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2024年09月13日

社会学の観点から文学をマクロに考えるー自然や文化の観察者としての作家について11

◆場面2 炬燵話

私が君に山上の冬を待受けることのいかに恐るべきかを話した。しかしその長い寒い冬の季節が又、信濃に於ける最も趣の多い、最も楽しい時であることをも告げなければ成らぬ。A1 B2 C2 D1

それには先ず自分の身体のことを話そう。そうだ。この山国へ移り住んだ当時、土地慣れない私は風邪を引き易やすくて困った。こんなことで凌いで行かれるかと思う位だった。実際、人間の器官は生活に必要な程度に応じて発達すると言われるが、丁度私の身体にもそれに適したことが起って来た。次第に私は烈しい気候の刺激に抵抗し得るように成った。東京に居た頃から見ると、私は自分の皮膚が殊に丈夫に成ったことを感ずる。
A2 B1 C2 D1

私の肺は極く冷い山の空気を呼吸するに堪えられる。のみならず、私は春先まで枯葉の落ちないあの椚林を鳴らす寒い風の音を聞いたり、真白に霜の来た葱畠を眺めたりして、屋の外を歩き廻る度に、こういう地方に住むものでなければ知らないような、一種刺すような快感を覚えるように成った。A2 B1 C2 D1

草木までも、ここに成長するものは、柔い気候の中にあるものとは違って見える。多くの常磐樹の緑がここでは重く黒ずんで見えるのも、自然の消息を語っている。試みに君が武蔵野辺の緑を見た眼で、ここの礫地に繁茂する赤松の林なぞを望んだなら、色相の相違だけにも驚くであろう。A1 B1 C2 D2

ある朝、私は深い霧の中を学校の方へ出掛けたことが有った。五六町先は見えないほどの道を歩いて行くと、これから野面へ働きに行こうとする農夫、番小屋の側にションボリ立っている線路番人、霧に湿りながら貨物の車を押す中牛馬の男なぞに逢った。そして私は――私自身それを感ずるように――この人達の手なぞが真紅まっかに腫るほどの寒い朝でも、皆な見かけほど気候に臆してはいないということを知った。
A1 B1 C2 D1

花村嘉英(20202)「社会学の観点からマクロの文学を考察するー自然や文化の観察者としての作家について」より
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花村嘉英
花村嘉英(はなむら よしひさ) 1961年生まれ、立教大学大学院文学研究科博士後期課程(ドイツ語学専攻)在学中に渡独。 1989年からドイツ・チュービンゲン大学に留学し、同大大学院新文献学部博士課程でドイツ語学・言語学(意味論)を専攻。帰国後、技術文(ドイツ語、英語)の機械翻訳に従事する。 2009年より中国の大学で日本語を教える傍ら、比較言語学(ドイツ語、英語、中国語、日本語)、文体論、シナジー論、翻訳学の研究を進める。テーマは、データベースを作成するテキスト共生に基づいたマクロの文学分析である。 著書に「計算文学入門−Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」(新風舎:出版証明書付)、「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品−魯迅をシナジーで読む」(華東理工大学出版社)、「日本語教育のためのプログラム−中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで(日语教育计划书−面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用)」南京東南大学出版社、「从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲」華東理工大学出版社、「計算文学入門(改訂版)−シナジーのメタファーの原点を探る」(V2ソリューション)、「小説をシナジーで読む 魯迅から莫言へーシナジーのメタファーのために」(V2ソリューション)がある。 論文には「論理文法の基礎−主要部駆動句構造文法のドイツ語への適用」、「人文科学から見た技術文の翻訳技法」、「サピアの『言語』と魯迅の『阿Q正伝』−魯迅とカオス」などがある。 学術関連表彰 栄誉証書 文献学 南京農業大学(2017年)、大連外国語大学(2017年)
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