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2024年09月11日

強姦犯を愛した女の子?――林奕含(リン・イーハン)『房思h(ファン・スーチー)の初恋の楽園』

冒頭の比喩表現から凄い。

主人公の親友・劉怡婷(リュウ・イーティン)が、高級食材のナマコを便器の底のウンコに喩え、そのナマコを口に入れてから吐き出して「これってフェラチオみたい」と言う。
この描写だけで、意味も知らずにフェラチオという言葉を使うような年頃の少女に性行為を強要することのおぞましさが伝わってくる。

台湾で25万部突破! 台湾社会を震撼させた、実話にもとづく傑作長篇

著者は1991年生まれの女性作家。デビュー作である本書に「実話をもとにした小説である」と記したことから、著者の実体験なのではと大騒ぎとなった。刊行2か月後に著者が自殺。台湾社会を震撼させた。
文学好きな房思hと劉怡婷は高雄の高級マンションに暮らす幼なじみ。美しい房思hは、13歳のとき、下の階に住む憧れの五十代の国語教師に作文を見てあげると誘われ、部屋に行くと強姦される。異常な愛を強いられる関係から抜け出せなくなり、房思hの心身はしだいに壊れていく…。房思hが記した日記を見つけた劉怡婷は、5年に及ぶ愛と苦しみの日々の全貌を知り、ある決意をするが…。
一方、同じマンションの最上階の裕福な家庭に嫁いだ二十代の女性・伊紋の物語も同時に描かれる。伊紋は少女二人によく本を読んであげていた。だが実は夫からのDVに悩み、少女らに文学を語ることが救いとなっていたのだ。
人も羨む高級マンションの住民たちの実情を少女の純粋で繊細な感性によって捉えることで、社会全体の構造的な問題が浮かび上がってくる。過度な学歴社会、格差社会、権力主義の背後にある大人の偽善、隠蔽体質…。なぜ少女の心の声を大人が気づけなかったのか。文学の力とは何か。多くの問いを投げかける。(Amazon.com より引用)


作品情報

『房思h(ファン・スーチー)の初恋の楽園』

著者:林奕含(リン・イーハン)
訳者:泉京鹿
発行年月日:2019年11月5日
出版社:白水社

房思h(ファン・スーチー)の初恋の楽園




感想

訳者あとがきによれば、作者はこの作品を「『強姦犯を愛した女の子』の物語」だと語ったらしい。

…これは一体どういう意味だろう?

主人公・房思h(ファン・スーチー)は自分をレイプした李国華(リー・グォホァ)を本当に愛しているわけじゃない。
愛しているのだと必死に自分に言い聞かせているだけなのは第1章の日記から明らかだし、彼女自身、そんな自分に気づいているからこそ、その矛盾に耐えきれなくなって正気を失ってしまったのだと思うのです。
作者の意図が分からなくて混乱しています。

意外だったのが、作品内における台湾社会が性に関してかなり保守的だったこと。
台湾はすでに同性婚が合法化されているという話を聞いたことがあったので、てっきり性に関する社会の理解は日本より進んでいると思い込んでいたんですよね。

だから、思hと同じく李国華にレイプされた郭暁奇(グオ・シャオチィ)が被害を訴えたのに、誰も彼女の味方をしないということに愕然としました。
ネット上の赤の他人の心無い書き込みはまだしも、郭ママの一言が私にはあまりにも衝撃的で、しばらく固まってしまったほど。

 「人様の家庭を壊すようなことをするなんて。そんな娘はうちにはいないわ!」

このシーンを読んでいるとき、作品のテーマも状況も全然違うけど「14歳の母」というドラマを思い出しました。
確か主人公の妊娠が発覚したとき、母親が主人公に「(相手の男に)無理矢理されたんでしょ?」みたいなことを言うんですよね。

親なら無条件に、自分の子どもは被害者なんだと信じるものだと思っていました。
まして暁奇は紛れもなく被害者なんだし。
でも郭パパ&ママは加害者の親として李国華の妻に謝り続ける。

なんだかなあ…。
こんなに加害者に都合がいい社会なら、思hが性暴力を愛だと思い込んで自分の心を守ろうとしたのも当然だ。

物語のラストは、冒頭と同じくマンションの住人たちの豪華な食事シーンが描かれます。
李国華もその場にいて食事を楽しんでいて、円卓に並ぶ様々な料理の中には「一杯の蟹」。

…蟹の思h。

思hの発狂はどうやら、本の読み過ぎということで片付けられたらしい。
彼らは今後もきっと、思hやその他の少女たちの犠牲を無視し続け、輝かしく豊饒な日々を送っていくのでしょう。
あまりの不条理に怒りが湧き上がると同時に、じゃあ自分に何かできるだろうかと考えるとただただ心が重くなる。

正直なことを言うと、できることなら私は「世界にはマカロンと、ハンドドリップコーヒーと輸入文房具しかないと思い込」んで生きていたい。
私も思hを「世界の裏側」に追いやった一人ではないかという思いに打ちのめされています。


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張愛玲

傾城の恋/封鎖 (光文社古典新訳文庫 Aチ 3-1)




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