上からアメリカンを望むのは僕だ。

アメリカ人は日本人のことをほんとのところ、どう思っているのか。

日本がどこにあるかも正確にわからないかったり、

「ミスターオクレ」と「あきらかにオクレ氏より男前なはずの僕」

との区別がつかない友人もいるくらいだから、

大多数の人がきっと何も思っていないし、感心すらないのが正解だろう。

が、僕ら日本人はいまだ消えることない劣等感から、

何も思っていないどころか、上から見られているのでは?

という気持ちが少なからずあるのではないか。

たとえばこんなことがあった。


アメリカで働いている時に、アメリカ人ボスと二人きりで打合から帰路にむかう車中、

話すネタにつきたボスが、急にアバウトで雑な話題をふっかける。


ボス:「いやぁ、いやぁ、いやぁ。しかし日本人はすごいよ。」


僕:「突然なに?。。。なんで?」


ボス:「だってさ、戦争であれだけ滅茶苦茶になったのにここまできたんだからね。」


滅茶苦茶にしたのはアメリカだけどね。とは言わずに調子をあわせて答える僕。


僕:「ああ、でもマッカーサーの影響も多少なりともあるかもね。」


良い意味でも悪い意味でもね。という含みも込めたがそれは察することなく続けるボス。


ボス:「ふふふ。マッカーサーといえば、天皇の行動はすばらしいね。」


僕:「なんで?」


ボス:「最後にはマッカーサーのというか、アメリカに降伏宣言をして、

    日本国民を逆上させることなく納得させたからね。

    これが他の国だったらおそらくそうはいかなかったよ。」


僕:「あ、ああ うん。」




きっとそんなつもりはないのだろう。

劣等感からくる被害妄想的なものなのかもしれない。

でも、でも、



。。。なんとなく上から目線。


。。。上からアメリカン。



と感じてしまう気持ちは否めない。


やっぱりそうかい、なんでい、コンチキショウ。



とはいいながら、この関係性を望んでいる僕もいたりするのだ。

それはよく言う、父に対して「常に憧れの存在であってほしい」と望む気持ちのようなもので、

「上からアメリカンであってほしい」という気持ちも少なからずあったりしちゃうのだ。

もしかすると、上から目線な感じは、「劣等感から」というより、

「望んでる気持ちから」抱いているのかもしれない。


これは、マッカーサー率いるGHQによりマインドコントロールされた

結果からなのかしら。戦争は日本人が駄目なことしたのです。

駄目です。駄目だめです。とにもかくにも戦争は良くない。

それ以上は細かく知る必要なし的な感じで教育されてきたしね。

授業も年の最後のほうで急ぎ足で教わるというような感じでなにか、意図的にも感じる。。。

そんなことより、アメリカ音楽最高!なんて思っちゃってるしね。

それがよいのか悪いのか。答えは、マイ フレンド、風の中。(ボブ ディラン)

ってやっぱ、アメリカ音楽最高! アメリカ万歳!


これがマインドコントロールだとしたらホテルに監禁されたくらいじゃ解かれなそうだ。

おしまい。


戻る<日本人VS外国人>進む

<日本人VS外国人>の目次へ

総目次へ       最新記事へ



クリックにご協力を↓

人気ブログランキングへ

うるう年

うるう年を英語ではleap yearという。

そんでもって、ネットで検索してみると、

こんなことわざがあることがわかった。

'A leap year is never a good sheep year.'

意味は、

「うるう年は、羊にとって良い年となることはない。」

。。。。なんのこっちゃ。


ということで、数名のアメリカ人にその真意を聞いてみた。


その回答というと、



「そんなの聞いたことない。初めて聞いた。」

「ぐぐってみたけど、スコットランドのなんかっぽいね。意味分からん。」

「なんのこっちゃ。」


だそうです。




さては、ことわざじゃねえな。。。。

そうだとしても、超マイナーレベルだ。

ネットの情報だといかにも、

「犬もあるけば棒にあたる。」

的なメジャー級扱いされてる感があるなあ。

そのまま鵜呑みにできないなぁと思いました。

おしまい。


戻る <英語術> 進む

<英語術>  の目次へ
 
総目次へ  最新記事へ


クリックにご協力を↓

人気ブログランキングへ


留学先でのTOEFL勉強

留学生がアメリカの大学に入るためには、

大抵の場合TOEFLという英語テストを受けなければならない。

高校の時の成績なども入学審査の基準だったりするが、

なんといってもTOEFLだ。

何点取れればいいのかは大学によって違う。

今はどうだか知らないが、僕が学生のときは

500点〜550点くらいが相場だった。

僕の大学は530点以上ということで、

まあまあ入りやすいほうだったと思う。


が、なかなかその530点が取れなかった。

そりゃそうだ。別に英語が得意でもなんでもなかったのに

高校卒業していきなり渡米し、語学学校なんかに入って、

そんでそこでの生活ただただエンジョイしていたのだもの。


まずはアメリカに溶け込まなくちゃ!なんてローラーブレイドに明け暮れたり、

これも英語の勉強だ!なんて、パーティーとかクラブとかに通ってみたり、

たまには生き抜きも必要だ!なんてカラオケとかいっちゃったり。。。


で、そんな合間にTOEFLを受けるが、案の定、点数あがらない。

まあまた次があるなんて。気楽にすごしてたが、

さすがに半年くらいたってからこのままだとやばいと思い、

楽しかった語学学校を去ることにした。

僕が勉強できないのは語学学校の友達のせいだ!

みんなが遊ぶから僕もついついってなってしまうんだ。

なんてアカンタレ精神全快で、全部他人のせいにして、去ることにした。


とにかくTOEFLの点を上げなくては。

ということで、TOEFL専門の学校に通うことにした。

KAPLANという学校だ。

この学校がすごかった。

なにがすごいかというと、

授業のメインが自習ということだ。

(週に2回、2時間くらいは先生が教えてくれる授業はある。)

生徒はタイムカードをわたされ、朝学校にきたら、

タイムカードを押し、ひたすら自習し、帰るときにタイムカードを押す。

その繰り返しというカリキュラムだ。

全然学校らしくない。仕事みたいだ。

なぜタイムカードかというと

それはタイムカードによって生徒が一定の時間ちゃんと学校に通っている

ということを学校が、大使館やらなにやらに証明するためらしい。

要は、学校が生徒に学生ビザを与えるための策略だ。

裏技を使い、人件費をうかせて儲けてやろうみたいなことかもしれん。

まあでも、この学校に通ったおかげでいい点取れたから僕にとっては

よかったとおもう。普通の語学学校とくらべて学費も安いし、

普通の授業もあまりないので、宿題もないから、

TOEFLの勉強のみに集中できた。

毎日、ただひたすら学校が貸し出ししている膨大なTOEFLの過去問題集

やら予想問題集を解きまくった。自習室のほかの生徒も

黙々と問題を解いてるから、モチベーションもさがらない。


TOFELの勉強をしていて思ったのは、点を上げるために必要なのは

ひたすら過去問やら予想問題を解くってことだなってことです。

TOEFLの点がなかなか上がらなくて悩んでる人は、

悩む時間をひたすら問題解くことに費やしたらいいと思う。

そんでもって僕みたいな周りの環境に流されやすい人はいっそのこと

学校を変えてみるのも手だと思います。

おしまい。

戻る <英語術> 進む


<英語術>  の目次へ
 
総目次へ  最新記事へ


クリックにご協力を↓

人気ブログランキングへ

災害 外国人の反応 

このたびの震災に対して、海外の友人達から

沢山のエールメッセージを頂いた。

ありがたいことだ。

「大丈夫?しばらくアメリカに避難したら?うちにとまっていいよ!」

「何か送ってほしいものあったら遠慮なく言って!」

「ずっとyouのことが心配で、ニュースをみるたびに心が痛むよ」

などなど。。。

これらのメッセージの大半はフェイスブックを通して

頂くのだが、かなしいかな、フェイスブックは彼等が他の人のページに

コメントしたものも見えちゃうのだ。

僕にエールメールを送ってくれた直後に他の人に

「ほんと、最高だったよね!録画すればよかった。」

など昨日見たコメディショーの感想を述べてたり。。。

まあそんなものだよなぁ。

いやいや、心配してくれているのは嘘ではないことは確かだ。

ただ、関心事が他にもあるってだけだ。。。

ひねくれちゃいけないな。

だいたい僕のうけた被害なんて東北の人に比べたら

微々たるものだ。ないも同然だ。

ありがとうみんな。


それはそれとして、海外の友達の話を聞いていると、

あくまでも僕の受けた印象ではあるが、

海外で取り上げられるニュースというのは、

「大惨事の様子」

「緊迫した原子力発電所の状況」

「放射線がどんだけ悪い影響を及ぼすか」

ということのみにフォーカスをあてているようだ。

まあ、あと、「原発に立ち向かうヒーロー」とか。

それは当然そうなるだろうし間違ってはいないのだけれども、

僕としては、それだけでは災害がもたらした被害や影響の

全体像は正確に伝わらないと思う。

とくに、コメディショーの合間に見ている人なんかは、

日本全土ひっくるめて、大惨事な感じだと思っているのではないだろうか。

9.11のテロの時みたいだ。

当時ボストンにいた僕を心配してくれて、沢山の知人から連絡を

もらった記憶がある。テロの時は直接被害をうけていない人々も

精神的には大ダメージを受けたし、ニューヨーク近辺の人々の日常生活

にもちろん支障がでた。テロの一味はボストンからハイジャックして

激突したわけなんだけど、どういうわけだか、ボストン・テロ・ニューヨーク

というキーワードだけをひろい、ボストンも大惨事なことになってると

思ってる人が日本の知人のなかに沢山いた。

そりゃ、大変ではあったし、その後の仕事も激減したりしたが、だからといって

家に閉じこもっていたわけではなく、事件が起こる前と同じように、

普通に毎日会社に出勤していたし、買い物をしに街にでれば警備官が

いたるところに立ってはいたが、買い物ができないわけではなかった。

心配してくれるのはありがたいことではあるが、

状況が正確には伝わっていないなと思った。


それと同様に今回の災害に対し、ある面だけを見て、

「日本はもうだめだ」なんておもい、見切りをつけるひとが

増え、それにより円や株価にもろに影響し、なんだかんだで、

復興の妨げになるのではなかろうか。

東京にしたって災害の影響があることは間違いないが、

通常の状態に戻りつつあることもしっかり伝えてほしいものだ。

もちろん、いまもなお、復興のめどが立たずに大変な避難生活を

強いられている方々の状況を伝えることが大前提で、

そうした状況が快方にむかっていない間に、忘れ去られるということが

一番最悪のことなのではあるが。


おしまい。


戻る<日本人VS外国人>進む


<日本人VS外国人>の目次へ

総目次へ       最新記事へ


クリックにご協力を↓

人気ブログランキングへ

パークレンジャー VS 僕

アメリカで働いてた時によく訪れた職場近くの公園での話。


ベンアフレック監督・主演で「The town」という映画が日本でも

近々公開される。銀行強盗の話だ。予告編をみて面白そうだなと思っていたら、

なんと舞台が僕が働いていたチャールズタウンではないか。(ボストンの隣町)

ナレーション:

「年に300件以上の銀行強盗が起こるボストン郊外のチャールズタウン。

全米一、銀行強盗発生率の高い街である。。。」


ほざけ。


これは僕の知っているチャールズタウンではないぞ。

チャールズタウンは金持ちしか住んでいない田園調布的なイメージなのにぃ。

街も綺麗だし、そもそもボストン郊外というが、

ボストン市内まで歩いて5分だぞ。むしろボストンと言っちゃっていいくらいだ。

どういうこっちゃ。


とまあ、そんなチャールズタウンにある会社に4年間勤めていたのだが、

会社の目の前にバンカーヒルモニュメントという記念塔があった。

なんでもバンカーヒルの戦い(Battle of Bunker Hill)でイギリス軍と

勇敢に戦った植民地軍を讃えたものらしいが、その塔はちいさな丘に

聳え立っていて、塔のふもとは小さい公園となっているのだ。

朝ちょっと早く会社に着いてしまった時なんかはその公園にいって、うろうろしたり、

ストレッチしてみたり、本を読んだり、はたまた、天気がいい日はお昼を

そこでたべたり、たまにやってくる途方にくれた日本人観光客に道案内を

したりと、とにかく僕は、その公園のヘビーユーザーだった。


そんでもって、ある日のこと、いつものようにお昼に公園に座って

ぼーっとしていたら、目の前にパークレンジャーが通りすぎた。

パークレンジャーとは国立公園やら州立公園に常勤していて、

公園を守る警備員みたいひとだ。

日本の警備員と違うのは銃を携帯しているという点だ。

さすがアメリカ。レンジャーの名にふさわしい。

(銃を持っていないパークレンジャーも公園によってはいるらしい)


パークレンジャーはチラっと僕を一瞥して通りすぎたのだが、

そのときドサッと鍵の束を落としていった。

ジャランっと結構な音をたててたから、気づくかなと思ったが、

彼は気づかずズンズン進んでいく。

鍵の束って結構重要なんじゃないか。

無くしたら大問題になるんじゃないのか。

あぁ、おっちょこちょいだなぁ。まったくしょうがないなぁ。

と重い腰をあげ、彼に声をかける。

「エクスキューズミー!」

完全に良心からのエクスキューズミーだ。

イチローに負けじと、日本人の株をあげてやるんだという意気込みだ。

が、しかし、それに対して彼が取った行動は、

そんな僕の良心をズタズタに切り裂いた。

僕の呼び声にビクっとした彼は、すかさず中腰になり、

銃に手をかけてるではないか。。。

てめぇ。。

人がせっかく教えてあげようとしてたのによぉ。

さては、最初に僕を一瞥したときから不審者あつかいしていたな。

(コノ、アジアジンモンキー、キケン、キケン ヨウチェック)

的な一瞥だったんだな。チキショウ。


「か、鍵おとしたけど。。。」

へたれな僕は疑惑を晴らすべくすかさず応対。

そしたらレンジャーったら

「アア、サンキュー」

だってさ、僕に気づかれないようにそっと手を銃から腰に移しながら。。。

「気づいてますよ。。。大いに憤慨してますよ。。。」

しかし、ひどいなぁ。昼時にうろうろしてるアジア人を

はなから不審者扱いするなんてさ。

彼の目にはそんなに怪しく映ってるのかしら。

 

もしかしたら、あれだ。彼だけじゃなく、この辺の住人はみんな一瞬そういう目で

みてるのかもしれんぞ。そりゃ薄汚い格好してるし、寝癖もそのままだったり

するけどさぁ。

素敵なチャールズタウンに影を落としているのは、

実は、素敵な町並みをなぜか毎日うろついて浮かれ気分で堪能している

僕みたいな中途半端な外国人なのかもしれん。


おしまい。


戻る<日本人VS外国人>進む

<日本人VS外国人>の目次へ

総目次へ       最新記事へ






クリックにご協力を↓

人気ブログランキングへ








英語の発音:HermesのH 

英語でエルメスの発音についての話。

先日、アメリカの大学の同級生のロン君が

彼のパートナー(彼はゲイなので)と彼の妹を

引き連れ日本に遊びに来た。

よかったら会わないかということだったので食事をすることに。

同級生というだけでそれほど仲よくもなかったし、

ロン君のパートナーも彼の妹も僕は初対面だったので、

「馬刺し初めてなの?おいしいからたべてごらんよ。」

「今日はどこ行ったの?」

「明日はどこいくの?」

「え?今日誕生日なの?おめでとう。」

とかそんな質問くらいしかでてこない。

しかし彼等は1の質問にたいし、10の答えをだしてくれる。

1の質問から15分くらいにわたり話を膨らましてくれるのだ。

さすがゲイだ。陽気だ。おしゃべりだ。

僕はとにかく軟骨揚げを食べながら黙って聞いておけばいい。

で、話がようやくおわりかけたら、またひとつ質問で、さらに15分もつ。

とまあそんなかんじで話をしていた中、ロン君が、

「明日、銀座に行こうと思うんだけど、有名な建物ある?」

ときいてきた。(僕等は建築学科なので。)

僕:「そうだな。エルメスの建物とかあるよ。レンゾピアノ(建築家)がデザインしたやつ。」

ロン君:「What? レンゾピアノのなんて建物だって?」

僕:「エルメス」

ロン君:「What?」

は、もしや、エルメスの発音通じてないのか。

僕:「エルメス

ロン君:「What?」

僕:「エルメス

ロン君:「What?」

ひたすらイントネーションを変えてみたり

舌をまいてみたりしたが、やっぱり通じない。

もう「never mind」なんつってあきらめるか。

あや、もしや、あれか、あれでつうじちゃうかも。

勇気を振り絞って、例のセリフを言ってみる。電車男のあれだ。

僕:「、ヘルメス」

ど、どうだ。だめか。赤っ恥かくはめになるのか。

ロン君:「うーん。うーん。あ、あー。ヘーミーズね。」

通じた。すんなり通じたわけじゃないが、とにかく通じた。

しかしヘーミーズとは予想外だ。詳しく言えば、

英語でHermesはHUR-meezと発音するようです。

Hの発音でした。ハ行でした。

フランス語では"air"-MEHZと、日本語の発音に若干近いが、

英語圏においては、「エルメス」よりも「ヘルメス」のほうが近いっぽい。


そんな事実を知った今の気分はコンチキショウだ!

日本のオシャレボーイズ&ガールズめ!

ヘルメスと発音するイケテナイジーンズメイト青年を

さんざん小馬鹿にしやがって。

ヘルメスのほうが英語圏には通じやすいぞう。


まあしかし、オシャレアメリカ人だったら、フランス語発音でも

通じていたかもしれん。なので「エルメス」でも通じてたかもしれん。


とにもかくにも、またひとつ英語のお勉強になりました。

ロン君ありがとう。

「そんな仲いい友達でもないからなぁ。」

「洒落た店つれていってもなぁ。」

「ワタミだな。」

なんて

安易に即決してごめんよ。


おしまい。

戻る <英語術> 進む

<英語術>  の目次へ
 
総目次へ  最新記事へ


クリックにご協力を↓

人気ブログランキングへ










電話応対 in アメリカ

アメリカの会社で働いてた時の電話応対の話。


会社の下っ端の役目のひとつに電話応対がある。日本でもそうだが、

アメリカでも大抵そうだ。(でっかい企業で受付などがいる場合は別だけど)

アメリカで僕が働いてた会社もそうだった。いや、そうしろと言われたわけ

ではないのだけど、暗黙の了解というか。。。

ヘタレな僕は何を隠そう、電話応対が大の苦手なのだ。日本語でも苦手なのに、

英語だなんて。しかも会社だしさ、僕あてにかかってくる電話なんて

働き始めの当初なんてほぼゼロに近いのに、どうせ、ほかの人に代わるのに、

なんで。なんで。いやだよぉう!こわいよぉ!


てなことで、働き始めた当初、僕は電話が鳴るたびに忙しい振りをしてみたり、

急にお腹が痛くなりトイレに駆け込んでみたりしたのだが、

そんなことは長くは続かず、だんだんみんなに不審に思われ、同僚から

「みんなも忙しいんだからyouも電話にでなきゃだめよぉ。」なんて

ご指摘を受けた。バレたか。

でも外国人なんだから大目にみてくれたっていいのにさ。けち。

しかし、まあいずれこの日が来るのはわかっていたわけで、

僕だって、ただ逃げまどっていたわけではない。みんなの応対を

耳をダンボにして盗耳し、電話応対お決まりフレーズは入手済みだ。

僕が働いていた建築事務所だけに通用するものかもしれないが。。。


ともかく、お決まりのフレーズの流れはこうだ。


その1。受話器をとってすぐに会社名を叫ぶ。

     たとえば僕の場合はこう。

    
     「○○architects」  (訳:○○建築事務所)

    
     と言うのです。this is とかないの。いきなりの会社名。ただの固有名詞。

     最初は違和感あったが慣れると楽だ。ポイントはちょっと疑問系っぽく

     ってことかしら「○○アーテクツ?」てな具合にね。


その2。「may i help you?」とか、「how can i help you?」 


     とかいったり、いわなかったりする。

     言おう言うまいが、相手は、くい気味に

     「ボスいるか?」 とか 「誰々いるか?」

     とかぶっきらぼうに聞いてくる。そしたらこうだ。


その3。 「may i ask you who's calling ?」 (訳:あなたのお名前なんですかぁ)

     
     まあこう聞いたからといって、最初はホボ聞き取れない。

     とくに初めての人。そんな場合、勇敢たるものなら、

     もう一度聞き直したり、さらには、スペルまで聞いたりして、確実に電話を

     取り次ぐ。ただ、そんなことしたら、たいていの場合、相手は苛立つもんだ。

     「なんだこの外人は。めんどくせぇ。」的な態度が、受話器越しから

     ひしひしと伝わってくる。

     かといって、「誰だかわからないけど、電話だよ」

     なんていったら、こんどは会社の人にイライラされる。

     じゃあどうするか。

その4。 「he's not here」 (訳:いま彼はいません。)


     もういないって言っちゃう。勝手に居留守。そんでもって

     この電話もなかったことに。。。

     「今の電話だれだった?」

     と会社の人にきかれても、

     「なんか勧誘の電話」

     とか言って完全にしらばっくれちゃうのだ。

そんなことを繰り返していくうちに、誰から誰宛に頻繁に電話がかかってくるのか。とかが

段々とわかってくるようになって、そうなってくるにつれ、電話応対もスムーズになっていった

ものだ。調子にのってきて、「今いないけど、なにか伝言伝える?」とかまで言えちゃったり

するようになるもんだ。でもその伝言が聞き取れなかった場合はやっぱり、伝言は

なかったことにしちゃうのでした。


おしまい。

戻る<日本人VS外国人>進む

<日本人VS外国人>の目次へ

総目次へ       最新記事へ


クリックにご協力を↓

人気ブログランキングへ



成人in アメリカ  

ぼくは成人式の日をアメリカで迎えた。アメリカの大学の冬休みは短く、

すでに授業が始まっていたからだ。帰国してから成人式の日にキャピキャピ姿の

新成人をみると、浮かれやがってと心の中で罵倒すると同時に羨ましくもあり、

無理にでも参加するべきだったかな。なんて思ったり思わなかったり。


アメリカには成人式たるものは存在しない。

そもそもアメリカにおいて二十歳は全然特別ではない。

二十歳になったからといって、大抵のクラブには入れないし、

お酒だって買うことすらできない。

(僕の住んでいたマサチューセッツ州は、他の州にくらべて特に厳しいのです。

IDの提示を必ず求められるのです。)

そんでもって二十一歳の誕生日にはじめてすべてが許されるのだ。

成人式のお祭り騒ぎに参加できなかった僕はここぞとばかりに、

二十一歳の誕生日を謳歌しようと意気込んだ。

まずはこれをしなきゃと、IDがわりのパスポートを手に酒屋に乗り込んだ。

沢山の酒を手にとりレジへむかい、パスポートを

意気揚々と店員に見せる。

「ほれ、今日は僕の誕生日なんだぜ?気づいた?へへん」

なんて誇らしげに。

すると店員はパスポートの顔写真を確認し

ぶっきらぼうに言い放つ。

「これ、お前じゃない。」

がびん。。。

パスポートの写真が信用されないなら、もうお手上げですよ。

たしかに、アメリカにきて、薄かった眉毛が異様に濃くなったりしてはいるが、

それでも僕の面影はちゃんとのこってるだろ。なんて必死にもがいてたら、

「冗談だよ。へへん。はいよ」

だってさ。ひどいよ。ひどいよ。バースデイボーイにこんな仕打ちをするなんて。

成人第一日目でさっそく出鼻をくじかれ意気消沈したのでした。

しかし悪いことが続くばかりではない。

僕は、英語学校で一年浪人生活をしていたため、大学1年の後半には

寮のアメリカ人より一足早く21歳になっていた。そのため寮でパーティーだぁ

酒が必要だぁ、なんて時は重宝がられるのである。僕みたいな日本人猿に

まったく興味がない面々ですら、僕が21歳であることを知るやいなや、

嵐のパーティー招待ラブコール。酒を得るには呼ばざるを得ないのだ。

まぁよくよく考えればただの使いっぱしりなのだけれども、事実それが

なかったら、あんなに沢山パーティーに参加できなかっただろう。


とまあ、成人式を迎えた新成人をみて記憶に蘇った、

とりとめのない思い出話でした。


おしまい。

戻る<日本人VS外国人>進む

<日本人VS外国人>の目次へ

総目次へ       最新記事へ


クリックにご協力を↓

人気ブログランキングへ

アメリカでの大晦日と正月

アメリカ滞在時(社会人時代)に過ごした大晦日と正月の話。

僕の働いていたアメリカの会社では正月休暇がない。

祝日は元旦のみだ。

僕の会社だけでなく大抵の会社はないとおもう。

なぜかというとアメリカにはそのまえにクリスマス休暇というものがあるからだ。

クリスマス前後の期間が休みになるのである。その期間に家族が集まったりするので、

まさにこれが日本の正月休暇みたいな感じだ。

もっといえば、11月末にもサンクスギビング休暇という大型連休が

あったりするので、これ以上休みを作ってもしょうがないということなのだろう。

しかし僕ら日本人にとってはコンチキショウな気分だ。

大掃除をして、紅白なんかみて、年が明けて、親戚があつまって、かしこまって、

あけましておめでとうございます。なんつって、お節料理をたらふく食べて等の

一連の行事に慣れ親しんできた僕にとっては、物足りなくてしょうがない。


しかしここはアメリカ。

せめてアメリカならではの年越しを満喫せねば。


僕の住んでいた街、ボストンでは大晦日から元旦にかけて、

first night bostonというフェスティバルが開催される。

ボストン市内の公園、広場、学校、教会、などで、歌あり、劇あり、映画あり

氷の彫刻ありのさまざまなイベントが行われ、年が明ける深夜0時に、

花火が打ちあがり、フィナーレを迎えるという赴きだ。


ということで、大晦日、会社から帰宅した後、夜な夜な街へ繰り出した。


まずはすべてのイベント会場に入場できるフリーパスならぬフリーバッチを購入し、

スケジュール表をもらう。見たいイベントの時間と場所をチェックし、いざ出陣。

僕は音楽系のイベントをメインに見て回ることにし、

期待を大にして、鑑賞に望んだ。

が、10個いった中で満足できたイベントは4つくらいとう散々な結果となった。

それはなぜか。

理由は明白である。

演奏者達はみな地域の子供たちや青年、音楽をこよなく愛すアマチュア中年達、

それと幾人かのセミプロ達のみだからだ。

しかし逆にそれは、地域に密着してる感じで素晴らしいことではないか。

日本ももっと見習うべきだ。これは良いことに違いない。

違いないけど。。。

いや、下手ではないんだよ。でも、けっして上手くはない。

なんつうか文化祭的のりというか。。。

なのに演奏する子供達やアマチュア中年達は妙に誇らしげ。

そんな態度がなんかよくわからないけど、イラっとくる。

その程度で、満足気に人前でやってんじゃねえぞガキどもぐぁ。

自分の演奏に酔ってんじゃねえぞジジイ。

金返せこらっ。(10ドルぽっきりだけど)

と僕の中の悪魔が喚く。

あら、楽しげな年明けイベントのはずが、ネガティブな感じになってるぞ。

いかんいかん。ポジティブに。ポジティブに。

いやいや、ほんとうに感動したものも確かにあった。

教会で行われた、ゴスペルグループのコンサートなんかは最高だった。

ウーピーゴールドバーグがでてきてもおかしくないくらいの鳥肌ものだった。

あと、初老の黒人のブルースバンドも貫禄あって素敵だった。杖で

よろよろ舞台にあがり、観客を不安にさせておいてのパワフルボイス

な演出はセミプロとは思えないくらい素敵だった。


あと他に良かったのは、えーっと、


あとは。 。 。

あれ、もう、ないわ。


満足できたのは4つじゃなくて2つだわ。満足ぜんぜんできてない。

満足できないといえば、イベント会場から次の会場へ向かう際に

街のあちらこちらに、展示されている氷の彫刻を見かけたが、

何つうか北海道のアレくらべたら、相当レベル低い。ほぼ2Dな感じ。

なのに喜び群がるアメリカ人。

こんなんでほんとに満足なのかい?

って、いかんいかん。またネガティブな感じになっちゃってる。


気を取り直して、フィナーレの花火が打ちあがる海沿いへむかう。

あたりは何千人ものだかり。これは期待できるぞ。


そしてカウントダウン。古い時計台にレイザー光線で数字が刻まれる。

5・4・3・2・1

ボカン ボカン ボカン。 

ハッピーニューイヤー!!! ヒューヒュー! ぎゃーぎゃー!

騒ぎまくる観衆。

僕もまけじと ヒューヒューヒュー。

周りのアメリカ人等と嵐のハイタッチ。

赤の他人から祝福のワイングラスを渡され、

みんなで乾杯!わーい。

さすがアメリカ。これぞアメリカの年明けだぁ。

なんてようやく満足しかけたのもつかの間、

偶々、目の前にいた日本人女性二人組のつぶやきが耳にはいり、

僕のテンションを谷底へ落とす。

「この花火派手だけど、日本のと比べるとしょぼしょぼだよね。」

それをいうなぁ。それは僕だって薄々気づいていたさ。

気づかない振りをしてようやく満喫感を掴みかけたのに。


あぁ、でもほんとだ、いわれれば、益々しょぼくみえるわ。

でも周りのみんなは喜んでる。こんなんで喜べるのか。。。

なんていう風にまたまたどんどんネガティブに。。。


アラアラ、喧嘩がはじまってるよ。大乱闘だ。

さあ、さあ、巻き込まれないうちにさっさと帰ろう。

なんつって、イソイソ家路についたのでした。


結論、

年越しは赤組勝つか、白組勝つかの

日本に限る。


おしまい。

戻る<日本人VS外国人>進む

<日本人VS外国人>の目次へ

総目次へ       最新記事へ


クリックにご協力を↓

人気ブログランキングへ

留学生 VS アメリカのクリスマス。其の二(ホーリー編)

アメリカで学生だった時に過ごしたクリスマスの話。其の二(ホーリー編)


アメリカではクリスマスの日は家族と過ごす。

なので、僕ら、日本人留学生は路頭に迷う。


と 前回 書いた。

そんでもって、サンタは街へやってこないし、

人もいないということを学習したはずなのに、

前回のは気のせいだ。なんつって、

翌年のクリスマス、またもや街へ繰り出した。


しかし案の定、どこの店も閉まってる、でもでも、おやおや、

数少ない人を観察すると、皆が同じ方向へ向かってるではないか。

きっとどこかのダンスクラブで、

クリスマスオールナイトパーティーが行われているに違いない。

DJサンタが「ホーホーホー!マンモスウレピー!」てな具合に

雄たけびあげながら、ハッスルしてるに違いない。


そんなわけで、僕も期待を胸に秘めながら皆と同じ方向に向かった。

その目的地に近づくにつれ、前回なぜ気付かなかったんだ?

街へ繰り出したのが早すぎたのか?なんて思うくらいの人だかり。


あれ、でもなんか様子が違う。

ヤング層もいることはいるが、圧倒的に年配層が多い。

そうか、今回はOLD-SCHOOLな選曲なのかもしれないなぁ。

A Tribe Called Quest(※1)あたりかな。午前0時にCan I KIck It? なんつってね。

それも、ありだな。期待はマスマス深まる。おおぉ建物内から光が満ち溢れてるぞ。


で、着いた先は、

そう、そこは、 それはもう、巨大な、巨大な。。。


教会。 。 。


ジーザスクライスト。 。 。


なんてこった。しかし、あれだ、考えてみれば、

これがクラブだったとして、

気持ちはジャミロクアイ、でも踊ると盆踊りな僕が

果たして楽しめるのか。

そもそも、これぞ正真正銘のホーリーナイトな過ごし方ではないか。

貴重な体験になるぞと、この事実を前向きに捉え、とにかく中へ。

「クリスチャンじゃないんですけど、クリスマスを誰よりも大事にしてます。」

的な僕を、門に立つ牧師は快く迎え入れてくれた。


導かれるまま、僕は席に着きまわりを見渡せば、数百人いるのではないか

というくらいの人の数。教会すげー。キリスト教すげー。

なんて関心しているうちに、儀式はスタート。


どういう順序で儀式が行われたか記憶があいまいだが、

牧師の説教から始まったような気がする。

雰囲気に圧倒されていたのと、乏しいリスニング力の結果、

内容は覚えていない。 祭壇に立つ牧師は穏やかに

時折聖書から文を引用したりしながら、

なにかいいことを話していたに違いない。


そしてそんな説教が終わるやいなや、唐突のアーメン。

数百人が一声にアーメンって言うもんだから、

それが高いヴォールト状の天井に反響し木霊する。

HOLYな空間はなお一層演出される。

それを崩すのは出遅れた僕のアーメンのみだ。

前に立つ少女が僕を一瞥。おお、どうかお許しを。


そんでもって次は歌だ。合唱だ。賛美歌だ。

今度は歌詞(たしか一人一人の席の前に用意された聖書の中だったような。)

もあるから僕は名誉挽回ってなことで、躊躇なくおおいに歌う。

こりゃ気持ちいい。合唱コンクール以来だ。

聖なる合唱がパイプオルガンとともに教会中に響き渡る。ああ素敵。


歌が終わりしばらくすると、なにやら人々が祭壇にむかって並びだした。

無宗教で不届き者な僕が「何で並んでるんのですか?」

などと聞けるわけもなく、ただただ、皆に倣い列に加わる。

数十分後、ようやく祭壇にたどり着いた。

そして、なぞが解けた。

牧師がぶどう酒とパン一切れを迷える子羊たちに与えてるではないか。

パンだ!

ぶどう酒だ!

うぉー超ホーリィー!

なんて書くと熱心な信者に怒られそうだが、

とにかくそう思ったのだからしかたがない。僕は感動しているのだ。


パン一切れをありがたく頂戴した後、席に戻り、もう儀式は終わりかな

なんておもっていると、何人もの牧師たちが、金の皿を手にし、

皆の座る席の間を歩き廻りはじめた。

そして皆はお札をその皿の上に置いてゆく。

あぁ、あれだ、お布施だ、これは。 。 。

やべぇ。いくらだ。いくらが妥当なんだ。パニくる僕。

牧師が微笑みながら迫ってくる。

急いで廻りを観察。うぉ、あのおじさん、30ドルくらい寄付してらぁ。

そんなにもってないぞ。どうしよう。観察ターゲットを若者にすぐさま

変更。よしぃ。彼は5ドルだ。多分あれは5ドルだ。5ドルならあるぞ。

そんでもってぎりぎりセーフの5ドルお布施。ボロボロだけど。

こんなときは日本みたいに新札が礼儀なのかしら。

とにもかくにも切り抜けた。ああよかった。


そんなわけで最後は、ドタバタだったけど、ホーリーナイトを

十二分に堪能した。貴重な体験ができた。でも、もうお腹いっぱいだ。

どっとつかれたわ。これがアメリカで最初で最後のホーリー体験になるだろうなぁ。

でもまあ、去年よりはクリスマスらしくすごせたのではないかしら。

なんて思いつつイソイソ家路についたのでした。


おしまい。

※1 A Tribe Called Quest:
   1988年に結成されたアメリカのヒップホップグループ。

戻る<日本人VS外国人>進む

<日本人VS外国人>の目次へ

総目次へ       最新記事へ


クリックにご協力を↓

人気ブログランキングへ


    >>次へ
プロフィール

kai-robot

http://fanblogs.jp/y9fm2om9/index1_0.rdf マイクロアドBTパートナーでおこづかいゲット!海外支援センター 総合案内 にほんブログ村 海外生活ブログへ
http://fanblogs.jp/y9fm2om9/ daily 1.0 <%titlelist_url> <%titlelist_year>-<%titlelist_month>-<%titlelist_day> weekly 0.5