2016年03月14日
七十五話 お題:申し出(申し出ること) 縛り:なし
職場の後輩から聞いた話である。
「子供の頃、俺んちに人買いが来たことがあったんすよ」
そう言って彼は話し始めた。当時彼の家には借金があり、家計は火の車だったという。両親は常に喧嘩をしており、彼は家の中でじっと息を潜めてすごしていた。そんな時、突然一人の男が家を訪ねてきたのだという。
「突然お訪ねして申し訳ありません。お宅の事情は全て存じております」
男は異様に通る声でそう言った。玄関で話しているにも関わらずその声は家の居間にいた彼にもはっきりと聞こえたそうだ。
「ここに一億円ございます。いかがでしょう。こちらと引き換えにお宅のお子様を引き取らせていただく、というのは」
彼は家にお金がないから両親が喧嘩をしているということもわかっていたし、一億円という額のお金があれば両親はこれ以上喧嘩をしなくても済むということもわかっていた。自分は売られてしまうのだ――それでも両親のためになるならば、と彼が覚悟を決めようとした瞬間、
「ふざけないで! 馬鹿にするのもいい加減にしてちょうだい!!」
今まで聞いた中で一番激しい母の怒声が聞こえた。男はそれを聞いて慌てた様子もなく、
「もしよろしければ中身をお確かめになりますか?」
と母に言ったが、母が、
「いい加減にしてって言ったでしょう! 早く帰って! 帰らないと警察を呼びますよ!!」
と言ったことで、
「失礼いたしました」
と言って立ち去ったという。
「まぁそっから何やかんやあって借金は返せたし、親も別れてないし、結果オーライでしたね」
私が大変だったんだな、と彼に言うと、
「大変は大変でしたけど、自分の中で一番引っかかってるのはお袋に本当に俺のこと売らなくてよかったのって聞いた時、口では当たり前だ、馬鹿なこと言うなって怒ってるんだけど目が一瞬泳いだんですよね。あー、やっぱ金の魔力ってこえーわって身に染みました」
彼の今の趣味は定期預金の額をできるだけ増やすことだという。
「子供の頃、俺んちに人買いが来たことがあったんすよ」
そう言って彼は話し始めた。当時彼の家には借金があり、家計は火の車だったという。両親は常に喧嘩をしており、彼は家の中でじっと息を潜めてすごしていた。そんな時、突然一人の男が家を訪ねてきたのだという。
「突然お訪ねして申し訳ありません。お宅の事情は全て存じております」
男は異様に通る声でそう言った。玄関で話しているにも関わらずその声は家の居間にいた彼にもはっきりと聞こえたそうだ。
「ここに一億円ございます。いかがでしょう。こちらと引き換えにお宅のお子様を引き取らせていただく、というのは」
彼は家にお金がないから両親が喧嘩をしているということもわかっていたし、一億円という額のお金があれば両親はこれ以上喧嘩をしなくても済むということもわかっていた。自分は売られてしまうのだ――それでも両親のためになるならば、と彼が覚悟を決めようとした瞬間、
「ふざけないで! 馬鹿にするのもいい加減にしてちょうだい!!」
今まで聞いた中で一番激しい母の怒声が聞こえた。男はそれを聞いて慌てた様子もなく、
「もしよろしければ中身をお確かめになりますか?」
と母に言ったが、母が、
「いい加減にしてって言ったでしょう! 早く帰って! 帰らないと警察を呼びますよ!!」
と言ったことで、
「失礼いたしました」
と言って立ち去ったという。
「まぁそっから何やかんやあって借金は返せたし、親も別れてないし、結果オーライでしたね」
私が大変だったんだな、と彼に言うと、
「大変は大変でしたけど、自分の中で一番引っかかってるのはお袋に本当に俺のこと売らなくてよかったのって聞いた時、口では当たり前だ、馬鹿なこと言うなって怒ってるんだけど目が一瞬泳いだんですよね。あー、やっぱ金の魔力ってこえーわって身に染みました」
彼の今の趣味は定期預金の額をできるだけ増やすことだという。
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