2008年03月20日
猫姫の舞踏 18
ノアールたちはカインを先頭に大通りを進み、裏路地に続く細道の前で、カインが振り返る。
「こっち、こっち」
「え?」「そっち?」姉妹同時に、声をあげる。
通常は大通りの方が、旅人などの「一見の客」は多い。だから、大通りに旅人向けの店が構えられるのが普通であるし、街の事情にうとい旅人にとっても、そちらの方がありがたい。
逆に、裏路地にある店と言うのは街に長く住んでいる、いわゆる「固定客」向けであり、普通は旅人が利用することはおろか、発見することさえ難しい。ましてや、宿と言うのは旅人しか使わない。
この街に来たばかりのカインが裏路地の店を見つけられるとは、いや、そもそも裏路地に宿が存在するとは、到底ノアールたちには考えられなかった。
「本当にあるの?」
「ま、論より証拠。見てみた方が早いぜ」
カインに導かれるまま、ノアールたちは裏路地に入る。消えかけていたカインへの不信感が、ほんの少し浮き上がりかけたが――
「ども、大将!」
「ああ、どうもどうも。そちらの『猫』さんたちが、お連れさんで?」
「そーそー。じゃ、しばらくよろしくな」
どこをどう見ても、普通の宿だった。
カインはこの宿を簡単に、安く借りることができたからくりを説明してくれた。
「ま、この街は商売してるヤツが多い分、競争も厳しいわけだ。中には大通りで出し損ねて、仕方なく路地裏に店を出すトコもあるんだよ。たいてい、そんな店は旅の客には気付かれにくいし、なかなか客も入らない。
その分、お客を呼び込もうと苦労してるわけで――『いきなりだけど泊めてくれ』とか、『宿賃は安めにしてくれないか』とか、他のトコじゃ断られるようなことを頼んでも、ホイホイ呑んでくれるんだよ」
「へぇ〜……。カイン、すごーい」
ブランは尊敬のまなざしを、カインに向けている。
「ま、経験だよ、経験。……ま、俺も別の、似たような街で宿探ししてる時に偶然、このことに気付いたんだけどな」
ノアールもカインの手際のよさに感心していた。
「本当、手馴れたもんね。
……料理はうまいし、気さくで気も利く。ごろつきまがいのことしなきゃ、アンタいい料理屋や商人になれるのに。何で旅してるの?」
ノアールの素朴な疑問に、カインは笑って答える。
「ん、まあ、はは……。気楽、だしな、うん」
と、カインは急に真面目な顔になり、ノアールたちを見すえる。
「ノアールたちこそ、何で旅してるんだ? 雰囲気と言い、そのー、『魔眼』のことと言い、単なる物見遊山には見えねーんだけどな」
「……」「う……ん」
その質問に、ノアールもブランも、黙り込んでしまう。
「……あっ、いや、いいんだいいんだ。言いたくなきゃ、うん」
3人の間に、気まずい沈黙が流れる。そのまま5分も経った頃、ノアールがぽつり、ぽつりと口を開き始めた。
「……あんまり、詳しくは言いたくないの。私と、ブランの問題だから。
でも、お弁当と、宿を見つけてくれたお礼に――ちょっと、だけ。ちょっとだけ、話すわ」
(黄輪)