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2015年07月15日
1945年ドイツ難民キャンプの子ども達
(2017_11_23)
下記ドイツの子供たちとよく似た日本の子供たちの写真を見ました。同時代の敗戦国同士極めてよく似ていると思いました。貧しく素朴でいたいけなくて、子供に何の罪があったのかと思います。
いずれも可愛いドイツの子ども達です。1945年の施設の風景なので、この1枚の写真だけで多くを想像してしまいます。何歳くらいでしょうか。3歳から5歳くらいだと思います。お父さんの姿を覚えている子は少ないと思います。ここにいる所を見ると、お母さんとは生き別れか死に分かれかもしれません。戦火の中で、恐ろしくも貧しい月日を送ってきたに違いないと思います。
左の女児はおしゃまさんに見えます。この子によく似た日本人の女の子を知っています。この写真のドイツの女児を見ると彼女を思い出します。貧しい辛い環境の中でも、けなげに生きて、楽しさを見出していくような女の子でした。右の男子はまだ坊やという感じです。
右から3番目の女児は言うに言えないような恐怖を味わったような顔に見えます。よく見ると、顔に何か火傷したような形跡を伺う事が出来ます。元々は綺麗なドイツの女児の顔が、あまりに悲惨な出来事に遭遇したのでしょう。
左から2番目の男子は寂しそうです。物心ついた時から何も良い事が無くて、毎日腹をすかせて過ごしていたのだと思います。それでも、彼より10歳年上の少年に比べれば良い方です。当時のベルリン・ドイツの青少年は、ユーゲントに入れられて武器を持たされてソ連兵と戦って死んでいったのです。それを拒否するとSSから吊し上げられて縛り首でさらされます。
窓ガラスは割れていて、夜も寒い目をしていたのでしょう。こういう子ども達を苦しめた時代でした。皆、何も嬉しい事が無く、寂しい苦しい嫌な事ばかりだという顔に見えます。貧しかっただろうけど、写真を見るだけでも可愛く、こういう子ども達と遊びたいと思います。他所の国の赤の他人が思うくらいですから、両親は彼らをどれだけ愛していただろうかと思います。
この子達は何も知らずに、大人たちの間違いによって、不幸のどん底に貶められます。大戦が終了すると、それまで占領地から搾取して成り立っていたドイツ経済が破綻して、自給出来なくなってしまいます。それまで搾取していた軍人や役人は消え失せ、食料や物資を運んでいた人員も消え失せて何もかもドイツから消え去ります。占領地の搾取されていた民族の生活が敗戦ドイツの人々を覆っていきます。
しかし、これから17年後、彼らが20歳になる頃は1966年で、ドイツは経済発展してくる頃で、その後は元気に暮らしていただろうと推測します。
戦後ドイツで検索すると、他に下記のような物が見つかります。終戦で一変したドイツを生きた少年少女達です。
下の画像は「ベルリン1945」の表紙です。本当に、この時代に生きた児童は皆けなげに見えます。食べる物も無く、父親はほとんど捕虜になって不在で、肉親と言えば祖父母や叔父・叔母がほとんどだったようです。想像すればするほど、涙を誘われます。 | undefined |