自身の運命を見出し自分の中でそれを生かしきる自己発見は、ヘッセの小説においてメインテーマであった。シュバーベンの敬虔主義の精神で育ったヘッセは、Rothmann(1981)によると、総じて敬虔な環境に固執するより改宗することで身を守り、マオルブロン修道院でプロテスタントの神学セミナーから逃亡したにもかかわらず、敬虔主義による内面への道に留まることで、宗教的な衝動から自叙伝風の精神の記録を書いた。
文学との関係が崩れたヘッセは、試験的にことばによる手法を用いた。美学的な名誉心を捨てて詩作をせず、まさに告白をした。彼の告白は、わかりやすい宗教のような人生哲学を持っており、様々な再生復活の体験となった。
“Schön ist die Jugend”の購読脳は「安心と忍耐」とし、精神分析の治療の中で患者が抱えている心理的葛藤や性格または考え方の偏りについて、患者自身の洞察により人格構造を変化させたため、執筆脳を「葛藤と洞察」にする。そこでこの小論のシナジーのメタファーは、「ヘッセと葛藤」になる。
花村嘉英(2020)「ヘルマン・ヘッセの“Schön ist die Jugend”の執筆脳について」より
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