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2024年09月11日

トーマス・マンの「魔の山」の多変量解析−クラスタ分析と主成分5

3 多変量の分析

 多変量を解析するには、クラスタと主成分が有効な分析になる。これらの分析がデータベースの統計処理に繋がるからである。
 多変数のデータでも、最初は1変数ごとの観察から始まる。また、クラスタ分析は、多変数のデータを丸ごと扱う最初の作業ともいえる。似た者同士を集めたクラスタを樹形図からイメージする。それぞれのクラスタの特徴を掴み、それを手掛かりに多変量データの全体像を考えていく。樹形図については、単純な二個二個のクラスタリングの方法を想定し、変数の数や組み合わせを考える。
 作成したデータベースから特性が2つあるカラムを抽出し、グループ分けをする。例えば、A:五感(1視覚と2それ以外)、B:ジェスチャー(1直示と2比喩)、C:情報の認知プロセス(1旧情報と2新情報)、D:情報の認知プロセス(1問題解決と2未解決)というように文系と理系のカラムをそれぞれ2つずつ抽出する。
まず、ABCDそれぞれの変数の特徴について考える。次に、似た者同士のデータをひとかたまりにし、ここでは言語の認知ABと情報の認知CDにグループ分けをする。得られた変数の特徴からグループそれぞれの特徴を見つける。
 最後に、各場面のラインの合計を考える。それぞれの要素からどのようなことがいえるのか考える。「魔の山」のバラツキが縦のカラムの特徴を表しているのに対し、ここでのクラスタは、一場面のカラムとラインの特徴を表している。
 なお、外界情報の獲得に関する五感の割合は、視覚82%、聴覚11%、嗅覚4%、触覚2%、味覚1%とする。(片野2018)

花村嘉英(2019)「トーマス・マンの「魔の山」の多変量解析−クラスタ分析と主成分」より

トーマス・マンの「魔の山」の多変量解析−クラスタ分析と主成分4

C  以下の章では、Traeger (1993)に基づき平易なファジイ理論が導入される。Traeger (1993)によると、ファジイ理論は、古典論理の拡張であり真偽だけではなくたくさんの中間段階を考察することができるという。つまり、ファジイ理論を言語処理に適用する面白さは、古典論理で言う真偽では説明ができない数字のずれや、「ほとんど」とか「かなり」といった修飾語を伴う日常表現も説明できる点にある。
➄  例えば、夏期休暇の避暑地における滞在に関して、「長い」の下限を21日とする。古典論理では、21日以上の場合、割り当て可能になるが、21日未満の場合、不可 能となる。しかし、20日間の滞在でも、全く該当しないわけではない。 それどころか、ほとんど該当する。こうした奇妙な現象を解決するため に、ファジィ理論は、メンバーシップ値を採用する。これにより、20日 間の滞在は、95%「長い」となり、18日間の滞在は、80%「長い」とな る。また、両方の数字の間には、ファジイコントロールと呼ばれる計算術が存在し、それは、ファジイ化、推論そして脱ファジイ化という3つの構成要素を持っている。
それでは、簡単な用例を引用しながら、やさしい曖昧な数学を見ていくことにしよう。

花村嘉英(2019)「トーマス・マンの「魔の山」の多変量解析−クラスタ分析と主成分」より

トーマス・マンの「魔の山」の多変量解析−クラスタ分析と主成分3

B  イロニーの原理
(a) 定義:トーマス・マンは、彼の散文の条件として常に現実から距離を置 く。一つには、現実をできるだけ正確に考察するために、また一つには、それを批判するために、つまり、イロニー的に。…この批判的な距離は、イロニー的な距離になりうるだろう。実際に、批判的な表現における簡潔さには、余すところなく正確に規定された概念言語の要求に対して、言語媒体そのものの特徴から反対の行動をとるある種の制限が設けられている。(Baumgart 1964) 一方、ファジイ理論は、システムが複雑になればなるほど、より正確な記述ができなくなることを主張する。(Yager et al 1987)

(b) 特徴:双方に共通の特徴として、主観性を想定することができる。周知の通り、ファジィ理論は、科学の中に客観性ではなくて、主観性を導入する。(菅野 1991) 一方、トーマス・マンと ハンス・カストルプが歩んでいく道を基にしたイロニーの原理は、自己を乗り越える原理である。(Frommer 1966) つまり、ファジィ理論における主観性は、個人的 な主観であり、Thomas Mannの主観性は、超個人的な主観(主体性)となる。しかし、何れにせよ双方共に個人による規定や決定が問題になっており、両者をまとめて広い意味で主観と呼ぶことができる。
(C) 語の選択: トーマス・マンが使用するイロニー的な語彙、例えば、形容 詞とか副詞は、意図的な不正確さを通して言葉が持っている本来の意味 合いをはずす。(Baumgart 1964)一方、ファジイ集合によって表現 される概念は、「背の大きい人達」や「多かれ少なかれ」といった曖昧 な概念であり、外延的でも内包的でもない中間的なものになる。(菅野 1991)

花村嘉英(2019)「トーマス・マンの「魔の山」の多変量解析−クラスタ分析と主成分」より

トーマス・マンの「魔の山」の多変量解析−クラスタ分析と主成分2

2 トーマス・マンのイロニーとファジィ

@ トーマス・マンのイロニーを一種の推論と見なして、テキストのダイナ ミズムを考察していく。本書は、「魔の山」を題材とするが、それは、「魔の山」がトーマス・マンの全集においてイロニーの交差点と見なされているからである。(Baumgart 1964)  Frommer (1966 ) によれば、 諸々の対象は論理的に共存できないが、それを可能にするためにイロニーが使われる。イロニーは、最終的な決定を知らない。(それ故に、一種の推論となる。)「AでもなければBでもない」とか「AでもありBでもある」の観点を対話の単位と結びつける。すると、双方の側面に対して留保することにより、両方へ同時に接近することができるようになる。これは、美的で中立な表現として主人公ハンス・カストルプのイロニーとなる。そして、その都度、他方を批判するために、双方の観点を交互に自分のものとし、彼自身の中で二重に矛盾した社会参加(アンガージユマン)の表現になっていく。
A 一方、これまで理論言語学の枠組みでイロニーを表現することは難しかった。(Hamm 1989) しかし、トーマス・マンのイロニーとZadehのファジィ理論の間に複数の共通項(イロニーの原理)が見い出せることから、本書では、トーマス・マンのイロニーを形式論で表記するためにファジィ理論を採用し、テキスト(「魔の山」)のダイナミズムを考察していく。

花村嘉英(2019)「トーマス・マンの「魔の山」の多変量解析−クラスタ分析と主成分」より

トーマス・マンの「魔の山」の多変量解析−クラスタ分析と主成分1

1 先行研究との関係

 これまでに、トーマス・マンの執筆時の脳の活動をファジィとして、モンターギュ文法やラフ集合による論理計算を通して、「トーマス・マンとファジィ」というシナジーのメタファーを作成している(花村2005、花村2017)。また、「魔の山」のデータベースを作成しながら、バラツキ、相関関係、推定といった平易な統計分析も試みている。(花村2018)
 この小論では、さらに統計処理に関して多変量解析に注目し、クラスタ分析と主成分について考察する。それぞれの場面でシナジーのメタファーが異なる視点から説明できれば、自ずと客観性が上がるためである。

花村嘉英(2019)「トーマス・マンの「魔の山」の多変量解析−クラスタ分析と主成分」より

トーマス・マンの「魔の山」の相関関係について6

4 相関係数を言葉で表す

数字の意味を言葉で確認しておく。 

-0. 7≦r≦-1.0 強い負の相関がある
-0.4≦r≦-0.7 やや負の相関がある
0≦r≦-0.4 ほとんど負の相関がない
0≦r≦0.2 ほとんど正の相関がない
0.2≦r≦0.4 やや正の相関がある
0.4≦r≦0.7 かなり正の相関がある
0.7≦r≦1 強い正の相関がある

5 まとめ

 言語の認知の意味分析、距離1近い2それ以外は、情報の認知の問題解決と未解決の組と強い相関関係になることが分かった。

参考文献
花村嘉英 計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?新風舎 2005
花村嘉英 森鴎外の「山椒大夫」のDB化とその分析 中国日语教学研究会江苏分会 2015
花村嘉英 从认知语言学的角度浅析鲁迅作品−魯迅をシナジーで読む 華東理工大学出版社 2015
花村嘉英 日语教育计划书−面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用 日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで 南京東南大学出版社 2017
花村嘉英 从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默 ナディン・ゴーディマと意欲 華東理工大学出版社 2018
Thomas Mann : Der Zauberberg, Frankfurt a. M., Fischer 1986

トーマス・マンの「魔の山」の相関関係について5

計算表
A 2 3 合計5
偏差 −0.5 0.5 合計0
偏差2 0.25 0.25 合計0.5
B 4 1 合計5
偏差 1.5 −1.5 合計0
偏差2 2.25 2.25 合計4.5
AB偏差の積 ー0.75 −0.75 合計ー1.5

◆相関係数は、次の公式で求めることができる。
相関係数=[(A-Aの平均値)x(B-Bの平均値)]の和/
√(A-Aの平均値)2の和x(B-Bの平均値)2の和
上記計算表を代入すると、
相関係数 = -1.5/√0.5 x 4.5 = -1.5/√2.25 = -1.5/1.5 = -1
従って、強い負の相関があるといえる。

花村嘉英(2019)「トーマス・マンの『魔の山』から見えてくる相関関係について」より

トーマス・マンの「魔の山」の相関関係について4

A言語の認知(距離):1近い、2それ以外→3、2
B情報の認知:1問題解決、2未解決→⒈、4
◆A、Bそれぞれの平均値を出す。
Aの平均:(3 + 2)÷ 2 = 2.5
Bの平均:(1+4)÷ 2 = 2.5
◆A、Bそれぞれの偏差を計算する。偏差=各データ−平均値
Aの偏差:(3 – 2.5)、(2 – 2.5)= 0.5、-0.5
Bの偏差:(1 – 2.5)、(4 – 2.5)= -⒈.5、⒈.5
◆A、Bの偏差をそれぞれ2乗する。
Aの偏差2乗 = 0.25、0.25
Bの偏差2乗 =2.25、2.25
◆AとBの偏差同士の積を計算する
(Aの偏差)x(Bの偏差)= -0.75、-0.75
◆AとBを2乗したものを合計する。
Aの偏差2乗したものの合計 = 0.25 + 0.25 = 0.5
Bの偏差2乗したものの合計 = 2.25 + 2.25 = 4.5
◆AとBの偏差同士の積の合計を合計する。-0.75 -0.75 = -1.5

花村嘉英(2019)「トーマス・マンの『魔の山』から見えてくる相関関係について」より

トーマス・マンの「魔の山」の相関関係について3

イロニー的な距離が近づく場面

  "Sie scheinen überrascht, mich zu sehen, Herr Castorp", hatte er mit baritonaler Milde, schleppend, unbedingt etwa geziert und mit einem exotischen Gaumen-r gesprochen, das er jedoch nicht rollte, sondern durch ein nur einmaliges Anschlagen der Zunge gleich hinter den oberen Vorderzähnen erzeugte.
意味2 2、情報の認知3 2

  "ich erfülle aber lediglich eine angenehme Pflicht, wenn ich bei Ihnen nun auch nach dem Rechten sehe. Ihr verhältnis zu uns ist in eine neue Phase getreten, über Nacht ist aus dem Gaste ein Kamerad geworden..." (Das Wort "Kamerad" hatte Hans Castorp etwas geängstigt.)  意味2 1、情報の認知3 2

 "Wer hätte es gedacht!" hatte Dr. Krokowski kameradschaftlich gescherzt... "Wer häte es gedacht an dem Abend, als ich Sie zuerst begrüßen durft und Sie meiner irrigen Auffassung - damals war sie irrig - mit der Erklärung begegneten, Sie seien vollkommen gesund."… 意味2 1、情報の認知3 2

 Und auch heute noch, auch nach dem Verlauf Ihrer Untersuchung, kann ich, wie ich nun einmal bin, und im Unterschied von meinem verstehten Chef, diese feuchte Stelle da"- und er hatte mit der Fingerspitze leicht Hans Castorps Schulter berührt - " nicht als im Vordergrunde des Interesses stehend erachten. Sie ist für mich eine sekundäre Erscheinung...Das Organische ist immer sekundär..."… 意味2 1、情報の認知3 2

  "Und also ist Ihr Katarrh in meine Augen eine Erscheinung dritter Ordnung", hatte Dr. Krokowski sehr leicht hinzugefügt. "Wie steht es damit? Die Bettruhe wird in dieser Hinsicht gewiß rasch das Ihre tun. Was haben Sie heute gemessen?" Und von da an hatte der Besuch des Assistenten den Charakter einer harmlosen Kontrollvisite getragen, wie er ihn denn auch in den folgenden Tagen und Wochen beständigt trug.
意味2 2、情報の認知3 1

花村嘉英(2019)「トーマス・マンの『魔の山』から見えてくる相関関係について」より

トーマス・マンの「魔の山」の相関関係について2

2 データベースに見る相関関係

 サナトリウムは、午後安静療養の時間になる。バリトンで柔らかい引きずるような異国風の口蓋音rに特徴があるDr.Krokowskiの話しぶりは、Hans CastorpとJoachim Ziemßenのイロニー的な距離に影響を与える。
 「我々の関係は新しい段階に入ったのです。つまり、あなたは、客人から同胞(Kamerad)になったのです。私の目にはカタルを患っているように見えます」とDr.Krokowskiは説明する。Hans CastorpとJoachim Ziemßenの距離が同胞になったことにより、二人は、同じ病気(カタル)を患う療養所の住民という関係になる。つまり、二人のイロニー的な距離は、近づいていく。(花村 2005)
 ここでは、データベースから抽出したカラムは、意味2 距離が1近いと2 それ以外、情報の認知3 1問題解決と2未解決である。

花村嘉英(2019)「トーマス・マンの『魔の山』から見えてくる相関関係について」より
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花村嘉英
花村嘉英(はなむら よしひさ) 1961年生まれ、立教大学大学院文学研究科博士後期課程(ドイツ語学専攻)在学中に渡独。 1989年からドイツ・チュービンゲン大学に留学し、同大大学院新文献学部博士課程でドイツ語学・言語学(意味論)を専攻。帰国後、技術文(ドイツ語、英語)の機械翻訳に従事する。 2009年より中国の大学で日本語を教える傍ら、比較言語学(ドイツ語、英語、中国語、日本語)、文体論、シナジー論、翻訳学の研究を進める。テーマは、データベースを作成するテキスト共生に基づいたマクロの文学分析である。 著書に「計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」(新風舎:出版証明書付)、「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品−魯迅をシナジーで読む」(華東理工大学出版社)、「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで(日语教育计划书−面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用)」南京東南大学出版社、「从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲」華東理工大学出版社、「計算文学入門(改訂版)−シナジーのメタファーの原点を探る」(V2ソリューション)、「小説をシナジーで読む 魯迅から莫言へーシナジーのメタファーのために」(V2ソリューション)がある。 論文には「論理文法の基礎−主要部駆動句構造文法のドイツ語への適用」、「人文科学から見た技術文の翻訳技法」、「サピアの『言語』と魯迅の『阿Q正伝』−魯迅とカオス」などがある。 学術関連表彰 栄誉証書 文献学 南京農業大学(2017年)、大連外国語大学(2017年)
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