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もっと自由に生きるための「禅」入門 感想

ひろさちや先生の書いた禅についての本です。

私は禅について、なんか厳しい修行をするものだとおもっていました。

そうではなく、この本では禅についての考えかたを書いているようです。

(ただ、厳しい修行をする禅というのもあると思いますが・・・)

この本では無宗教なのをこう解釈しています。

p5,6
無宗教だということは、
裏を返せば、人間は弱くて、無力で、愚かで、
不完全な存在だと思っていないのです。
むしろ逆に、
人間は賢く、完全な存在でならなければならないと思っています。
無宗教ということは、
そういう信念を持っていることになります。
だから、世の中全体が不寛容な社会になったのです。
学校教育において、子どもたちは、
人間は完全でならないと教えられます。
完全を目指して努力せよ、と教わるのです。
そうすると子どもたちは、
不完全な人間、身障者のような弱い人間、
ちょっとした過ちを犯した人間に対して苛酷にして執拗な攻撃を加えます。
「あの人はいけない人だ」と、
みんなで寄ってたかっていじめるのです。
いじめている自分だって不完全な人間なのに、
自分に対しては採点基準が甘くなり、
<そりゃあね、わたしにだっていけないところはありますよ。
でも、わたしは、
そのいけないところをなくすように努力しているのだから・・・>
と自己弁護します。
そして他人を非難糾弾する。



無宗教をこのように解釈するのは新しいと思いました。

しかし、このような傾向は日本にあると思います。

私は宗教は必ずしも正しいとは思いませんが

この社会が非寛容になっているのは、正しいと思います。


私たちはこの本でいう「世間のものさし」に縛られているので

「こうしなければならない」と苦しんでいるのでしょう。

だからって、世間で生きているのでそのものさしを完全に捨てるわけにはいきません。

世間が全部間違いとは言いませんが、このような視点を持つことも必要だと思います。

この本は、そのヒントになるかもしれません。

ちなみにこの本は、歴史のことから禅を書いているので

この著者の本のなかでは内容が難しいほうだと思います。






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