敬老の日だから
日頃の感謝の気持ちを再確認できて
「いつもありがとう」と言えるから
その気持ちを形にできる
贈り物は、どんなものでも
その気持ちが嬉しく、気持ちを受け取るものだ
「敬老の日」に抵抗を持つ人も多い
大人になるにつれて
年齢に関わることに敏感になって
特に自分の誕生日に関しては
「祝う歳でもないから」と言う人が
かなり多い
20代の人でさえ
「もう若くないしね」と誕生日に対して
抵抗している
まだ、人生始まったばかりと言うのに
そして
その「お祝いするような歳でもない」
という変な思い込みが
誕生日を迎えることはマイナスなこととして
多くの人が捉えてるような気もする
以前の話になるが
知り合いが
その日、誕生日だったことを知り
「お誕生日なんだね!おめでとう!」と言ったら
「お祝いするような歳じゃないから、めでたくないけどね」
と返された
なぜだろう
自分の誕生日がめでたくなければ
他にいったい何がめでたいのだろう
多くの知り合いから誕生日を祝ってもらえる
そんな幸せな人でさえ
笑いながら
「もうお祝いするような歳じゃないんだけどね〜」と
言っていた
本当にそう思ってるのだろうか
自分には知り合いはいないので
たくさんの「おめでとう」など言われることはない
自分の親にもスルーされるが
親の誕生日に「おめでとう」とメールした時は
「忘れてるかと思った」と返信が来た
私「今日は自分の誕生日だから、ちょっと贅沢に食事した」
親「そんなもったいない、誕生日祝う歳でもないでしょ」
そういう会話を思い出す
祝ってくれる気持ちが贈られたものなんだ
形になっていればなおさら
その形にすることを、自分を想って考えた
その気持ちが一番大切
「そんな歳じゃない!」って勝手に決めなくても
いいじゃん
贈ってもらえることに感謝しよう
ほんとに
祝ってくれる人がいるって幸せ
「めでたくない」なんて本気で思っているなら
寂しいよ
今日も良い日でありがとう
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