2013年09月10日
私の天職、、、、以前は介護職でした。
自分の天職だと思ったものに就いていますか?
自分の好きな道に進んで収入を得れれば本当に幸せなことです。
私は転職して9カ月経ちますが
まだ、前職のことが未練でなりません。。
困ったものです。
以前は介護職についていました。2年11か月で辞めました。
原因は腰椎ヘルニアです。
去年8月に、もともと腰は丈夫な方ではなかったのですが
日ごろの疲れがあるところに、現場の介護の際に痛めてしまいました。
日ごろから土日はスタッフ人数は足りているものの、介護度のある利用者も多く
「ひっちゃかめっちゃか」でした。愚痴もでるくらい忙しかったのも事実でした。
車イスからベットに移乗の際に無理があったんでしょう。。。。。。。
別な方を介助する時には
腰に力が全然入らなかったです。。。痛みはその時はなかったです。
しかし、帰宅徒歩中に左足外側が強い電流が流れているような
ジリジリとした痛みが出てきて
帰りのバスではさすり続けないといられない「これはまずい」という激痛でした。
晩は寝ていられないほどの左足のジリジリした強い痛み。不思議と腰は痛くありません。
翌日整形外科に受診
CTではそれほどひどくないが
所見では腰ヘルニア、、、、、ブロック注射と薬で2週間ほど様子見、
激痛はブロック注射1回で軽減したものの
左足のしびれ感。外側から足の指(親指、人差し指が以外としびれが長引いた)
親指、人差し指はしびれると、、、、案外歩けないものなんです。
1ヶ月経ってもしっくりいかず
バス停まで歩けない。
職場は一応、休職していたが
自分の身体の状態に見通しが立たなく不安でした。
あんだけ忙しいことに愚痴っていたのですが
辞めることを想像すると泣いていました。
自分が生き生きとして働ける場であったこと
スタッフもそうですが、利用者とは一緒に共に過ごしたかった、、、そんな念です。
こんな状態だったら辞めても不思議ないんだけど
辞める勇気がでなくて、出来ることをやらせてもらうお願いをしました。
2か月たった時に週1の1時間の勤務。私がやっていた1部の仕事である、訪問介護(掃除)から
始めさせてもらうことになりました。
嬉しかったけど
1部しかできない私の状態を私はとっても引け目に感じていました。
身体の状態を見て勤務も以前より減らしてはいましたが
人を支えるのが仕事なのに自分の身体を気にしながらじゃ介護できない。
周りのスタッフは重たい利用者の介助などは私にやらさないように動いてくれたりすることが
結果的に甘えて復職した割に自分はそれが重荷になったのです。
職場は私の出来る仕事を用意してくれました。
以前より郡と勤務時間は減りましたが、私のことを必要としてくれていました。
以前のように働けない事が気が重たくて辞めたいと伝えてあったのですが、辞めないでくれと言わ
れ、それに甘えて辞めるのを留まっていました。
でも仕事に厳しい職員からは冷たい言葉を掛けられました。
以前から考えが合わない人でした。
引け目に感じていた私は、乗り越えられなくなって
やはり辞めたいと強く押して辞職したんです。
どちらにしても介護をしているうちにまた、ヘルニアを悪くして自分の身体が思うように動かなくなる
かもしれないし、
自分に引け目を感じて仕事しているのも、自身がなかったのです。
辞めて直ぐにコンビニで勤務を始めました。腰などに負担なく働けて安心ですが
介護の現場で働いていたことが思い出されてなりません。
怪我さえしなければフルタイムで働いていたのに
生き生きと働いていたのにと、今でも思っちゃうことが
私ってこんな精神状態で大丈夫かな~と思います。
時にこれが天職っていうのかなと、自己満足していたものですから
途絶えた時に、気持ちの切り替えが未だ出来ずにいます。
関連記事
介護職の第一歩、ヘルパー講習、そして実習
介護現場の色々、、、思うこと
介護って不思議。。。。
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まだ、前職のことが未練でなりません。。
困ったものです。
以前は介護職についていました。2年11か月で辞めました。
原因は腰椎ヘルニアです。
去年8月に、もともと腰は丈夫な方ではなかったのですが
日ごろの疲れがあるところに、現場の介護の際に痛めてしまいました。
日ごろから土日はスタッフ人数は足りているものの、介護度のある利用者も多く
「ひっちゃかめっちゃか」でした。愚痴もでるくらい忙しかったのも事実でした。
車イスからベットに移乗の際に無理があったんでしょう。。。。。。。
別な方を介助する時には
腰に力が全然入らなかったです。。。痛みはその時はなかったです。
しかし、帰宅徒歩中に左足外側が強い電流が流れているような
ジリジリとした痛みが出てきて
帰りのバスではさすり続けないといられない「これはまずい」という激痛でした。
晩は寝ていられないほどの左足のジリジリした強い痛み。不思議と腰は痛くありません。
翌日整形外科に受診
CTではそれほどひどくないが
所見では腰ヘルニア、、、、、ブロック注射と薬で2週間ほど様子見、
激痛はブロック注射1回で軽減したものの
左足のしびれ感。外側から足の指(親指、人差し指が以外としびれが長引いた)
親指、人差し指はしびれると、、、、案外歩けないものなんです。
1ヶ月経ってもしっくりいかず
バス停まで歩けない。
職場は一応、休職していたが
自分の身体の状態に見通しが立たなく不安でした。
あんだけ忙しいことに愚痴っていたのですが
辞めることを想像すると泣いていました。
自分が生き生きとして働ける場であったこと
スタッフもそうですが、利用者とは一緒に共に過ごしたかった、、、そんな念です。
こんな状態だったら辞めても不思議ないんだけど
辞める勇気がでなくて、出来ることをやらせてもらうお願いをしました。
2か月たった時に週1の1時間の勤務。私がやっていた1部の仕事である、訪問介護(掃除)から
始めさせてもらうことになりました。
嬉しかったけど
1部しかできない私の状態を私はとっても引け目に感じていました。
身体の状態を見て勤務も以前より減らしてはいましたが
人を支えるのが仕事なのに自分の身体を気にしながらじゃ介護できない。
周りのスタッフは重たい利用者の介助などは私にやらさないように動いてくれたりすることが
結果的に甘えて復職した割に自分はそれが重荷になったのです。
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以前より郡と勤務時間は減りましたが、私のことを必要としてくれていました。
以前のように働けない事が気が重たくて辞めたいと伝えてあったのですが、辞めないでくれと言わ
れ、それに甘えて辞めるのを留まっていました。
でも仕事に厳しい職員からは冷たい言葉を掛けられました。
以前から考えが合わない人でした。
引け目に感じていた私は、乗り越えられなくなって
やはり辞めたいと強く押して辞職したんです。
どちらにしても介護をしているうちにまた、ヘルニアを悪くして自分の身体が思うように動かなくなる
かもしれないし、
自分に引け目を感じて仕事しているのも、自身がなかったのです。
辞めて直ぐにコンビニで勤務を始めました。腰などに負担なく働けて安心ですが
介護の現場で働いていたことが思い出されてなりません。
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