2017年11月04日
会津の旅「会津戦争編」
来年は、会津若松でもイベントを企画しておりますので、多くの観光客のお越しをお待ちしております。
そこでここでは、戊辰・会津戦争のスポットをご紹介いたします。
新選組副長・土方歳三も奮戦した「母成峠の戦い」は、旧幕府軍800に対し新政府軍2,200、圧倒的な戦力の差から会津勢も撤退を余儀なくされました。(母成グリーンライン)
この最終防衛線の十六橋を西軍に破られ、会津城下への侵入を許すことになってしまいました。
滝沢本陣は、会津中将・松平容保自身が出陣し、指揮を執ったところです。現在も、会津戦争時の弾痕や刀傷を見ることができます。
西軍に占拠された小田山からは、昼夜、鶴ヶ城目掛けて砲弾が撃ち込まれました。
会津藩家老・佐川官兵衛が奮戦した「長命寺の戦い」。土塀に当時の弾痕を見ることができます。
娘子隊の中野竹子が奮戦し、戦死を遂げた「柳橋の戦い」。ここには中野竹子の像があります。
新選組最後の戦いの場となった「如来堂の戦い」新選組三番隊組長・斉藤一も奮戦しました。
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