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2019年05月09日

家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花 <57 父の恩返し>

父の恩返し
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ママが亡くなって半年ぐらいたったころ大阪の田原興産は倒産の危機に見舞われた。取引関係のあった大手デベロッパーが倒産したからだ。マンションの耐震強度に関する不正が週刊誌に載ってしまったのだった。田原興産は連鎖倒産に巻き込まれようとしていた。

銀行は、その大手デベロッパーとの取引関係をみて田原興産への融資を惜しまなかった。しかし、その大手の資金繰りが困難になると、たちまち田原興産の資金繰りも行き詰るようになった。その大手の雲行きが怪しいと睨むや否や、銀行が融資金の返済を迫るようになった。

田原興産は半年後の資金繰りのめどが立たない状態にまで追い詰められた。銀行にとっても田原興産に倒れられるのは痛手だ。なんとか融資できる条件を必死に模索中だ。聡も資金提供者が見つかれば自分は退く心づもりをしていた。

そういう状況が浅田隆一の耳にも入ったらしい。僕の会社へ浅田隆一本人が出向いてきた。僕はこの時に初めて、浅田隆一とママ、田原梨恵子の関係を詳しく聞いた。もう、誰も知らない昔の話だった。

ママと浅田隆一は幼馴染で、ママが高校生の頃から交際していたらしい。親も認める仲でいずれは結婚すると思われていた。ところがママが二十歳になったころ、浅田隆一に縁談が持ち上がった。

そのころ、参議院議員だった浅田隆一の父親の政治的な関係の縁談だった。浅田家としてその縁談を断れなかった。浅田隆一とママとの恋は終わった。

そののちにママが妊娠していることが発覚した。ママは自殺未遂をした。この時に田原興産の社員だった甘木久雄が婿に立候補した。周囲からは財産目当てといわれたそうだ。久雄は山陰の名士の長男で早くに母親をなくしていた。継母に育てられ体よく実家を追い出されていた。

現実には久雄は田原家の入り婿として優しい夫として父として誠実に働いた。莉恵子との仲もむずましいもので、当事田原興産の会長であった田原聡介の信頼も厚かった。残念なことに40代の若さでガンで亡くなってしまったそうだ。梨花はこの久雄の長女として育てられた。

「私は久雄君には恩がある。梨花が私の子供やということを承知で莉恵子さんと結婚したんや。それで梨花を本当に大事に育ててくれた。梨花は自分が久雄君の子やと確信して育った。久雄君がそれだけ梨花をきちんと愛してくれたということや。久雄君への恩を返すためにも何があっても聡君を守りたい。もうこの年や。あっちへ行ってから大手をふって久雄君にあいさつしたい。君、協力してくれ。」老政治家は若輩者の僕に頭をさげた。

「私の資産をつこうてもらえんか?大阪のビルと、こっちの家、それと長野に旅館を持ってる。これを抵当に入れるなり売却するなりして資金手当てしてやってくれんか?私は実務経験がないんで自分一人では動くことができんのや。私の親族の耳に入ったら反対するに決まってる。自分らの取り分が減るんやからな。内密で進めないかんことや。せやから君がなんとか手当してやってくれんか?もともと、私の資産は梨花が相続するもんや。今からでもよかったら認知する。遺言書も書く。」老政治家は覚悟を決めていたようだ。

梨花は自分の資産を田原興産へ提供しようとしていた。老政治家は「こういう場合は親や兄弟は裸になったらいかんのや。そんなことしたら共倒れになってしまうやないか。梨花や真梨の暮らしを守ってくれ。」と老骨に鞭を打つように僕の会社にやってきたのだ。この話は梨花には聞かせられない話だった。

老政治家は自分の娘を守ってもらったお礼に久雄氏の一人息子である聡を守ろうとしていた。僕は田原興産は当面の資金繰りが付けば、後は業務の縮小で逃げ切ることができるだろうと思っていた。

この申し入れはありがたく受けることにした。ただ、どういう方法で聡にこれを説明するかだ。聡は梨花の出生の事情を全く知らないのだろうか?

聡には浅田隆一が地元のよしみで担保を出してくれると説明した。昔、田原興産が浅田隆一氏を助けたことがある。浅田隆一氏が今あるのは、そのおかげだという説明をした。

聡は、とりあえずは浅田氏の好意を受けて後のことは後で考えるといった。この状況では当たり前だろう。2か月後には不渡りを出すかもしれない局面だった。浅田氏に会社を渡してもいいという気持ちもあったようだ。

梨花は、浅田隆一に礼をいうために彼の家に出向いた。なぜ、そこまでしてくれるのか、今一つ納得できない気持ちはあったらしい。これも昔の田原興産への恩返しという説明に終始した。僕には浅田隆一が聡を護れたことで、とても満足しているのが分かった。

この老政治家との付き合いは、このあと8年にも及んだ。真梨への誕生日プレゼントが届くようになって、梨花と真莉の連名でこの人へ誕生日プレゼントを贈るようになった。僕は、その時必ず家族写真を贈るように梨花に提案した。

この人が心筋梗塞で倒れたとき梨花と僕と真梨でお見舞いに行った。甥の妻という人が付き添っていた。意識があったが余り長く話せないようだった。

その人は梨花の手を取って何かを言おうとしていたが言葉が出なかった。僕は手を強く握って、耳のそばで「必ず守ります。」といった。一瞬目を開いて僕たちを見てまた目をつぶった。その人はその夜、亡くなった。

僕の父は、ひっそりと見舞いに来た若い愛人と幼い息子を見てどんなにか苦しかっただろうと、また思い出した。真梨を守るために長生きしようと心に決めた。


続く


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家族の木 THE FIRST STORY 真一と梨花 <58 俊也と真梨>

俊也と真梨
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真梨は大学へ通うようになっていた。東京では名の知れた私立大学だった。難しいと思っていた大学へ入ってくれて親としては少し自慢がましい気持ちもあった。これには家庭教師として3年間頑張ってくれた俊也の努力も無視できなかった。意外にも児童心理学に興味を持って一生懸命勉強した。

俊也は4歳の時に依子さんの連れ子として田原家に入った。聡の養子になって田原家の長男として暮らした。しかし依子さんは田原家に気を使って常に俊也を二の次にした

俊也はなんとなく大阪の家に居づらさを感じていたのか大学は東京しか見ていなかった。連れ子として、いつも何か気兼ねしながら育った子供だった。それでも、ママや聡に愛されて将来有望な青年に育っていた。依子さんによく似て目鼻立ちのはっきりした青年だった。

皆、俊也は大学院へ行って経営者としての勉強をすると思っていたが、大学を4年で卒業するとすぐに外資系のコンサルタント会社に就職してしまった。昨今、仕事のキツさと給料の良さで話題に上るアメリカの企業だった。日本でも、この会社から転身した若い経営者がたくさんいて皆成功を収めていた。

真梨が大学に入学したころから俊也はあまり家に来なくなった。もう十分に役目は果たしたということなのだろう。僕は俊也を真梨の婿として大いに期待していた。

しかし、俊也は真梨にはあまり興味がなさそうだった。真梨はといえば恋愛などはまだまだ眼中にない子供のようなものだった。俊也が真梨を物足りなく感じるのは理解できた。微妙にすれ違い始めてきた二人に寂しい気がしていた。

ある夜、真梨は深夜1時を過ぎても戻ってこなかった。真梨は酒を飲まないので、いつもは遅くなっても11時頃には帰ってきていた。時々は男友達に誘われてデートみたいなこともするようだが真梨はあまり楽しくなさそうだった。僕は、真梨はまだ子供で夜遅くなれば家が恋しくなるんだろうと本気で思っていた。

その真梨が日付が変わっても帰ってこないのだから気が気ではない。心配といら立ちが交互にやってきて、じっとしていられなかった。梨花も心配していたが友人に確認するにしても、この夜中だ、電話をかけるのがはばかられた。

2時ごろになって真梨の呑気そうな「ただいま~。」という声が聞こえた。声の調子から何事もなかったと感じてほっとした。真梨がリビングに入ってきて驚いたのは俊也が一緒に来たことだった。怒りが爆発した。「どこをほっつき歩いていた!」と俊也の襟首をつかんだ。俊也は、あきらめたような情けないような、ふてくされたような顔で無抵抗に立っていた。

その時真梨が「パパ違う!お兄ちゃんはトカゲから真梨を守ってくれたの!家まで連れて帰ってきてくれたのよ!」と大きな声を出した。

僕は突然昔のことを思いだした。そうだ、この男はいつも理不尽に怒られていた。今度も自分が怒られて、ことを治めようとしていると感じた。

真梨の話では、女友達に誘われて軽い気持ちで行った会合がガラの悪い連中が集まる会合だったらしい。真梨は騙されて強い酒を飲まされたようだ。その席に俊也もいて真梨を見つけて連れだしてくれたということだった。

女学生が友達をだまして悪い会合へ引っ張り込むなど、僕たちの時代には考えられないようなことだった。それでも酒を飲まされただけで済んだのは俊也のおかげだった。俊也が真梨を見つけてくれなかったら、真梨はとんでもない目にあっていたかもしれない。

僕は俊也と真莉から聞いた友達の名前を親友の新聞記者に教えた。彼も今は偉くなって、こんなしょうもないネタには載ってくれないと思っていた。しかし、名門大学の学生の犯罪はすでに話題になっていたらしい。直ぐに調査にかかってくれた。

結果的には大きな事件になって新聞や週刊誌の大きな記事になった。テレビでもとらえられたが我が家ではそのテレビは見なかった。真梨が深く傷つくような内容が派手に報じられていた。もしも俊也がいなかったらと思うと今でもぞっとする。

真梨はこの事件をきっかけに学校に行けなくなった。何度か俊也に真梨を連れ出してもらった。あわよくば二人が恋に落ちてくれればいいと思っていた。梨花も同じだった。何かと俊也を呼び出しては真梨との接点を作った。しかし、この作戦はあまり効果がなかった。

親から見れば真梨は頭も性格も容姿もいい娘だった。多くの人に愛されて育って人を愛する方法を知っていた。幸福な家庭を築くすべを知っているはずだった。俊也のように子供の時から気兼ねしながら育った男を幸福にできる資質を持っているはずだ。

僕は時々自分と俊也を重ねてしまうときがある。4歳の時、一人ぼっちで田原の家に預けられた少年は母と同居するようになってからも母の愛情を独占することは無かった。彼の母親はいつも俊也を二の次にした。幸薄そうに見える俊也を幸福な家庭人にしてやりたかった。

しかし俊也は田原の家を抜けたいというのが本音のようだ。真梨のお守りにも少し疲れているように見える。


続く


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