2024年02月23日
蛍の光
これは単なる親バカってお話じゃないと思うんですが。
娘がおりまして、その昔まだ歩き始めた頃、よく口にしていたのが
「まみー、でーん」
でした。
私ら夫婦は初め何のことだかわかりませんでした。でもあとから考え付いたのは、
恐らく娘はテレビでマラソンを見たのでしょう。歩き始めた娘にとって、走るというのが興味深かったのか、
走る → マラソン → まみー
で、だけど自分は走り出すとすぐに転んでしまうから、でーん。
やがて十数年が経ち、家族で札幌へ移住することになります。
あのとき娘は高校3年生になるところでした。そして大学を目指していました。
私たち夫婦はどこか札幌の高校に編入することを考えたのですが、娘は拒みます。新たな友人関係を作るのが大変だからと。
札幌へ来る前に住んでいたのは小さな田舎町でした。田舎町は妻の実家があり母(義母)が健在です。まさに「健在」というのがピッタリな母なんです。
娘は高校3年の1年間、実家で預かってもらうことになりました。
しかし
娘の性格からすると、義母は仲良くできるタイプではありません。それは感じていました。
娘にとってどこか究極の選択でもあったのでしょう。札幌の高校へ編入か、義母との同居か。
義母はとても倹約家なんです。北海道の冬はストーブが欠かせません。ストーブは目標温度が設定できるようになっていますね。快適な室温というのはせめて24℃以上と思います。ですが義母は22℃に設定し、自らストーブに張り付いて暖を取ります。
娘は?
暖房のない2階で受験勉強をしたそうです。
北海道の真冬に暖房のない部屋。
私が今住んでいるのは鉄筋コンクリート造りのマンションです。隣の部屋に暖房を入れなければ14℃くらいです。とても寒い。でもそれが木造だったら、いったい室温は何度だったのでしょう。
娘はそんな中、受験勉強をしたんですね。
思うと、いつも唱歌「蛍の光」が思い浮かんできます。
さらに田舎町には学習塾がありません。独学といって良いでしょう。
それでも公立の大学へ進学できた娘を私は文句なく、えらいと思うし、すごいと思っています。
彼女の人生はマラソンなんです。コツコツと。
そんな娘は再来月、母になるようです。
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