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2018年08月03日

公園のトイレで産み落とした、死産の娘がつないだ絆

公園のトイレで産み落とした、死産の娘がつないだ絆

 公園のトイレで産み落としたのは約2500グラム、身長約54センチの女の子。死産だと分かると、ポリ袋に入れた胎児をさらに黒っぽい紙袋に入れ、2時間半以上歩いた。午後6時半過ぎ、老人保健施設の出入り口付近に紙袋を置いた。薄い毛布と、「死産した赤ちゃんを産み落としました。供養してほしい」と書いたメモを添えた――。

 そうして死体遺棄罪に問われた住所不定、無職の被告の女(42)。前橋地裁の公判で明かされたのは、ネットカフェを渡り歩き、社会的援助から取り残された「住民」の存在だった。

 両親と暮らしていた被告は7、8年前、両親とけんかになり、家出した。「(けんかの理由は)はっきり覚えていません。きっとささいなことだったのだと」。群馬県内のネットカフェやビジネスホテルを転々とした。仕事はなく、貯金はすぐに底をついた。

 生きていくために選んだのは「援助交際」だった。出会い系サイトで知り合った男性と性行為をする見返りに、3千〜1万円程度を受け取った。「援助」した男性は10人ほどいた。

 被告の体に異変が現れてきたのは昨夏ごろ。生理が止まり、腹部が膨らんだ。だが、妊娠検査薬を使ったり、産婦人科を受診したりすることはしなかった。保険証もなかった。

 「生理がないのは不規則な生活のせいで、40代で閉経することもあると、もっともらしく自分に言い聞かせていた。現実を見ようとしなかった」。薄々は妊娠に気づいても、実家に帰ることはなかった。

 被告には家出中に交際を始めた男性もいた。住まいは友人とシェアし、仕事は建設関係の事務員。そんな偽りの姿を伝え、「援助交際」も隠した。誰の子かわからない妊娠を相談はできず、男性に妊娠を疑われても否定した。

 4月1日、前橋市内のネットカフェの障害者用トイレで出産が始まった。この場所では産めないと思い、公園に向かった。「誰にも言えない。一人でなんとかしなきゃいけないという気持ちが先走ってしまった。子どもを産む自分の行動自体が罪だと思ってしまった」。産んだ子は冷たく、産声を上げなかった。

 日が沈んでから目にした老人保健施設は病院に見えた。病院なら、適切に処置してもらえるのでは。そう考えて我が子の遺体の入った紙袋を置いた。

 出産から2日後の深夜、ネットカフェにいるところを警察官に見つかり、逮捕された。

 公判中、しっかりした声で、前を向いて淡々と答えているように見えた被告の表情に最も変化があったのは、高齢の父親が証言台に現れた時だった。父親は被告の引き取りを約束。小さな遺骨は実家の仏壇に安置したこと、「千桜(さくら)」と名付けたこと。「救えるのは家族しかいない」。父親が話す間、被告は終始、目をハンカチで覆った。

 恋人は、被告の実像を知っても交際を続けると明言。「結婚」も口にした。

 遺棄した胎児への思いを検察官から問われた被告は「ちゃんと産んであげられなくて、ごめんねと言いたい」と謝罪の言葉を述べたあと、「こういう言い方をしていいか分からないが……」と前置きし、声を詰まらせながら続けた。「娘の存在によって再び両親とつながれ、恋人との絆も強くなった。感謝しています」

 7月11日の判決は、懲役1年2カ月執行猶予3年だった。裁判官から「赤ちゃんのことを忘れないでください」と説諭され、被告は「はい」とうなずいた。後ろに回した両手にハンカチを握りしめていた。

 傍聴席にいた母親と妹、恋人に囲まれて法廷をあとにした。「空がきれいだよ」と背中をさする母親。被告は涙を流し、うなずいた。

2018年7月21日 朝日新聞
posted by tiryousyoku at 21:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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