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古びた時計屋「時の迷宮」は、町外れの静かな路地にひっそりと佇んでいた。主人の老人は、無口で頑固な性格だが、その腕前は町中で評判だった。どんな壊れた時計でも、彼の手にかかれば、まるで魔法のように息を吹き返す。
ある日、一人の若い女性が店を訪れた。彼女は小さな懐中時計を差し出し、修理を依頼した。
「祖母の形見なんです。でも、ずっと動いていなくて……」
老人は時計を受け取り、重たい眼鏡越しにじっと観察した。それは不思議な時計だった。古びているのに、どこか不思議な輝きを放っている。
「これはただの時計じゃないな」
老人は呟き、慎重に作業を始めた。しかし、分解しても仕組みが全く理解できない。歯車やゼンマイの形状が、どの時代のどの国のものとも異なっていた。
翌日、女性が再び店を訪れた時、老人は彼女に告げた。
「修理はできん。だが……この時計には特別な力があるようだ」
そう言って時計を手渡そうとした瞬間、時計が突然明るく輝き、店内が眩しい光に包まれた。
次の瞬間、老人と女性は見知らぬ風景の中に立っていた。そこは草原が広がり、遠くに古代の城が見える不思議な場所だった。手にした時計はチクタクと動き始め、秒針がゆっくりと進むごとに、二人の前に道が現れる。
「これは……時間を旅する時計だ」老人は呟いた。
女性は驚きつつも、祖母の話を思い出した。「この時計は、一族の秘密を守るものだ」と。
二人は時計に導かれるように進み、次々と時代を超えていった。そこには、彼女の家族の歴史や失われた秘密が隠されていた。そして、最後にたどり着いた場所で、女性は初めて時計の本当の意味を知る。
それは、時間を超えて家族の絆を紡ぐための「橋」だったのだ。
時計が再び静止した時、二人は元の店に戻っていた。時計はもう動かない。ただ、女性の顔には新たな決意が宿っていた。
「ありがとう、おじいさん。この時計の意味を教えてくれて」
老人は静かにうなずき、彼女の背中を見送った。
時計はもう動かないが、彼女の心の中には新しい時間が流れ始めていた。