宇佐神宮(うさじんぐう)は、大分県宇佐市にある神社。式内社(名神大社3社)、豊前国一宮、勅祭社。旧社格は官幣大社で、現在は神社本庁の別表神社。
全国に約44,000社ある八幡宮の総本社である。石清水八幡宮・筥崎宮(または鶴岡八幡宮)と共に日本三大八幡宮の一つ。古代においては伊勢神宮と共に二所宗廟として扱われた。八幡宇佐宮または八幡大菩薩宇佐宮などと呼ばれた。また神仏分離以前は神宮寺の弥勒寺(後述)と一体のものとして、正式には宇佐八幡宮弥勒寺と称していた。
現在でも通称として宇佐八幡とも呼ばれる。
概要
大分県北部、国東半島付け根に立つ御許山(標高647m)山麓に鎮座する。本殿は小高い丘陵の小椋山(亀山)山頂に鎮座する上宮とその山麓に鎮座する下宮とからなり、その周りに社殿が広がっている。境内は国の史跡に指定され、本殿3棟は国宝に指定されている。
八幡宮の総本社であり古くから皇室の崇敬を受けているほか、称徳天皇時代の宇佐八幡宮神託事件でも知られる。参拝は一般と異なり、二拝四拍手一拝を作法としている。
祭神
主祭神は以下の3柱。
上宮
一之御殿:八幡大神 (はちまんおおかみ) - 誉田別尊(応神天皇)とする
二之御殿:比売大神 (ひめのおおかみ) - 宗像三女神(多岐津姫命・市杵島姫命・多紀理姫命)とする
三之御殿:神功皇后 (じんぐうこうごう) - 別名として息長足姫命とも
下宮
一之神殿[8][9] 大神比義命(おおがのひぎのみこと)+八幡大神(大神祖神社として)
二之神殿 比賣大神(ひめおおかみ)
三之神殿 神功皇后(じんぐうこうごう)
下宮は嵯峨天皇の弘仁年間(810〜824年)に朝廷より造宮使が遣わされ、上宮のご分神をお鎮祭し創祀されました。 古くは御炊殿(おいどの)ともいわれ、神前にお供えする御饌(食事)を炊く竈殿(現下見や授与所)があり、農業・漁業をはじめとする一般産業の発展充実を御守りになる神様であります。上宮と同様に歴代の皇室をはじめ、国民の崇敬篤く、特に宇佐地方では「下宮参らにゃ片参り」と称されて親しまれております。また、一之神殿には、八幡大神を顕しになった大神比義命の霊を祀る大神祖神社が相殿として奉斎されております。
主神は、一之御殿に祀られている八幡大神の応神天皇であるが、ただ実際に宇佐神宮の本殿で主神の位置である中央に配置されているのは比売大神であり、なぜそうなっているのかは謎とされている。
文化財
当宮の建築様式は八幡造と呼ばれ、本殿は国宝に指定されている。また、宝物館には国宝・孔雀文磬(くじゃくもんけい)ほか多数の文化財を収めている。
国宝
本殿 (第一殿から第三殿に至る3棟)
孔雀文磬 (くじゃくもん けい) - 個人所有(宇佐神宮が文化財保護法に基づく管理団体に指定されている。鎌倉時代、承元3年(1209年)銘。宇佐神宮の神宮寺の弥勒寺に伝来したもの。
重要文化財(国指定)
木造神像5躯(若宮神体)
大鷦鷯命(おおさざきのみこと)坐像
大葉枝皇子(おおばえのみこ)坐像
小葉枝皇子(こばえのみこ)坐像
雌鳥皇女(めどりのみこ)坐像
隼総別皇子(はやぶさわけのみこ)坐像(若宮鎮座)
銅鐘(朝鮮鐘) - 天復四年(904年)云々の左文銘あり。日本にある朝鮮鐘の中では2番目に古い
白鞘入剣(しらさやいり けん) - 長さ93.5cm、両鎬造り。正平13年(1358年)懐良親王が征西大将軍として活躍している際に、武運長久を祈願して奉納した剣
豊前国宇佐宮絵図
宇佐神宮造営図 3幅
宇佐宮神領大鏡 - 個人所有(宇佐神宮が文化財保護法に基づく管理団体に指定されている)
出典:2000年までの指定物件については、『国宝・重要文化財大全 別巻』(所有者別総合目録・名称総索引・統計資料)(毎日新聞社、2000)による。
史跡(国指定)
宇佐神宮境内
天然記念物(国指定)
宇佐神宮社叢
現地情報
所在地
大分県宇佐市南宇佐2859
上宮参拝時間
4月から9月:5時30分から21時
10月から3月:6時から21時
祈祷の受付は9時から16時
交通アクセス
バス
宇佐駅(JR九州日豊本線)から、大交北部バス「四日市」「中津」行き乗車、「宇佐八幡」バス停下車 (乗車時間約10分)
車
宇佐別府道路 宇佐ICから、国道10号経由で約15分
2022年11月03日
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