2012年08月03日
NHK大河ドラマ「平清盛」の崇徳上皇の終焉の地(その8)
NHK大河ドラマ「平清盛」の
崇徳上皇の終焉の地(その8)
保元の乱が終わり、崇徳上皇は流罪と決します。
その配流の地は、私が住んでいる香川県(讃岐の国)でした。
隣の市になりますが、坂出市に流されて来ました。
一番最初に上皇が上陸した松山津、生活なされた「雲井御所」と「木の丸殿」、崩御なされ埋葬された白峰寺の天皇陵、二条天皇が崇徳上皇の御霊を慰める為に建立した「白峯宮」までご案内致します。
約八年間の流罪生活の基盤を嫁ハンと共に訪ねる事にします。
嫁ハンと一緒に訪れた時は案内説明に一生懸命になって写真を撮って居ませんでした。
改めて訪れる機会を作って写真を撮影してきました。
さて都から派遣された勅使の検死と葬送の許可が出たので、崇徳上皇の玉体の葬列が埋葬の地と決まった五色台の白峰へ向かいます。
白峰の裾野へ葬送の列が辿り着いた頃、急に玉体を乗せた牛車が動かなくなってしまいました。
どうしても動かないので、暫くの間その地に留まることに・・・。
すると上皇の玉体を収めたお棺から血が滴って地面が血に染まっています。
その現象が済むと、再び牛車が動く状態になったそうです。
後の世にこの地に「血の宮」と云う神社が建立されました。
毎日暑いですので、この記事で少しは涼しくなりましたか?
多くの写真を掲載致しますので数回に渡ってUp致します。
この情報の続きは下記のページでご覧下さい。ブログで掲載している写真では案内板の文字が読めないと思います。
ホームページでは案内板の文字が読めるようにもっと大きな写真を載せています。↓
崇徳上皇ゆかりの地を巡って
崇徳上皇の終焉の地(その8)
保元の乱が終わり、崇徳上皇は流罪と決します。
その配流の地は、私が住んでいる香川県(讃岐の国)でした。
隣の市になりますが、坂出市に流されて来ました。
一番最初に上皇が上陸した松山津、生活なされた「雲井御所」と「木の丸殿」、崩御なされ埋葬された白峰寺の天皇陵、二条天皇が崇徳上皇の御霊を慰める為に建立した「白峯宮」までご案内致します。
約八年間の流罪生活の基盤を嫁ハンと共に訪ねる事にします。
嫁ハンと一緒に訪れた時は案内説明に一生懸命になって写真を撮って居ませんでした。
改めて訪れる機会を作って写真を撮影してきました。
さて都から派遣された勅使の検死と葬送の許可が出たので、崇徳上皇の玉体の葬列が埋葬の地と決まった五色台の白峰へ向かいます。
白峰の裾野へ葬送の列が辿り着いた頃、急に玉体を乗せた牛車が動かなくなってしまいました。
どうしても動かないので、暫くの間その地に留まることに・・・。
すると上皇の玉体を収めたお棺から血が滴って地面が血に染まっています。
その現象が済むと、再び牛車が動く状態になったそうです。
後の世にこの地に「血の宮」と云う神社が建立されました。
毎日暑いですので、この記事で少しは涼しくなりましたか?
多くの写真を掲載致しますので数回に渡ってUp致します。
この情報の続きは下記のページでご覧下さい。ブログで掲載している写真では案内板の文字が読めないと思います。
ホームページでは案内板の文字が読めるようにもっと大きな写真を載せています。↓
崇徳上皇ゆかりの地を巡って
【崇徳上皇ゆかりの地を巡っての最新記事】
投稿者:亀山 築城 (かめやま ちくせい)|10:44|崇徳上皇ゆかりの地を巡って
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