2017年10月29日
論理文法に見るファジィらしさ5
テキストの情報を処理する場合、当然のことながら文脈を意識することが重要になる。テキストの情報 は、話し手、聞き手、発話の状況および背景といった要素が一つになって動いていく。そこにはもちろん、言葉以外の様々な要素が関連してくる。従って、ここではあくまで試案として、言語外の要素のうち作者の推論を取り上げ、Thomas Mann のイロニーを考察していく。どのような作品にも作者の推論が残っており、また、 ここまで見てきた HPSG も論理学の推論と整合性が良い理論といえるからである。
HPSG による文脈の処理について説明する。HPSG は、文脈を処理するためにCONTEXTという属性を使用し、 この属性値は、C-INDICESとBACKGROUNDという2つの属性を取る。 C-INDICESの値は、発話状況に関し言語上重要な情報を与える属性のた めに指定される。
例えば、話し手、聞き手、発話の場所などである。BACKGROUND属性は、発話に関する適性条件と見なされる psoa の集合を値として取る。この分析により、文章は、構成要素の背景にあるすベての条件を獲得でき、それを保証するために文脈一貫性の原理(句の CONTEXT h BACKGROUND 値は、娘の CONTEXT h BACKGROUND 値の結合である)が立てられている。この原理は、発話のあらゆる部分と関連する文脈上の仮定が、発話と関連する背景の条件の一部として 継承されることを要求する。しかし、この理論は、強すぎるという欠点がある。なぜなら、発話の特定部分と関連する前提の継承を体系的に阻止する表現には適応できないからである。
HPSGは、この問題を文脈情報に対する一般的な枠組みで処理している。前提の削除は、前節で議論したQSTOREの値から数量詞を解除す ることに似ていると述べている。実際に、NONLOCALの素性値の解除もこれに該当する例といえる。HPSGによる分析では、SLASHの束縛やRELの依存関係などもこれに相応する。
無限の依存関係(Unbounded Dependency Construction (UDC)) は、言語表現の痕跡を扱っており、強いものと弱いものに分類されている。例え ば、Filler-Gap 構造として有名な主題化は、痕跡を埋める構成要素が以下のようにはっきりとした強い UDC である。痕跡とは、特殊な語彙項目のことであり、各接点に空の値を持った特殊な記号として現れる。この特殊な記号が痕跡である。
a. Clawdia1, we know Engelhart dislikes_1.
この例文の痕跡については、3つのポイントがある。底部、中間部、上部。この例文の場合、最下位のVP が底部になる。しかし、底部における問題は、依存関係がどこにあるのかということである。中間部は、娘から親へと継続関係が上昇していき、最上位の Sでは、依存関係が解除される。ここで注意しなければならないことは、 文法によって束縛が要求される場合と単に束縛が継続される場合(表層の痕跡は残るから)があることである。これは、SLASH 値の集合の中でそこからさらに上昇しない要素が存在するためである。そのため、 HPSGは、次のような原理を採用している。
Nonlocal 素性原理
それぞれの Nonlocal 素性について、親の INHERITED 値は、主要部の娘 のTO-BIND 値を除いた娘のINHERITED 値の集合になる。
一方、弱い UDS の場合、痕跡を埋めるための構成要素 filler がはっき りとは現れない。また、痕跡とそれを埋めるための構成要素 filler が、同じ格にならないこともある。
b. Hans1 (nom) is easy to please_1(acc).
痕跡に対応する SLASH 値は、不定詞句 VP を越えて継承されることはない。これは、この VP の親となる AP 主要部の娘 easy が、VP 不定詞句における SLASH 値の束縛を指定するためである。また、HPSGは、格の違いを統語特性ではなく、指示指標を特定する問題として処理している。
無限の依存関係を含む言語表現として、関係詞句も議論されている。
c. to whom Hans gave a book _.
関係詞句には、2つの依存関係が同時に存在する。一つは、REL属性によりコード化される依存関係であり、また一つは、SLASH属性により コード化される filler-gap の依存関係である。しかし、wh 関係詞句の説明として、これだけでは不十分である。無限の依存関係(UDC) の上部には、さらに前章で議論したような属性 MOD に対する空でない値が存在する。つまり、c については、もう一回り大きな構造として見る必要がある。
一般的に、関係詞句の構造は、親のN’のINHER/REL値が閉じているために空となるので、ダッシュの数は増えない。また、属性 MOD のために空でない値を記す最も簡単な方法は、関係詞句の主要部として役割を果たす音声的に空の補文化子 (complimentizer(comp)) を設定することである。HPSGは、compと区別するためにそうした要素を関係文化子 (relativizer (rltvzr)) と読んでいる。
このような主要部一付加語の構造で、関係詞句の MOD 値は、主要部の娘の SYNSEM 値と構造を共有していなければならない。N’主要部の指標は、関係文化子 rltvzr の TO-BIND/REL 値と関係文化子 rltvzr の S 補文の INHER/REL 値と同一になる。こうした現象は、Nonlocal 素性原理を十分に反映している。
HPSGは、前提の問題に関連して文脈変換という概念を扱っている。 これは、Groenendijk and Stokhof (1979) と Ballmer (1979) によって定義された。Groenendijk and Stokhof (1979) は、文脈を個人間の主張と見なし、 ある表現が文脈中のパラメータにより実現する概念を指して「文脈変換」と呼んでいる。一方、Ballmer (1979) は、Ranta同様、「文脈変換」の論理を直感主義論理へと拡張している。
論理文法は、モデル理論的意味論の枠組みで指示語を扱ってきた (Montague Dexis) 。しかし、HPSGは、指示語がもつ微妙な文脈依存の関係をモデル理論で議論すること自体に無理があるとして、上述した句の中のすべての娘の C-INDICES 値が親と同一視できるという立場を主張する。しかし、これもまだ指示的な発話が持つ複雑な特徴を処理する上で十分適しているとはいえないとし、発話の各部分(語彙素) がそれ自体の C-INDICES 値を持ち、こうした値間に存在する共通性が単に発話の性質によるものだと説明している。簡単にいえば、C- INDICES 値に含まれる重要な情報は、発話内で特定されると考えられている。
花村嘉英(2005)「計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」より
HPSG による文脈の処理について説明する。HPSG は、文脈を処理するためにCONTEXTという属性を使用し、 この属性値は、C-INDICESとBACKGROUNDという2つの属性を取る。 C-INDICESの値は、発話状況に関し言語上重要な情報を与える属性のた めに指定される。
例えば、話し手、聞き手、発話の場所などである。BACKGROUND属性は、発話に関する適性条件と見なされる psoa の集合を値として取る。この分析により、文章は、構成要素の背景にあるすベての条件を獲得でき、それを保証するために文脈一貫性の原理(句の CONTEXT h BACKGROUND 値は、娘の CONTEXT h BACKGROUND 値の結合である)が立てられている。この原理は、発話のあらゆる部分と関連する文脈上の仮定が、発話と関連する背景の条件の一部として 継承されることを要求する。しかし、この理論は、強すぎるという欠点がある。なぜなら、発話の特定部分と関連する前提の継承を体系的に阻止する表現には適応できないからである。
HPSGは、この問題を文脈情報に対する一般的な枠組みで処理している。前提の削除は、前節で議論したQSTOREの値から数量詞を解除す ることに似ていると述べている。実際に、NONLOCALの素性値の解除もこれに該当する例といえる。HPSGによる分析では、SLASHの束縛やRELの依存関係などもこれに相応する。
無限の依存関係(Unbounded Dependency Construction (UDC)) は、言語表現の痕跡を扱っており、強いものと弱いものに分類されている。例え ば、Filler-Gap 構造として有名な主題化は、痕跡を埋める構成要素が以下のようにはっきりとした強い UDC である。痕跡とは、特殊な語彙項目のことであり、各接点に空の値を持った特殊な記号として現れる。この特殊な記号が痕跡である。
a. Clawdia1, we know Engelhart dislikes_1.
この例文の痕跡については、3つのポイントがある。底部、中間部、上部。この例文の場合、最下位のVP が底部になる。しかし、底部における問題は、依存関係がどこにあるのかということである。中間部は、娘から親へと継続関係が上昇していき、最上位の Sでは、依存関係が解除される。ここで注意しなければならないことは、 文法によって束縛が要求される場合と単に束縛が継続される場合(表層の痕跡は残るから)があることである。これは、SLASH 値の集合の中でそこからさらに上昇しない要素が存在するためである。そのため、 HPSGは、次のような原理を採用している。
Nonlocal 素性原理
それぞれの Nonlocal 素性について、親の INHERITED 値は、主要部の娘 のTO-BIND 値を除いた娘のINHERITED 値の集合になる。
一方、弱い UDS の場合、痕跡を埋めるための構成要素 filler がはっき りとは現れない。また、痕跡とそれを埋めるための構成要素 filler が、同じ格にならないこともある。
b. Hans1 (nom) is easy to please_1(acc).
痕跡に対応する SLASH 値は、不定詞句 VP を越えて継承されることはない。これは、この VP の親となる AP 主要部の娘 easy が、VP 不定詞句における SLASH 値の束縛を指定するためである。また、HPSGは、格の違いを統語特性ではなく、指示指標を特定する問題として処理している。
無限の依存関係を含む言語表現として、関係詞句も議論されている。
c. to whom Hans gave a book _.
関係詞句には、2つの依存関係が同時に存在する。一つは、REL属性によりコード化される依存関係であり、また一つは、SLASH属性により コード化される filler-gap の依存関係である。しかし、wh 関係詞句の説明として、これだけでは不十分である。無限の依存関係(UDC) の上部には、さらに前章で議論したような属性 MOD に対する空でない値が存在する。つまり、c については、もう一回り大きな構造として見る必要がある。
一般的に、関係詞句の構造は、親のN’のINHER/REL値が閉じているために空となるので、ダッシュの数は増えない。また、属性 MOD のために空でない値を記す最も簡単な方法は、関係詞句の主要部として役割を果たす音声的に空の補文化子 (complimentizer(comp)) を設定することである。HPSGは、compと区別するためにそうした要素を関係文化子 (relativizer (rltvzr)) と読んでいる。
このような主要部一付加語の構造で、関係詞句の MOD 値は、主要部の娘の SYNSEM 値と構造を共有していなければならない。N’主要部の指標は、関係文化子 rltvzr の TO-BIND/REL 値と関係文化子 rltvzr の S 補文の INHER/REL 値と同一になる。こうした現象は、Nonlocal 素性原理を十分に反映している。
HPSGは、前提の問題に関連して文脈変換という概念を扱っている。 これは、Groenendijk and Stokhof (1979) と Ballmer (1979) によって定義された。Groenendijk and Stokhof (1979) は、文脈を個人間の主張と見なし、 ある表現が文脈中のパラメータにより実現する概念を指して「文脈変換」と呼んでいる。一方、Ballmer (1979) は、Ranta同様、「文脈変換」の論理を直感主義論理へと拡張している。
論理文法は、モデル理論的意味論の枠組みで指示語を扱ってきた (Montague Dexis) 。しかし、HPSGは、指示語がもつ微妙な文脈依存の関係をモデル理論で議論すること自体に無理があるとして、上述した句の中のすべての娘の C-INDICES 値が親と同一視できるという立場を主張する。しかし、これもまだ指示的な発話が持つ複雑な特徴を処理する上で十分適しているとはいえないとし、発話の各部分(語彙素) がそれ自体の C-INDICES 値を持ち、こうした値間に存在する共通性が単に発話の性質によるものだと説明している。簡単にいえば、C- INDICES 値に含まれる重要な情報は、発話内で特定されると考えられている。
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