2011年05月16日
コメント返答 5月16日
長文ありがとうございます。
>人生のんびりさん はじめまして。 NEET OF NEEDSから来ました。 >「今の若者はケシカラン」 50年以上前のとある大学生は、弟から聞いた女遊びの話を小説化して芥川賞を取り、 今では知識人となって今の若者はケシカランと言い、今の若者としては困ったものです。 さて、自分は、このごろ「日本」という言葉の意味を考えています。 理由は他ならない大震災と原発事故のためです。 まず、原発事故について、玉音放送を聴いたときと似ているのかなと想像しています。 政治家やメディアが散々楽観視して希望的観測を吹聴しまくった結果の大惨事ではあるのですが、それに反対しなかった日本国民も責任があると思うし、 責任の重さはともかく、全員が反省しなければいけないことだと思います。 ここでは、行政組織としての「日本」に、何らかの影響を与えることができたかもしれない、個々の国民という意味です。 一方、大震災で思い当たるのが「がんばろう日本」です。 自分は、ほぼ元通りになった東京在住ですが、一方で家族や友人をなくした上に生活基盤を失い、がんばろうにもどうがんばってよいかも分からない状況の人が多くいます。 そういう人たちを前に、自分は、「がんばろう日本」とはとても言えません。 スローガンとして使われる「日本」には、「家族」とか「故郷」のような精神的な基盤となる共同体という意味が含まれていると思います。しかしそれは、どこか都合よく個々の問題を見えなくする効果があるように感じます。 Mr. Tさんは「日本」についてどう思われますか |
自分もあまり偉そうには語れないのですが
原発については、今まで国が中心となって
エネルギー政策として打ち出してきたらしいので
危険性はあれど、容認してきた部分があるように思います。
ただ、今までの原発反対者について厳しい待遇だあったらしい
ので、大手メディアの情報はをそのまま信じていては
原発に対する危機感は普通はそこまでなかったと思います。
あと日本人は、ある程度世の中の仕組みとかに疑問をもって
いたとしても、「飲酒運転」の例をだすまでもなく
決定的な事故や事件が起こらないと仕組みを
変えようとしない気質があるのでしょう。
今回の原発事故も今までの「仕組みを変えようとしなかった気質」が
原因になっていたと思います。
ただ、仕組みを変えるにしろ総理大臣などのトップが
決断をしなくてはいけないので、個人的には
総理には決断力が正直足りないと思います。
今回の事故に国民の責任はどれだけあるかは
わかりませんが、被災していない国民はすくなからず
責任を感じているようで、募金やボランティアをしたり
節電に励んでいるのがその証拠でしょう。
これらは、よくネット上では偽善といわれるかも
しれませんが正直他にどうしていいか
政府が打ち出せていないのが原因でしょう。
具体的に打ち出せば、あまり強制しなくても
その方向に行くと思っています。
「がんぱろう日本」については
「がんばって」「頑張れ」とか
他人ごとのなっていないニュアンスなこと
だけマシだと思いますが
直接被災者には言えない言葉でしょう。
たいていのテレビでは被災者が頑張っているものが
映し出されますが、2ヶ月以上避難生活をおくってると
メンタル的に参っている人も多いのだと思います。
その深刻さはあまりテレビでは映さないので
あまり意識されないのでしょう。
ただ、コレについてはボランティアとかの個人が
どうこうできる問題ではないように思うので
ここでもトップの決断が試されるのではないかと
思っていますが、ちゃんと決断できてないように感じるのが
個人的な意見です。
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