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2020年04月24日

ペーター・ハントケの「幸せではないが、もういい」で執筆脳を考える-実母のうつ病5

4 データベースの作成・分析

 データベースの作成法について説明する。エクセルのデータについては、列の前半(文法1から意味5)が構文や意味の解析データ、後半(医学情報から人工知能)が理系に寄せる生成のデータである。一応、L(受容と共生)を反映している。データベースの数字は、登場人物を動かしながら考えている。
 こうしたデータベースを作る場合、共生のカラムの設定が難しい。受容はそれぞれの言語ごとに構文と意味を解析し、何かの組を作ればよい。しかし、共生は作家の知的財産に基づいた脳の活動が問題になるため、作家ごとにカラムが変わる。 

【データベースの作成】表1「Wunschloses Unglück」のデータベースのカラム

項目名 内容 説明
文法1 態 能動、受動、使役。
文法2 時制、相 現在、過去、未来、進行形、完了形。
文法3 様相 可能、推量、義務、必然。
意味1  喜怒哀楽 喜怒哀楽と記事なし。 
意味2  五感 視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。
意味3  振舞い ジェスチャー、身振り。直示と隠喩を考える。
意味4 感情の縺れ あり、なし。
医学情報 病跡学との接点 受容と共生の共有点。構文や意味の解析から得た組「母の半生と精神疾患」と病跡学でリンクを張るためにメディカル情報を入れる。
記憶 短期、作業記憶、長期(陳述と非陳述) 作品から読み取れる記憶を拾う。長期記憶は陳述と非陳述に分類される。
情報の認知1 感覚情報の捉え方 感覚器官からの情報に注目するため、対象の捉え方が問題になる。例えば、ベースとプロファイルやグループ化または条件反射。
情報の認知2 記憶と学習 外部からの情報を既存の知識構造に組み込む。その際、未知の情報は、学習につながるためカテゴリー化する。記憶の型として、短期、作業記憶、長期を考える。
情報の認知3 計画、問題解決、推論 受け取った情報は、計画を立てるときにも役に立つ。目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。獲得した情報が完全でない場合、推論が必要になる。
人工知能 記憶と感情 エキスパートシステム 記憶は、情報を脳に書き込み、保持し、意識にのせる三段階の機能かならなる。感情は、驚き、怒り、喜び、恐怖、悲しみ、嫌悪など状況に反応して進行する複雑な感覚のこと。

花村嘉英(2020)「ペーター・ハントケの『幸せではないが、もういい』の執筆脳について」より

ペーター・ハントケの「幸せではないが、もういい」で執筆脳を考える-実母のうつ病4

 事情が好転し、マリアは子供(ハントケ)と本を読み自身のことも語るようになる。彼女の関心は政治、特に社会主義である。しかし、個人的な支えとなるとは思っていない。他に趣味はない。楽しい一方で精神的にダメージを受け、次第に抑うつの症状が現れる。(Wikipedia2) 
 抑うつは、うつ病の主な症状の一つで、憂うつ感と不安感が混じったものである。日本成人病予防協会(2014)によると、気分がふさぐ、気が滅入る、将来に対して悲哀感や絶望感を抱える、現実感が失われる悲観的になる、なんとなく漠然とした不安感を持つ、些細なことに腹を立てるなどの症状がみられる。マリアの場合、気分障害でも躁うつ双方の状態がみられ、両極型の症状である。但し、うつ症状が主で、躁状態は軽い段階で済んでいる。  
 その後、マリアは、病気になり頭痛を薬で抑え、はっきり考えることができなくなる。精神科に行くと、精神虚脱といわれて旅行を勧められ、ユーゴスラビアへ行く。確かに刺激の少ない環境で静養することは好ましい。しかし、旅は功を奏さず、再び薬に溺れる。自殺を考え、部屋に引きこもるようになる。死への憧れが日に日に強くなった。
 ペーターと手紙のやり取りがあった。彼は、母が自殺を考えないようにしようと試みた。しかし、回避できなかった。ある日、マリアは知り合い全員に別れの手紙を書いてから、睡眠薬と抗うつ剤を多量に服用し自殺した。日本成人病予防協会(2014)は、うつ病の患者の90%以上が睡眠障害を引き起こすとし、うつ病の症状は、朝に最も強く現れ、夕方になると心身共に楽になっていく日内変動としている。
 この小論では、‟Wunschloses Unglück”についての購読脳を「母の半生と精神疾患」とし、執筆脳を「記憶と感情」にする。また、母マリアの精神疾患はもちろん、作者自身も感情の表出を余儀なくされたため、‟Wunschloses Unglück”のシナジーのメタファーは、「ハントケと感情の縺れ」にする。自身とは距離を取るも母とは決して取ることができない感情である。

花村嘉英(2020)「ペーター・ハントケの『幸せではないが、もういい』の執筆脳について」より

ペーター・ハントケの「幸せではないが、もういい」で執筆脳を考える-実母のうつ病3

3 ハントケの‟Wunschloses Unglück”のLのストーリー
 
 オーストリア南部のケルテン州で兄弟姉妹とともに育ったマリアは、父に抑圧されていた。学校では才能を評価され、親切で協調性のある生徒であった。仕事を習得しようと思うも父に禁じられ、15年間実家を離れた。(Wikipedia)こうした家庭内の葛藤は、将来における気分障害の発症を予期させる。
 彼女の最初の仕事は、皿洗い、部屋の掃除婦、会計係そしてホテルの調理師である。ナチス・ドイツのメンバーであった既婚のドイツ人と恋愛し妊婦になる。男の年齢は、母より上で頭が禿げており、母は黒髪で背が高く、歩くときは平たいサンダルを履いていた。 
 出産前にドイツ軍の下士官と結婚する。子供(ハントケ)を女手一つで育てるのは難しいかったためである。ベルリンにいる間にふっくらしていた頬はこけた。ロシア人とスロベニア語でやり取りをした。しかし、冒険は望まない。戦後は男と愛憎定まらぬ関係になる。大都市での生活は、可能性がなかった。異性関係や家族の問題が気分障害の病前性格に絡む精神的な問題になることもあり、将来のうつ病の引き金と読み取れる。 
 1948年の初夏、夫と二人の子供とビザなしでベルリンからオーストリアの故郷を目指す。転居後は、家族と暮らす。しかし、村での生活は苦しかった。節約が重要で、食事と冬用の燃料以外は贅沢品である。夫が彼女を殴っても、彼女はそれを笑い飛ばした。
 次第に彼女は、居場所がわかってきた。子供が大きくなるまで待つだけである。40歳を前にして三度目の堕胎。再度妊婦となるももはや堕胎はできない。貧しいけれども子供を出産する。妊娠や堕胎そして出産ももちろん気分障害の発症の原因といえる。

花村嘉英(2020)「ペーター・ハントケの『幸せではないが、もういい』の執筆脳について」より

ペーター・ハントケの「幸せではないが、もういい」で執筆脳を考える-実母のうつ病2

2 作品の背景

 ペーター・ハントケは、1942年にギッフェンで生まれ、現在はパリ在住である。2019年のノーベル文学賞受賞作家である。当初は社会と隔たりがある個人を描き、次第に全体的に同意して書くようになっていく。
 ‟Wunschloses Unglück”(幸せではないが、もういい)は、1972年ザルツブルクのレジデンツ出版社から最初に出版された。
 ヘルムート・シェッケルは、判決ではなく、母のための文学の記念碑でもなく、埋葬後、作者と読者が自由に呼吸できるような孤独なイメージでもなく、恐ろしく開いた傷についての描写だとフランクフルター・アルゲマイネ紙に書いている。 
 評論家の多くがこの作品をハントケの文体の転換期に位置づけている。(Wikipedia)ケルトナー紙の土曜日版に「混ぜこぜ」という見出しで、自殺の記事が掲載された。1971年11月19日に自殺した母マリアの人生を7週間経過した翌年の1月から半ば伝記風に描き、その年の2月に書き終えた。
 埋葬の時は、とても強かった母に関する書きたいという欲望が無気力で暗黙の了解に変わってしまう前に、ハントケは、仕事をしたかった。自叙伝的な諸相を取り込み、自分の感情について語り、貧しい環境においても自立を試みた母の成長を描くために。

花村嘉英(2020)「ペーター・ハントケの『幸せではないが、もういい』の執筆脳について」より

ペーター・ハントケの「幸せではないが、もういい」で執筆脳を考える-実母のうつ病1

1 先行研究

 文学分析は、通常、読者による購読脳が問題になる。一方、シナジーのメタファーは、作家の執筆脳を研究するためのマクロに通じる分析方法である。基本のパターンは、まず縦が購読脳で横が執筆脳になるLのイメージを作り、次に、各場面をLに読みながらデータベースを作成し、全体を組の集合体にする。そして最後に、双方の脳の活動をマージするために、脳内の信号のパスを探す、若しくは、脳のエリアの機能を探す。これがミクロとマクロの中間にあるメゾのデータとなり、狭義の意味でシナジーのメタファーが作られる。この段階では、副専攻を増やすことが重要である。 
 執筆脳は、作者が自身で書いているという事実及び作者がメインで伝えようと思っていることに対する定番の読み及びそれに対する共生の読みと定義する。そのため、この小論では、トーマス・マン(1875-1955)、魯迅(1881-1936)、森鴎外(1862-1922)の執筆脳に関する私の著作を先行研究にする。また、これらの著作の中では、それぞれの作家の執筆脳として文体を取り上げ、とりわけ問題解決の場面を分析の対象にしている。さらに、マクロの分析について地球規模とフォーマットのシフトを意識してナディン・ゴーディマ(1923-2014)を加えると、“The Late Bourgeois World”執筆時の脳の活動が意欲と組になることを先行研究に入れておく。
 筆者の持ち場が言語学のため、購読脳の分析の際に、何かしらの言語分析を試みている。例えば、トーマス・マンには構文分析があり、魯迅にはことばの比較がある。そのため、全集の分析に拘る文学の研究者とは、分析のストーリーに違いがある。言語の研究者であれば、全集の中から一つだけシナジーのメタファーのために作品を選び、その理由を述べればよい。なお、Lのストーリーについては、人文と理系が交差するため、機械翻訳などで文体の違いを調節するトレーニングが推奨される。
 メゾのデータを束ねて何やら予測が立てば、言語分析や翻訳そして資格に基づくミクロと医学も含めたリスクや観察の社会論からなるマクロとを合わせて、広義の意味でシナジーのメタファーが作られる。

花村嘉英(2020)「ペーター・ハントケの『幸せではないが、もういい』の執筆脳について」より
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花村嘉英
花村嘉英(はなむら よしひさ) 1961年生まれ、立教大学大学院文学研究科博士後期課程(ドイツ語学専攻)在学中に渡独。 1989年からドイツ・チュービンゲン大学に留学し、同大大学院新文献学部博士課程でドイツ語学・言語学(意味論)を専攻。帰国後、技術文(ドイツ語、英語)の機械翻訳に従事する。 2009年より中国の大学で日本語を教える傍ら、比較言語学(ドイツ語、英語、中国語、日本語)、文体論、シナジー論、翻訳学の研究を進める。テーマは、データベースを作成するテキスト共生に基づいたマクロの文学分析である。 著書に「計算文学入門-Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」(新風舎:出版証明書付)、「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む」(華東理工大学出版社)、「日本語教育のためのプログラム-中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで(日语教育计划书-面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用)」南京東南大学出版社、「从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲」華東理工大学出版社、「計算文学入門(改訂版)-シナジーのメタファーの原点を探る」(V2ソリューション)、「小説をシナジーで読む 魯迅から莫言へーシナジーのメタファーのために」(V2ソリューション)がある。 論文には「論理文法の基礎-主要部駆動句構造文法のドイツ語への適用」、「人文科学から見た技術文の翻訳技法」、「サピアの『言語』と魯迅の『阿Q正伝』-魯迅とカオス」などがある。 学術関連表彰 栄誉証書 文献学 南京農業大学(2017年)、大連外国語大学(2017年)
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