人と関わりたくないのは
嫌な思いをしたくないから
どれだけ自分は嫌な思いしてきたんだろうと
思うけれど
こんなだから仕方ない
小学校の頃は
担任の教師の嫌がらせで恥をかかされた
私はそう受け止めて傷つきました
今だったらクレームすれば大問題になるくらいの
出来事でした
相手が教師だったために幼い私は受け入れるしかなかった
嫌がらせした時のあの教師の顔は忘れない
教師というものを心の奥底で嫌いになるきっかけだろう
中学では、仲良しのふりしていた奴らから
仲間外れにされた
その時の自分はそのことについて
深刻になることはなく、毎日「いやだ」とは
思いながら
クラス替えまであと1か月だったからか
そこまで苦しまず、別に誰かとつるまなくても平気で
その仲間はずれが、一部の奴らだけだったことも幸いして
毎日、休むこともせず出席して
そいつらのことをこちらも無視してひとりで過ごした
クラス替えの発表で
無視した奴らの二人が同じクラスになったことは
奇遇なことだった
そいつらは勝手に無視すりゃいいと思った、無関心なのは
こちらのほうでした
私が思い悩むことなく、普通に登校して、そいつらの存在を
こちらも無視していたから
それ以上には広がらなかったのかもしれない
学年が上がっても、友達を作ろうとしなかったが
声かけてくれる人はいるものだと思った
でも、親友はいなかったし、要らない
なので今も友達はいない
そのころ重要視して悩んだり苦しんだりしていなかったが
心の中に教科書として刻まれて
人との関わりについて慎重に
すぐに信じることができない
最初から誰とも仲良くなろうとはしなくていい
そんなふうに生きてきたみたいだ
自分を無意識で守ってきたんだろうと思う
嫌な思いしないように
無理やり友達を作る意味なんかないんだろうと
無理してる時点で、それって要らないことなんだろうと
そんなふうに体得してきた
無理しなくても、自然に、信じることができた時
必要な人がそばにいるのだろう
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