切り口が黒ずんで完全に崩れ、皿にはドロドロした汁が溜まっている。
これだけでもう吐きそう…。
なのに読後感は意外と悪くない。
とにかく文体が素晴らしかった!
村上龍のすべてはここから始まった!
文学の歴史を変えた衝撃のデビュー作が新装版で登場!解説・綿矢りさ
米軍基地の街・福生のハウスには、音楽に彩られながらドラッグとセックスと嬌声が満ちている。そんな退廃の日々の向こうには、空虚さを超えた希望がきらめく――。著者の原点であり、発表以来ベストセラーとして読み継がれてきた、永遠の文学の金字塔が新装版に! 〈群像新人賞、芥川賞受賞のデビュー作〉(Amazon.com より引用)
作品情報
『新装版 限りなく透明に近いブルー』
著者:村上龍
発行年月日:2009年4月15日
出版社:講談社
感想
解説で綿矢りささんが書いているように、主人公・リュウは本当に見てるだけ。
リュウの目を通して描かれるのはドラッグとセックスに溺れる若者たちの退廃の日常で、私たち読者からすれば過激で濃密な出来事。彼らが非行に走るきっかけを描いたりしていくらでもドラマチックにできそうなのに、作者はそうはしない。
あまりにも淡々と描かれるので、新幹線の窓からあっという間に過ぎていく風景をただ眺めているような気分でした。
退廃の日々
でも、語り手であるリュウの感情が抑えられているからこそ、彼らの世界の異常さが際立つんですよね。
リュウをはじめとする登場人物たちが抱える虚無感にも。
登場人物の心情についてはほとんど描かれていないのに、全員心の中では深く傷ついていて、でもどうすればいいのか分からずもがいている、というのがジリジリ伝わってくるので、読んでいてどんどん気分が沈んでいきました。
綿矢りささん曰く、一般的に人は「大人になれば見たくないものをわざわざ見る必要はないから目を背ける」もの。
リュウの恋人・リリーや他の仲間たちはこのタイプの人たちですよね。
私だってそうです。
対してリュウは、見たくないものも真っすぐ見てしまい、却って苦しむハメに陥る。
彼は現実逃避しながらも現在の空虚な状態から抜け出したいと思っていて、だからこそ「黒い鳥」を見る素質を持っているんだろうなと感じました。
「黒い鳥」とガラスの破片
ある時グリーンアイズという黒人男性がやってきて、リュウにこう言います。
いつか君にも黒い鳥が見えるさ、まだ見てないんだろう、君は、黒い鳥を見れるよ、そういう目をしてる、俺と同じさ(P63)
リュウの仲間たちはグリーンアイズを「狂ってる」と評し、「いつかグリーンアイズは下剤配ったからなあ」と言うわけですが、これってつまり、グリーンアイズはかつてはドラッグに溺れていたけれど、今は更正し(もしくは更生しようとしている最中)、リュウたちをドラッグまみれの日々から救おうとしてくれてる…という解釈で合ってますよね?
「黒い鳥」についてはいろいろな見方があると思いますが、私は、人が社会に対して抱く恐怖や不安の象徴なのかな〜と考えています。
本当は向き合って乗り越えるべき、自分の中にある負の感情。
リュウにもやがてそれが見えるようになり、今度は見えたが故に恐怖することになるけど、彼は苦しんだ末に、ブランデーのグラスの破片を腕に突き刺し、自分の中にいる黒い鳥を殺すことに成功しました。
この後のガラスの描写は本当に美しくて優しくて、一気に心が洗われた気がしました。
限りなく透明に近いブルーだ。僕は立ち上がり、自分のアパートに向かって歩きながら、このガラスみたいになりたいと思った。そして自分でこのなだらかな白い起伏を映してみたいと思った。僕自身に映った優しい起伏を他の人々にも見せたいと思った。(P157)
灰色の鳥
ラストにも鳥が出てきますが、この鳥はもうリュウを苦しめてきたあの黒い鳥じゃないんですよね。
僕は地面にしゃがみ、鳥を待った。
鳥が舞い降りてきて、暖い光がここまで届けば、長く延びた僕の影が灰色の鳥とパイナップルを包むだろう。(P157)
ん?灰色?
急に色変わってるじゃん!と思って数ページ戻ってみたら、P152に「いつも見る灰色でパン屑を啄む鳥」と書いてあるのを発見。
そうか。アパートに飛んでくるあの鳥、リュウがパイナップルを食べさせようとしたあの鳥は灰色だったのか。
P107まで戻ると、ちゃんと「僕は円い縁取りだけの鳥の目が好きだ。頭に冠のような赤い羽をもつ灰色の鳥」という記述があって震えましたね。
完全に読み飛ばしていました。反省…。
「灰色の鳥」にはどういう意味があるんだろうか。
真っ白なら平和の象徴だと思いますが…この作品で白といえば「白い起伏」。
優しさや希望を表す色が白だとすれば、灰色の鳥は、これまで負の感情が支配していた黒い心の中に、白い前向きな感情が広がりつつある心理状態を表しているのかな〜と考えました。
たとえ一度は不安に囚われたとしても、勇気を出して自分を見つめ直せば、その先には希望がきらめく世界が待っている!…かもしれない。
(正直「希望がきらめく」は言い過ぎな気がしますが、あらすじにそう書いてあるもんですから。)
読み始めたときは本気で吐き気を催すくらい不快感が強かったのに、読み終わると不思議と爽快感さえある。
私にとってはそんな作品でした。
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