提携背景にディズニーから風船を奪った世界的ヘリウム不足[リンク切れ]
39.^ 深刻 ヘリウム不足 風船販売店は|NHK Bizプラス[リンク切れ]
40.^ 東京ディズニーリゾート 【バルーン販売休止のお知らせ】

水素

水素(すいそ、羅: Hydrogenium、英: hydrogen)は、原子番号 1 、原子量1.00794[1]の元素である。元素記号は H。非金属元素の一つ。元素およびガス状分子の中で最も軽く[2]、また宇宙で最も数が多く[1]、珪素量を106とした際の比率は2.79×1010である[4]。地球上では水や有機化合物の構成要素として存在する。

一般に「水素」という場合は、水素の単体である水素分子(水素ガス) H2 を示すことが多い。水素分子は常温・常圧では無色無臭の気体で、とても軽く、非常に燃焼・爆発しやすいといった特徴を持つ。日本では、高圧ガス保安法容器保安規則により、赤いボンベに保管するように決められている[2]。



目次 [非表示]
1 分布
2 歴史
3 同位体
4 水素分子 4.1 オルト水素とパラ水素

5 金属水素 5.1 超伝導の可能性

6 水素分子の生産
7 用途 7.1 代表的な用途
7.2 エネルギー利用 7.2.1 燃料電池
7.2.2 貯蔵技術


8 化学的性質 8.1 水素化物
8.2 水素イオンと水素化物イオン
8.3 ヒドロン・プロトンとヒドロニウムイオン
8.4 ヒドリド
8.5 周期表上の位置

9 惑星の水素散逸
10 水素と似た粒子
11 脚注
12 参考文献
13 関連項目 13.1 物理学
13.2 化学
13.3 利用

14 外部リンク


分布[編集]

水素は宇宙で最も豊富にある元素であり、(ダークマターとダークエネルギーを除いた)宇宙の質量の3/4を占め[5]、総量数比では全原子の 90 % 以上となる[6]。これらのほとんどは星間ガスや銀河間ガス、恒星あるいは木星型惑星の構成物として存在している。地球表面の元素数では酸素・珪素に次いで三番目に多い[1]が、水素は質量が小さいため、質量パーセントで表すクラーク数では9番目となる。ほとんどは海水[1]の状態で存在し、単体の水素分子状態では天然ガスの中にわずかに含まれる程度である。地球の大気中での濃度は 1 ppm 以下とほとんど存在していない。

水素原子は宇宙が誕生してから約38万年後[7]に初めてできたとされている。それまでは陽子と電子がバラバラのプラズマ状態で光は宇宙空間を直進できなかったが、電子と陽子が結合することにより宇宙空間を散乱されずに進めるようになった。これを宇宙の晴れ上がりと言う。

宇宙における主系列星のエネルギー放射のほとんどはプラズマとなった4個の水素原子核がヘリウムへ核融合する反応によるもので、比較的軽い星では陽子-陽子連鎖反応、重い星ではCNOサイクルという過程を経てエネルギーを発生させている。水素原子はいずれの核融合反応においてもこれを起こす担い手である[8]。

歴史[編集]

水素は水の主成分であるため、日本語の「水素」のみならず、欧米語圏でも「水を生む物」という語で呼ばれて来た。英語の「hydrogen」や、仏語の「hydrogène」(日本語読み:イドロジェーヌ)は、ギリシア語の ὕδωρ(水。ラテン文字表記:hydôr)と γννεν(発生。ラテン文字表記:gennen)を合わせた語で、「水を生む物」を意味する合成語である[1]。同様に、独語でも「Wasserstoff」という。

水素を気体として分離して発見したのは1766年のヘンリー・キャヴェンディッシュであり、アントワーヌ・ラヴォアジエが1783年に hydrogèneと命名した[1]。ただし、1671年にはロバート・ボイルが鉄と希硝酸を反応させて生じる気体が可燃性であることを記録している[1]。

一方、中国語では、化合物の「水」と元素の「水素」が別の漢字で区別されており、水素には「氫」(中国語読み:チン。日本語読み:けい)という字を充てる。

同位体[編集]





水素の同位体 左からそれぞれ水素、重水素、三重水素。図中の赤い丸は陽子を、黒い丸は中性子を、そして青い丸は電子を表している。
詳細は「水素の同位体」を参照

水素には、水素(軽水素)1H 、重水素 2H (デュウテリウム、ジューテリウム[9]、略号D) 、三重水素 3H (トリチウム、略号T)の三つの同位体が知られている[1]。このうち、最も軽い 1H は、一つの陽子と一つの電子のみによって構成されており、原子の中で中性子を持たない核種の1つである。存在が確認されている中で他に中性子を持たない核種はリチウム3のみである。それぞれの同位体は質量の差が2倍・3倍となり、性質の違いも大きい。例えばD2はH2よりも融点や沸点が高くなり、溶融潜熱は倍近くに、蒸気圧は1/10近くとなる[10]。2013年現在、より重い同位体は水素4から水素7までが確認されている。最も重い水素7(原子核は陽子1、中性子6よりなる)はヘリウム10を軽水素に衝突させることで合成されている。質量数が4以上のものは寿命が極めて短く、たとえば水素7では半減期が23ヨクト秒ほどしかない[11]。

水素の同位体は、それぞれの特徴を有効に活かした使い方をされる。重水素は原子核反応での用途で、中性子の減速に使用され、化学や生物学では同位体効果の研究、医療では診断薬の追跡[9]に使用されている。また、三重水素は原子炉内で生成され、水素爆弾の反応物質や核融合燃料、放射性を利用したバイオテクノロジー分野でのトレーサーや発光塗料の励起源として使用されている。

水素分子[編集]





水素の線スペクトル例。バルマー系列と呼ばれる。
水素分子は、常温常圧では無色無臭の気体として存在する、分子式 H2 で表される単体である。分子量2.016、融点 −259.2 ℃(常圧)、沸点 −252.6 ℃(常圧)、密度 0.0899 g/L、比重 0.0695(空気を1として)、臨界圧力12.80気圧、水への溶解度0.021 mL/mL水(0 ℃)。最も軽い気体である。原子間距離は 0.074 nm、結合エネルギーはおよそ 104 kcal/mol[2]。

水素分子は常温で安定であり、フッ素以外とは反応を起こさない。しかし何かしらの外部要因があればその限りではなく、例えば光がある状態では塩素と激しい反応を起こす[10][2]。また水素と酸素を混合したものに火を付けると起こす激しい爆発(水素爆鳴気)は、混合比下限は4.65 %、上限は93.3 %であり、空気との混合では4.1 %〜74.2 %となり、これはアセチレンに次ぐ広い爆発限界の範囲を持つ[2]。

ガス密度が低い水素は早い速度で拡散する性質を持ち、また燃焼時の伝播も早い。そのため、ガス漏れを起こしやすい傾向にある[2]。原子径の小ささから、金属材料に侵入し機械的特性を低下させる(水素脆化)傾向が強い。これは高温高圧環境下で顕著となり、封入容器の材質には注意を払う必要がある。−250 ℃以下で液化させると体積は1/800となり、しかも軽いため低温貯蔵性には優れる[12]。

ガス惑星の内部など非常に高い圧力下では性質が変わり、液状の金属になると考えられている。逆に宇宙空間など非常に圧力が低い場合、H2+やH3+、単独の水素原子などの状態も観測されている。H2 分子形状の雲は星の形成などに関係あると考えられている。

オルト水素とパラ水素[編集]

水素分子は、それぞれの原子核(プロトン)の核スピンの配向により、オルト(ortho)とパラ (para) の2種類の異性体が存在する[10]。オルト水素は、互いの原子核のスピンの向きが平行で、パラ水素ではスピンの向きが反平行である。この2つは、化学的性質に違いがないが、物理的性質(比熱や熱伝導率など)がかなり異なる。これは内部エネルギーにある差によるもので、パラ水素側が低い[10]。統計的な重みが大きいほうをオルトと呼ぶ。

常温以上では、オルト水素とパラ水素の存在比はおよそ 3:1 である。低温になるほどパラ水素の存在比が増し、絶対零度付近ではほぼ 100 % パラ水素となる[10]。オルト‐パラ変換を起こす触媒は、活性炭や鉄などの金属の一部、常磁性物質またはイオンなどがある[10]。

金属水素[編集]

詳細は「金属水素」を参照

高い圧力下において金属化すると考えられている水素は、実際に1996年にローレンス・リバモア国立研究所のグループが、140 GPa(1 GPa = 約1万気圧), 数千℃という状態で、100万分の1秒以下という短寿命ではあるが、液体の金属水素を観測したと報告している[13][14]。しかしながら、2006年現在、数百GPaのオーダーで圧力を加える実験が行われているものの、固体の金属水素の観測はされていない。

励起状態の水素が金属化すると極めて強力な爆薬になるとの理論計算が行われ、電子励起爆薬として研究されている。この理論では圧力だけでは不十分であり、水素を励起状態にして圧力をかければ金属化するとしている。

超伝導の可能性[編集]

金属化そのものが達成されていないためにその真偽は未だ不明であるが、金属化した水素は室温超伝導を達成するのではないかという予想がある[15]。この可能性の傍証として、周期表で水素のすぐ下のリチウムは、30 GPa 以上という超高圧下で超伝導状態となることが示されている。リチウムの超伝導への転移温度は圧力 48 GPaで20 K程度であるが、この数字は単体元素のものとしては高い部類に入り、いくつかの例外を除けば一般に軽い元素ほど転移温度は高くなるため、最も軽い元素である水素は、より高い転移温度を持つ可能性が十分ある。

木星型惑星(木星・土星)の深部は非常に高い圧力になっており、液体金属水素が観測された条件と似ている。木星型惑星を構成する最も主要な元素の一つである水素は、この状況下では金属化している可能性があり、惑星の磁場との関わりも指摘されている[16]。

水素分子の生産[編集]





赤い水素ボンベ
工業的には、炭化水素の水蒸気改質や部分酸化の副生成物として大量に生産される(炭化水素ガス分解法)。硫黄酸化物を除いたパラフィン類やエチレン・プロピレンなどを440℃の環境下でニッケルを触媒としながら水蒸気と反応させ、粗ガスを得る[2]。
CnH2n+2 + nH2O → nCO + (2n+1)H2
CnH2n+2 + 2nH2O → nCO + (4n+1)H2

副生される一酸化炭素は水蒸気と反応し二酸化炭素と水素ガスとなる。後にガーボトール法にて二酸化炭素を除去し、水素ガスが得られる[2]。粗ガスの精製には、圧縮した上で苛性ソーダ洗浄を行い、熱交換器にて重いガス類を液化除去する方法(液化窒素洗浄法)もある[2]。

また、ソーダ工業や製塩業において海水電気分解の副生品として発生する水素が利用されることもある。現在のところ、水素ガスはメタンを主成分とする天然ガスと水から、触媒を用いた水蒸気改質によって生産する方法が主流である。日本国内における2008年度の水素の生産量は 534,810×103 m3、工業消費量は 309,645×103 m3である[17]。

水素分子(水素ガス)を生じる化学反応は多岐に渡る。古典的には実験室において小規模に生成する場合、亜鉛やアルミニウムなど水素よりもイオン化傾向の大きい金属に希硫酸を加えて発生させる方法が知られている(キップの装置)。あるいは水酸化ナトリウムや硫酸などを添加して電導性を増した水や、食塩水を電気分解して陰極から発生させることもできる。実験室レベルにおいては工業的に生産されたガスボンベ入りの水素ガスを利用する。

用途[編集]





スペースシャトルのメインエンジン。1機を打ち上げるには150万リットルの液体水素が使われる[4]。
代表的な用途[編集]
原料 - アンモニアの製造(ハーバー・ボッシュ法)[10]の他、塩素ガスと混合し光を当てて反応させる塩酸の製造[1]、油脂に添加して炭素同士の二重結合数を減らし固体化する改質(トウモロコシ油や綿実油のマーガリン化など)[1]、脱硫など、多方面に利用されている。
還元剤 - 金属鉱石(酸化物)の還元[1]、ニトロベンゼンを還元しアニリンの製造、ナイロン66製造におけるベンゼンの触媒還元、一酸化炭素を還元するメチルアルコール合成などに使われる[10]。
燃料 - 燃やしても水以外の排出物、例えば、粒子状物質や二酸化炭素などの排気ガスを出さないことから、代替エネルギーとして期待されている[12]。ただし、燃焼条件により窒素酸化物が生成する場合はある。内燃機関の燃料として水素燃料エンジンを積んだ水素自動車が発売されている他、ロケットの燃料や燃料電池に使用されている。

上記で述べたように、水素ガスの生産は原料を化石燃料に依存しており、水蒸気改質により発生する一酸化炭素などのうち化成品に利用されない過剰分や燃料として利用される炭化水素は二酸化炭素として環境中に放出される。水素の原料が化石燃料である限りにおいては、水素を化石燃料の代替として利用してもそのまま化石燃料の消費量が削減されたり二酸化炭素の発生が抑えられたりすることにはならない。
浮揚ガス - 1リットルの水素を詰めた風船は1.2グラムの質量を浮揚させる[1]。この性質から気球や飛行船などに用いられる。
冷却剤 - 液体水素は超伝導現象を含む低温学の調査に使用される。また、発電所では、水素ガスを冷却媒体として用いている発電機もある。これは空気よりも熱伝導率が7倍と高く[1]風損が少ないためである。水素ガスが漏れないようにするため、水素ガス圧力よりも高い圧力の油を流し遮蔽する。
洗浄 - 工業分野では、半導体の洗浄はRCA洗浄が主流でアンモニアや塩酸フッ化物が用いられるが、その代替として水素を水に溶かし込んだ水溶液は排水処理の面で環境負荷が低く[18]、半導体の基板表面の微粒子除去・洗浄に用いられる[19]。
溶接 - 水素分子を一旦二つの水素原子に解離させ、それを再結合させると多量の熱を発生する。これを利用した金属溶接法がある[10]。
その他 - テクニカルダイビングや軍隊などで大深度潜水時の使用が試みられたが、同時に酸素も用いられるために爆発の可能性が付きまとうなど、危険であるため使用されていない。

エネルギー利用[編集]

水素は、エネルギー変換効率の高い点、先述のとおり化石燃料を使って製造した水素もあるものの、水の電気分解やバイオマス・ごみ利用などを利用すれば化石燃料に拠らないで製造することも可能である点、燃焼後に二酸化炭素を排出しない点などから、将来性の高いエネルギーの輸送及び貯蔵手段として期待される[12]。

水素は様々な利用法が考えられている。まず水素を言わば「電池」として利用することも考えられている。鉛蓄電池、リチウム電池、NAS電池など、比較的大きな容量の充電が可能な電池が色々と開発されてきたものの、それでも電気エネルギーは貯めておくのが比較的困難なエネルギーとして知られている。そこで、必要以上の電力が得られる時に水を電気分解して生産した水素を貯蔵し、電力が必要となった時に貯蔵しておいた水素を使って発電を行うのである。必要以上の電力が得られる時に水をポンプで汲み上げて水の位置エネルギーとして電気エネルギーを貯める揚水発電はすでに実用化されているが、それと同様に電力需要のピーク時に対応する手法の一つとして水素は利用できる。

他にも太陽光発電や風力発電といった発電法のように、発電量が比較的自然条件に左右されやすいものの、十分な発電量が得られる時に水の電気分解を行って水素を貯蔵するという方法で、これらの発電量の不安定さを解消する方法が考えられている。

他にも水素を電力の輸送手段として利用することも考えられている。長距離の送電を行うと送電線の抵抗などの関係で送電によるエネルギーの損失(送電ロス)が多くなる。小水力発電や火力発電や比較的低温の熱源を利用した発電法などのように、電力需要の多い都市の近くに発電所を立地できる場合は送電ロスの問題もあまりない。しかし必要に応じて変圧を行うなど送電ロスを少なくする工夫は行われているものの、2011年現在、送電ロス無しに長距離を送電する手法は実用化されていない。このためいわゆる自然エネルギーを利用した発電法に限らず、あらゆるエネルギーを利用した発電法において電力の供給地と需要地とが離れている場合には、どうしても送電ロスの問題が避けられない。ここで水素として輸送すれば、水素を逃がさなければ輸送中の水素のロスは発生しない。ただし水素を輸送する手段によって消費されるエネルギー(例えば自動車で輸送すれば燃料が消費される)もあるので、どうしてもエネルギーのロスは発生してしまうという問題は残る。しかし燃料電池を用いることで、燃料電池で電力を作ると同時に発生する熱も利用可能となるという別な利点も生ずる。

他に水素は液化すると体積が小さくなるため小さなタンクで持ち運びが可能という利点もある。このため水素と燃料電池を組み合わせることで、電力が必要な場所に送電線を利用して電力供給しにくい場所に電力を供給するという利用法も検討されている。例えば自動車や船舶などに向けての電力供給である。

また最近ではマグネシウムと水を反応させて水素を作り出す方法も開発されている。マグネシウムと水が反応して発生する水素の他、反応時の熱もエネルギー源として利用できる。最大の課題は使用後のマグネシウムの還元処理で、太陽光などから変換したレーザー照射による高温により還元する方法が考えられている。他に燃料電池の燃料としての水素の利用はよく知られているが、コンバインドサイクル発電などに利用することも考えられている。

燃料電池[編集]

詳細は「燃料電池」を参照

空気中の酸素と反応させて水を生成しながら発電する水素‐酸素型燃料電池は19世紀中ごろには実験的に成功しており、20世紀の宇宙開発を通じて技術検討が進んだ。燃料電池は発電効率が35–60 %と高く、発熱エネルギーを回収すれば80 %まで高めることができる。環境負荷も低い。燃料にはメタノールを用いるタイプもあるが、水素ガスを利用するものでは自動車への積載を念頭に置いた固体高分子形燃料電池(PEFC)が有力視されており、電解質分離膜や電極劣化の抑制など技術開発が進められている[12]。また宇宙船では燃料電池から得られる電力の他に、同時に生成される水の利用も行われることがある。

貯蔵技術[編集]

水素をエネルギー利用する上での課題のひとつには、ガス状水素を貯蔵する際の問題がある。既述のように空気との混合4.1 %〜74.2 %という広い爆発限界の範囲を持つために、漏出しないようにする技術が必要となるわけだが、水素は原子半径が小さいために容器を透過したり劣化させたりするので、他の元素や他の燃料を貯蔵するのとは勝手が違ってくる。2002年2月に発足した「燃料電池プロジェクト・チーム」の報告では、自動車に積載しガソリン相当の500 km以上走行が可能な水素貯蔵を目標に据えた。これに相当する水素ガスは「5 kg」であり、常温常圧下では56,000 Lに相当する[12]。

従来からの手法では、高圧化と液体化がある。水素は金属脆化を起こすため、特に高圧ガスを密閉するにはアルミニウム‐マグネシウム‐シリコン合金をファイバー強化したものが開発されているが、日本の高圧ガス保安法が定める上限の350気圧では実用的に自動車積載が可能なガス量は3.5 kgに止まり、5 kgを実現するためには安全に700気圧相当を密封できる容器が検討されている。液体化も同様な問題を解決する必要があり、オーステナイト系ステンレス鋼やアルミニウム合金・チタン合金等を素材に検討が進む。しかし、高圧化や液体化には密封する際にも加圧や冷却などでエネルギーを消費してしまう点も課題として残る[12]。

水素を貯蔵する物質には金属類である水素吸蔵合金と、無機・有機物質が提案されており、いずれも水素化物を作り効率的に水素を捕まえることが出来る。水素吸蔵合金は、ファンデルワールス力(分子間力の1種)で表面に吸着(物理吸着)させた水素分子を原子に解離(解離吸着、化学吸着)し、水素化合物を反応生成しながら合金の格子内に水素原子を拡散させる。取り出すには加熱または合金周囲の水素ガス量を減らすことで水素化物が分解しガスが放出される。必要な温度は通常50 ℃であり高くとも250℃位、圧力も常圧から100気圧程度までであり、水素ガスの体積を1000分の1に収めることが出来る。課題は合金と水素の重量比にあり、現状では「5 kg」の水素を吸蔵するための合金重量は170–500 kg程度が必要になる[12]。この他、イオン結合を主とする錯体水素化物や、アンモニアボランなども水素吸蔵性能を持つ物質として研究されている[12]。

化学的性質[編集]

水素化物[編集]

詳細は「水素化合物」を参照

元素の水素化物


化学式

IUPAC組織名[20]

慣用名

BH3 ボラン ホウ化水素
CH4 カルバン メタン
NH3 アザン アンモニア
H2O オキシダン 水
HF フッ化水素
AlH3 アラン 水素化アルミニウム
SiH4 シラン 水素化ケイ素
PH3 ホスファン ホスフィン
リン化水素
H2S スルファン 硫化水素
HCl 塩化水素
GaH3 ガラン
GeH4 ゲルマン 水素化ゲルマニウム
AsH3 アルサン アルシン
H2Se セラン セレン化水素
HBr 臭化水素
SnH4 スタナン 水素化スズ
SbH3 スチバン スチビン
H2Te テラン テルル化水素
HI ヨウ化水素
PbH4 プルンバン 水素化鉛
BiH3 ビスムタン ビスムチン

水素は電気陰性度が2.2であり、酸化剤としても還元剤としても働く。このため非金属元素とも金属元素とも親和しやすい。例えば、水素と酸素が化合するときには還元剤として働き爆発的な燃焼と共に水 H2O を生じる。ナトリウムと水素との反応では酸化剤として働き、水素化ナトリウム NaH を生じる。このような水素と他の元素が化合した物質を水素化物という[21]。

水素化物の結合には、イオン結合型・共有結合型の他に、パラジウム水素化物などの侵入型固溶体(侵入型化合物)と呼ばれる三種類の形態がある[21]。イオン結合型の化合物の中では、水素は H− イオン(ヒドリドイオン)として存在する。共有結合型は電気陰性度が高いPブロック元素と電子を共有して化合する[21]。侵入型固溶体は一種の合金であり、水素原子は金属原子の隙間にはまり込むように存在している。このため、容易かつ可逆的に水素を吸収・放出することが出来、水素吸蔵合金に利用される。なお、高性能な水素吸蔵合金中の水素原子の密度は、液体水素のそれに匹敵する。

一方、より電気陰性度の大きい元素との化合物では水素は H+ イオンとなる。水中で水素イオンを生じる物質が狭義の酸である。水溶液中では水素イオンは、H+(ヒドロン)ではなく、水分子とくっついて H3O+(オキソニウムイオン) として振舞う。

水素はまた、炭素と結合することで、様々な有機化合物を形成する。ほとんど全ての有機化合物は構成原子に水素を含む(下に例を示す)。
メタン (CH4)
エタノール (C2H5OH)
ベンゼン (C6H6)

おもな元素の水素化物の化学式と国際純正応用化学連合 (IUPAC) による組織名、および(存在するものは)慣用名を右表に示す。

水素イオンと水素化物イオン[編集]

水素のイオンには、陽イオンである水素イオン(hydron, ヒドロン又はハイドロン)と、陰イオンの水素化物イオン(hydride,ヒドリド又はハイドライド)とが存在する。1H+ はプロトン(陽子)そのものであるが、一般に水素は同位体混合物なので、水素の陽イオンに対する呼称としてはヒドロンが正確である(すなわちヒドロンは H+、D+、T+ の総称である)。しかし、化学の領域において単に「プロトン」と呼ぶ際は水素イオンを指し示していると考えて差し支えはない。

水素イオンの濃度 [H+]は酸性度を定量的に表す指標として用いられ、mol/L(モル毎リットル)単位で表した水素イオンの濃度の数値の対数に負号をつけた値を水素イオン指数 (pH) で表す。水中の [H+]濃度は1から10−14 mol/L程度の広い範囲を取り、pHでは0から14程度となる。中性の水には約10−7 mol/L の水素イオンが存在し、pHは約7となる[1]。

ヒドロン・プロトンとヒドロニウムイオン[編集]

H+ であれ D+ であれ、ヒドロンは電子殻を持たないむき出しの原子核であるため、化学的にはファンデルワールス半径を持たない正の点電荷の様に振る舞う。それゆえ通常は単独で存在せず、溶媒など他の分子の電子殻と結合したヒドロニウムイオン (hydronium ion) として存在する。水素のイオン化エネルギーは1131 kJ mol−1、遊離状態の水素イオンの水和エネルギーは1091 kJ mol−1と見積もられており[21]、これは高い電子密度に起因する、水分子との高い親和力を示すものである。
H+ (g) → H+ (aq)
極性溶媒中では、水、アルコール、エーテルなどの酸素原子の電子殻と結合している場合が多いので、ヒドロニウムイオンと言う代わりにオキソニウムイオン (oxonium ion) と呼ばれることも多い。あるいは超強酸など極限状態においては単独で挙動するプロトンも観測されている。

また、アレニウスの定義ではヒドロンは酸の本体である。酸としてのプロトンの性質は記事 オキソニウム あるいは記事 酸と塩基 に詳しい。

ヒドリド[編集]

アルカリ金属、アルカリ土類金属あるいは第13族・14族元素(共有結合性が強い)などの、電気的に陽性な元素の水素化物が電離するとき、ヒドリド (hydride, H−) が生成する。水素化物イオンとも呼ばれる。ヒドリドは K 殻が閉殻した電子配置を持ちヘリウムと等電子的であるために、一定の大きさを持ったイオンとして振舞う点でヒドロン(水素カチオン)とは異なる。実際、ヒドリドはフッ素アニオンよりもイオン半径が大きいように振舞う。

ヒドリドは極めて弱い酸でもある水素分子 (pKa = 35) の共役塩基であるので、強塩基として振舞う。

ヒドリドは塩基として作用する場合と還元剤として作用する場合があるが、それは金属と還元をうける化合物との組み合わせにより変化する。ヒドリドの標準酸化還元電位は−2.25 Vと見積もられている。
H2 (g) + 2 e− → 2 H− (aq)
周期表上の位置[編集]

一般的な周期表では水素はアルカリ金属の上に配置されるが、2006年に周期表における水素の位置を変更すべきなのではないか[22]とする論文がIUPACに提出され、公式雑誌に掲載された[23]。

惑星の水素散逸[編集]

宇宙空間に散逸する地球の大気は少ないが、それでも1秒あたり水素が3 kg、ヘリウムが50 gずつ放出されている。これは大気が薄く原子や分子の速度が減速されずに宇宙へ飛び出すジーンズエスケープやイオン状態の荷電粒子が地球磁場に沿って脱出するプロセスがある。なお、加熱された粒子がまとまって流出するハイドロダイナミックエスケープや太陽風が持ち去るスパッタリングは現在の地球では起きていないが、地球誕生直後はこの作用によって水素が大量に散逸したと考えられる[24]。

固有磁場を持たない金星は現在でもハイドロダイナミックエスケープやスパッタリングが続き、地表には比較的重いため残った酸素や炭素が作る二酸化炭素が大気のほとんどを占め、水が無い非常に乾燥した状態にある。火星も軽い水素を中心に散逸し、かろうじて氷となった水が極部分の土中に残るに止まる[24]。

水素と似た粒子[編集]

水素原子は非常に簡単な構造をしているため、水素の陽子または電子を別の粒子に置き換えた粒子は多数存在する。これらは水素と似たような化学反応を起こすものもある。
反水素:陽子を反陽子に、電子を陽電子に置き換えた粒子。
ポジトロニウム:陽子を陽電子に置き換えた粒子。
プロトニウム:電子を反陽子に置き換えた粒子。
ミューオニウム:陽子を反ミュー粒子に置き換えた粒子。
K中間子水素:電子を負電荷のK中間子に置き換えた粒子。

脚注[編集]

1.^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 桜井 弘 「水素」『元素111の新知識』 講談社、1997年、30-34頁。ISBN 4-06-257192-7。
2.^ a b c d e f g h i j 「水素」『12996の化学商品』 化学工業日報、1996年、233-234頁。ISBN 4-87326-204-6。
3.^ Magnetic susceptibility of the elements and inorganic compounds, in Handbook of Chemistry and Physics 81st edition, CRC press.
4.^ a b 『ニュートン別冊周期表第2冊 付録周期表』 ニュートンプレス、2010年。ISBN 978-4-315-51876-4。
5.^ Palmer, D. (1997年9月13日). “Hydrogen in the Universe”. NASA. 2010年5月8日閲覧。
6.^ Anders, Edward; Nicolas Grevesse (1989). “Abundances of the Elements-Meteoritic and Solar”. Geochimica et Cosmochimica Acta 53: 197.
7.^ クリエイティブ・スイート 『宇宙の秘密』 PHP研究所、2009年、22頁。ISBN 978-4-569-67352-3。
8.^ 西尾正則. “宇宙科学入門第7回資料 (PDF)”. 鹿児島大学理学部. 2010年5月9日閲覧。
9.^ a b 「【重水素】」『12996の化学商品』 化学工業日報、1996年、234-235頁。ISBN 4-87326-204-6。
10.^ a b c d e f g h i J.D.Lee 「3.元素の一般的性質 水素」『リー 無機化学』 浜口博、菅野等訳、東京化学同人、1982年、119-123頁。ISBN 4-8079-0185-0。
11.^ G. Audi et al. (2003). “The Nubase evaluation of nuclear and decay properties”. Nuclear Physics A (Elsevier) 729 (1): 27. doi:10.1016/j.nuclphysa.2003.11.001.
12.^ a b c d e f g h 東北大学金属材料研究所 「8.燃料電池と水素貯蔵材料」『金属材料の最前線』 講談社、2009年、241-259頁。ISBN 978-4-06-257643-7。
13.^ Weir, S. T.; Mitchell, A. C.; Nellis, W. J. (1996). "Metallization of Fluid Molecular Hydrogen at 140 GPa (1.4 Mbar)". Phys. Rev. Lett. 76: 1860–1863. doi:10.1103/PhysRevLett.76.1860
14.^ W・J・ネリス 「金属水素を作る」(日経サイエンスのページ)[1]
15.^ “超高圧分野の研究内容”. 大阪大学極限量子科学研究センター. 2010年5月9日閲覧。
16.^ “木星”. 福岡教育大学金光研究室. 2010年5月9日閲覧。
17.^ 化学工業統計月報 - 経済産業省
18.^ 「水の活性化と機能水-表面処理における各種対策について」『鍍金の世界』41(4)[2008.4]、52〜56頁。
19.^ 黒部洋(栗田工業株式会社)「機能水の製造方法および洗浄効果 オプト・半導体デバイスにおけるウェットプロセスの技術トレンド(薬品・機能水編)」『マテリアルステージ』7(10)[2008.1]、40〜43頁。
20.^ IUPAC Nomenclature of Organic Chemistry /Recommendations 1979 and Recommendations 1993 by ACD Lab. Inc.)
21.^ a b c d J.D.Lee 「3.元素の一般的性質 水素化物」『リー 無機化学』 浜口 博、菅野 等訳、東京化学同人、1982年、123-126頁。ISBN 4-8079-0185-0。
22.^ ハロゲンに近い性質を持つため、1周期系列と17族の位置に変更すべきというもの。
23.^ 玉尾皓平、桜井弘、福山秀敏 『完全図解周期表 - 自然界のしくみを理解する第1歩』 ニュートンプレス〈ニュートンムック - サイエンステキストシリーズ〉、2006年。ISBN 978-4315517897。
24.^ a b 「惑星の顔を決める大気流出」『見えてきた太陽系の起源と進化』 日経サイエンス〈別冊 日経サイエンス〉、2009年、134-142頁。ISBN 978-4-532-51167-8。

参考文献[編集]
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Lee, J.D. 『リー 無機化学』 浜口博、菅野等訳、東京化学同人、1982年 ISBN 4-8079-0185-0
桜井 弘、『元素111の新知識』 講談社、1997年 ISBN 4-06-257192-7
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東北大学金属材料研究所 『金属材料の最前線』 講談社、2009年 ISBN 978-4-06-257643-7
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『ニュートン別冊周期表第2冊 付録周期表』 ニュートンプレス、2010年 ISBN 978-4-315-51876-4
『見えてきた太陽系の起源と進化』 日経サイエンス〈別冊 日経サイエンス〉、2009年 ISBN 978-4-532-51167-8

周期表

周期表(しゅうきひょう、英: periodic table)は、物質を構成する基本単位である元素を、それぞれが持つ物理的または化学的性質が似たもの同士が並ぶように決められた規則(周期律)に従って配列した表である。これは原則的に、左上から原子番号の順に並ぶよう作成されている[1]。周期表上で元素はその原子の電子配置に従って並べられ、似た性質の元素が規則的に出現する[2]。





ドミトリ・メンデレーエフ
同様の主旨を元に作成された先駆的な表も存在するが、一般に周期表は1869年にロシアの化学者ドミトリ・メンデレーエフによって提案された[3]、原子量順に並べた元素がある周回で傾向が近似した性質を示す周期的な特徴を例証した表に始まると見なされている。この表の形式は、新元素の発見や理論構築など元素に対する知見が積み重なるとともに改良され、現在では各元素のふるまいを説明する洗練された表となっている[4]。

周期表は、錬金術師、化学者、物理学者、その他の科学者など、無数の人たちによる知の集大成である。元素の性質を簡潔かつ完成度が高く示した周期表は「化学のバイブル」とも呼ばれる[5]。現在、周期表は化学のあらゆる分野にて、反応の分類や体系化および比較を行うための枠組みを与えるものとして、汎用的に用いられている。そして、化学だけでなく物理学、生物学、化学工学を中心に工学全体に、多くの法則を示す表として用いられる。2011年現在の周期表では、発見報告がなされている118番目までの元素を含むものが一般的であるが、未発見元素を含めた172番目までの元素を含む周期表も発表されている[6]。



目次 [非表示]
1 周期表
2 元素の特徴をつくりだす電子
3 分類 3.1 族
3.2 周期
3.3 ブロック
3.4 その他

4 歴史 4.1 先駆的な周期律の考察
4.2 メンデレーエフの周期表
4.3 認められた周期表
4.4 希ガスを反映
4.5 原子モデル構築

5 色々な周期表 5.1 周期表に表示される情報
5.2 水素の位置
5.3 立体周期表
5.4 電子軌道による周期表
5.5 様々な周期表

6 参考文献
7 脚注
8 関連項目
9 外部リンク


周期表[編集]



1

18

1
H
2

13

14

15

16

17
2
He
3
Li 4
Be 5
B 6
C 7
N 8
O 9
F 10
Ne
11
Na 12
Mg
3

4

5

6

7

8

9

10

11

12
13
Al 14
Si 15
P 16
S 17
Cl 18
Ar
19
K 20
Ca 21
Sc 22
Ti 23
V 24
Cr 25
Mn 26
Fe 27
Co 28
Ni 29
Cu 30
Zn 31
Ga 32
Ge 33
As 34
Se 35
Br 36
Kr
37
Rb 38
Sr 39
Y 40
Zr 41
Nb 42
Mo 43
Tc 44
Ru 45
Rh 46
Pd 47
Ag 48
Cd 49
In 50
Sn 51
Sb 52
Te 53
I 54
Xe
55
Cs 56
Ba *1 72
Hf 73
Ta 74
W 75
Re 76
Os 77
Ir 78
Pt 79
Au 80
Hg 81
Tl 82
Pb 83
Bi 84
Po 85
At 86
Rn
87
Fr 88
Ra *2 104
Rf 105
Db 106
Sg 107
Bh 108
Hs 109
Mt 110
Ds 111
Rg 112
Cn 113
Uut 114
Fl 115
Uup 116
Lv 117
Uus 118
Uuo

*1 ランタノイド: 57
La 58
Ce 59
Pr 60
Nd 61
Pm 62
Sm 63
Eu 64
Gd 65
Tb 66
Dy 67
Ho 68
Er 69
Tm 70
Yb 71
Lu
*2 アクチノイド: 89
Ac 90
Th 91
Pa 92
U 93
Np 94
Pu 95
Am 96
Cm 97
Bk 98
Cf 99
Es 100
Fm 101
Md 102
No 103
Lr

1 常温で固体 金属元素 アルカリ金属
1 常温で液体 半金属元素 アルカリ土類金属
1 常温で気体 非金属元素 ハロゲン
人工元素 希ガス
遷移元素


周期表の配列は、原子の中心に位置する核が保持する陽子の個数に基づいて付けられる原子番号順に並べられる。陽子が1個である水素から始まり、1マス進むごとに陽子が1つ多い元素記号を示しながら並べる。周期律に沿って改行され、2段目・3段目…と順次追加されてゆく。そのため、左から右へ、また上から下へ行くにつれて原子番号が大きな元素が並ぶ[1]。

しかし周期表は長方形ではなく、中央に谷間があるおおまかな凹型をしている[7]。これは周期表が示す元素の近似的な性質が必ずしも同じ原子番号の整数倍で現れない現象を反映しているためである。周期律において右端にある原子番号2のヘリウムと近い性質を持つ元素の仲間(族という)では、次に現れる元素は原子番号10のネオンであり、その次はアルゴン(元素番号18)となる。ここまでは原子番号数の差分はいずれも8だが、続く仲間はクリプトン(同36)、キセノン(同54)と、増分は18に増える。上に示された一般的なレイアウトの周期表では、この18で一巡し希ガスで改行する法則を採り、縦方向でまとまる元素の族を1 - 18族という名称で設定する。このためヘリウムやネオンがある行では途中に空白が生じ、結果として周期表は凹型となる。





(暫定名称:ウンウンオクチウム)。正式名称が決定していない新元素
ところが希ガスにおいてキセノンの下に続く元素はラドン(同86)であり、差分は32に増える。これを1元素1マスを使い表示した拡張周期表という形式もあるが、一般的なレイアウトでは原子番号57-71までをランタノイド、89-103までをアクチノイドとして纏めて切り離し、欄外に表示する[1]。結果この周期表は縦18列、横7段、欄外2行の枠組みで構成される。この形式はスイスのアルフレッド・ベルナーが1905年に提唱したもので、現在でも国際的な標準となっている[8]。

2012年現在、周期表には118個の元素が表示されている。このうち正式な元素名がつけられた元素は114個である。この112番目の元素コペルニシウムは国際純正・応用化学連合(International Union of Pure and Applied Chemistry, IUPAC)が2010年2月に正式名称として認定したが、元素の発見は1996年にドイツの研究グループが合成に成功したことに遡る。これよりも原子番号が大きな元素は、113番目を日本の理化学研究所(2004年)[1]、115および118番目をアメリカ合衆国とロシアの研究チーム(1998年、2000年、2003年)がそれぞれ合成に成功したと報告しており、再現性の追試験などが待たれる状態にある。元素の数がどこまで増えるかははっきりしないが、研究者の中には173番目まで存在しうるという説もある[9]。


元素の特徴をつくりだす電子[編集]

主な元素の電子配置


電子殻(亜殻)

K L M
(3s+3p) M
(3d) N
(4S)
K カリウム 2 8 8 0 1
Ca カルシウム 2
Sc スカンジウム 1
Ti チタン 2
V バナジウム 3
Cr クロム 5 1
Mn マンガン 2
Fe 鉄 6
Co コバルト 7
Ni ニッケル 8
Cu 銅 10 1
Zn 亜鉛 2

詳細は「周期律」および「電子配置」を参照

メンデレーエフが各元素を特徴から並べた時には、未だ原子の構造ははっきりとわかっていなかった。どのような理論でこれら元素の特徴がもたらされるかは、20世紀になって原子の構造を示す原子論と電子配置を取り扱う量子力学理論が確立され、原子には陽子数(原子番号)と同じ数の電子が陽子核のまわりに電子殻と呼ばれる層を形成して存在すること、この殻は複数あり、電子は基本的に内側から順番に埋まってゆくことが判明した。そして、最も外側の殻(最外殻にある電子(価電子))は化学反応など変化においてやりとりがしやすく[7]、このためその個数が元素の性質を決める要因だということが分かった[10]。

ところが、単純に電子殻を内側から埋めてゆく法則はアルゴン(原子番号18)までにしか当てはまらない。現在のところ電子殻が複数定められており、内側からK・L・M・N・O・P・Qと名称が続いてつけられている[11]。それぞれには収まる電子の最大数が決まっており、K殻=2個、L=8、M=18、N=32、O=32である。さらにこれは、構成原理(aufbau principle)に基づくエネルギー準位によって電子が順に埋まる電子軌道(亜殻、subshells)に分けられる。K殻は2個の電子が入る1s軌道、L殻は2個の電子が入る2s軌道と6個の電子が入る2p軌道、以下、M殻(3s軌道=2個、3p軌道=6個、3d軌道=10個)、N殻(4s=2、4p=6、4d=10、4f=14)、O殻(5s=2、5p=6、5d=10、5f=14)、P殻(6s=2、6p=6、…)、Q殻(7s=2、…)となっている。このうち第4周期において、4s軌道は3d軌道よりも先に電子が満たされる傾向がある[11]。そのためカリウム(同19)からニッケル(同28)まではM殻に空席がある状態でN殻の4s軌道に電子が配置され、これが最外殻として元素の性質を形作る。そして、周期表のへこんだ中央部にあるこの元素群は表の横方向で近似した傾向を備え、これらに該当する3–11族は遷移元素と呼ばれ、このような特性は第4周期以降の長周期と呼ばれる部分で現れる[11]。未だ電子の存在が解明されていなかった時代、メンデレーエフはこの元素の一群をどう解釈すべきかで非常に頭を痛めたという[12]。このような現象が起こる理由について、現在ではM殻内の電子同士が負電荷で反発するために起こると説明されている[7]。

分類[編集]

族[編集]

詳細は「元素の族」を参照

周期表において元素が表示された位置関係は、その化学的特性を予想することを可能とする。列に沿って左右を見比べるよりも、縦に並んだマスを比較する方に留意して見るべきである。

族(groupまたはfamily)は、周期表における縦方向の集合である。この族は元素を分類する上で最も重要な方法と考えられている。いくつかの族に当る各元素の特性は非常に似かよっており、原子量が多くなる方向で明らかな傾向が見られる。この族には名称がつけられているが、それらはアルカリ金属(alkali metals)、アルカリ土類金属(alkaline earth metals)、ハロゲン(halogen)、ニクトゲン(pnictogens)、カルコゲン(chalcogens)、希ガス(noble gases)と、統一性があまり無い。第14族元素など周期表におけるその他の族は垂直方向での近似性があまり見られず、基本的に族の数字で表されることが多い。

現代の量子力学理論が要請する原子の構造は、族が持つ傾向で説明され、それは特性ごとに分ける上で最も重要な要素に影響を与える原子価殻において電子配置が同一である原子は同じ族に含まれる。同じ族の元素グループには原子半径・イオン化エネルギー・電気陰性度の傾向にも近似性が見られる。上から下に行くにつれ全体のエネルギー値が高くなるため、原子価電子は原子核から遠くなってゆき、元素の原子半径は大きくなる。原子全体が電子を捕まえる力は強くなるため、下に行くほどイオン化エネルギーは小さくなり、同様に原子核と原子価電子の距離が長くなるにつれ電気陰性度も低くなる[13]。

周期[編集]

詳細は「元素の周期」を参照

周期(period)は、周期表のおける横方向の集合である。基本的に各元素の特性に族で示される程の似かよった所は無いが、例外的な箇所もある。これは、遷移金属と、特にランタノイドやアクチノイドにおいて、水平方向で近似性を持つ特徴が相当する。この周期は、最外電子殻が内側から何番目であるかを表している[7]。





原子番号(横軸)とイオン化エネルギー(縦軸)のグラフ。それぞれの周期においてアルカリ金属で最も低く、希ガスで最も高くなる[13]
同じ周期にある元素は原子半径、イオン化エネルギー、電子親和力、電気陰性度のパターンで似た傾向を示す。左から右に行くにつれ、一般に原子半径は小さくなる。これは、元素に含まれる陽子の数は段々と増えるため、それに応じて電子が原子核にひきつけられるためである。これに伴ってイオン化エネルギーは大きくなり、希ガスで最大となる[13]。原子半径が小さくなると全体を捉える力が強まり、電子を引き剥がすために必要なエネルギーが大きくなる。電気陰性度も同じく核による電子の牽引力が増すため大きくなる。電子親和力の周期内による変化傾向はわずかである。周期表左側にある金属元素は一般に、希ガスを除いて右側の非金属元素よりも電子親和力は低い[13]。

ブロック[編集]





この図は、周期表における元素のブロックを示す
詳細は「元素のブロック」を参照

最外殻電子が元素の特徴に大きな影響を与える点を考慮して周期表を領域で分ける分類もあり、これはブロック(periodic table blockまたは単にblock)と呼ばれ、「最後の電子」が存在する亜殻の位置に応じて名称がつけられる。sブロック元素はアルカリ金属とアルカリ土類金属のふたつの族に水素とヘリウムが加わるブロックである。pブロック元素は残り6つの族(13–18族元素)が該当し、半金属はここに含まれる。dブロック元素は3-12族元素に当る遷移金属を包括する。通常、周期表の欄外に置かれるランタノイドとアクチノイドはfブロック元素となる。

その他[編集]

元素は他の集合でも分類され、周期表の縦横またはブロックでも示しにくい場合がある。金属・半金属元素と非金属元素の区分は暗示的にしか表現されない階段状の斜め線で区別されている。その線の右側が非金属元素、左側が金属元素であり、間に半金属が挟まれている。金属が持つ典型的特徴である電子を放出しやすい性質は、周期表の左下で強くなる[14]。

また、単体が常温常圧下で取る物質の状態(固体・液体・気体)もブロックでは表しにくい。全体の傾向は水素と右上のヘリウム付近(窒素から右、塩素から右および希ガス)が気体であり、例外的に液体の相となる臭素と水銀を除いた元素は固体である。このような分類は、マスや文字色などそれぞれの周期表で工夫をこらした表現で示される場合もある[8]。

歴史[編集]





ベギエ・ド・シャンクルトワの「地のらせん」概略図
先駆的な周期律の考察[編集]

18世紀後半から19世紀前半にかけて化学の発展に伴い元素が数多く発見され、1789年にアントワーヌ・ラヴォアジエが作成したリストでは33個の元素が記載された。1830年までにその数は55種まで増え、それとともに化学者の中には漠然とした不安が持ち上がっていた。元素は一体何種類あるのか、そしてこの増えるばかりの元素には何かしらの法則性が隠されていないのだろうかという疑念である[15]。1829年、ドイツのヨハン・デーベライナーは1826年に発見された臭素の色や反応における性質、そして原子量が塩素およびヨウ素の中間にあることに気づいた。彼は他にも同様の組み合わせが無いか研究したところ、カルシウム-ストロンチウム-バリウムと硫黄-セレン-テルルにも同じような性質の近似性があることを見つけた。デーベライナーはこの組み合わせを三つ組元素と名付けた[15][16]。しかし、当時知られた元素のうちこれに当てはまるものは1/6に過ぎず、多くの化学者は単なる偶然と片付けた。当時、原子量と分子量、そして化学当量は明確に区別されておらず、混同も多かった[15]。

1862年にフランスの鉱物学者ベギエ・ド・シャンクルトワが「地のらせん」という説を発表し、円筒状の紙に元素を螺旋型に並べると垂直方向に性質が近似した元素が並ぶと唱えた[17]。しかし彼は数学における錬金術的な「数秘学」という方法でこれを説明し、的確な図を添付しなかったために他の科学者には理解されなかった。1864年、イギリスのジョン・ニューランズが当時知られていた元素を並べると、最初(水素)と8番目(フッ素)の性質が似ており、以下2番目(リチウム)と9番目(ナトリウム)も同じ傾向があり、これは7番目(酸素)と14番目(硫黄)まで同様に見られることを、音楽の音階になぞらえて「オクターブの法則」と名付けて発表した[17][18][19]。ただしこれはさらに大きな元素には当てはまらなかったために賛同を得られず[16]かえって「では元素記号のアルファベット順に並べたらどうなる」と嘲笑の的になった[20]。1864年、ドイツのロータル・マイヤーは既知49種類の元素を原子容(原子体積)に着目し[17]16列にわけた周期表を考案した。これは電子価が同じ元素が近似した性質を持つことを表していた[21][22]。

メンデレーエフの周期表[編集]





メンデレーエフが1869年に、最初に作成した周期表
ドイツのアウグスト・ケクレは、原子量や分子量などの概念が固まっていないことを問題視し、1860年にカールスルーエで「元素の質量測定」を命題とした史上初の国際化学者会議を開催した[15]。この会議に出席したロシアの教師であり化学者であったメンデレーエフはそこでイタリアのスタニズラオ・カニッツァーロが主張する原子量を重視すべきという主張[15]に影響を受けた[23]。

帰国後メンデレーエフはペテルブルク大学の教授となった1869年に、化学の教科書を執筆していた際[23]、当時63個まで発見数が増えていた元素を説明する方法に悩んでいた。彼は好きなカードゲームから発案し、元素名を書き込んだカードを何度も原子量順に並べ替えることを繰り返す内にひとつの表を作り上げた。それは原子価を重視し、かつ適切に当てはまる元素が無い箇所は「エカホウ素」「エカアルミニウム」「エカケイ素」(「エカ」はサンスクリット語で「1」の意味[24])など仮の名をつけた空白とする工夫を施したものだった[17]。この表は1870年にドイツの科学雑誌で発表された[25]。





メンデレーエフの第二周期表。1871年。表の上部には水素化物と酸化物があるように、彼は化合物を重視してこの表を作成した[26]
当初この表に価値を認める学者はほとんどいなかった[25]。しかし、マイヤーはこれに注目し、原子容の考え方を加えた論文を発表した。彼は原子量順の原子容を調べたところ、リチウム・ナトリウム・カリウムと並ぶアルカリ金属族に該当する元素は原子容が前後と飛びぬけて高いことを示した[26]。メンデレーエフはマイヤーの論文も参照し、改良を加えた周期表(第二周期表)を作成した。これにはローマ数字IからVIIIで縦の分類が施され、うちI–VIIが基本的に1–2族および13–17族に対応し、VIIIには遷移元素群を入れ、また希ガスは反映されていなかった。それぞれには2種類の亜族を設け、表の左右に振り分けて区分した[26]。

認められた周期表[編集]

メンデレーエフの周期表はすぐに認められたわけではなかった。しかし1875年にフランスのポール・ボアボードランが新元素ガリウムを発見し、これが「エカアルミニウム」と一致することが判明すると周期表が注目を浴びるようになった[27]。その後も1879年のスカンジウム(「エカホウ素」)、1886年のゲルマニウム(「エカケイ素」)がメンデレーエフの表にある空白を埋めるものだということが判明し、彼の周期表の正しさが証明された[25][27]。これに伴って「オクターブの法則」のジョン・ニューランズも再評価され、1887年にイギリス化学学会から賞を授与された[28]。

逆のケースもあった。1794年にスウェーデンの小村イッテルビーで発見された鉱物群から多くの新元素が見つかっていたが、1907年までにその数は14種までになった。これらはいずれも近似した性質を持ち希土類元素と呼ばれたが、メンデレーエフの周期表を元にすると、いずれの族にも納まらない[29]。この問題は常に意識されていたが、1920年以降にランタノイドが概念化され決着を見た[30]。

希ガスを反映[編集]

メンデレーエフは化合物のでき方、すなわち原子価を重視して周期表を作成した。ここに、1894年にジョン・ウィリアム・ストラット(レイリー卿)とウィリアム・ラムゼーが発見した新元素アルゴンが立ちはだかった。「怠け者」を意味する化合物を作らないアルゴンをどのように周期表の中に組み込むべきかが悩まれた。しかし1898年までに同様な性質を持つヘリウム・ネオン・クリプトン・キセノンが相次いで発見され、これらも周期表の族の一種だと考えられるようになった[31]。

これら元素は希ガスと呼ばれたが、原子価を示すとゼロとなる。原子量で考えるとアルゴンはカリウムとカルシウムの間に入るべきだが、原子価で見るとイオウ−塩素−カリウム−カルシウムが2−1−1−2となる点を重視して塩素とカリウムの間に入れると2−1−0−1−2となったため、希ガスは周期表の右端に置かれるようになった[29]。

原子モデル構築[編集]

周期表で示される元素の性質を作り出す構造は、1913年にニールス・ボーアが提唱したボーアの原子模型で理論説明が成された[11]。彼の理論によって、元素は電子配置によって性質が左右し、その軌道が周期表の周期と対応していることが説明された[11]。

色々な周期表[編集]

周期表に表示される情報[編集]

周期表の各マスには、最低限元素記号と原子番号が記される。大きな周期表においては、これに加えさまざまな情報が追記されたものもある。日本ならば日本語の名称というように作成地域の言語における元素名、原子量や価電子数、さらに拡張的なものでは電子配置や利用例なども加えられることがある。

原子量について、元素の多くは同位元素を持つ。これらの原子量は一定ではないため、表記する際には慣例的に半減期が最も長い同位体を括弧つきで示す[32]。なお、原子量には絶対質量と相対質量があり、後者は質量数12の炭素(12C)を基準「12」と置いて設定される。これには物理学会と化学学会の紆余曲折があり、1820年頃に酸素を基準に置いていたところ、1890年代に3つの同位体の存在が判明し、物理では厳密に16Oを基準と定めたが化学では従来通り3同位体が混ざった状態を基準としていた。これらの統一は1960年に検討がなされたが、16Oを基準に置くと化学での数字が0.027%も変化するため、ずれが0.0043%に収まり、また同位体の存在数が比較的少ない12Cを新しい基準に採用した[33]。

水素の位置[編集]

現在一般的な周期表では、水素は最も左上の場所にある。しかしこれは適切ではないのではという意見が過去IUPACの雑誌にて提唱された。現状では水素は、最外殻に一つの電子を持つ1族の位置にあるが、リチウム以下でこの属はアルカリ金属を指しており、金属ではない水素がここにある矛盾が指摘された。また、電子殻(この場合亜殻の1p軌道)が満たされる状態からひとつ電子が少ないと捉えると、フッ素以下の17族(ハロゲン)の仲間と考えることも可能であり、実際に水素はアルカリ金属的な性質とハロゲン的な性質を併せ持つ。IUPACは水素の位置を左上端に置くとする見解を示しているが、アメリカ化学会などはこれらを考慮し、水素を第1周期の中央部分に置いた周期表を掲載した書籍を発行している[34]。また、周期表によっては、17族のフッ素の上に水素のための別枠を設け、ヘリウムの左隣に併記する方法をとった物も存在する。[35]

また、ヘリウムも最外殻の電子数が2つであることを重視して2族のベリリウムの上に置くべきという主張もある。しかしヘリウムは希ガスの性質を持つため、右端に置く現状が最適という考えが一般的である[34]。

立体周期表[編集]

平面的な周期表では1族と18族が大きく断絶しているように見えるが、本来この2つの族は原子番号が隣り合っている通り、連続して示されるべきものである。一般的な周期表は、いわば螺旋状に連なるべきものを無理に平面で表示している。京都大学教授の前野悦輝は円筒の上に示すエレメンタッチを考案し、立体的な周期表を示した[36]。

欄外に置かれたランタノイドとアクチノイドを取り込んだ立体周期表を、化学者ポール・ジゲールが提案した。平面状の周期表を立てた棒に貼り付け、ランタノイドとアクチノイドの部分を直角に差し込んだもので、将来119番目以降の元素が発見された際に設ける必要が生じる欄外も取り込むことができる[36]。

カナダの化学者フェルナンド・デュフォーは、柱に取り付けた複数の透明なプレート上に各原子を配列し、プレートで同一の周期を示しながら、族を上から見下ろした際に元素の表示が重なって見えることで周期律を表す立体周期表を提案した。これは、柱を中心にそれぞれの方向に近似する性質を持つ元素の集団が見通せ、それが規則的に増加する周期それぞれの性質を把握しやすい形となっている[36]。

電子軌道による周期表[編集]

電子軌道で分類する周期表もある。分類は次の通り。


周期

族または元素名

軌道名

1 1と18 1s
2 1と2 2s
13-18 2p
3 1と2 3s
13-18 3p
4 1と2 4s
3-12 3d
13-18 4p
5 1と2 5s
3-12 4d
13-18 5p
6 1と2 6s
3-12 5d
ランタノイド元素 4f
13-18 6p
7 1と2 7s
3-12とトリウム 6d
アクチノイド元素 (トリウムを除く) 5f
13-18 (ウンウンセプチウムを除く) 7p

様々な周期表[編集]





スパイラル周期表(テーオドール・ベンファイ、1960年[37])






円形






リング型






花型






ピラミッド型






ストウ型






"Zmaczynski & Bayley"型






ADOMAH 型、2006年[38]






実物周期表(国立科学博物館の展示)


参考文献[編集]
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Pullman, Bernard (1998). The Atom in the History of Human Thought. Translated by Axel Reisinger. Oxford University Press. ISBN 0-19-515040-6.

塩化ナトリウム

塩化ナトリウム(えんかナトリウム、英: sodium chloride)は化学式 NaCl で表されるナトリウムの塩化物である。単に塩(しお)、あるいは食塩と呼ばれる場合も多いが、本来「食塩」は食用、医療用に調製された塩化ナトリウム製品を指す用語である。

人(生体)を含めた哺乳類をはじめとする地球上の大半の生物にとっては、必須ミネラルであるナトリウム源として、生命維持になくてはならない重要な物質である。

天然には岩塩として存在する。また、海水の主成分として世界に広く分布する塩(えん)でもある(約2.8%)。この他、塩水湖や温泉(食塩泉)などにも含有されていることで知られる。



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1 性質
2 資源
3 用途
4 出典
5 関連項目


性質[編集]

塩(えん)の中でも正塩(せいえん)の1種。結晶構造は塩化ナトリウム型構造で、塩化物イオンとナトリウムイオンから成るイオン結晶であり絶縁体である。常温、大気圧下で白色の固体。無臭だが、独特の塩味を持つ。純粋な塩化ナトリウムは20°Cでは湿度75%まで潮解性を示さない。

融点800.4°C。溶融すると電気を通すようになる。溶融時には揮発性を持つ。

塩酸と水酸化ナトリウムの中和によって得られ、水溶液は中性を示し伝導性を有する。
{\rm {HCl+NaOH\longrightarrow NaCl+H_{2}O}}
塩化ナトリウムの温度変化による溶解度の変化は非常に小さく、冷却による再結晶化では少量の結晶しか得られない。一般には、水(溶媒)を蒸発させて溶液の濃度を高めるか、塩化水素ガスを吹き込んで溶液中の塩化物イオン濃度を高めて結晶化させる方法がとられる(原理は記事 溶解度積を参照)。

資源[編集]

海水中の塩化ナトリウムの存在量は膨大であるが、同じく膨大な量が存在する岩塩も利用されている。

世界の食塩の生産量は2008年で2億650万トンと言われており、そのうち海水からの天日塩が約36%である[1]。 日本の工業塩の年間需要は約740万トンであり全量メキシコ、オーストラリアの天日塩を輸入している。[1] 日本ではかつて塩田で海水を濃縮して得ていたが、現代ではイオン交換膜を用いて工業生産している。

用途[編集]
主要化学原料である塩素、塩酸、水酸化ナトリウムの原料として工業的に大量に消費され、これらの製品を通じて間接的に様々な化学製品に利用されている。
氷(雪)に塩化ナトリウムを混ぜたものは、寒剤として利用される。氷と塩化ナトリウムを3:1の質量比で混ぜると温度が−21°Cまでになる。また、凝固点が下がることを利用し、空調・冷凍関係のブラインとして利用されることもある。
水溶液は氷点が水と比べて低いため、塩分濃度 18%–20% の溶液が道路の凍結防止剤として広く使用されている。しかし塩害の可能性もある。
塩化ナトリウムは調味料の塩の主要な成分であり食品の調理・加工に利用される。ただし、摂取し過ぎると高血圧の要因となる[2]。また、胃にも多大な負担を掛け、胃炎から胃癌を発生させる原因ともなり得る。
低融点の架橋剤を加え、流動性・防湿性を持たせたものは、金属ナトリウムやカリウム、マグネシウムなどの金属火災の消火剤として用いられる。他の消火剤と見分けやすくするため、薄黒褐色に着色するよう定められている。
小学校では溶解度の変化を見るためにホウ酸、ミョウバンと並ぶ有名な化学物質である。
赤外線領域におけるプリズム、ウィンドウ、レンズとして利用される。

蒸発岩

蒸発岩(じょうはつがん、evaporite)とは、湖(主に水の供給量が限られる塩湖であることが多い)が干上がった際に水中に溶けていた物質が析出し、生成した岩石(堆積岩)。



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1 概要
2 地殻変動を推測する手段
3 脚注
4 関連項目


概要[編集]

蒸発岩を構成する鉱物は、岩塩(塩化ナトリウム)、石膏(硫酸カルシウム)などを主とする。カンブリア紀以降の地層に見られ、乾燥気候の指標や大規模な地殻変動の根拠ともなる。

中でも岩塩は塑性流動しやすく、ドーム型の形状(岩塩ドーム)となり、石油や天然ガスを蓄積しやすい環境を作ることがある。

カスピ海南東部にあるカラ・ボガス・ゴル湾(Zaliv Kara-Bogaz-Gol)では、塩化ナトリウムや硫酸カルシウムなどの蒸発岩の構成鉱物が、現在大規模に沈殿しつつある[1]。

地殻変動を推測する手段[編集]

地中海地域では600〜500万年前の地層より蒸発岩(岩塩、石膏、苦灰岩)が見られることから、地中海は地殻変動により一時的に干上がったもしくは塩湖になった(メッシニアン塩分危機)あと、再度、ジブラルタル海峡付近が低下して海水が流入し、現在のような形になったのではないかとする学説[2]もある。

苦灰岩

苦灰岩(くかいがん、dolostone)は、苦灰石(ドロマイト、CaMg(CO3)2)を主成分とする堆積岩。白雲岩(はくうんがん)ともいう。苦灰岩のこともドロマイト(dolomite)ということがあるが、その場合は苦灰石(鉱物)との区別ができない。

石灰岩を構成している方解石や霰石(いずれも CaCO3)中のカルシウムが、マグネシウムに置き換わって苦灰石になったと考えられている。全てが苦灰石になっていることは少なく、たいていは方解石を含んでいる。

トラバーチン

トラバーチン(英:travertine)は、温泉、鉱泉、あるいは地下水中より生じた石灰質化学沈殿岩で、緻密、多孔質、縞状など、多様な構造をもつ。温泉沈殿物や鍾乳洞内の鍾乳石類、あるいは石灰分の多い河川沈殿物など。とくに多孔質で、軟弱なものをトゥファ(tufa)と呼ぶ。これらの総称として石灰華(calcareous sinter)が用いられる。緻密で、研磨して美しい光沢や色合い、模様を有するものを、装飾石材名としてオニックス マーブル(onyx marble)とかケイブ オニックス(cave onyx)という[1] [2] [3]。

ローマ近郊Tivoli地方のラテン語名Tiburに由来し、イタリア語でtravertino(フランス語でtravertin)と呼ぶ。本項では温泉生成物について主に記述する。



目次 [非表示]
1 特徴
2 地球化学
3 産地
4 利用
5 関連項目
6 脚注・出典
7 外部リンク


特徴[編集]

熱水泉で形成されるトラバーチンは、二酸化ケイ素から形成される珪華と関連付けて語られることが多い。大型水生植物、コケ類、藻類、藍藻などの有機体はトラバーチンの表面にコロニーを作ることが多く、それによってトラバーチンは特徴的な多孔質となる。

熱水泉によっては、温度が高すぎて大型水生植物やコケ類が成長できず、多孔質でない岩石となる。そのような環境では好熱水性の微生物が重要であり、ストロマトライトのような構造になるのが一般的である。

鍾乳石や石筍などの洞窟内にできるトラバーチンでは、形成に生物活動の関与がない。

地球化学[編集]

現代に存在するトラバーチンは、過飽和な石灰分を含むアルカリ性の水が地熱で加熱され、pCO2(二酸化炭素分圧)が上昇することにより形成される。大気のpCO2が低いため、その水からCO2が抜け、結果としてpH値が高くなる。pH値が高くなると炭酸塩の溶解度が低下し[4]、沈殿が促進される。pCO2の低下を促進する現象によって過飽和状態が強まることもある。例えば滝で水と空気が触れ合う面積が増えたり[5]、光合成でCO2が消費されることが考えられる[6]。地表の温泉沈殿物や河川沈殿物では、溶液からの脱二酸化炭素に生物活動が関与していることが多い。 場合によっては水の蒸発によって沈殿が促進されることもある。
Ca2+ + 2 HCO3− \rightleftarrows \ CaCO3 + H2O + CO2
方解石とアラレ石はどちらも熱水泉のトラバーチン中によく見られ、水の温度が高いとアラレ石が形成されやすく、水の温度が低いと方解石が形成されやすい[7][8]。純粋なトラバーチンは白いが、炭酸塩以外の不純物が混ざることが多いため茶色や黄色になるものが多い。





パムッカレのトラバーチンでできた石灰華段
パムッカレやイエローストーンで見られるように、トラバーチンは岩盤や他の不活性なものの上に直接堆積することもある。また、プリトヴィツェ湖群のように成長した苔の上に沈殿することもある。

産地[編集]





典型的なトラバーチンによる造形でできた滝(ラオスクアンシーの滝)
トラバーチンでできた小型の段丘地形を石灰華段(あるいは石灰華段丘)と呼ぶが、ローマ近郊のティヴォリやグイドーニア・モンテチェーリオのものが有名である。トラバーチンという名称はティヴォリに由来する。古代ローマ時代にはティヴォリはティブル (Tibur) と呼ばれていた。トラバーチンはその当時 lapis tiburtinus すなわち「ティブルの石」と呼ばれ、ここから travertine へと変化した。

このようなトラバーチンの堆積でできた美しい階段状の湖が、アフガニスタンのバンダミール湖、中国四川省の黄龍風景区、グアテマラのセムクチャンペイ、トルコのパムッカレで、また規模は小さいがラオスのクアンシーの滝の滝つぼなどでもみられる。

クロアチアのプリトヴィツェ湖群国立公園の谷では、トラバーチンによって大きな自然のダムが16個形成されている。トラバーチンが数千年にわたって水中の岩や苔に固着して成長し、高さ70メートルもの階段状の滝を生み出し、その内に大きな湖を湛えた[9]。

また、間欠泉のある場所にも様々な色のトラバーチンが堆積している。アメリカで最も有名なトラバーチンの形成場所はイエローストーン国立公園の熱水泉の多い地域であり、大量のトラバーチンが堆積している。オクラホマ州にもそのような景観の公園が2つある。テキサス州ではオースティン周辺とその南方の地域に石灰岩の岩盤があり、ハミルトンプールなどが知られている。

ティヴォリとグイドーニアのトラバーチンの地層を詳細に研究したところ、1日単位および1年単位の薄層になっていることが判明し、これが絶対年代の測定に利用できる可能性がある[10]。このような地層は世界中の熱帯および亜熱帯のカルスト地形に存在する。とくに軟質多孔性の種類、トゥファに顕著である。トゥファは生成後の続成作用によって硬質のトラバーチンへと変わる。

日本では、中国地方の帝釈台(広島県)や阿哲台(岡山県)のカルスト泉で特徴的にトゥファが生じており[11]、その地方では水岩石(水含石とも)と呼ばれていて、盆栽などの台石によく使われている。しかしその発達の規模は上記の諸外国のものに比べると小さい。

中央ヨーロッパの後氷期アトランティック期(紀元前8000年 - 紀元前5000年)には気候が最適であったため、カルスト泉で膨大な量のトゥファが形成された。重要なジオトープのいくつもの例がシュヴァーベンの山岳地帯で見つかっている。主にケスタ地形を呈している北西域の谷や、アルプス北麓にあるカルスト地形のフランケン地方周辺にみられる沢山の谷、カルストアルプス北部などである。規模は小さいがカルスト地形特有の形成作用はいまも続いている。

トラバーチンは中世のころから重要な建材として使われてきた。

利用[編集]





ヨーロッパ最長の城壁を持つブルクハウゼン城。主にトラバーチンで出来ている。




400年以上前の古い壁に使われているトラバーチン
トラバーチンは建築材料としてよく利用されている。古代ローマ人は古く乾いて硬くなったトラバーチンを大量に採掘した。ローマのコロッセオは、その大部分がトラバーチンでできた世界最大の建築物である。トラバーチンを多く使った有名な建築物としては他にパリのサクレ・クール寺院やロサンゼルスのゲティセンターなどがある。ゲティセンターの建設に使われたトラバーチンは、ティヴォリやグイドーニアから輸入したものである[12]。

トラバーチンは中庭や庭園の小道の舗装にも使われる。石灰岩や大理石とは異なるが、そのような名称(travertine limestone あるいは travertine marble)で販売されていることもある。表面に孔や溝があることでトラバーチンだと判る。トラバーチンには形成の際に自然にそのような溝ができるが、風化作用で溝や孔ができたようにも見える。グラウトでそういった孔を埋めて販売する場合もある。表面を磨けば非常に滑らかで輝くように仕上げることもでき、色も灰色からコーラルレッドまで様々なものがある。床材用サイズのタイルの形状での利用が最も一般的である。

トラバーチンは近代建築で最も頻繁に使われた石材の1つであり、一般に、正面装飾、壁や床に張る石材として使われてきた。シカゴのウィリス・タワーのロビーの壁はトラバーチンである[13]。建築家ウェルトン・ベケットはトラバーチンをよく使っており、手がけた建築物のほとんどでトラバーチンを大量に使っている。例えばベケットが設計した UCLA Medical Center の1階の壁全体が分厚いトラバーチンで覆われている。建築家ミース・ファン・デル・ローエは、S.R. Crown Hall と Farnsworth house という2つの作品でトラバーチンを使った。

石材としては柔らかい方で孔や溝があるため、トラバーチンを床材として使うと、仕上げとその後のメンテナンスが難しい。例えばメンテナンスのために表面を削って磨くと、新たな孔が見えるようになったりして、見た目が大きく変わってしまうことがある。

アメリカでは建材としてのトラバーチンを国内で製造する業者は3社しかない。アメリカでのトラバーチンの年間需要は85万トンで、そのほとんどを輸入している。主な輸入元はトルコ、メキシコ、イタリア、ペルーである。10年ほど前まで、世界のトラバーチン市場のほとんどをイタリアが独占していた。

関連項目[編集]
石灰華
カルスト地形
クアンシーの滝 - トラバーチンにより形成された典型的な滝。

脚注・出典[編集]

1.^ 新版地学辞典, 1970. 古今書院
2.^ 地形学辞典, 1981. 二宮書店
3.^ 新版地学事典, 1996. 平凡社
4.^ Bialkowski, S.E. 2004. Use of Acid Distributions in Solubility Problems.
5.^ Zhang, D. Zhang, Y. Zhu, A. and Cheng, X. 2001. Physical mechanisms of river waterfall tufa (travertine) formation. Journal of Sedimentary Research 71, pp. 205-216.
6.^ Riding, R. 2000. Microbial carbonates: the geological record of calcified bacterial-algal mats and biofilms. Sedimentology 47, pp. 179-214.
7.^ Pentecost, A. 2005. Travertine. Dordrecht, Netherlands: Kluwer Academic Publishers Group. ISBN 1-4020-3523-3
8.^ Fouke, B.W. Farmer, J.D. Des Marais, D.J. Pratt, L. Sturchio, N.C. Burns, P.C. Discipulo, M.K. 2000. Depositional facies and aqueous-solid geochemistry of travertine-depositing hot springs (Angel Terrace, Mammoth Hot Springs, Yellowstone National Park, U.S.A.). Journal of Sedimentary Research 70, pp. 565-585.
9.^ "How Does Water Turn to Stone" Nature, Land Of The Falling Lakes, Pbs
10.^ Folk, R. L., et al.; (1985) Bizarre forms of depositional and diagenetic calcite in hot spring travertines, in Carbonate Cements; SEPM Special Pub. 36.
11.^ 地質調査所月報, vol.50, no.2, 1999. 工業技術院地質調査所
12.^ The Getty Center http://www.getty.edu/visit/see_do/architecture.html
13.^ The Willis Tower http://www.willistower.com/interior_exterior.html

コハク

琥珀またはコハク(こはく、アンバー、英: Amber)とは、木の樹脂(ヤニ)が地中に埋没し、長い年月により固化した宝石である。半化石樹脂や半化石の琥珀は、コーパル(英: Copal)という。「琥」の文字は、中国において虎が死後に石になったものだと信じられていたことに由来する[1]。 鉱物ではないが、硬度は鉱物に匹敵する。色は、黄色を帯びたあめ色のものが多い。

バルト海沿岸で多く産出するため、ヨーロッパでは古くから知られ、宝飾品として珍重されてきた。

英名 amber はアラビア語: عنبر‎ ('anbar)に由来する。コハクをローマでは活力石 (succinum)、 古代ギリシャではエレクトロン (elektron) と呼んでいた。英語の electricity(電気)は擦ると静電気を生じることに由来している[2]。

コハクについて最初に記述したのはローマのプリニウスで、石化した樹脂であることを論じている。また、取引されているコハクはヨーロッパ北部(バルト海周辺)の産であることも知っていた[2]。



目次 [非表示]
1 虫入り琥珀
2 琥珀の利用
3 産地
4 琥珀色
5 その他
6 脚注
7 関連項目
8 外部リンク


虫入り琥珀[編集]

琥珀は樹脂が地中で固化してできるものであるため、石の内部に昆虫(ハエ、アブ、アリ、クモなど)や植物の葉などが混入していることがある。こうしたものを一般に「虫入り琥珀」と呼ぶ[1]。 なお、小説『ジュラシックパーク』の設定のように、数千万年前に琥珀に閉じ込められた生体片のDNAを復元することは実際には不可能である[3]。

なお、市販の「虫入り琥珀」については、コーパルなどを溶解させ現生の昆虫の死骸などを封入した、いわば「人造虫入り琥珀」である場合があり、これは中国で製造される[4][5][6][7]。

琥珀の利用[編集]

ネックレス、ペンダント、ネクタイピンなどの装身具に利用されることが多い。人類における琥珀の利用は旧石器時代にまでさかのぼり、北海道の「湯の里4遺跡」、「柏台1遺跡」出土の琥珀玉(穴があり、加工されている)はいずれも2万年前の遺物とされ、アジア最古の出土(使用)例となっている[8](ゆえに「人類が最初に使用した宝石」とも言われる)。また、バイオリンの弓の高級なものでは、フロッグと呼ばれる部品に用いられることがある。

その他の利用法として、漢方医学で用いられることがあったという。 南北朝時代の医学者陶弘景は、著書『名医別録』の中で、琥珀の効能について「一に去驚定神、二に活血散淤、三に利尿通淋」(精神を安定させ、滞る血液を流し、排尿障害を改善するとの意)と著している[1]。

ポーランドのグダンスク地方では琥珀を酒に浸し、琥珀を取り出して飲んでいる。

産地[編集]

主な産地はかつてのプロイセンに相当する地域である、ポーランドのグダンスク沿岸と、ロシア連邦のカリーニングラード州で、ポーランド・グダンスク沿岸とカリーニングラード州だけで世界の琥珀の85%を産出[9]し、そのほかでも、リトアニア共和国、ラトビア共和国など大半がバルト海の南岸・東岸地域である。

ポーランドは琥珀の生産において圧倒的な世界一を誇り、世界の琥珀産業の80%がグダンスク市にあり、世界の純正琥珀製品のほとんどがこのグダンスク地方で製造される[10]。

アジアでは、中国の雲南、河南、広西、福建、貴州、日本においては岩手県久慈市近辺や千葉県銚子市でも産出される[1]。

琥珀色[編集]

アンバー
amber





16進表記
#FFBF00

RGB
(255, 191, 0)

HSV
(45°, 100%, 100%)
表示されている色は一例です

琥珀のような色、すなわち、透明感のある黄褐色や、黄色よりの橙色を、琥珀色、または英語にならってアンバーと呼ぶ。たとえば、ウイスキーの色あいをやや詩情を込めて述べるとき、この言葉を使うことがある。また自動車関連で、方向指示器などの色は一般に「アンバー」と呼ばれる。

また、純色のうち、黄色と橙色の間にあたる色を amber と呼ぶことがある[11]。信号機の黄色も英語では amber と表現する場合がある[12]。

なお、JIS慣用色名の中の「アンバー」や、「バーント・アンバー」「ロー・アンバー」というときの「アンバー」は、土から作る顔料の umber(アンバー (顔料))に由来する、茶系の濁った色である。混同しないように注意を要する。

その他[編集]
西欧語において「電気」を意味する語彙(英語: electricity など)は、古典ギリシア語で琥珀を意味する ήλεκτρον(Ēlektron)から作出された[13]。擦ると静電気を生ずることからの謂である。

脚注[編集]

1.^ a b c d 仝選甫「薬食兼用の天産物 No.34 琥珀(コハク)」『漢方医薬新聞』2010年11月25日、8面。
2.^ a b P.A.セルデン・J.R.ナッズ著、鎮西清高訳『世界の化石遺産 -化石生態系の進化-』 朝倉書店 2009年 132ページ
3.^ 生物遺体のDNA情報は521年に半分の割合で失われるという研究がある。これに基づけば、数千万年前の恐竜時代のDNA情報はほぼゼロとなる。(Matt Kaplan "DNA has a 521-year half-life : Nature News & Comment",2012年10月10日)
4.^ http://www.chamberofcommerce.pl/fake-amber-with-insects/
5.^ http://www.ambericawest.com/ragazzi.html
6.^ http://www.ambericawest.com/fake_amber2.html
7.^ http://reviews.ebay.com/Chinese-Fossils-Amber-Antiques-and-Coins_W0QQugidZ10000000002384510
8.^ 『日本の時代史1 白石太一郎編 倭国誕生』 吉川弘文館 2002年 ISBN 4-642-00801-2 p.118 - p.120
9.^ http://www.polamjournal.com/Library/APHistory/Amber_in_Poland/amber_in_poland.html
10.^ http://books.google.co.jp/books?id=g6NVVpqhixIC&pg=PA137&lpg=PA137&dq=amber+poland+per+cent&source=bl&ots=nzSlMk-CEB&sig=9wrGCk6cBWnH5uLDxB_274GoYvw&hl=ja&ei=7W0WTcOzDI3Qca206eEK&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=5&ved=0CEcQ6AEwBA#v=onepage&q&f=false
11.^ 英語版 en:Amber (color) を参照。
12.^ “Definition of amber in Oxford Dictionaries (British & World English)”. Oxford Dictionaries. オックスフォード大学出版局. 2013年3月27日閲覧。“Definition of amber in Oxford Dictionaries (US English)”. Oxford Dictionaries. オックスフォード大学出版局. 2013年3月27日閲覧。yellow, orange の語も用いられる。
13.^ 電気#近世を参照。

バルト海

バルト海(バルトかい、Baltic Sea)とは、北ヨーロッパに位置する地中海。ヨーロッパ大陸本土とスカンジナビア半島に囲まれた海洋であり、日本での古称は東海。



目次 [非表示]
1 呼称
2 概要
3 地史
4 周辺地域の歴史
5 海上交通網
6 関連項目
7 脚注
8 外部リンク


呼称[編集]
英語: Baltic Sea (ボールティック・シー)
ドイツ語: Ostsee (オストゼー; “東海”)
スウェーデン語 Östersjön (エステション; “東海”)
デンマーク語 Østersøen (“東海”)
ロシア語: Балтийское море (バルチーイスカイェ・モーリェ)
ポーランド語: Morze Bałtyckie (モジェ・バウティツキェ)
フィンランド語: Itämeri (イテメリ; “東海”)
エストニア語: Läänemeri (レーネメリ; “西海”)
古代ラテン語: Mare Suebicum (マーレ・スエビクム; “スエビ族の海”。 Mare Suevicum とも)
近代ラテン語: Mare Balticum (マーレ・バルティクム)
リトアニア語: Baltijos jūra
ラトビア語: Baltijas jūra

日本での古称「東海」は、ゲルマン系言語における名称の翻訳借用である。

概要[編集]

面積40万平方km。平均深度は55mと浅い海洋であるが、最大深度は459mとなっている。平均水温は3.9度。特筆すべきこととして、平均塩分濃度が全海洋平均の31.9パーミルと比べて26パーミルとかなり低いことがあげられる。この理由としては、流入河川が多いこと、高緯度地帯に位置し、水温が低いため蒸発量が少ないこと、外海である北海への主な出口がカテガット海峡しか存在せず、これが隘路となるため海水の循環が少ないことがあげられる。低水温および低塩分濃度のため、冬季には結氷する。

海域の北部にはボスニア湾、東部にはフィンランド湾、リガ湾、南部にはグダニスク湾などの湾がある。また域内の島嶼としてボーンホルム島(デンマーク)、ゴットランド島(スウェーデン)、エーランド島(スウェーデン)オーランド諸島(フィンランド自治領)、ヒーウマー島、サーレマー島(エストニア)などがある。最も大きな島はゴットランド島であり、域内の南部に位置している。

外海とはカテガット海峡を経てスカゲラック海峡とつながり、さらに北海と結ばれている。さらに、白海・バルト海運河で白海と、キール運河で北海と結ばれているなど、航路が整備されている。

また、海域に面した国家は多くスウェーデン、フィンランド、ロシア、エストニア、ラトビア、リトアニア、ポーランド、ドイツ、デンマークの国々が面している。

地史[編集]

バルト海が大まかに現在の形となったのは3800年前(紀元前1800年ごろ)と考えられている。最終氷期の最盛期であった2万年前、バルト海地域は現在のバルト海域を中心とする巨大な氷床に覆われていた。この氷床の先端はユトランド半島から北ドイツ平原を通りポーランド北部やリトアニアにまで達していた。現在でもこの地域には、その時期の名残であるモレーン(堆石)が列をなし分布している。氷期から後氷期に入ると氷床は消滅したが、氷河の重みによって旧氷河の中心域は窪地であった。ここにはアンキルス湖(en)が形成され、さらに海面が上昇し、そこが海と繋がると汽水のリットリナ海(en)となり、バルト海の原型が出来上がった。氷床の重みがなくなったため、現在でもバルト海域では地面が上昇を続けており、特に北部のボスニア湾周辺地域で上昇が激しい。ここままのペースで上昇が続くと100年で1mの隆起となり、1万5千年から2万年後にはボスニア湾が消滅してしまうとも考えられている[1]。

周辺地域の歴史[編集]

古代ローマではバルト海南東部をスエビの海(Mare Suebicum)と呼んでいた。南岸にゲルマン人ともケルト人ともいわれるスエビ族が住んでいたようである。民族移動時代の前は、スエビ族はゲルマニアの最強民族として知られていた民族である。8世紀以降、ノルマン人を中心としたヴァイキング(ヴァリャーグ)が、バルト海を掌握していた可能性が高く、バルト海が「ヴァリャーグ海」と呼称されていた時代もある。このころ、すでにシュレースヴィヒには交易都市ハイタブが建設されており、また「ヴァリャーギからギリシアへの道」と呼ばれる、バルト海からノヴゴロドやヴォルガ川を通って黒海へ、さらに東ローマ帝国の首都コンスタンティノープルへとつながる交易ルートが成立しており、すでに交易上重要な位置を占めるようになっていた。

12世紀にはいると、バルト海南岸に東方植民運動が起こり、またドイツ騎士団などの騎士修道会によって、バルト海南東域の非キリスト教徒への軍事侵攻および植民が行われた。北方十字軍とも呼ばれるこの動きによって、西方のドイツからドイツ人が次々と植民を行い、この地域はドイツ化していった。このころのバルト海の制海権を握っていたのはハンザ同盟である。12世紀に設立されたこの同盟は、バルト海南岸のリューベックを盟主とし、ヴィスビューやリガ、ダンツィヒなど多くのバルト海沿岸都市が加盟してこの地方の覇権を握った。バルト海で取れるニシンが同盟諸都市の重要な輸出項目となっており、その他フランドルの織物や、琥珀、穀物といった特産物をやり取りしていた。やがて15世紀にはいるとカルマル同盟を結んだデンマークがハンザ同盟に勝利してバルト海の覇者となったが、16世紀にはいると新大陸の発見によってバルト海のヨーロッパ内における経済重要性が低下し、またネーデルラントやイングランドの商人がバルト海に進出してバルト海交易を支配するようになった。このころにはポーランドが勢力を伸ばし、リトアニアとポーランド・リトアニア連合を組んだ上に世俗化したドイツ騎士団国をプロイセン公国として編入した。やがて、デンマークから独立したスウェーデン王国が17世紀初頭のグスタフ・アドルフの時代に勢力を伸ばし、およそ1世紀の間バルト海の覇権を握った。この時期のスウェーデン王国を、後世ではバルト帝国、あるいはマーレ・バルティクム(バルト海のラテン語名)と呼び表すようになった。やがてロシア帝国にピョートル大帝が現れ、大北方戦争を起こしてスウェーデンのバルト海の覇権を打ち破るとともに、1703年にバルト海の最奥部に新都サンクトペテルブルクを建設した。この町はバルト海交易ルートの拠点のひとつとなり、またロシアの西欧に対する窓ともなった。帝政ロシア時代は、バルチック艦隊の展開海域であり、日露戦争時にはこの海域より日本海に向けてバルチック艦隊が出撃した。

バルト海南岸の、現在ドイツ・ポーランド領となっている地域のうち、低湿で農業に適さない西側はポンメルン(ポモージェ、ポメラニア)、より豊かな東側はプロイセン(プルシ、プロシア)と呼ばれていた。

バルト海の西端はスウェーデンとデンマークに挟まれたエーレスンド海峡で、幅はわずか7 kmしかない。中世より、この海峡はバルト海沿岸諸国が大西洋、北海への航路上必ず通過するルートであった。その為、スウェーデンとデンマークでは通行税をめぐる争いがあり、海峡には要塞や城が設けられていた。その中で有名な城が、デンマーク側にあるシェイクスピアの「ハムレット」の舞台となったクロンボー城(世界遺産)である。尚、現在は両国間での争いはなく、船舶が航行できる。

バルト海には多数の船が沈没している。中でも17世紀当時の世界最大の軍艦ヴァーサ(スウェーデン海軍所属管)が沈んでいて、レックダイバーが捜索し、引き上げられている。

バルト海の海底には良質の琥珀を大量に含む地層が露出している。古来、沿岸各地の海岸では打ち寄せられた琥珀を収穫することができ、地域の特産品であった。

海上交通網[編集]

バルト海は内海のため、海況が穏やかであり、また対岸までの距離も短いため、古くより海上交通網が発達している。現在は、移動時間の短い飛行機の利用も多いが、費用が安い、航空路がない、静養などの理由により船舶を利用する人も多い。貿易船の来航も多いほか、バルト海周辺各国の首都・主要都市からは毎日、大型船舶が出航しており、中にはバルト海クルーズを行うツアーも数多くある。また、北欧諸国特有の海上交通利用法として、ショッピング目的での利用がある。北欧諸国はどこも高福祉政策をとっているため税金が重く、特に酒や食料品など日用品も高税率となっている。しかし、国際航路であれば船上では免税となるために、安い品を求めて人々が国際航路に乗り込み、船上のショッピングモールで酒や砂糖、肉類などを買い込むといったショッピングクルーズが盛んである[2] 。これは北欧諸国がのきなみヨーロッパ連合に加盟した21世紀になっても、EU関税同盟に加盟していないオーランド諸島に寄港することで免税条件をクリアするなどの方法で続いている。

関連項目[編集]

ウィキメディア・コモンズには、バルト海に関連するカテゴリがあります。
地理: バルト三国
歴史: ハンザ同盟 - バルト帝国 - バルチック艦隊 - バルト海の戦い (第一次世界大戦)
政治:バルト海諸国理事会
琥珀
バルト海クルーズ
把瑠都凱斗
ヨーロッパ / 北欧 / 東欧 / 中欧

コハク

琥珀またはコハク(こはく、アンバー、英: Amber)とは、木の樹脂(ヤニ)が地中に埋没し、長い年月により固化した宝石である。半化石樹脂や半化石の琥珀は、コーパル(英: Copal)という。「琥」の文字は、中国において虎が死後に石になったものだと信じられていたことに由来する[1]。 鉱物ではないが、硬度は鉱物に匹敵する。色は、黄色を帯びたあめ色のものが多い。

バルト海沿岸で多く産出するため、ヨーロッパでは古くから知られ、宝飾品として珍重されてきた。

英名 amber はアラビア語: عنبر‎ ('anbar)に由来する。コハクをローマでは活力石 (succinum)、 古代ギリシャではエレクトロン (elektron) と呼んでいた。英語の electricity(電気)は擦ると静電気を生じることに由来している[2]。

コハクについて最初に記述したのはローマのプリニウスで、石化した樹脂であることを論じている。また、取引されているコハクはヨーロッパ北部(バルト海周辺)の産であることも知っていた[2]。



目次 [非表示]
1 虫入り琥珀
2 琥珀の利用
3 産地
4 琥珀色
5 その他
6 脚注
7 関連項目
8 外部リンク


虫入り琥珀[編集]

琥珀は樹脂が地中で固化してできるものであるため、石の内部に昆虫(ハエ、アブ、アリ、クモなど)や植物の葉などが混入していることがある。こうしたものを一般に「虫入り琥珀」と呼ぶ[1]。 なお、小説『ジュラシックパーク』の設定のように、数千万年前に琥珀に閉じ込められた生体片のDNAを復元することは実際には不可能である[3]。

なお、市販の「虫入り琥珀」については、コーパルなどを溶解させ現生の昆虫の死骸などを封入した、いわば「人造虫入り琥珀」である場合があり、これは中国で製造される[4][5][6][7]。

琥珀の利用[編集]

ネックレス、ペンダント、ネクタイピンなどの装身具に利用されることが多い。人類における琥珀の利用は旧石器時代にまでさかのぼり、北海道の「湯の里4遺跡」、「柏台1遺跡」出土の琥珀玉(穴があり、加工されている)はいずれも2万年前の遺物とされ、アジア最古の出土(使用)例となっている[8](ゆえに「人類が最初に使用した宝石」とも言われる)。また、バイオリンの弓の高級なものでは、フロッグと呼ばれる部品に用いられることがある。

その他の利用法として、漢方医学で用いられることがあったという。 南北朝時代の医学者陶弘景は、著書『名医別録』の中で、琥珀の効能について「一に去驚定神、二に活血散淤、三に利尿通淋」(精神を安定させ、滞る血液を流し、排尿障害を改善するとの意)と著している[1]。

ポーランドのグダンスク地方では琥珀を酒に浸し、琥珀を取り出して飲んでいる。

産地[編集]

主な産地はかつてのプロイセンに相当する地域である、ポーランドのグダンスク沿岸と、ロシア連邦のカリーニングラード州で、ポーランド・グダンスク沿岸とカリーニングラード州だけで世界の琥珀の85%を産出[9]し、そのほかでも、リトアニア共和国、ラトビア共和国など大半がバルト海の南岸・東岸地域である。

ポーランドは琥珀の生産において圧倒的な世界一を誇り、世界の琥珀産業の80%がグダンスク市にあり、世界の純正琥珀製品のほとんどがこのグダンスク地方で製造される[10]。

アジアでは、中国の雲南、河南、広西、福建、貴州、日本においては岩手県久慈市近辺や千葉県銚子市でも産出される[1]。

琥珀色[編集]

アンバー
amber





16進表記
#FFBF00

RGB
(255, 191, 0)

HSV
(45°, 100%, 100%)
表示されている色は一例です

琥珀のような色、すなわち、透明感のある黄褐色や、黄色よりの橙色を、琥珀色、または英語にならってアンバーと呼ぶ。たとえば、ウイスキーの色あいをやや詩情を込めて述べるとき、この言葉を使うことがある。また自動車関連で、方向指示器などの色は一般に「アンバー」と呼ばれる。

また、純色のうち、黄色と橙色の間にあたる色を amber と呼ぶことがある[11]。信号機の黄色も英語では amber と表現する場合がある[12]。

なお、JIS慣用色名の中の「アンバー」や、「バーント・アンバー」「ロー・アンバー」というときの「アンバー」は、土から作る顔料の umber(アンバー (顔料))に由来する、茶系の濁った色である。混同しないように注意を要する。

その他[編集]
西欧語において「電気」を意味する語彙(英語: electricity など)は、古典ギリシア語で琥珀を意味する ήλεκτρον(Ēlektron)から作出された[13]。擦ると静電気を生ずることからの謂である。

脚注[編集]

1.^ a b c d 仝選甫「薬食兼用の天産物 No.34 琥珀(コハク)」『漢方医薬新聞』2010年11月25日、8面。
2.^ a b P.A.セルデン・J.R.ナッズ著、鎮西清高訳『世界の化石遺産 -化石生態系の進化-』 朝倉書店 2009年 132ページ
3.^ 生物遺体のDNA情報は521年に半分の割合で失われるという研究がある。これに基づけば、数千万年前の恐竜時代のDNA情報はほぼゼロとなる。(Matt Kaplan "DNA has a 521-year half-life : Nature News & Comment",2012年10月10日)
4.^ http://www.chamberofcommerce.pl/fake-amber-with-insects/
5.^ http://www.ambericawest.com/ragazzi.html
6.^ http://www.ambericawest.com/fake_amber2.html
7.^ http://reviews.ebay.com/Chinese-Fossils-Amber-Antiques-and-Coins_W0QQugidZ10000000002384510
8.^ 『日本の時代史1 白石太一郎編 倭国誕生』 吉川弘文館 2002年 ISBN 4-642-00801-2 p.118 - p.120
9.^ http://www.polamjournal.com/Library/APHistory/Amber_in_Poland/amber_in_poland.html
10.^ http://books.google.co.jp/books?id=g6NVVpqhixIC&pg=PA137&lpg=PA137&dq=amber+poland+per+cent&source=bl&ots=nzSlMk-CEB&sig=9wrGCk6cBWnH5uLDxB_274GoYvw&hl=ja&ei=7W0WTcOzDI3Qca206eEK&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=5&ved=0CEcQ6AEwBA#v=onepage&q&f=false
11.^ 英語版 en:Amber (color) を参照。
12.^ “Definition of amber in Oxford Dictionaries (British & World English)”. Oxford Dictionaries. オックスフォード大学出版局. 2013年3月27日閲覧。“Definition of amber in Oxford Dictionaries (US English)”. Oxford Dictionaries. オックスフォード大学出版局. 2013年3月27日閲覧。yellow, orange の語も用いられる。
13.^ 電気#近世を参照。
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