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2016年10月11日
善と悪は、隣り合わせ
伴侶を失った母は、悲しみを紛らわせるためなのか、頻繁に、私に、電話をかけ、呼びつけた。やれ、菓子を買って来てとか、飲み物を買って来てとか、日に日に、エスカレートして来た。見かねた妻は、『貴方の母親なんだから、自分で何とかしてもらった方が良いわよ』と、言う。
その行動と共に、母親の体調も優れず、救急車で緊急搬送される事も、珍しくなくなって来た。
体調が回復して、退院すると直ぐに、身の回り品だけ持参をして、突然、三番目の夫の妹宅へ行ってしまった。義理の妹は、『空いている部屋もあるし、一人増えても、二人増えても大して、変わらないから、気にしなくていいのよ』と、言ってくれた。その実、三番目の夫の妹は、母の、年金が目当てだったのである。
その証拠に、通帳と印鑑ごと管理され、その殆どを、引き出され、使われていた。
何が、『善』で、何が『悪』か、判らなくなり、私は、困惑してしまった。
その行動と共に、母親の体調も優れず、救急車で緊急搬送される事も、珍しくなくなって来た。
体調が回復して、退院すると直ぐに、身の回り品だけ持参をして、突然、三番目の夫の妹宅へ行ってしまった。義理の妹は、『空いている部屋もあるし、一人増えても、二人増えても大して、変わらないから、気にしなくていいのよ』と、言ってくれた。その実、三番目の夫の妹は、母の、年金が目当てだったのである。
その証拠に、通帳と印鑑ごと管理され、その殆どを、引き出され、使われていた。
何が、『善』で、何が『悪』か、判らなくなり、私は、困惑してしまった。