2014年02月13日
水素
水素(すいそ、羅: Hydrogenium、英: hydrogen)は、原子番号 1 、原子量1.00794[1]の元素である。元素記号は H。非金属元素の一つ。元素およびガス状分子の中で最も軽く[2]、また宇宙で最も数が多く[1]、珪素量を106とした際の比率は2.79×1010である[4]。地球上では水や有機化合物の構成要素として存在する。
一般に「水素」という場合は、水素の単体である水素分子(水素ガス) H2 を示すことが多い。水素分子は常温・常圧では無色無臭の気体で、とても軽く、非常に燃焼・爆発しやすいといった特徴を持つ。日本では、高圧ガス保安法容器保安規則により、赤いボンベに保管するように決められている[2]。
目次 [非表示]
1 分布
2 歴史
3 同位体
4 水素分子 4.1 オルト水素とパラ水素
5 金属水素 5.1 超伝導の可能性
6 水素分子の生産
7 用途 7.1 代表的な用途
7.2 エネルギー利用 7.2.1 燃料電池
7.2.2 貯蔵技術
8 化学的性質 8.1 水素化物
8.2 水素イオンと水素化物イオン
8.3 ヒドロン・プロトンとヒドロニウムイオン
8.4 ヒドリド
8.5 周期表上の位置
9 惑星の水素散逸
10 水素と似た粒子
11 脚注
12 参考文献
13 関連項目 13.1 物理学
13.2 化学
13.3 利用
14 外部リンク
分布[編集]
水素は宇宙で最も豊富にある元素であり、(ダークマターとダークエネルギーを除いた)宇宙の質量の3/4を占め[5]、総量数比では全原子の 90 % 以上となる[6]。これらのほとんどは星間ガスや銀河間ガス、恒星あるいは木星型惑星の構成物として存在している。地球表面の元素数では酸素・珪素に次いで三番目に多い[1]が、水素は質量が小さいため、質量パーセントで表すクラーク数では9番目となる。ほとんどは海水[1]の状態で存在し、単体の水素分子状態では天然ガスの中にわずかに含まれる程度である。地球の大気中での濃度は 1 ppm 以下とほとんど存在していない。
水素原子は宇宙が誕生してから約38万年後[7]に初めてできたとされている。それまでは陽子と電子がバラバラのプラズマ状態で光は宇宙空間を直進できなかったが、電子と陽子が結合することにより宇宙空間を散乱されずに進めるようになった。これを宇宙の晴れ上がりと言う。
宇宙における主系列星のエネルギー放射のほとんどはプラズマとなった4個の水素原子核がヘリウムへ核融合する反応によるもので、比較的軽い星では陽子-陽子連鎖反応、重い星ではCNOサイクルという過程を経てエネルギーを発生させている。水素原子はいずれの核融合反応においてもこれを起こす担い手である[8]。
歴史[編集]
水素は水の主成分であるため、日本語の「水素」のみならず、欧米語圏でも「水を生む物」という語で呼ばれて来た。英語の「hydrogen」や、仏語の「hydrogène」(日本語読み:イドロジェーヌ)は、ギリシア語の ὕδωρ(水。ラテン文字表記:hydôr)と γννεν(発生。ラテン文字表記:gennen)を合わせた語で、「水を生む物」を意味する合成語である[1]。同様に、独語でも「Wasserstoff」という。
水素を気体として分離して発見したのは1766年のヘンリー・キャヴェンディッシュであり、アントワーヌ・ラヴォアジエが1783年に hydrogèneと命名した[1]。ただし、1671年にはロバート・ボイルが鉄と希硝酸を反応させて生じる気体が可燃性であることを記録している[1]。
一方、中国語では、化合物の「水」と元素の「水素」が別の漢字で区別されており、水素には「氫」(中国語読み:チン。日本語読み:けい)という字を充てる。
同位体[編集]
水素の同位体 左からそれぞれ水素、重水素、三重水素。図中の赤い丸は陽子を、黒い丸は中性子を、そして青い丸は電子を表している。
詳細は「水素の同位体」を参照
水素には、水素(軽水素)1H 、重水素 2H (デュウテリウム、ジューテリウム[9]、略号D) 、三重水素 3H (トリチウム、略号T)の三つの同位体が知られている[1]。このうち、最も軽い 1H は、一つの陽子と一つの電子のみによって構成されており、原子の中で中性子を持たない核種の1つである。存在が確認されている中で他に中性子を持たない核種はリチウム3のみである。それぞれの同位体は質量の差が2倍・3倍となり、性質の違いも大きい。例えばD2はH2よりも融点や沸点が高くなり、溶融潜熱は倍近くに、蒸気圧は1/10近くとなる[10]。2013年現在、より重い同位体は水素4から水素7までが確認されている。最も重い水素7(原子核は陽子1、中性子6よりなる)はヘリウム10を軽水素に衝突させることで合成されている。質量数が4以上のものは寿命が極めて短く、たとえば水素7では半減期が23ヨクト秒ほどしかない[11]。
水素の同位体は、それぞれの特徴を有効に活かした使い方をされる。重水素は原子核反応での用途で、中性子の減速に使用され、化学や生物学では同位体効果の研究、医療では診断薬の追跡[9]に使用されている。また、三重水素は原子炉内で生成され、水素爆弾の反応物質や核融合燃料、放射性を利用したバイオテクノロジー分野でのトレーサーや発光塗料の励起源として使用されている。
水素分子[編集]
水素の線スペクトル例。バルマー系列と呼ばれる。
水素分子は、常温常圧では無色無臭の気体として存在する、分子式 H2 で表される単体である。分子量2.016、融点 −259.2 ℃(常圧)、沸点 −252.6 ℃(常圧)、密度 0.0899 g/L、比重 0.0695(空気を1として)、臨界圧力12.80気圧、水への溶解度0.021 mL/mL水(0 ℃)。最も軽い気体である。原子間距離は 0.074 nm、結合エネルギーはおよそ 104 kcal/mol[2]。
水素分子は常温で安定であり、フッ素以外とは反応を起こさない。しかし何かしらの外部要因があればその限りではなく、例えば光がある状態では塩素と激しい反応を起こす[10][2]。また水素と酸素を混合したものに火を付けると起こす激しい爆発(水素爆鳴気)は、混合比下限は4.65 %、上限は93.3 %であり、空気との混合では4.1 %〜74.2 %となり、これはアセチレンに次ぐ広い爆発限界の範囲を持つ[2]。
ガス密度が低い水素は早い速度で拡散する性質を持ち、また燃焼時の伝播も早い。そのため、ガス漏れを起こしやすい傾向にある[2]。原子径の小ささから、金属材料に侵入し機械的特性を低下させる(水素脆化)傾向が強い。これは高温高圧環境下で顕著となり、封入容器の材質には注意を払う必要がある。−250 ℃以下で液化させると体積は1/800となり、しかも軽いため低温貯蔵性には優れる[12]。
ガス惑星の内部など非常に高い圧力下では性質が変わり、液状の金属になると考えられている。逆に宇宙空間など非常に圧力が低い場合、H2+やH3+、単独の水素原子などの状態も観測されている。H2 分子形状の雲は星の形成などに関係あると考えられている。
オルト水素とパラ水素[編集]
水素分子は、それぞれの原子核(プロトン)の核スピンの配向により、オルト(ortho)とパラ (para) の2種類の異性体が存在する[10]。オルト水素は、互いの原子核のスピンの向きが平行で、パラ水素ではスピンの向きが反平行である。この2つは、化学的性質に違いがないが、物理的性質(比熱や熱伝導率など)がかなり異なる。これは内部エネルギーにある差によるもので、パラ水素側が低い[10]。統計的な重みが大きいほうをオルトと呼ぶ。
常温以上では、オルト水素とパラ水素の存在比はおよそ 3:1 である。低温になるほどパラ水素の存在比が増し、絶対零度付近ではほぼ 100 % パラ水素となる[10]。オルト‐パラ変換を起こす触媒は、活性炭や鉄などの金属の一部、常磁性物質またはイオンなどがある[10]。
金属水素[編集]
詳細は「金属水素」を参照
高い圧力下において金属化すると考えられている水素は、実際に1996年にローレンス・リバモア国立研究所のグループが、140 GPa(1 GPa = 約1万気圧), 数千℃という状態で、100万分の1秒以下という短寿命ではあるが、液体の金属水素を観測したと報告している[13][14]。しかしながら、2006年現在、数百GPaのオーダーで圧力を加える実験が行われているものの、固体の金属水素の観測はされていない。
励起状態の水素が金属化すると極めて強力な爆薬になるとの理論計算が行われ、電子励起爆薬として研究されている。この理論では圧力だけでは不十分であり、水素を励起状態にして圧力をかければ金属化するとしている。
超伝導の可能性[編集]
金属化そのものが達成されていないためにその真偽は未だ不明であるが、金属化した水素は室温超伝導を達成するのではないかという予想がある[15]。この可能性の傍証として、周期表で水素のすぐ下のリチウムは、30 GPa 以上という超高圧下で超伝導状態となることが示されている。リチウムの超伝導への転移温度は圧力 48 GPaで20 K程度であるが、この数字は単体元素のものとしては高い部類に入り、いくつかの例外を除けば一般に軽い元素ほど転移温度は高くなるため、最も軽い元素である水素は、より高い転移温度を持つ可能性が十分ある。
木星型惑星(木星・土星)の深部は非常に高い圧力になっており、液体金属水素が観測された条件と似ている。木星型惑星を構成する最も主要な元素の一つである水素は、この状況下では金属化している可能性があり、惑星の磁場との関わりも指摘されている[16]。
水素分子の生産[編集]
赤い水素ボンベ
工業的には、炭化水素の水蒸気改質や部分酸化の副生成物として大量に生産される(炭化水素ガス分解法)。硫黄酸化物を除いたパラフィン類やエチレン・プロピレンなどを440℃の環境下でニッケルを触媒としながら水蒸気と反応させ、粗ガスを得る[2]。
CnH2n+2 + nH2O → nCO + (2n+1)H2
CnH2n+2 + 2nH2O → nCO + (4n+1)H2
副生される一酸化炭素は水蒸気と反応し二酸化炭素と水素ガスとなる。後にガーボトール法にて二酸化炭素を除去し、水素ガスが得られる[2]。粗ガスの精製には、圧縮した上で苛性ソーダ洗浄を行い、熱交換器にて重いガス類を液化除去する方法(液化窒素洗浄法)もある[2]。
また、ソーダ工業や製塩業において海水電気分解の副生品として発生する水素が利用されることもある。現在のところ、水素ガスはメタンを主成分とする天然ガスと水から、触媒を用いた水蒸気改質によって生産する方法が主流である。日本国内における2008年度の水素の生産量は 534,810×103 m3、工業消費量は 309,645×103 m3である[17]。
水素分子(水素ガス)を生じる化学反応は多岐に渡る。古典的には実験室において小規模に生成する場合、亜鉛やアルミニウムなど水素よりもイオン化傾向の大きい金属に希硫酸を加えて発生させる方法が知られている(キップの装置)。あるいは水酸化ナトリウムや硫酸などを添加して電導性を増した水や、食塩水を電気分解して陰極から発生させることもできる。実験室レベルにおいては工業的に生産されたガスボンベ入りの水素ガスを利用する。
用途[編集]
スペースシャトルのメインエンジン。1機を打ち上げるには150万リットルの液体水素が使われる[4]。
代表的な用途[編集]
原料 - アンモニアの製造(ハーバー・ボッシュ法)[10]の他、塩素ガスと混合し光を当てて反応させる塩酸の製造[1]、油脂に添加して炭素同士の二重結合数を減らし固体化する改質(トウモロコシ油や綿実油のマーガリン化など)[1]、脱硫など、多方面に利用されている。
還元剤 - 金属鉱石(酸化物)の還元[1]、ニトロベンゼンを還元しアニリンの製造、ナイロン66製造におけるベンゼンの触媒還元、一酸化炭素を還元するメチルアルコール合成などに使われる[10]。
燃料 - 燃やしても水以外の排出物、例えば、粒子状物質や二酸化炭素などの排気ガスを出さないことから、代替エネルギーとして期待されている[12]。ただし、燃焼条件により窒素酸化物が生成する場合はある。内燃機関の燃料として水素燃料エンジンを積んだ水素自動車が発売されている他、ロケットの燃料や燃料電池に使用されている。
上記で述べたように、水素ガスの生産は原料を化石燃料に依存しており、水蒸気改質により発生する一酸化炭素などのうち化成品に利用されない過剰分や燃料として利用される炭化水素は二酸化炭素として環境中に放出される。水素の原料が化石燃料である限りにおいては、水素を化石燃料の代替として利用してもそのまま化石燃料の消費量が削減されたり二酸化炭素の発生が抑えられたりすることにはならない。
浮揚ガス - 1リットルの水素を詰めた風船は1.2グラムの質量を浮揚させる[1]。この性質から気球や飛行船などに用いられる。
冷却剤 - 液体水素は超伝導現象を含む低温学の調査に使用される。また、発電所では、水素ガスを冷却媒体として用いている発電機もある。これは空気よりも熱伝導率が7倍と高く[1]風損が少ないためである。水素ガスが漏れないようにするため、水素ガス圧力よりも高い圧力の油を流し遮蔽する。
洗浄 - 工業分野では、半導体の洗浄はRCA洗浄が主流でアンモニアや塩酸フッ化物が用いられるが、その代替として水素を水に溶かし込んだ水溶液は排水処理の面で環境負荷が低く[18]、半導体の基板表面の微粒子除去・洗浄に用いられる[19]。
溶接 - 水素分子を一旦二つの水素原子に解離させ、それを再結合させると多量の熱を発生する。これを利用した金属溶接法がある[10]。
その他 - テクニカルダイビングや軍隊などで大深度潜水時の使用が試みられたが、同時に酸素も用いられるために爆発の可能性が付きまとうなど、危険であるため使用されていない。
エネルギー利用[編集]
水素は、エネルギー変換効率の高い点、先述のとおり化石燃料を使って製造した水素もあるものの、水の電気分解やバイオマス・ごみ利用などを利用すれば化石燃料に拠らないで製造することも可能である点、燃焼後に二酸化炭素を排出しない点などから、将来性の高いエネルギーの輸送及び貯蔵手段として期待される[12]。
水素は様々な利用法が考えられている。まず水素を言わば「電池」として利用することも考えられている。鉛蓄電池、リチウム電池、NAS電池など、比較的大きな容量の充電が可能な電池が色々と開発されてきたものの、それでも電気エネルギーは貯めておくのが比較的困難なエネルギーとして知られている。そこで、必要以上の電力が得られる時に水を電気分解して生産した水素を貯蔵し、電力が必要となった時に貯蔵しておいた水素を使って発電を行うのである。必要以上の電力が得られる時に水をポンプで汲み上げて水の位置エネルギーとして電気エネルギーを貯める揚水発電はすでに実用化されているが、それと同様に電力需要のピーク時に対応する手法の一つとして水素は利用できる。
他にも太陽光発電や風力発電といった発電法のように、発電量が比較的自然条件に左右されやすいものの、十分な発電量が得られる時に水の電気分解を行って水素を貯蔵するという方法で、これらの発電量の不安定さを解消する方法が考えられている。
他にも水素を電力の輸送手段として利用することも考えられている。長距離の送電を行うと送電線の抵抗などの関係で送電によるエネルギーの損失(送電ロス)が多くなる。小水力発電や火力発電や比較的低温の熱源を利用した発電法などのように、電力需要の多い都市の近くに発電所を立地できる場合は送電ロスの問題もあまりない。しかし必要に応じて変圧を行うなど送電ロスを少なくする工夫は行われているものの、2011年現在、送電ロス無しに長距離を送電する手法は実用化されていない。このためいわゆる自然エネルギーを利用した発電法に限らず、あらゆるエネルギーを利用した発電法において電力の供給地と需要地とが離れている場合には、どうしても送電ロスの問題が避けられない。ここで水素として輸送すれば、水素を逃がさなければ輸送中の水素のロスは発生しない。ただし水素を輸送する手段によって消費されるエネルギー(例えば自動車で輸送すれば燃料が消費される)もあるので、どうしてもエネルギーのロスは発生してしまうという問題は残る。しかし燃料電池を用いることで、燃料電池で電力を作ると同時に発生する熱も利用可能となるという別な利点も生ずる。
他に水素は液化すると体積が小さくなるため小さなタンクで持ち運びが可能という利点もある。このため水素と燃料電池を組み合わせることで、電力が必要な場所に送電線を利用して電力供給しにくい場所に電力を供給するという利用法も検討されている。例えば自動車や船舶などに向けての電力供給である。
また最近ではマグネシウムと水を反応させて水素を作り出す方法も開発されている。マグネシウムと水が反応して発生する水素の他、反応時の熱もエネルギー源として利用できる。最大の課題は使用後のマグネシウムの還元処理で、太陽光などから変換したレーザー照射による高温により還元する方法が考えられている。他に燃料電池の燃料としての水素の利用はよく知られているが、コンバインドサイクル発電などに利用することも考えられている。
燃料電池[編集]
詳細は「燃料電池」を参照
空気中の酸素と反応させて水を生成しながら発電する水素‐酸素型燃料電池は19世紀中ごろには実験的に成功しており、20世紀の宇宙開発を通じて技術検討が進んだ。燃料電池は発電効率が35–60 %と高く、発熱エネルギーを回収すれば80 %まで高めることができる。環境負荷も低い。燃料にはメタノールを用いるタイプもあるが、水素ガスを利用するものでは自動車への積載を念頭に置いた固体高分子形燃料電池(PEFC)が有力視されており、電解質分離膜や電極劣化の抑制など技術開発が進められている[12]。また宇宙船では燃料電池から得られる電力の他に、同時に生成される水の利用も行われることがある。
貯蔵技術[編集]
水素をエネルギー利用する上での課題のひとつには、ガス状水素を貯蔵する際の問題がある。既述のように空気との混合4.1 %〜74.2 %という広い爆発限界の範囲を持つために、漏出しないようにする技術が必要となるわけだが、水素は原子半径が小さいために容器を透過したり劣化させたりするので、他の元素や他の燃料を貯蔵するのとは勝手が違ってくる。2002年2月に発足した「燃料電池プロジェクト・チーム」の報告では、自動車に積載しガソリン相当の500 km以上走行が可能な水素貯蔵を目標に据えた。これに相当する水素ガスは「5 kg」であり、常温常圧下では56,000 Lに相当する[12]。
従来からの手法では、高圧化と液体化がある。水素は金属脆化を起こすため、特に高圧ガスを密閉するにはアルミニウム‐マグネシウム‐シリコン合金をファイバー強化したものが開発されているが、日本の高圧ガス保安法が定める上限の350気圧では実用的に自動車積載が可能なガス量は3.5 kgに止まり、5 kgを実現するためには安全に700気圧相当を密封できる容器が検討されている。液体化も同様な問題を解決する必要があり、オーステナイト系ステンレス鋼やアルミニウム合金・チタン合金等を素材に検討が進む。しかし、高圧化や液体化には密封する際にも加圧や冷却などでエネルギーを消費してしまう点も課題として残る[12]。
水素を貯蔵する物質には金属類である水素吸蔵合金と、無機・有機物質が提案されており、いずれも水素化物を作り効率的に水素を捕まえることが出来る。水素吸蔵合金は、ファンデルワールス力(分子間力の1種)で表面に吸着(物理吸着)させた水素分子を原子に解離(解離吸着、化学吸着)し、水素化合物を反応生成しながら合金の格子内に水素原子を拡散させる。取り出すには加熱または合金周囲の水素ガス量を減らすことで水素化物が分解しガスが放出される。必要な温度は通常50 ℃であり高くとも250℃位、圧力も常圧から100気圧程度までであり、水素ガスの体積を1000分の1に収めることが出来る。課題は合金と水素の重量比にあり、現状では「5 kg」の水素を吸蔵するための合金重量は170–500 kg程度が必要になる[12]。この他、イオン結合を主とする錯体水素化物や、アンモニアボランなども水素吸蔵性能を持つ物質として研究されている[12]。
化学的性質[編集]
水素化物[編集]
詳細は「水素化合物」を参照
元素の水素化物
化学式
IUPAC組織名[20]
慣用名
BH3 ボラン ホウ化水素
CH4 カルバン メタン
NH3 アザン アンモニア
H2O オキシダン 水
HF フッ化水素
AlH3 アラン 水素化アルミニウム
SiH4 シラン 水素化ケイ素
PH3 ホスファン ホスフィン
リン化水素
H2S スルファン 硫化水素
HCl 塩化水素
GaH3 ガラン
GeH4 ゲルマン 水素化ゲルマニウム
AsH3 アルサン アルシン
H2Se セラン セレン化水素
HBr 臭化水素
SnH4 スタナン 水素化スズ
SbH3 スチバン スチビン
H2Te テラン テルル化水素
HI ヨウ化水素
PbH4 プルンバン 水素化鉛
BiH3 ビスムタン ビスムチン
水素は電気陰性度が2.2であり、酸化剤としても還元剤としても働く。このため非金属元素とも金属元素とも親和しやすい。例えば、水素と酸素が化合するときには還元剤として働き爆発的な燃焼と共に水 H2O を生じる。ナトリウムと水素との反応では酸化剤として働き、水素化ナトリウム NaH を生じる。このような水素と他の元素が化合した物質を水素化物という[21]。
水素化物の結合には、イオン結合型・共有結合型の他に、パラジウム水素化物などの侵入型固溶体(侵入型化合物)と呼ばれる三種類の形態がある[21]。イオン結合型の化合物の中では、水素は H− イオン(ヒドリドイオン)として存在する。共有結合型は電気陰性度が高いPブロック元素と電子を共有して化合する[21]。侵入型固溶体は一種の合金であり、水素原子は金属原子の隙間にはまり込むように存在している。このため、容易かつ可逆的に水素を吸収・放出することが出来、水素吸蔵合金に利用される。なお、高性能な水素吸蔵合金中の水素原子の密度は、液体水素のそれに匹敵する。
一方、より電気陰性度の大きい元素との化合物では水素は H+ イオンとなる。水中で水素イオンを生じる物質が狭義の酸である。水溶液中では水素イオンは、H+(ヒドロン)ではなく、水分子とくっついて H3O+(オキソニウムイオン) として振舞う。
水素はまた、炭素と結合することで、様々な有機化合物を形成する。ほとんど全ての有機化合物は構成原子に水素を含む(下に例を示す)。
メタン (CH4)
エタノール (C2H5OH)
ベンゼン (C6H6)
おもな元素の水素化物の化学式と国際純正応用化学連合 (IUPAC) による組織名、および(存在するものは)慣用名を右表に示す。
水素イオンと水素化物イオン[編集]
水素のイオンには、陽イオンである水素イオン(hydron, ヒドロン又はハイドロン)と、陰イオンの水素化物イオン(hydride,ヒドリド又はハイドライド)とが存在する。1H+ はプロトン(陽子)そのものであるが、一般に水素は同位体混合物なので、水素の陽イオンに対する呼称としてはヒドロンが正確である(すなわちヒドロンは H+、D+、T+ の総称である)。しかし、化学の領域において単に「プロトン」と呼ぶ際は水素イオンを指し示していると考えて差し支えはない。
水素イオンの濃度 [H+]は酸性度を定量的に表す指標として用いられ、mol/L(モル毎リットル)単位で表した水素イオンの濃度の数値の対数に負号をつけた値を水素イオン指数 (pH) で表す。水中の [H+]濃度は1から10−14 mol/L程度の広い範囲を取り、pHでは0から14程度となる。中性の水には約10−7 mol/L の水素イオンが存在し、pHは約7となる[1]。
ヒドロン・プロトンとヒドロニウムイオン[編集]
H+ であれ D+ であれ、ヒドロンは電子殻を持たないむき出しの原子核であるため、化学的にはファンデルワールス半径を持たない正の点電荷の様に振る舞う。それゆえ通常は単独で存在せず、溶媒など他の分子の電子殻と結合したヒドロニウムイオン (hydronium ion) として存在する。水素のイオン化エネルギーは1131 kJ mol−1、遊離状態の水素イオンの水和エネルギーは1091 kJ mol−1と見積もられており[21]、これは高い電子密度に起因する、水分子との高い親和力を示すものである。
H+ (g) → H+ (aq)
極性溶媒中では、水、アルコール、エーテルなどの酸素原子の電子殻と結合している場合が多いので、ヒドロニウムイオンと言う代わりにオキソニウムイオン (oxonium ion) と呼ばれることも多い。あるいは超強酸など極限状態においては単独で挙動するプロトンも観測されている。
また、アレニウスの定義ではヒドロンは酸の本体である。酸としてのプロトンの性質は記事 オキソニウム あるいは記事 酸と塩基 に詳しい。
ヒドリド[編集]
アルカリ金属、アルカリ土類金属あるいは第13族・14族元素(共有結合性が強い)などの、電気的に陽性な元素の水素化物が電離するとき、ヒドリド (hydride, H−) が生成する。水素化物イオンとも呼ばれる。ヒドリドは K 殻が閉殻した電子配置を持ちヘリウムと等電子的であるために、一定の大きさを持ったイオンとして振舞う点でヒドロン(水素カチオン)とは異なる。実際、ヒドリドはフッ素アニオンよりもイオン半径が大きいように振舞う。
ヒドリドは極めて弱い酸でもある水素分子 (pKa = 35) の共役塩基であるので、強塩基として振舞う。
ヒドリドは塩基として作用する場合と還元剤として作用する場合があるが、それは金属と還元をうける化合物との組み合わせにより変化する。ヒドリドの標準酸化還元電位は−2.25 Vと見積もられている。
H2 (g) + 2 e− → 2 H− (aq)
周期表上の位置[編集]
一般的な周期表では水素はアルカリ金属の上に配置されるが、2006年に周期表における水素の位置を変更すべきなのではないか[22]とする論文がIUPACに提出され、公式雑誌に掲載された[23]。
惑星の水素散逸[編集]
宇宙空間に散逸する地球の大気は少ないが、それでも1秒あたり水素が3 kg、ヘリウムが50 gずつ放出されている。これは大気が薄く原子や分子の速度が減速されずに宇宙へ飛び出すジーンズエスケープやイオン状態の荷電粒子が地球磁場に沿って脱出するプロセスがある。なお、加熱された粒子がまとまって流出するハイドロダイナミックエスケープや太陽風が持ち去るスパッタリングは現在の地球では起きていないが、地球誕生直後はこの作用によって水素が大量に散逸したと考えられる[24]。
固有磁場を持たない金星は現在でもハイドロダイナミックエスケープやスパッタリングが続き、地表には比較的重いため残った酸素や炭素が作る二酸化炭素が大気のほとんどを占め、水が無い非常に乾燥した状態にある。火星も軽い水素を中心に散逸し、かろうじて氷となった水が極部分の土中に残るに止まる[24]。
水素と似た粒子[編集]
水素原子は非常に簡単な構造をしているため、水素の陽子または電子を別の粒子に置き換えた粒子は多数存在する。これらは水素と似たような化学反応を起こすものもある。
反水素:陽子を反陽子に、電子を陽電子に置き換えた粒子。
ポジトロニウム:陽子を陽電子に置き換えた粒子。
プロトニウム:電子を反陽子に置き換えた粒子。
ミューオニウム:陽子を反ミュー粒子に置き換えた粒子。
K中間子水素:電子を負電荷のK中間子に置き換えた粒子。
脚注[編集]
1.^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 桜井 弘 「水素」『元素111の新知識』 講談社、1997年、30-34頁。ISBN 4-06-257192-7。
2.^ a b c d e f g h i j 「水素」『12996の化学商品』 化学工業日報、1996年、233-234頁。ISBN 4-87326-204-6。
3.^ Magnetic susceptibility of the elements and inorganic compounds, in Handbook of Chemistry and Physics 81st edition, CRC press.
4.^ a b 『ニュートン別冊周期表第2冊 付録周期表』 ニュートンプレス、2010年。ISBN 978-4-315-51876-4。
5.^ Palmer, D. (1997年9月13日). “Hydrogen in the Universe”. NASA. 2010年5月8日閲覧。
6.^ Anders, Edward; Nicolas Grevesse (1989). “Abundances of the Elements-Meteoritic and Solar”. Geochimica et Cosmochimica Acta 53: 197.
7.^ クリエイティブ・スイート 『宇宙の秘密』 PHP研究所、2009年、22頁。ISBN 978-4-569-67352-3。
8.^ 西尾正則. “宇宙科学入門第7回資料 (PDF)”. 鹿児島大学理学部. 2010年5月9日閲覧。
9.^ a b 「【重水素】」『12996の化学商品』 化学工業日報、1996年、234-235頁。ISBN 4-87326-204-6。
10.^ a b c d e f g h i J.D.Lee 「3.元素の一般的性質 水素」『リー 無機化学』 浜口博、菅野等訳、東京化学同人、1982年、119-123頁。ISBN 4-8079-0185-0。
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13.^ Weir, S. T.; Mitchell, A. C.; Nellis, W. J. (1996). "Metallization of Fluid Molecular Hydrogen at 140 GPa (1.4 Mbar)". Phys. Rev. Lett. 76: 1860–1863. doi:10.1103/PhysRevLett.76.1860
14.^ W・J・ネリス 「金属水素を作る」(日経サイエンスのページ)[1]
15.^ “超高圧分野の研究内容”. 大阪大学極限量子科学研究センター. 2010年5月9日閲覧。
16.^ “木星”. 福岡教育大学金光研究室. 2010年5月9日閲覧。
17.^ 化学工業統計月報 - 経済産業省
18.^ 「水の活性化と機能水-表面処理における各種対策について」『鍍金の世界』41(4)[2008.4]、52〜56頁。
19.^ 黒部洋(栗田工業株式会社)「機能水の製造方法および洗浄効果 オプト・半導体デバイスにおけるウェットプロセスの技術トレンド(薬品・機能水編)」『マテリアルステージ』7(10)[2008.1]、40〜43頁。
20.^ IUPAC Nomenclature of Organic Chemistry /Recommendations 1979 and Recommendations 1993 by ACD Lab. Inc.)
21.^ a b c d J.D.Lee 「3.元素の一般的性質 水素化物」『リー 無機化学』 浜口 博、菅野 等訳、東京化学同人、1982年、123-126頁。ISBN 4-8079-0185-0。
22.^ ハロゲンに近い性質を持つため、1周期系列と17族の位置に変更すべきというもの。
23.^ 玉尾皓平、桜井弘、福山秀敏 『完全図解周期表 - 自然界のしくみを理解する第1歩』 ニュートンプレス〈ニュートンムック - サイエンステキストシリーズ〉、2006年。ISBN 978-4315517897。
24.^ a b 「惑星の顔を決める大気流出」『見えてきた太陽系の起源と進化』 日経サイエンス〈別冊 日経サイエンス〉、2009年、134-142頁。ISBN 978-4-532-51167-8。
参考文献[編集]
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Lee, J.D. 『リー 無機化学』 浜口博、菅野等訳、東京化学同人、1982年 ISBN 4-8079-0185-0
桜井 弘、『元素111の新知識』 講談社、1997年 ISBN 4-06-257192-7
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東北大学金属材料研究所 『金属材料の最前線』 講談社、2009年 ISBN 978-4-06-257643-7
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『ニュートン別冊周期表第2冊 付録周期表』 ニュートンプレス、2010年 ISBN 978-4-315-51876-4
『見えてきた太陽系の起源と進化』 日経サイエンス〈別冊 日経サイエンス〉、2009年 ISBN 978-4-532-51167-8
一般に「水素」という場合は、水素の単体である水素分子(水素ガス) H2 を示すことが多い。水素分子は常温・常圧では無色無臭の気体で、とても軽く、非常に燃焼・爆発しやすいといった特徴を持つ。日本では、高圧ガス保安法容器保安規則により、赤いボンベに保管するように決められている[2]。
目次 [非表示]
1 分布
2 歴史
3 同位体
4 水素分子 4.1 オルト水素とパラ水素
5 金属水素 5.1 超伝導の可能性
6 水素分子の生産
7 用途 7.1 代表的な用途
7.2 エネルギー利用 7.2.1 燃料電池
7.2.2 貯蔵技術
8 化学的性質 8.1 水素化物
8.2 水素イオンと水素化物イオン
8.3 ヒドロン・プロトンとヒドロニウムイオン
8.4 ヒドリド
8.5 周期表上の位置
9 惑星の水素散逸
10 水素と似た粒子
11 脚注
12 参考文献
13 関連項目 13.1 物理学
13.2 化学
13.3 利用
14 外部リンク
分布[編集]
水素は宇宙で最も豊富にある元素であり、(ダークマターとダークエネルギーを除いた)宇宙の質量の3/4を占め[5]、総量数比では全原子の 90 % 以上となる[6]。これらのほとんどは星間ガスや銀河間ガス、恒星あるいは木星型惑星の構成物として存在している。地球表面の元素数では酸素・珪素に次いで三番目に多い[1]が、水素は質量が小さいため、質量パーセントで表すクラーク数では9番目となる。ほとんどは海水[1]の状態で存在し、単体の水素分子状態では天然ガスの中にわずかに含まれる程度である。地球の大気中での濃度は 1 ppm 以下とほとんど存在していない。
水素原子は宇宙が誕生してから約38万年後[7]に初めてできたとされている。それまでは陽子と電子がバラバラのプラズマ状態で光は宇宙空間を直進できなかったが、電子と陽子が結合することにより宇宙空間を散乱されずに進めるようになった。これを宇宙の晴れ上がりと言う。
宇宙における主系列星のエネルギー放射のほとんどはプラズマとなった4個の水素原子核がヘリウムへ核融合する反応によるもので、比較的軽い星では陽子-陽子連鎖反応、重い星ではCNOサイクルという過程を経てエネルギーを発生させている。水素原子はいずれの核融合反応においてもこれを起こす担い手である[8]。
歴史[編集]
水素は水の主成分であるため、日本語の「水素」のみならず、欧米語圏でも「水を生む物」という語で呼ばれて来た。英語の「hydrogen」や、仏語の「hydrogène」(日本語読み:イドロジェーヌ)は、ギリシア語の ὕδωρ(水。ラテン文字表記:hydôr)と γννεν(発生。ラテン文字表記:gennen)を合わせた語で、「水を生む物」を意味する合成語である[1]。同様に、独語でも「Wasserstoff」という。
水素を気体として分離して発見したのは1766年のヘンリー・キャヴェンディッシュであり、アントワーヌ・ラヴォアジエが1783年に hydrogèneと命名した[1]。ただし、1671年にはロバート・ボイルが鉄と希硝酸を反応させて生じる気体が可燃性であることを記録している[1]。
一方、中国語では、化合物の「水」と元素の「水素」が別の漢字で区別されており、水素には「氫」(中国語読み:チン。日本語読み:けい)という字を充てる。
同位体[編集]
水素の同位体 左からそれぞれ水素、重水素、三重水素。図中の赤い丸は陽子を、黒い丸は中性子を、そして青い丸は電子を表している。
詳細は「水素の同位体」を参照
水素には、水素(軽水素)1H 、重水素 2H (デュウテリウム、ジューテリウム[9]、略号D) 、三重水素 3H (トリチウム、略号T)の三つの同位体が知られている[1]。このうち、最も軽い 1H は、一つの陽子と一つの電子のみによって構成されており、原子の中で中性子を持たない核種の1つである。存在が確認されている中で他に中性子を持たない核種はリチウム3のみである。それぞれの同位体は質量の差が2倍・3倍となり、性質の違いも大きい。例えばD2はH2よりも融点や沸点が高くなり、溶融潜熱は倍近くに、蒸気圧は1/10近くとなる[10]。2013年現在、より重い同位体は水素4から水素7までが確認されている。最も重い水素7(原子核は陽子1、中性子6よりなる)はヘリウム10を軽水素に衝突させることで合成されている。質量数が4以上のものは寿命が極めて短く、たとえば水素7では半減期が23ヨクト秒ほどしかない[11]。
水素の同位体は、それぞれの特徴を有効に活かした使い方をされる。重水素は原子核反応での用途で、中性子の減速に使用され、化学や生物学では同位体効果の研究、医療では診断薬の追跡[9]に使用されている。また、三重水素は原子炉内で生成され、水素爆弾の反応物質や核融合燃料、放射性を利用したバイオテクノロジー分野でのトレーサーや発光塗料の励起源として使用されている。
水素分子[編集]
水素の線スペクトル例。バルマー系列と呼ばれる。
水素分子は、常温常圧では無色無臭の気体として存在する、分子式 H2 で表される単体である。分子量2.016、融点 −259.2 ℃(常圧)、沸点 −252.6 ℃(常圧)、密度 0.0899 g/L、比重 0.0695(空気を1として)、臨界圧力12.80気圧、水への溶解度0.021 mL/mL水(0 ℃)。最も軽い気体である。原子間距離は 0.074 nm、結合エネルギーはおよそ 104 kcal/mol[2]。
水素分子は常温で安定であり、フッ素以外とは反応を起こさない。しかし何かしらの外部要因があればその限りではなく、例えば光がある状態では塩素と激しい反応を起こす[10][2]。また水素と酸素を混合したものに火を付けると起こす激しい爆発(水素爆鳴気)は、混合比下限は4.65 %、上限は93.3 %であり、空気との混合では4.1 %〜74.2 %となり、これはアセチレンに次ぐ広い爆発限界の範囲を持つ[2]。
ガス密度が低い水素は早い速度で拡散する性質を持ち、また燃焼時の伝播も早い。そのため、ガス漏れを起こしやすい傾向にある[2]。原子径の小ささから、金属材料に侵入し機械的特性を低下させる(水素脆化)傾向が強い。これは高温高圧環境下で顕著となり、封入容器の材質には注意を払う必要がある。−250 ℃以下で液化させると体積は1/800となり、しかも軽いため低温貯蔵性には優れる[12]。
ガス惑星の内部など非常に高い圧力下では性質が変わり、液状の金属になると考えられている。逆に宇宙空間など非常に圧力が低い場合、H2+やH3+、単独の水素原子などの状態も観測されている。H2 分子形状の雲は星の形成などに関係あると考えられている。
オルト水素とパラ水素[編集]
水素分子は、それぞれの原子核(プロトン)の核スピンの配向により、オルト(ortho)とパラ (para) の2種類の異性体が存在する[10]。オルト水素は、互いの原子核のスピンの向きが平行で、パラ水素ではスピンの向きが反平行である。この2つは、化学的性質に違いがないが、物理的性質(比熱や熱伝導率など)がかなり異なる。これは内部エネルギーにある差によるもので、パラ水素側が低い[10]。統計的な重みが大きいほうをオルトと呼ぶ。
常温以上では、オルト水素とパラ水素の存在比はおよそ 3:1 である。低温になるほどパラ水素の存在比が増し、絶対零度付近ではほぼ 100 % パラ水素となる[10]。オルト‐パラ変換を起こす触媒は、活性炭や鉄などの金属の一部、常磁性物質またはイオンなどがある[10]。
金属水素[編集]
詳細は「金属水素」を参照
高い圧力下において金属化すると考えられている水素は、実際に1996年にローレンス・リバモア国立研究所のグループが、140 GPa(1 GPa = 約1万気圧), 数千℃という状態で、100万分の1秒以下という短寿命ではあるが、液体の金属水素を観測したと報告している[13][14]。しかしながら、2006年現在、数百GPaのオーダーで圧力を加える実験が行われているものの、固体の金属水素の観測はされていない。
励起状態の水素が金属化すると極めて強力な爆薬になるとの理論計算が行われ、電子励起爆薬として研究されている。この理論では圧力だけでは不十分であり、水素を励起状態にして圧力をかければ金属化するとしている。
超伝導の可能性[編集]
金属化そのものが達成されていないためにその真偽は未だ不明であるが、金属化した水素は室温超伝導を達成するのではないかという予想がある[15]。この可能性の傍証として、周期表で水素のすぐ下のリチウムは、30 GPa 以上という超高圧下で超伝導状態となることが示されている。リチウムの超伝導への転移温度は圧力 48 GPaで20 K程度であるが、この数字は単体元素のものとしては高い部類に入り、いくつかの例外を除けば一般に軽い元素ほど転移温度は高くなるため、最も軽い元素である水素は、より高い転移温度を持つ可能性が十分ある。
木星型惑星(木星・土星)の深部は非常に高い圧力になっており、液体金属水素が観測された条件と似ている。木星型惑星を構成する最も主要な元素の一つである水素は、この状況下では金属化している可能性があり、惑星の磁場との関わりも指摘されている[16]。
水素分子の生産[編集]
赤い水素ボンベ
工業的には、炭化水素の水蒸気改質や部分酸化の副生成物として大量に生産される(炭化水素ガス分解法)。硫黄酸化物を除いたパラフィン類やエチレン・プロピレンなどを440℃の環境下でニッケルを触媒としながら水蒸気と反応させ、粗ガスを得る[2]。
CnH2n+2 + nH2O → nCO + (2n+1)H2
CnH2n+2 + 2nH2O → nCO + (4n+1)H2
副生される一酸化炭素は水蒸気と反応し二酸化炭素と水素ガスとなる。後にガーボトール法にて二酸化炭素を除去し、水素ガスが得られる[2]。粗ガスの精製には、圧縮した上で苛性ソーダ洗浄を行い、熱交換器にて重いガス類を液化除去する方法(液化窒素洗浄法)もある[2]。
また、ソーダ工業や製塩業において海水電気分解の副生品として発生する水素が利用されることもある。現在のところ、水素ガスはメタンを主成分とする天然ガスと水から、触媒を用いた水蒸気改質によって生産する方法が主流である。日本国内における2008年度の水素の生産量は 534,810×103 m3、工業消費量は 309,645×103 m3である[17]。
水素分子(水素ガス)を生じる化学反応は多岐に渡る。古典的には実験室において小規模に生成する場合、亜鉛やアルミニウムなど水素よりもイオン化傾向の大きい金属に希硫酸を加えて発生させる方法が知られている(キップの装置)。あるいは水酸化ナトリウムや硫酸などを添加して電導性を増した水や、食塩水を電気分解して陰極から発生させることもできる。実験室レベルにおいては工業的に生産されたガスボンベ入りの水素ガスを利用する。
用途[編集]
スペースシャトルのメインエンジン。1機を打ち上げるには150万リットルの液体水素が使われる[4]。
代表的な用途[編集]
原料 - アンモニアの製造(ハーバー・ボッシュ法)[10]の他、塩素ガスと混合し光を当てて反応させる塩酸の製造[1]、油脂に添加して炭素同士の二重結合数を減らし固体化する改質(トウモロコシ油や綿実油のマーガリン化など)[1]、脱硫など、多方面に利用されている。
還元剤 - 金属鉱石(酸化物)の還元[1]、ニトロベンゼンを還元しアニリンの製造、ナイロン66製造におけるベンゼンの触媒還元、一酸化炭素を還元するメチルアルコール合成などに使われる[10]。
燃料 - 燃やしても水以外の排出物、例えば、粒子状物質や二酸化炭素などの排気ガスを出さないことから、代替エネルギーとして期待されている[12]。ただし、燃焼条件により窒素酸化物が生成する場合はある。内燃機関の燃料として水素燃料エンジンを積んだ水素自動車が発売されている他、ロケットの燃料や燃料電池に使用されている。
上記で述べたように、水素ガスの生産は原料を化石燃料に依存しており、水蒸気改質により発生する一酸化炭素などのうち化成品に利用されない過剰分や燃料として利用される炭化水素は二酸化炭素として環境中に放出される。水素の原料が化石燃料である限りにおいては、水素を化石燃料の代替として利用してもそのまま化石燃料の消費量が削減されたり二酸化炭素の発生が抑えられたりすることにはならない。
浮揚ガス - 1リットルの水素を詰めた風船は1.2グラムの質量を浮揚させる[1]。この性質から気球や飛行船などに用いられる。
冷却剤 - 液体水素は超伝導現象を含む低温学の調査に使用される。また、発電所では、水素ガスを冷却媒体として用いている発電機もある。これは空気よりも熱伝導率が7倍と高く[1]風損が少ないためである。水素ガスが漏れないようにするため、水素ガス圧力よりも高い圧力の油を流し遮蔽する。
洗浄 - 工業分野では、半導体の洗浄はRCA洗浄が主流でアンモニアや塩酸フッ化物が用いられるが、その代替として水素を水に溶かし込んだ水溶液は排水処理の面で環境負荷が低く[18]、半導体の基板表面の微粒子除去・洗浄に用いられる[19]。
溶接 - 水素分子を一旦二つの水素原子に解離させ、それを再結合させると多量の熱を発生する。これを利用した金属溶接法がある[10]。
その他 - テクニカルダイビングや軍隊などで大深度潜水時の使用が試みられたが、同時に酸素も用いられるために爆発の可能性が付きまとうなど、危険であるため使用されていない。
エネルギー利用[編集]
水素は、エネルギー変換効率の高い点、先述のとおり化石燃料を使って製造した水素もあるものの、水の電気分解やバイオマス・ごみ利用などを利用すれば化石燃料に拠らないで製造することも可能である点、燃焼後に二酸化炭素を排出しない点などから、将来性の高いエネルギーの輸送及び貯蔵手段として期待される[12]。
水素は様々な利用法が考えられている。まず水素を言わば「電池」として利用することも考えられている。鉛蓄電池、リチウム電池、NAS電池など、比較的大きな容量の充電が可能な電池が色々と開発されてきたものの、それでも電気エネルギーは貯めておくのが比較的困難なエネルギーとして知られている。そこで、必要以上の電力が得られる時に水を電気分解して生産した水素を貯蔵し、電力が必要となった時に貯蔵しておいた水素を使って発電を行うのである。必要以上の電力が得られる時に水をポンプで汲み上げて水の位置エネルギーとして電気エネルギーを貯める揚水発電はすでに実用化されているが、それと同様に電力需要のピーク時に対応する手法の一つとして水素は利用できる。
他にも太陽光発電や風力発電といった発電法のように、発電量が比較的自然条件に左右されやすいものの、十分な発電量が得られる時に水の電気分解を行って水素を貯蔵するという方法で、これらの発電量の不安定さを解消する方法が考えられている。
他にも水素を電力の輸送手段として利用することも考えられている。長距離の送電を行うと送電線の抵抗などの関係で送電によるエネルギーの損失(送電ロス)が多くなる。小水力発電や火力発電や比較的低温の熱源を利用した発電法などのように、電力需要の多い都市の近くに発電所を立地できる場合は送電ロスの問題もあまりない。しかし必要に応じて変圧を行うなど送電ロスを少なくする工夫は行われているものの、2011年現在、送電ロス無しに長距離を送電する手法は実用化されていない。このためいわゆる自然エネルギーを利用した発電法に限らず、あらゆるエネルギーを利用した発電法において電力の供給地と需要地とが離れている場合には、どうしても送電ロスの問題が避けられない。ここで水素として輸送すれば、水素を逃がさなければ輸送中の水素のロスは発生しない。ただし水素を輸送する手段によって消費されるエネルギー(例えば自動車で輸送すれば燃料が消費される)もあるので、どうしてもエネルギーのロスは発生してしまうという問題は残る。しかし燃料電池を用いることで、燃料電池で電力を作ると同時に発生する熱も利用可能となるという別な利点も生ずる。
他に水素は液化すると体積が小さくなるため小さなタンクで持ち運びが可能という利点もある。このため水素と燃料電池を組み合わせることで、電力が必要な場所に送電線を利用して電力供給しにくい場所に電力を供給するという利用法も検討されている。例えば自動車や船舶などに向けての電力供給である。
また最近ではマグネシウムと水を反応させて水素を作り出す方法も開発されている。マグネシウムと水が反応して発生する水素の他、反応時の熱もエネルギー源として利用できる。最大の課題は使用後のマグネシウムの還元処理で、太陽光などから変換したレーザー照射による高温により還元する方法が考えられている。他に燃料電池の燃料としての水素の利用はよく知られているが、コンバインドサイクル発電などに利用することも考えられている。
燃料電池[編集]
詳細は「燃料電池」を参照
空気中の酸素と反応させて水を生成しながら発電する水素‐酸素型燃料電池は19世紀中ごろには実験的に成功しており、20世紀の宇宙開発を通じて技術検討が進んだ。燃料電池は発電効率が35–60 %と高く、発熱エネルギーを回収すれば80 %まで高めることができる。環境負荷も低い。燃料にはメタノールを用いるタイプもあるが、水素ガスを利用するものでは自動車への積載を念頭に置いた固体高分子形燃料電池(PEFC)が有力視されており、電解質分離膜や電極劣化の抑制など技術開発が進められている[12]。また宇宙船では燃料電池から得られる電力の他に、同時に生成される水の利用も行われることがある。
貯蔵技術[編集]
水素をエネルギー利用する上での課題のひとつには、ガス状水素を貯蔵する際の問題がある。既述のように空気との混合4.1 %〜74.2 %という広い爆発限界の範囲を持つために、漏出しないようにする技術が必要となるわけだが、水素は原子半径が小さいために容器を透過したり劣化させたりするので、他の元素や他の燃料を貯蔵するのとは勝手が違ってくる。2002年2月に発足した「燃料電池プロジェクト・チーム」の報告では、自動車に積載しガソリン相当の500 km以上走行が可能な水素貯蔵を目標に据えた。これに相当する水素ガスは「5 kg」であり、常温常圧下では56,000 Lに相当する[12]。
従来からの手法では、高圧化と液体化がある。水素は金属脆化を起こすため、特に高圧ガスを密閉するにはアルミニウム‐マグネシウム‐シリコン合金をファイバー強化したものが開発されているが、日本の高圧ガス保安法が定める上限の350気圧では実用的に自動車積載が可能なガス量は3.5 kgに止まり、5 kgを実現するためには安全に700気圧相当を密封できる容器が検討されている。液体化も同様な問題を解決する必要があり、オーステナイト系ステンレス鋼やアルミニウム合金・チタン合金等を素材に検討が進む。しかし、高圧化や液体化には密封する際にも加圧や冷却などでエネルギーを消費してしまう点も課題として残る[12]。
水素を貯蔵する物質には金属類である水素吸蔵合金と、無機・有機物質が提案されており、いずれも水素化物を作り効率的に水素を捕まえることが出来る。水素吸蔵合金は、ファンデルワールス力(分子間力の1種)で表面に吸着(物理吸着)させた水素分子を原子に解離(解離吸着、化学吸着)し、水素化合物を反応生成しながら合金の格子内に水素原子を拡散させる。取り出すには加熱または合金周囲の水素ガス量を減らすことで水素化物が分解しガスが放出される。必要な温度は通常50 ℃であり高くとも250℃位、圧力も常圧から100気圧程度までであり、水素ガスの体積を1000分の1に収めることが出来る。課題は合金と水素の重量比にあり、現状では「5 kg」の水素を吸蔵するための合金重量は170–500 kg程度が必要になる[12]。この他、イオン結合を主とする錯体水素化物や、アンモニアボランなども水素吸蔵性能を持つ物質として研究されている[12]。
化学的性質[編集]
水素化物[編集]
詳細は「水素化合物」を参照
元素の水素化物
化学式
IUPAC組織名[20]
慣用名
BH3 ボラン ホウ化水素
CH4 カルバン メタン
NH3 アザン アンモニア
H2O オキシダン 水
HF フッ化水素
AlH3 アラン 水素化アルミニウム
SiH4 シラン 水素化ケイ素
PH3 ホスファン ホスフィン
リン化水素
H2S スルファン 硫化水素
HCl 塩化水素
GaH3 ガラン
GeH4 ゲルマン 水素化ゲルマニウム
AsH3 アルサン アルシン
H2Se セラン セレン化水素
HBr 臭化水素
SnH4 スタナン 水素化スズ
SbH3 スチバン スチビン
H2Te テラン テルル化水素
HI ヨウ化水素
PbH4 プルンバン 水素化鉛
BiH3 ビスムタン ビスムチン
水素は電気陰性度が2.2であり、酸化剤としても還元剤としても働く。このため非金属元素とも金属元素とも親和しやすい。例えば、水素と酸素が化合するときには還元剤として働き爆発的な燃焼と共に水 H2O を生じる。ナトリウムと水素との反応では酸化剤として働き、水素化ナトリウム NaH を生じる。このような水素と他の元素が化合した物質を水素化物という[21]。
水素化物の結合には、イオン結合型・共有結合型の他に、パラジウム水素化物などの侵入型固溶体(侵入型化合物)と呼ばれる三種類の形態がある[21]。イオン結合型の化合物の中では、水素は H− イオン(ヒドリドイオン)として存在する。共有結合型は電気陰性度が高いPブロック元素と電子を共有して化合する[21]。侵入型固溶体は一種の合金であり、水素原子は金属原子の隙間にはまり込むように存在している。このため、容易かつ可逆的に水素を吸収・放出することが出来、水素吸蔵合金に利用される。なお、高性能な水素吸蔵合金中の水素原子の密度は、液体水素のそれに匹敵する。
一方、より電気陰性度の大きい元素との化合物では水素は H+ イオンとなる。水中で水素イオンを生じる物質が狭義の酸である。水溶液中では水素イオンは、H+(ヒドロン)ではなく、水分子とくっついて H3O+(オキソニウムイオン) として振舞う。
水素はまた、炭素と結合することで、様々な有機化合物を形成する。ほとんど全ての有機化合物は構成原子に水素を含む(下に例を示す)。
メタン (CH4)
エタノール (C2H5OH)
ベンゼン (C6H6)
おもな元素の水素化物の化学式と国際純正応用化学連合 (IUPAC) による組織名、および(存在するものは)慣用名を右表に示す。
水素イオンと水素化物イオン[編集]
水素のイオンには、陽イオンである水素イオン(hydron, ヒドロン又はハイドロン)と、陰イオンの水素化物イオン(hydride,ヒドリド又はハイドライド)とが存在する。1H+ はプロトン(陽子)そのものであるが、一般に水素は同位体混合物なので、水素の陽イオンに対する呼称としてはヒドロンが正確である(すなわちヒドロンは H+、D+、T+ の総称である)。しかし、化学の領域において単に「プロトン」と呼ぶ際は水素イオンを指し示していると考えて差し支えはない。
水素イオンの濃度 [H+]は酸性度を定量的に表す指標として用いられ、mol/L(モル毎リットル)単位で表した水素イオンの濃度の数値の対数に負号をつけた値を水素イオン指数 (pH) で表す。水中の [H+]濃度は1から10−14 mol/L程度の広い範囲を取り、pHでは0から14程度となる。中性の水には約10−7 mol/L の水素イオンが存在し、pHは約7となる[1]。
ヒドロン・プロトンとヒドロニウムイオン[編集]
H+ であれ D+ であれ、ヒドロンは電子殻を持たないむき出しの原子核であるため、化学的にはファンデルワールス半径を持たない正の点電荷の様に振る舞う。それゆえ通常は単独で存在せず、溶媒など他の分子の電子殻と結合したヒドロニウムイオン (hydronium ion) として存在する。水素のイオン化エネルギーは1131 kJ mol−1、遊離状態の水素イオンの水和エネルギーは1091 kJ mol−1と見積もられており[21]、これは高い電子密度に起因する、水分子との高い親和力を示すものである。
H+ (g) → H+ (aq)
極性溶媒中では、水、アルコール、エーテルなどの酸素原子の電子殻と結合している場合が多いので、ヒドロニウムイオンと言う代わりにオキソニウムイオン (oxonium ion) と呼ばれることも多い。あるいは超強酸など極限状態においては単独で挙動するプロトンも観測されている。
また、アレニウスの定義ではヒドロンは酸の本体である。酸としてのプロトンの性質は記事 オキソニウム あるいは記事 酸と塩基 に詳しい。
ヒドリド[編集]
アルカリ金属、アルカリ土類金属あるいは第13族・14族元素(共有結合性が強い)などの、電気的に陽性な元素の水素化物が電離するとき、ヒドリド (hydride, H−) が生成する。水素化物イオンとも呼ばれる。ヒドリドは K 殻が閉殻した電子配置を持ちヘリウムと等電子的であるために、一定の大きさを持ったイオンとして振舞う点でヒドロン(水素カチオン)とは異なる。実際、ヒドリドはフッ素アニオンよりもイオン半径が大きいように振舞う。
ヒドリドは極めて弱い酸でもある水素分子 (pKa = 35) の共役塩基であるので、強塩基として振舞う。
ヒドリドは塩基として作用する場合と還元剤として作用する場合があるが、それは金属と還元をうける化合物との組み合わせにより変化する。ヒドリドの標準酸化還元電位は−2.25 Vと見積もられている。
H2 (g) + 2 e− → 2 H− (aq)
周期表上の位置[編集]
一般的な周期表では水素はアルカリ金属の上に配置されるが、2006年に周期表における水素の位置を変更すべきなのではないか[22]とする論文がIUPACに提出され、公式雑誌に掲載された[23]。
惑星の水素散逸[編集]
宇宙空間に散逸する地球の大気は少ないが、それでも1秒あたり水素が3 kg、ヘリウムが50 gずつ放出されている。これは大気が薄く原子や分子の速度が減速されずに宇宙へ飛び出すジーンズエスケープやイオン状態の荷電粒子が地球磁場に沿って脱出するプロセスがある。なお、加熱された粒子がまとまって流出するハイドロダイナミックエスケープや太陽風が持ち去るスパッタリングは現在の地球では起きていないが、地球誕生直後はこの作用によって水素が大量に散逸したと考えられる[24]。
固有磁場を持たない金星は現在でもハイドロダイナミックエスケープやスパッタリングが続き、地表には比較的重いため残った酸素や炭素が作る二酸化炭素が大気のほとんどを占め、水が無い非常に乾燥した状態にある。火星も軽い水素を中心に散逸し、かろうじて氷となった水が極部分の土中に残るに止まる[24]。
水素と似た粒子[編集]
水素原子は非常に簡単な構造をしているため、水素の陽子または電子を別の粒子に置き換えた粒子は多数存在する。これらは水素と似たような化学反応を起こすものもある。
反水素:陽子を反陽子に、電子を陽電子に置き換えた粒子。
ポジトロニウム:陽子を陽電子に置き換えた粒子。
プロトニウム:電子を反陽子に置き換えた粒子。
ミューオニウム:陽子を反ミュー粒子に置き換えた粒子。
K中間子水素:電子を負電荷のK中間子に置き換えた粒子。
脚注[編集]
1.^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 桜井 弘 「水素」『元素111の新知識』 講談社、1997年、30-34頁。ISBN 4-06-257192-7。
2.^ a b c d e f g h i j 「水素」『12996の化学商品』 化学工業日報、1996年、233-234頁。ISBN 4-87326-204-6。
3.^ Magnetic susceptibility of the elements and inorganic compounds, in Handbook of Chemistry and Physics 81st edition, CRC press.
4.^ a b 『ニュートン別冊周期表第2冊 付録周期表』 ニュートンプレス、2010年。ISBN 978-4-315-51876-4。
5.^ Palmer, D. (1997年9月13日). “Hydrogen in the Universe”. NASA. 2010年5月8日閲覧。
6.^ Anders, Edward; Nicolas Grevesse (1989). “Abundances of the Elements-Meteoritic and Solar”. Geochimica et Cosmochimica Acta 53: 197.
7.^ クリエイティブ・スイート 『宇宙の秘密』 PHP研究所、2009年、22頁。ISBN 978-4-569-67352-3。
8.^ 西尾正則. “宇宙科学入門第7回資料 (PDF)”. 鹿児島大学理学部. 2010年5月9日閲覧。
9.^ a b 「【重水素】」『12996の化学商品』 化学工業日報、1996年、234-235頁。ISBN 4-87326-204-6。
10.^ a b c d e f g h i J.D.Lee 「3.元素の一般的性質 水素」『リー 無機化学』 浜口博、菅野等訳、東京化学同人、1982年、119-123頁。ISBN 4-8079-0185-0。
11.^ G. Audi et al. (2003). “The Nubase evaluation of nuclear and decay properties”. Nuclear Physics A (Elsevier) 729 (1): 27. doi:10.1016/j.nuclphysa.2003.11.001.
12.^ a b c d e f g h 東北大学金属材料研究所 「8.燃料電池と水素貯蔵材料」『金属材料の最前線』 講談社、2009年、241-259頁。ISBN 978-4-06-257643-7。
13.^ Weir, S. T.; Mitchell, A. C.; Nellis, W. J. (1996). "Metallization of Fluid Molecular Hydrogen at 140 GPa (1.4 Mbar)". Phys. Rev. Lett. 76: 1860–1863. doi:10.1103/PhysRevLett.76.1860
14.^ W・J・ネリス 「金属水素を作る」(日経サイエンスのページ)[1]
15.^ “超高圧分野の研究内容”. 大阪大学極限量子科学研究センター. 2010年5月9日閲覧。
16.^ “木星”. 福岡教育大学金光研究室. 2010年5月9日閲覧。
17.^ 化学工業統計月報 - 経済産業省
18.^ 「水の活性化と機能水-表面処理における各種対策について」『鍍金の世界』41(4)[2008.4]、52〜56頁。
19.^ 黒部洋(栗田工業株式会社)「機能水の製造方法および洗浄効果 オプト・半導体デバイスにおけるウェットプロセスの技術トレンド(薬品・機能水編)」『マテリアルステージ』7(10)[2008.1]、40〜43頁。
20.^ IUPAC Nomenclature of Organic Chemistry /Recommendations 1979 and Recommendations 1993 by ACD Lab. Inc.)
21.^ a b c d J.D.Lee 「3.元素の一般的性質 水素化物」『リー 無機化学』 浜口 博、菅野 等訳、東京化学同人、1982年、123-126頁。ISBN 4-8079-0185-0。
22.^ ハロゲンに近い性質を持つため、1周期系列と17族の位置に変更すべきというもの。
23.^ 玉尾皓平、桜井弘、福山秀敏 『完全図解周期表 - 自然界のしくみを理解する第1歩』 ニュートンプレス〈ニュートンムック - サイエンステキストシリーズ〉、2006年。ISBN 978-4315517897。
24.^ a b 「惑星の顔を決める大気流出」『見えてきた太陽系の起源と進化』 日経サイエンス〈別冊 日経サイエンス〉、2009年、134-142頁。ISBN 978-4-532-51167-8。
参考文献[編集]
Anders, Edward, Nicolas Grevesse (1989). "Abundances of the Elements-Meteoritic and Solar". Geochimica et Cosmochimica Acta 53: 197
Lee, J.D. 『リー 無機化学』 浜口博、菅野等訳、東京化学同人、1982年 ISBN 4-8079-0185-0
桜井 弘、『元素111の新知識』 講談社、1997年 ISBN 4-06-257192-7
玉尾皓平、桜井弘、福山秀敏 『完全図解周期表 - 自然界のしくみを理解する第1歩』 ニュートンプレス〈ニュートンムック - サイエンステキストシリーズ〉、2006年 ISBN 978-4315517897
東北大学金属材料研究所 『金属材料の最前線』 講談社、2009年 ISBN 978-4-06-257643-7
Weir, S. T.; Mitchell, A. C.; Nellis, W. J. (1996). "Metallization of Fluid Molecular Hydrogen at 140 GPa (1.4 Mbar)". Phys. Rev. Lett. 76
『12996の化学商品』 化学工業日報、1996年 ISBN 4-87326-204-6
『ニュートン別冊周期表第2冊 付録周期表』 ニュートンプレス、2010年 ISBN 978-4-315-51876-4
『見えてきた太陽系の起源と進化』 日経サイエンス〈別冊 日経サイエンス〉、2009年 ISBN 978-4-532-51167-8
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