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2019年03月15日

「幽霊の夕子」(3)




 葬式。

 坊さんがお経をあげている。

 みんな寝てる。

 葬式ってことはもう九日じゃん!なんだよもったいねえ!なんか損した!

 てか、あたしの写真。もっといい写真なかったのかよ〜卒業アルバムって。まじ勘弁してくれ。

 あ〜あたし、ほんとに死んじゃったんだなあ。寂しいというか。不安。とてつもなく不安だ。

 てか、なにこのカラダ。

 高齢の男。口くせえ。入歯だからだ。オヤジじゃねえか?この車イスといい、ぷよぷよ太った感じとか。げげげーーー。ショック。 

あたし、おやじに憑依しちゃったんだ。一番やばいことが起きた。

 誰もきづいていないな。よし。

「ちと…気分悪いから寝てる」

「大丈夫か?相当ショックだったんだな。いいよ、寝てて」

 は、はる。また話せてうれしいぜ。

 おやじとしてだけど。

「…わるい」

 よかった逃げられた。でも娘の葬式にちゃんとでない親ってどうよ。ま、いっか。とりあえずおやじの部屋に、と。

 グイーーン!バーーン!

 柱に激突してしまった。

「おいおい、だいじょぶか?親父」

「ちと手がすべった、ごめん」

 車イスむずかし!押すのと違って自分で操作するのむずかし!なれるしかねえなあ。


 オヤジの部屋。

 汚ねえ。ベッドは起きたときのまんまだし。服はタンスにしまってねえし。飲みかけの缶ビール。ひええ〜くせえ。

 とりあえず、着替え着替え。いいや、この作務衣で。これあたしが選んでやったやつだ。昨日洗ってここに置いといたままになってる。

 き、が、え、づらっ!上はいいんだが、下が大変だ。足がぜんぜんうごかねえ。どうすっか。

 オヤジの奴どうやって着替えてんだ?

あ、そっかベッドにうつ伏せて、よっこらせ!こうか!

 ふー。脱ぐだけで一苦労。

 障がい者ってすんげー大変なんだなあ。おやじのこともっと優しくしてやりゃ良かったかも。

 なんとかかんとか着替えはでけた。

 さて、なにしよう?一週間てか、今日が九日だろ。あと四日しかねえじゃん。

 いいもんがあるぞ。「おひとりさま○○」って本だ。

 ふむふむ。んがー。


 …しまった。読んでいるうちに寝てしまった!いまなんじ?

「おやじ」

「ん?はるか?」

「開けていいか?」

「お、おう、いいよ」

 はるが顔を出した。

「寝てた?」

「いや、起きてた」

「ふ。よだれ」

「お、おう。すまんすまん」

 き、きたな!てか、つばクサッ!

「無事に終わったから」

「う、わるかった、な」

「しょうがねえよ。親父が一番可愛がってたもん。…俺たちもショックで…」

 はるが泣いている。

「ごめんね」

「へ?」

「あ、いや、夕子がきっとごめんねってゆってるって、ことだよ」

「…親父、フロいかない?」

「ふろ?」

「ほなみちゃんがぜひ来てくださいって」

「ほな、み、ちゃん?」

「なーに、ふざけてんだよ?ボケちまったのか?やめてくれよお!ほら、いくぞ!」

 はるが車イスを押してくれた。

 フロって、家の外に?

「ほなみちゃんも心配してたぜー。ふーちゃんだいじょうぶ?って。癒してあげるからおいでーってさ」

 ふーちゃん?オヤジの奴、その、ほなみちゃんて子にふーちゃんなんて呼ばれてんの?どんなかんけい?




ss1.jpeg




 この辺いかがわしい店だらけだなあ。

「いらっしゃいませ〜こんばんは〜」

 ソープランド。

 おやじとはるのやつ、こんなとこ通ってんの?あーでも仕方ないかあ。二人とも独身だもんなあ。しかし、オヤジの裸はみたくねーなー。

「ハル、あたし、いや、オレは今日はいいや。一人でいってきてよ」

「なーに、言ってんだよお!せっかくほなみちゃんがサービスしてくれるってゆってんだからさあ!ヌキにいこーぜ」

「わーーー」

 ハルが車イスを強引に店に入れた。ピンク色の電球。心臓がバクバクしてる。あたし、いま、生きてるんだ。

 他にやりたいこといっぱいあるんですけど。なんでこんなとこにいるのかな。

「あーーん、ふーちゃーーん!」

 色黒でやせた女性が抱き付いてきた。この人がほなみさん?

「だいじょうぶ?おじょーさん死んじゃったってきいてー。もーしんぱいでしんぱいでー」

 涙ぐんでいる。この人いい人かもしんない。

「ささ、お部屋にいこー」

 ほなみさんが車イスを押してくれた。

 はるは手を振っている。はるも女の子と一緒だ。若くて可愛いアイドルみたいな女の子。
 

もうなにがなんだか。天国なんだか地獄なんだかわからない世界にきてしまった。幽霊なのに。

 なんでオヤジのカラダなんかに憑依しちまったんだ。くそお。オヤジが一番悲しんでいるって?ほんとか?娘の葬式の日にソープだぜ。どこがだよ。

 ほなみさんは慣れた手つきでサービス中。自分はきわどい下着しか身に着けていない。とりあえず死んだふりしよ。

「今日は無口なんだね。しかたないよね。悲しいもんね。かわいそうなふーちゃん」

 オヤジの禿げ頭にチュッとキスしてくれた。おえーーーあたしだったら金もらってもできねえ。すげえなこのおねえさん。

 あー、正人に会いたい。正人どうしてるかなあ?

「ふーちゃん、今日はなにしてほしい?」

「なにもしてほしくない」

「今日はなんだかふーちゃんじゃないみたいだね」

 おねえさんがあたしの顔、いやオヤジの顔をジッと見る。ばれたか?

「じゃあ、だっこしながらお話しよっか」

 ひざの上にのっかってきた。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして〜」

 あ、おねえさんいい匂い。それに比べてあたしの口の臭いこと。

「歯磨きしたい」

「いいよ〜」

 歯ブラシに歯磨き粉をつけてくれた。優しい。

「はい、お口あーんして」

「ああ、いいいい、自分でできるから」

「そう?」

「この仕事、いつからやってんの?」

「ヤダ―、知ってるくせにー!もー。二十歳からでしょお?ふーちゃんが最初のお客さんでしょお?とぼけちゃって!」

 たたかれた。

 そうだったんだ…。このおねえさんは今三十前後に見えるからもう十年も…。なげえつきあいだ。

「いつもおせわになっております」

「ヤダ―!今日のふーちゃんへん!」

 確かに。確かに変だ。だってあたしが憑依してるんだもん。

 こんなじじいに優しくしてくれて。おやじのやつ幸せだな。

「元気だしてね!」

「あんがと」

 この人ほんとにいい人だ。

 こんないい人がなんでこんな仕事を。世の中不思議なことだらけだ。不思議なことを不思議なまま死んでしまった。ざんねんむねん。


 はるが迎えに来てくれた。よかった。

 あれ、はるの担当の子。はるのことずっと見てる。はるのこと好きなのかな?

はるは気付いてないみたい。

いや、あれは両想いだな。

はるもなんども振り返ってる。

つきあってんのかな?

「どう、スッキリした?」

「あ、ああ」

「なんだ元気ねえなあ。ってあたり前か」

 店を出て、はると商店街を進んだ。





つづく

(この物語はフィクションです)



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