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2019年05月17日
THE SECOND STORY 俊也と真梨 <3 パーティー>
パーティー
大学を卒業して就職してからは叔父の家族とは少し疎遠になった。社会人第一歩を踏み出して緊張していたし、会社の同僚の女の子と親しくなりかけていた。
久しぶりに大学の友人達と会ったその日、二次会にさそわれた。酔った勢いで行った店には女の子も集まっていた。なんとなく閉鎖的な感じのする高級店だった。直感的に怪しいと感じた。秘密めいた犯罪的な感じがしたので早々に帰ることにした。
僕は、いい加減な男だったが違法な集まりには参加しない。こういうところに居れば下手をすれば一生を棒に振ると感じていた。
何気なく店の隅の方に目をやった瞬間ぞっとした。真梨がいる。心臓が止まりそうになった。もう酩酊状態に見える。女の子たちのグループにまぎれているが、ほとんど寝ているような感じだった。放っておけば男たちのいい餌食になるのは眼に見えていた。
慌てて真梨のそばへ行って抱き上げた。よろめいて立てない状態だったが無理に立たせて外へ連れ出そうとした。
「おい、いきなり、それはないだろう田原。もうちょっと、みんなと仲良くなってからだよ。」と押しとどめられた途端に手が出てしまった。相手の顎に一発お見舞いしていた。
一瞬大騒動になりそうだったが店の人が外へ連れ出してくれた。「お知合いですか?」「ええ、僕の妹です。」と答えた。真梨の身元がわかってはいけないと思った。真梨を抱いてタクシーに乗りかけたときに店の人が「お忘れ物です。」といって真梨のバッグを持ってきてくれた。
その人は、これから何が起こるのかわかっているのだろう。揉め事はお断りだ、さっさと帰ってくれと言われている気がした。
とにかく僕の部屋に連れて帰った。真梨は半分眠りながら泣いていた。ソファに横になったまま起きることができなかった。2時間ぐらいすると真梨の意識がはっきりしてきた。
しくしく泣きながら「強いお酒飲まされたの。友達に。」と言った。「女友達か?」と聞くと泣きながらうなずいた。質の悪い話だった。女友達なら油断しても無理はないと思った。
服装は乱れていなかったので、それ以上のことはなかったのだろう。何もなくてよかった。「お兄ちゃん、すごく頭痛い。」「アルコールが完全に抜けんと治らんなあ。水を飲むしかない。」といってスポーツドリンクを渡した。
お腹が空いたというので、冷凍のオムスビを出した。意外なことに一個ペロリと平らげた。すると急にしっかりしてきた。
この子はいつからあんな質の悪い連中と遊ぶようになったんだろうかと腹が立ってきた。自分がちょこちょこ紹介していた中には、あんなレベルの低い奴はいないはずだった。
今日、僕を誘ったやつも、まともな社会人だ。確か父親は霞が関だったはずだ。本人も医師だ。
「もう2時過ぎてる。叔父さん半狂乱で待ってるぞ。とりあえず送っていく。」困った奴だと思った。真梨の携帯電話には何度も着信記録が残っていた。多分そのまま叔父の家に泊まることになるだろう。思いっきり説教を食らうだろう。うんざりした。
続く
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大学を卒業して就職してからは叔父の家族とは少し疎遠になった。社会人第一歩を踏み出して緊張していたし、会社の同僚の女の子と親しくなりかけていた。
久しぶりに大学の友人達と会ったその日、二次会にさそわれた。酔った勢いで行った店には女の子も集まっていた。なんとなく閉鎖的な感じのする高級店だった。直感的に怪しいと感じた。秘密めいた犯罪的な感じがしたので早々に帰ることにした。
僕は、いい加減な男だったが違法な集まりには参加しない。こういうところに居れば下手をすれば一生を棒に振ると感じていた。
何気なく店の隅の方に目をやった瞬間ぞっとした。真梨がいる。心臓が止まりそうになった。もう酩酊状態に見える。女の子たちのグループにまぎれているが、ほとんど寝ているような感じだった。放っておけば男たちのいい餌食になるのは眼に見えていた。
慌てて真梨のそばへ行って抱き上げた。よろめいて立てない状態だったが無理に立たせて外へ連れ出そうとした。
「おい、いきなり、それはないだろう田原。もうちょっと、みんなと仲良くなってからだよ。」と押しとどめられた途端に手が出てしまった。相手の顎に一発お見舞いしていた。
一瞬大騒動になりそうだったが店の人が外へ連れ出してくれた。「お知合いですか?」「ええ、僕の妹です。」と答えた。真梨の身元がわかってはいけないと思った。真梨を抱いてタクシーに乗りかけたときに店の人が「お忘れ物です。」といって真梨のバッグを持ってきてくれた。
その人は、これから何が起こるのかわかっているのだろう。揉め事はお断りだ、さっさと帰ってくれと言われている気がした。
とにかく僕の部屋に連れて帰った。真梨は半分眠りながら泣いていた。ソファに横になったまま起きることができなかった。2時間ぐらいすると真梨の意識がはっきりしてきた。
しくしく泣きながら「強いお酒飲まされたの。友達に。」と言った。「女友達か?」と聞くと泣きながらうなずいた。質の悪い話だった。女友達なら油断しても無理はないと思った。
服装は乱れていなかったので、それ以上のことはなかったのだろう。何もなくてよかった。「お兄ちゃん、すごく頭痛い。」「アルコールが完全に抜けんと治らんなあ。水を飲むしかない。」といってスポーツドリンクを渡した。
お腹が空いたというので、冷凍のオムスビを出した。意外なことに一個ペロリと平らげた。すると急にしっかりしてきた。
この子はいつからあんな質の悪い連中と遊ぶようになったんだろうかと腹が立ってきた。自分がちょこちょこ紹介していた中には、あんなレベルの低い奴はいないはずだった。
今日、僕を誘ったやつも、まともな社会人だ。確か父親は霞が関だったはずだ。本人も医師だ。
「もう2時過ぎてる。叔父さん半狂乱で待ってるぞ。とりあえず送っていく。」困った奴だと思った。真梨の携帯電話には何度も着信記録が残っていた。多分そのまま叔父の家に泊まることになるだろう。思いっきり説教を食らうだろう。うんざりした。
続く
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家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨 <2 東京暮らし>
東京暮らし
僕は大学は東大を選んだ。田原の家を出たかった。田原の家は、いい人ばかりだった。祖母も継父も人格者だった。東京の叔父と叔母は僕のことをいつも気にかけてくれた。
それでも田原の家はしんどかった。東大なら文句なく東京で一人住まいをさせてくれるだろう。そういう意図があって勉強に励んだ。継父も母も僕が東大に合格したのをずいぶん喜んで叔父や叔母にも電話してくれた。
叔父は東京のマンションのオーナーだった。当然、自分のマンションに住むものと決め込んでいた。でも僕は、とにかく田原の家の縛りから抜けたかった。社会勉強のために一人暮らしをすると言い張って、やっと大学のそばに暮らしてよいと許しをもらった。
ただし、一つ条件を付けられた。週一回、真梨の家庭教師をすることだった。僕が大学に入った年に真梨は都内の有名私立高校に入学していた。そこは、金持ちの子女の通う学校で有名私立大学の付属高校だった。家庭教師などやりたくないと思ったが、その条件は僕が好きだった叔父が出したものだった。
実際に生活してみると週一回は大学生にとっては結構きつい条件だった。もちろん給料は出る。友人たちも家庭教師のアルバイトをしているものは多かったが、僕は親戚の家に行って従妹の勉強を見て夕食をごちそうになる、働いた実感の湧かない新鮮味のないアルバイトだった。
しかも下手をすると泊っていけ、休日は一緒に過ごそうと声をかけてくれる。大阪生まれの叔母が慣れない東京暮らしの僕に気を使ってくれる。大学生にとってこんな面倒な話はない。
真梨にとっても面白みのない家庭教師だっただろう。友人たちは、初めて接する大学生にドキドキしながら勉強するのに、自分ときたらよく知っている従妹に勉強を教えてもらうのだ。ワクワクドキドキはなかった。この関係は3年間も続いた。
叔父や叔母と話すのは楽しかったし、なにより叔父に憧れた。情緒的な言葉をたくさん使って話をした。実業家というよりも文化人といった雰囲気があった。叔母や真梨に対して、甘々の夫、父だった。にもかかわらず事業は着実に成長させていた。目立たず地味に少しづつ成果を上げていくやり方が魅力的だった。
叔母は叔父のこの性格をよく理解していて、自分に甘くて優しい夫に難題を持ち掛けることもあったようだ。叔父は「しょうがないんだよ。身分違いの娘に手を出しちゃったからね。粉骨砕身働かないと」と笑った。幸福感と自信があふれていた。
叔母は継父の姉だった。叔父はその入り婿だった。大阪の本家は継父が継ぎ、東京の分家として会社を興していた。継父は、もともと不動産資産の多い家に生まれて、しっかりその資産を守る、品のいい仕事をこなす業界でも信用のある人物だった。
叔父はあまり表面に出ないが、時々、継父と相談して手堅い仕事をしていた。継父はこの道のプロ、叔父は新参者だった。
不思議なことに継父は大切なことは叔父に相談する。叔母も叔父のやり方に口を出さない。継父は大きな家の長男だけれども末っ子気質。叔父は貧しい育ちらしいが長男気質だった。継父と叔父はウマが合った。
叔父は昔、少しだけ作家として生活していたことがあったらしい。その名残で今でも榊島の自然に関するエッセイを書くことがある。旅行雑誌の主催者に知り合いがいるらしい。
真梨と僕は否が応にも仲良くなった。真梨が大学に進学してからも仲良くつきあった。お互いに利害関係が一致していた。同級生を紹介しあっていたのだ。僕の大学の男子と真梨の学校の女子なら世間的には、けっこう似合いのカップルだった。
真梨にも当然友人を紹介した。しかし、真梨は気がないというか、おとなしすぎるというか、なかなか交際に発展しなかった。僕は交際に発展したときには真梨には報告はしない。
こういうことは叔母は、うっすらと勘づいているようだった。叔父にはとても言えるものではなかった。叔父からみた真梨は、いつまでも可憐な少女だった。男子学生を紹介したなどと知れれば、ただ事では済まされないだろう。
僕は大学院には進学せずに、そのまま就職した。たいして向学心もないのに長々学校へ行くよりは本気でビジネスの勉強をしたかった。迷わず外資系のコンサルティング会社に就職した。忙しさも手伝って、ちょっと、叔父の家に行く頻度が少なくなっていた。
続く
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僕は大学は東大を選んだ。田原の家を出たかった。田原の家は、いい人ばかりだった。祖母も継父も人格者だった。東京の叔父と叔母は僕のことをいつも気にかけてくれた。
それでも田原の家はしんどかった。東大なら文句なく東京で一人住まいをさせてくれるだろう。そういう意図があって勉強に励んだ。継父も母も僕が東大に合格したのをずいぶん喜んで叔父や叔母にも電話してくれた。
叔父は東京のマンションのオーナーだった。当然、自分のマンションに住むものと決め込んでいた。でも僕は、とにかく田原の家の縛りから抜けたかった。社会勉強のために一人暮らしをすると言い張って、やっと大学のそばに暮らしてよいと許しをもらった。
ただし、一つ条件を付けられた。週一回、真梨の家庭教師をすることだった。僕が大学に入った年に真梨は都内の有名私立高校に入学していた。そこは、金持ちの子女の通う学校で有名私立大学の付属高校だった。家庭教師などやりたくないと思ったが、その条件は僕が好きだった叔父が出したものだった。
実際に生活してみると週一回は大学生にとっては結構きつい条件だった。もちろん給料は出る。友人たちも家庭教師のアルバイトをしているものは多かったが、僕は親戚の家に行って従妹の勉強を見て夕食をごちそうになる、働いた実感の湧かない新鮮味のないアルバイトだった。
しかも下手をすると泊っていけ、休日は一緒に過ごそうと声をかけてくれる。大阪生まれの叔母が慣れない東京暮らしの僕に気を使ってくれる。大学生にとってこんな面倒な話はない。
真梨にとっても面白みのない家庭教師だっただろう。友人たちは、初めて接する大学生にドキドキしながら勉強するのに、自分ときたらよく知っている従妹に勉強を教えてもらうのだ。ワクワクドキドキはなかった。この関係は3年間も続いた。
叔父や叔母と話すのは楽しかったし、なにより叔父に憧れた。情緒的な言葉をたくさん使って話をした。実業家というよりも文化人といった雰囲気があった。叔母や真梨に対して、甘々の夫、父だった。にもかかわらず事業は着実に成長させていた。目立たず地味に少しづつ成果を上げていくやり方が魅力的だった。
叔母は叔父のこの性格をよく理解していて、自分に甘くて優しい夫に難題を持ち掛けることもあったようだ。叔父は「しょうがないんだよ。身分違いの娘に手を出しちゃったからね。粉骨砕身働かないと」と笑った。幸福感と自信があふれていた。
叔母は継父の姉だった。叔父はその入り婿だった。大阪の本家は継父が継ぎ、東京の分家として会社を興していた。継父は、もともと不動産資産の多い家に生まれて、しっかりその資産を守る、品のいい仕事をこなす業界でも信用のある人物だった。
叔父はあまり表面に出ないが、時々、継父と相談して手堅い仕事をしていた。継父はこの道のプロ、叔父は新参者だった。
不思議なことに継父は大切なことは叔父に相談する。叔母も叔父のやり方に口を出さない。継父は大きな家の長男だけれども末っ子気質。叔父は貧しい育ちらしいが長男気質だった。継父と叔父はウマが合った。
叔父は昔、少しだけ作家として生活していたことがあったらしい。その名残で今でも榊島の自然に関するエッセイを書くことがある。旅行雑誌の主催者に知り合いがいるらしい。
真梨と僕は否が応にも仲良くなった。真梨が大学に進学してからも仲良くつきあった。お互いに利害関係が一致していた。同級生を紹介しあっていたのだ。僕の大学の男子と真梨の学校の女子なら世間的には、けっこう似合いのカップルだった。
真梨にも当然友人を紹介した。しかし、真梨は気がないというか、おとなしすぎるというか、なかなか交際に発展しなかった。僕は交際に発展したときには真梨には報告はしない。
こういうことは叔母は、うっすらと勘づいているようだった。叔父にはとても言えるものではなかった。叔父からみた真梨は、いつまでも可憐な少女だった。男子学生を紹介したなどと知れれば、ただ事では済まされないだろう。
僕は大学院には進学せずに、そのまま就職した。たいして向学心もないのに長々学校へ行くよりは本気でビジネスの勉強をしたかった。迷わず外資系のコンサルティング会社に就職した。忙しさも手伝って、ちょっと、叔父の家に行く頻度が少なくなっていた。
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最近「キレイだね」ってよく言われます!
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