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2020年09月04日

いまでも忘れない あの瞬間を・・・




誰もが、いつかこの世を去る。
それが特別なことでないことは十分に理解できてる。

この世に生まれ、いつか去る時がくる。
ごく当たり前のことである。


数年前に、友を失った時のことを想いだすことがある。
ベッタリとした関係ではなく、わりとドライな関係の中に深く心を許した部分があって・・・
共に過ごした時間を、いまでもハッキリと覚えてる。
おそらく生きてる間、忘れることはない。

そんな友が、この世を去る瞬間を目の当たりにしたことは、唯一の救いである。
友の最後を看取ることができたことは、ある意味幸せだとさえ思えるのだが・・・
でも、その瞬間がね・・・
あまりにも、あっけなかった・・・

人ひとりの死というものが、こんなにも あっけないものかと・・・
あの瞬間だけは、一生わすれはしない。


私が血を分けた兄弟や家族よりも信頼していたこと、いま本人が聞いたら 嘘だぁ〜!って笑うかもしれないが、それでも事実として私の中にあり、いまも変わらない。


今日という日は贈りもの (角川文庫)






このごろ、というか誰かがこの世を去ってしまったというニュースを見てるとね。
おそらく、その人が誰かにとって大切な存在であることは間違いないわけで。
如何なる理由を持ってしても、やはり誰かが悲しんでいるはずです。

此の世を去ることが、本来あるはずのないことならば別ですが、ごく当たり前のこと。
でもね、どのようにして此の世を去ることになったのか・・・
ここが問題だと思うのね。


理不尽なことで死を迎えることになるというのは、誰もがあたり前に死を迎えるのだから・・・と割り切れないよね。
どうしても理解できないことだよね。



一生懸命に努力し、頑張ってる人が何だかの理由をもって消えてしまうなんて・・・
ただただ、切ない・・・


いつ何があるか分からない。
明日も普通に生きているとは限らないわけで。
だから、どうすればいいの?なんて言ってるのも寂しいよね。
自分の人生は、自分だけのものです。
しかし、その人生に関わった人たちもいる。
それは事実です。


あたり前の死、しかしそこには多くの悲しみが伴うことも事実です。

できれば、普通に寿命を迎えることで去っていきたいですよね。



私の部屋には、一枚の写真が飾ってあります。
亡くなった友と私が一緒に写ってる写真なんですけどね。
毎朝、仕事に行くときに、行ってくるよ!って話しかけてしまうし、仕事を終え帰宅すれば、ただいま!って無意識に言葉を発してしまう・・・
友が去ってから毎日の日課の様になってしまってて、時折あの瞬間を想いだすわけです。


そして、後悔ですよ・・・
もっと沢山の時間を共に過ごすべきだったと。

過ぎてしまった時間は取り戻せないし、去っていった友も帰っては来ないわけで。



いつか、私も友の様に去る時が来ると思いながら、あの瞬間が頭をよぎる。
少しばかりの恐怖と、残すことになる大切な存在に対する心配とで、頭の中が一杯になるんだよね。



生と死・・・
ごく自然なことなのに、それをあたり前だと思えないことがある・・・






では、また・・・m(__)m



今日は死ぬのにもってこいの日




posted by tomo at 17:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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