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2019年05月31日

 家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <17 子供の椅子>

子供の椅子
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叔父は自分を不始末の子と言っていた。聡一の愛人の子供の話を他人ごととして聞けないのだろう。叔父は祖父の愛人の子として生まれて、しかも母親を早く亡くしていた。この子の境遇と似ていた。叔母も自分の夫の気持ちをよく理解しているのだろう。二人の間ではもう結論が出ていた。叔父が外で作った子として引き取りたいという話だった。

これには真梨がとても嫌な顔をした。「なんで、この年で急に弟ができるのよ。おかしいじゃないの!」と叔父に食って掛かった。一人っ子の真梨は両親の愛を一身に受けて育った。両親がよその子にひどく同情する様子に嫉妬したように見えた。

「真梨、確かに不自然は不自然やねんけど、でも血はつながってるんやし。全く他人やないんやから、そこは気持ちを大きく持ってほしいのよ。」と叔母がとりなしても真梨の表情は和らがなかった。

「だって、その子1歳に成るかならないかでしょ?私と兄弟って変じゃないの!」と真梨がいうと、叔母が「それはそうやけど、パパの外の子っていうことで承知してほしいのよ。」と親子喧嘩が始まった。

「第一、相続で揉めるのが眼に見えてるじゃない!その子だって外の子って言われながら暮らすなんてかわいそうじゃない!」と真梨が言った。僕は、真梨が何を言いたいのかわかっていた。

「それはもちろん考慮する。聡一や聡の方からも何らかのものがあるはずだから真梨に迷惑をかけるようなことはしないよ。」と叔父は面食らいながら答えた。叔母は「真梨、情けない。いい加減にしなさい!」と怒った。

真梨は「情けないのはこっちよ。見損なわないでほしいわよ。普通に考えたらその子は私たちが育てたほうが自然じゃないの。ねえ、そうじゃない?」と真梨が僕の方を見た。

僕はこの時点で心が決まっていた。僕たちの二番目の子、絵梨の兄弟の椅子はこの子のために空けてあったような錯覚をした。真梨が相続やら何やかやとごねているのは、その子をどうしても自分の子にしたいからだった。

真梨は体の奥底でこの子こそが自分の二番目の子供だと感じているのだ。「僕もその方がいいと思います。もともと僕の弟の話なんですから。僕に異存があるわけないですよ。」と答えた。

真梨が「そうよ、もともと聡ちゃんのことなんだから、お兄ちゃんにも責任の一端はあるんだし。」というと、叔母も「そういえばそうやね。俊ちゃんにも責任の一端があるわけやし。育児は私も協力するし。」と答えた。

叔父は「ありがたいが、2、3日考えさせてくれ。」といって、「この話は、俊也には全く責任のない話だよ。わかってるのかな?2人とも」といった。僕も、なんでここで僕の責任の話になるのか不思議に思っていたところだった。それでも、この子を僕の家族として迎えたいと強く思っていた。

結局のところ叔父が真梨の提案が一番妥当だという結論を出した。今なら絵梨もあまり違和感なく弟を受け入れるだろうと思えた。それを考えると話は急いだほうがいいということになった。

継父は泣いて喜んでくれた。「パパ、僕、恩返し出来たら嬉しいよ。」と言うと、「ばかもん、恩なんかない!恩なんか言われたら悲しい。」と怒った。

その夜、聡一から家に電話があった。「迷惑かけて申し訳ない。色々な面で気をつけさせてもらう。ありがとう兄ちゃん。幸せにしたってくれ。頼む。本当に申し訳ない。」と泣いた。聡一にしてみれば第一子だ。可愛くないはずがなかった。

聡一は翌週には家に来て小切手を置いて行った。「これで、恩返しができるとは思ってない。今はこれが僕ができる全てなんや。」といった。真梨も僕も固辞したが頼むから受け取ってほしいということだった。子供の預金として預かった。


続く


家族の木 THE SECOND STORY 俊也と真梨  <16 不幸な子>

不幸な子

deer-3955031_1280[1].jpg

ある日継父が叔父の会社に来た。三崎専務に丁寧にあいさつして僕には目を合わせただけで何も言わなかった。珍しく深刻な顔をしているので少し心配になった。

その日継父は、社長室で叔父と2時間ぐらい話してそのまま帰っていった。継父が来ればたいていは三崎専務と僕を誘って食事に出た。酔って「俊也が、俊也が」と叔父を差し置いて父親ぶりを発揮した。それが今日は挨拶もそこそこに帰ったのを三崎専務も気にしていた。三崎専務が社長室へ資料を持っていくように指示をくれた。

僕が社長室に行くと叔父は難しい顔をして天井を見ていた。考え事をするときの癖だった。「何かありましたか?」と尋ねると、「うん、ちょっと複雑な話だ。今晩、家に来てくれないか?真梨も一緒に頼む。プライベートな話だ。」といった。

三崎専務には「親戚の問題みたいです。ご心配かけてすみません。」と断った。「そうか、大変だね。もし私で役に立つことがあれば言ってくれ。」と答えた。三崎専務は接待の時には面白くて豪快な営業マンだが普段、オフィスではマナーも頭もいいビジネスマンだった。

夜7時ごろに叔父の家に着いたときには、真梨と絵梨が来て待っていた。いつもなら叔母が大張り切りで夕飯を用意しているのだが、今日は近所の寿司屋からの出前が来ていた。

叔父は「まず飯だ。」と言って夕食を優先した。叔父の性格では用事が先で、それをすませてから食事にするのが普通だったが今日は違った。それだけ面倒な用事だと思った。

沈んだ雰囲気で食事が終わった。普段は叔母と絵梨の掛け合いでみんなが笑うのだが今日は叔母が冗談を飛ばすことは無かった。

食事が終わって絵梨が寝てしまってから話し合いが始まった。「養子をとろうと思うがどうか?」という唐突な話だった。養子にしようとしているのは大阪の聡一の息子らしい。

聡一は大手のデベロッパーに就職して地元の名士の娘と結婚していた。田原の家には住まずに大阪の中心部にあるマンションに住んでいた。いずれは田原の家に入るにしても一時的にはそういう暮らしがしてみたいということだ。特に珍しいこともない普通の結婚だった。

聡一の妻という人とは、たまに会うがおとなしい人であまり皆となじむことは無かった。しかし感じの悪い人ではなく気立てもいいようだ。聡一はその人を大切にしていた。ただ、引っ込み思案ということで、なかなか親戚に馴染み難いようだった。

聡一に家の外に女性がいたことを初めて知らされた。サラリーマン時代の後輩の女性らしい。聡一は彼女が妊娠していることを知らずに彼女と別れた。そして今の奥さんと結婚した。聡一の恋人は妊娠も出産も聡一に知らせなかったらしい。出産後、彼女の母親から知らされてはじめて知った。

女性は聡一の新妻の妊娠が分かった時期に出産した。子供は既に6カ月になるらしい。聡一は養育費や慰謝料などすべて用意して家庭の外の母子を支えていた。聡一は子供可愛さにその女性との縁が切れなかったのだ。

多分、子供の母親のことも好きだったのだろう。そのまま大学を卒業するまで援助するつもりだったらしい。聡一にしてみれば、その子こそ第一子だった。

ところが、その子供の母親が交通事故で亡くなってしまった。赤ん坊は一時的に母親の兄に引き取られたが見ていて幸福になれそうな気がしないという。聡一がなんとか田原の養子にしてほしいと頼み込んだそうだ。

考えてみれば図々しい話だ。自分が確実に目が届いて、絶対に信用ができる相手に、しかも絶対に断らないだろうと見込んだ申し込みだ。本来は聡一が育てるべき子供だ。

継父の悩みは聡一の妻が病弱だということだった。継父は「嫁さんが弱いんや。」と叔父に打ち明けた。「身体が弱いだけなら家政婦を雇えば解決できる。実は心も弱いんや。」というのが継父と聡一の悩みだった。

今もマタニティーブルーで悩んでいる。この上、外にできた子供を育てろ等ととても言えたものではない。継父の養子にしたとしても聡一の妻の心は乱れるだろう。

一番問題なのは無理して引き取っても、その子が幸福に育つような気がしないということだった。それは当たり前だ。自分の妊娠中に生まれた夫の愛人の子を愛せる妻はそういない。


続く


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