アフィリエイト広告を利用しています

広告

posted by fanblog

サルカメ合戦 III


フィリピンの「サルカメ合戦」
-「サル」の古語に関する脱線の多い考察-









「この蟹や 何処の蟹?」
-「蟹」の語源に関する脱線の多い考察-





今回は、「サルカニ合戦」の続きです。前稿では、フィリピン中部にこれとそっくりな話しがある事、「サル」の古語「マシラ」と同源と見られる語がフィリピンにある事を紹介し、この民話の起源が非常に古いものである可能性について触れたのですが、その根拠を示すことはできませんでした。

今回は、もう一方の主人公である「カニ」に焦点を当てて、この説話の起源について論じ直してみようと思います。


蟹にまつわる習俗と応神朝の起源について

さて。
この稿の表題、「この蟹や いづくの蟹」は、応神記にある歌、


この蟹や 何処(いづく)の蟹
百(もも)伝ふ 角鹿(つぬが)の蟹
横さらふ 何処に至る
(以下長いので略)

から取りました。蟹は、「いづこへ至る」かというと、「サザナミ道」を通って、「木幡の道」で美しい娘に会います。その娘は、傍に櫟(いちい)の木が立つ井戸のある、「ワニ坂」で取れた眉墨でお化粧しています。この歌、どことなくユーモラスで、微笑ましくて、古事記の中で私が好きな歌のヒトツです。

櫟(いちひ)の木というのは、岩波古語辞典によれば、ブナ科の樹木で、今のイチイとは別種だそうで、木の実は食用になるそうです。「蟹」と「食用になる木の実」の組み合せから、「サルカニ合戦」のカニが柿の木を育てた事が連想されるのですが、実は「カニ」と「木」と「井戸」は、なかなか深い関係があるようなのです。

説話や神話、民族学関係の著作を見ると、脱皮を繰り返して成長していく生命力や、その奇怪な外形から、古代日本人は、「蟹」を成長を司る水の精とみなす考えを持っていたとあります。


例えば、
「古語拾遺」:
掃守連(かもりのむらじ)の祖、天忍人命が、豊玉姫に「ウガヤフキアエズ命」が産まれた際に、産室にいた蟹を箒で追い払ったという話しが載っています。産まれた子供の成育を祈願して、新生児の体に蟹を這わせるという琉球の習俗との関係が指摘されています。

「成木責め」:
サルカニ合戦で、カニが「実を付けぬと木をちょん切るぞ」とおどしますが、これは、昔の小正月で行なわれる「成木責め」という、収穫を祈願する儀礼で唱えられる文言と同じなのだそうです。

サルカニ合戦で、カニが柿の木を育てるというモチーフと、蟹が木のふもとの井戸に辿りつくという応神記の歌のストーリーは、共に、蟹にまつわる古代の習俗・儀礼に遡る可能性があるのです。

豊玉姫は、海の神の娘です。海人族の正嫡です。「蟹の説話」は、彼らのものでした。一方で、応神天皇は、九州の生まれとされます。「この蟹や」の歌が、他ならぬ応神天皇の伝承の部分に引用されたというのは、この天皇の特異な出自と関係があるに違いありません。

即ち、「蟹の歌」と、応神天皇を「九州生まれ」とする記紀の記述は、少なくとも民俗学的には整合していると言えます。これを「記述の史実性」とまで言えるかどうかは、分りませんが。

さて、本稿の目的は、「蟹」が海人族の「水の精」だったとして、その語源を比較言語学的に探る事にあります。


「蟹」の語源

例によって村山説の紹介から入ります。
村山は、「日本語の研究方法」(p.50-53)において、けっこう詳しく「カニ」の語源を考察してます。


村山説概要:

中期韓国語は、 ki だが、各種方言形と、村山氏の近所に住んでいたピョンヤン北生まれの朝鮮人の発音(!)、 k331;i (331; は非常に弱い)から、朝鮮祖語 k331;i を立てる。これから日朝共通祖語、k331;i を再構する事ができる。

一方、台湾のアタヤル、パイワン語などから、*kaRa331; が再構される。Rは、IPAで、γ(ノド奥で発音される濁音の一種)と表記される音だったと推定される。日本語では、語中の は規則的に消失したので(音韻則 I-A 参照)、

*kaRa331;|i gt; kaha331;i gt; ka:331;i gt; kani (HH)

という音韻変化で「カニ」が生まれた。

アクセントは私が付記しました。Rの消失で発生した長母音が高声調 H になったとすれば、アクセントも説明できます。

村山説の弱点は、彼自身も指摘しているように、台湾以外のAN諸語で *kaRa331; に対応する語形が見つからないことです。他のAN諸語を差し置いて、日本語と韓国語に対応語が見つかるというのは、比較言語学的には、イマヒトツ納得がいかないのです。


「蟹」は中国産か?

そこで、私は、一時期、もしかしたら「カニ」は、シナ・チベット語起源ではないかと考えていました。中国語で「蟹」は、形声字「解」から分かるように、中古音で ai です。これは中期韓国語の、 ki  に類似しています。一方、Matisoff という学者が再構したチベット・ビルマ祖語では、k(y)an で、「カニ」に語形が似ているのです。しかも「蟹」の中古音声調は上声で、アクセントも合います。

残念ながら、私は、美味と言われるシャンハイ蟹は食べたことないのですが、「やはり蟹は中国産か!?」と考えたのでした。

チベット・ビルマ〜中国〜台湾〜朝鮮半島〜日本という長い道のりを、「蟹」が「横さらひモモ伝わって」やって来たのではないかという考えは魅力的であったのですが、「貝」「蛤」「亀」「烏賊」「魚」「鰻」や、多分「牡蠣」も、かなり明瞭にAN語起源と推定される事から(一部の語彙については後で詳述)、一人「蟹」だけが、ポツ〜ンとシナ・チベット語起源というのは、いかにも辻褄が合わないと考えるようになりました。

更に、Wurm/Wilson が編集した 「AN語再構形・英語検索リスト」(English Finder List of Reconstructions in AN Languages) という本に、村山が再構した *kaRa331; という語形が、フィリピン祖語の「蟹」として載っているのを見つけ、今では、「カニ」もやはりAN語と考えるようになりました。但し細かい点で疑問はあります注1,2)


注1) *kaRa331;というフィリピン祖語は、Zorcという有名学者の説なのだが、なぜか引用論文の記載がなく、どういう語形を根拠とするのかが私には不明。この語形は、タガログ語では、kaga331; になるハズ。辞書を見ると、この語は、「固い(土)」「乾ききった」を意味し、原義が例えば「固い表面」=「殻」である可能性はあるが、「蟹」にはチト遠い。タガログ語で「蟹」は katang だが、第二子音が合わない。

Aklason語の、kahung (貝・貝殻)がやや期待される語形に近い(イロカノ語に「貝」が「蟹」と同じ語形を取る例がある)が、この言語でも R は g に対応するのでダメ。 チャモロ語の hagaf (soft-shelled crab)は、意味はOKだが、語末子音が合わない。いっそのこと、デンプウォルフの再構形 kl.a331;(貝の一種)が*kaRa331;と同源ではないかと考える。この語は、インドネシア語だけからの再構形なので、第二子音はRに遡る可能性がある。即ち、k[l.]a331;の代わりに、AN祖語 kR331;(貝)を立てる事は、不可能ではない。(インドネシア諸語では、Rが r に変化した。但しJave語では消失。) これがZorcの再構形 *kaRa331;と関係があるのではないか、という所までは考えたのだが、いずれにしても、フィリピン祖語で、「蟹」に*kaRa331;という祖語を立てる根拠は、私にはイマイチ不明。

CANDに載っているAN祖語の再構形は実は、Zorc によるものだが、上の記述を書いた後で coconut crab (ヤシガニ) の項目に kaRa331; があるのを見つけた。成程、crab の項では見つからなかったワケだ。上に挙げた「英語検索リスト」は1975年の発行なので、20年の歳月が経ってフィリピン祖語からAN祖語に昇格したようだ。



この記事へのコメント

   
×

この広告は30日以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。