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2024年11月15日

人間性とアンドロイド性――フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』

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虫を見つけたら問答無用で殺虫剤を振りかける私でさえ、プリスがクモの脚を切断するシーンには打ちのめされました。
イジドアと接することで、ひょっとしてアンドロイドたちにも思いやりの気持ちが芽生えるのかな?と思った矢先だっただけに。

第三次大戦後、放射能灰に汚された地球では生きた動物を持っているかどうかが地位の象徴になっていた。人工の電気羊しかもっていないリックは、本物の動物を手に入れるため、火星から逃亡してきた〈奴隷〉アンドロイド8人の首にかけられた莫大な懸賞金を狙って、決死の狩りをはじめた! 現代SFの旗手ディックが、斬新な着想と華麗な筆致をもちいて描きあげためくるめく白昼夢の世界!
リドリー・スコット監督の名作映画『ブレードランナー』原作。
35年の年を経て描かれる正統続篇『ブレードランナー2049』キャラクター原案。(Amazon.com より引用)


作品情報

『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』

著者:フィリップ・K・ディック
訳者:浅倉久志
発行年月日:1977年3月15日
出版社:早川書房

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))




感想


訳者あとがきで、後藤将之氏の論評が引用されていて、そこに

  人間もアンドロイドも、ともに、親切な場合もあれば、冷酷な場合もある。ディックが描こうとしたのは、すべての存在における人間性とアンドロイド性との相剋であって、それ以外のなにものでもない。

と書いてあるのを読んで、まさにその通りだなと感じました。

人間であるイジドアは逃亡アンドロイドに最初から親切だったけど、同じく人間であるレッシュは、死を目前にしたアンドロイドに本を読むわずかな時間さえ許さず殺してしまうくらい冷酷な人物として描かれています。

でも、全ての登場人物が「親切」と「冷酷」に二分されているわけではないですよね。

最初はアンドロイドや模造動物のことなんてただの機械としか思っていなかったリックが、次第にアンドロイドに同情を示すようなったり、感情移入できない存在として描かれていたレイチェルがリックに恋愛感情に似たものを抱くようになったり。

「親切」と「冷酷」、どちらも合わせ持つのが人間で、私たちは人間にもアンドロイドにも、ちょっとした要因でどちらにも成り得る存在なんだ、というのがこの作品の伝えたいことなのかなと思いました。
その上で人間性を保つには、慈悲の心を忘れずにいることが大事なんだろうと思います。月並みですが。


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2024年10月23日

「逃げてるだけ」なのか――松永K三蔵『バリ山行』

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山ですか?天保山なら登ったことありますよ。

第171回芥川賞受賞作。古くなった建外装修繕を専門とする新田テック建装に、内装リフォーム会社から転職して2年。会社の付き合いを極力避けてきた波多は同僚に誘われるまま六甲山登山に参加する。その後、社内登山グループは正式な登山部となり、波多も親睦を図る目的の気楽な活動をするようになっていたが、職人気質で職場で変人扱いされ孤立しているベテラン社員妻鹿があえて登山路を外れる難易度の高い登山「バリ山行」をしていることを知ると……。

「山は遊びですよ。遊びで死んだら意味ないじゃないですか! 本物の危機は山じゃないですよ。街ですよ! 生活ですよ。妻鹿さんはそれから逃げてるだけじゃないですか!」(本文より抜粋)

会社も人生も山あり谷あり、バリの達人と危険な道行き。圧倒的生の実感を求め、山と人生を重ねて瞑走する純文山岳小説。(Amazon.com より引用)


作品情報

『バリ山行』

著者:松永K三蔵
発行年月日:2024年7月25日
出版社:講談社

バリ山行




感想

『バリ山行』の「バリ」って、昔流行った「バリうざい」「バリかっこいい」とかの「バリ」だと思ってました。
実際には「バリエーションルート」の略で、通常の登山道ではないルートのこと。
当然、整備されたルートではないから、大けがや遭難に繋がりかねない危険なルートで、マナー違反だと非難されたりもする。主人公の職場の先輩・妻鹿(めが)は、そんなバリをやっているらしい。

主人公・波多は前職でリストラに遭い、なんとか転職したものの今の職場も存続が危うく、またもやリストラされるかもしれないという状況。しかも妻と幼い娘までいる。
私だったらプレッシャーでおかしくなりそう。

そんな波多が妻鹿と一緒にバリに出かけることになり、やはりというか、バリ初心者の波多は峪に落ちかけて死ぬ思いをすることになります。
死にかけた恐怖で頭がいっぱいの波多に対して、妻鹿が放った
「ね、感じるでしょ?波多くん」
「問答無用で生きるか死ぬか。まさに本物だよ。ひりつくような、そんな感覚。」

という言葉がきっかけになって、波多は
「そんなもの感じるわけないじゃないですか!死にかけたんですよ!」
と声を荒らげる。


  「山は遊びですよ。遊びで死んだら意味ないじゃないですか!本物の危機は山じゃないですよ。街ですよ!生活ですよ。妻鹿さんはそれから逃げてるだけじゃないですか!」(P128)


私、最初にこの箇所を読んだときは、波多の意見に反対だったんですよ。
妻鹿は別に逃げているわけじゃなくて、自然の大いなる力に魅せられ、また、困難なルートに挑戦することに喜びを感じているんだろう、と。

バリ登山については、物語の前半の方で

  「……でもね、ホントは山に道なんかないんですよ。昔の人はそうやってルートファインディング、もちろんそんな言葉もなかったけど、山に入って沢沿いとか尾根伝いに、歩けそうな径を探して歩いたんだよね。だからある意味でバリエーションっていうのが一番本来の山登りに近いのかもね。」(P37)

と言われていたこともあって妻鹿には開拓者というイメージを抱いていたし、さらに妻鹿は波多の仕事上のピンチを救ったくらい有能な人物だから、本当にリストラなんて怖くないんだろう、と。

なので波多の言ったことは単なる八つ当たりだと思ってたんですけど、最後の方で妻鹿が社長とひと悶着あって会社を辞めてしまったことが描かれて、やっぱり妻鹿は現実から逃げていただけなのかもしれないと考え直しました。
妻鹿は会社でまとめて申し込む資格試験を受けていたり、生活のために足掻いていたことが明らかになります。
それが分かってからは、妻鹿がバリに出るのは雄大な自然の中に身を置いて「生」を感じるため、というよりむしろ「死んでも構わない」「どうにでもなれ」という自暴自棄に近い思いがあったからなのかな〜と思うようになりました。…アルコールやクスリに依存するような感じ?

一方で、藤木常務から受け継いだボロボロのノートを片手に、ひとりで地道に客先を廻って営業活動をしている姿なんて、開拓者そのもの。
…と考えると、妻鹿がバリ=山に没頭するのは、生活=街に向き合うため?
そう言えば、人間は死を直視することで人生における重大な決断ができるようになる、的なことを昔の哲学者も言ってた気がする。(誰だっけ?)

ひょっとしたら、最初は現実逃避だったのかもしれないけど、山で本物の死を身近に感じるうちに現実の不安と向き合う勇気を得たのかもしれない。


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2024年09月30日

虚栄心と自尊心は別ものよ――ジェイン・オースティン『自負と偏見』

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エリザベス、リジー、イライザ…
これだけで十分ややこしいのに、ミス・エリザベスと呼ばれたかと思えばミス・ベネットと呼ばれたり。
呼び名の他に、親戚関係もこんがらがる。

登場人物表をつけてくれ〜!

恋心か打算か。幸福な結婚とは?軽妙なストーリーに織り交ぜられた普遍の真理。
永遠の名作、待望の新訳!解説・桐野夏生。

イギリスの静かな田舎町ロングボーンの貸屋敷に、資産家ビングリーが引っ越してきた。ベネット家の長女ジェインとビングリーが惹かれ合う一方、次女エリザベスはビングリーの友人ダーシーの気位の高さに反感を抱く。気難しいダーシーは我知らず、エリザベスに惹かれつつあったのだが……。幸福な結婚に必要なのは、恋心か打算か。軽妙な物語(ストーリー)に、普遍の真理を織り交ぜる。(Amazon.com より引用)


作品情報

『自負と偏見』

著者:ジェイン・オースティン
訳者:小山太一
発行年月日:2014年7月1日
出版社:新潮社

自負と偏見 (新潮文庫)




感想

この作品を初めて読んだのは確か高校生のとき。
そのときは、家柄は大したことないけど綺麗で賢い女性が、一見傲慢だけど実は心優しいイケメン紳士に見初められ玉の輿に乗る…という少女漫画的な展開にときめいたりしたけど、今読むとストーリー自体にはそれほど惹かれなかったな。

それよりも、描写が生き生きしていて、登場人物の性格とか関係性が手に取るように分かる。
その表現の上手さに魅了されました。

冒頭のベネット夫妻の会話がまず見事ですもんね。
昔は、ミセス・ベネットの俗物ぶりを軽蔑し、ミスター・ベネットのウィットに富んだセリフを面白く読んでいましたが、改めて読むとミスター・ベネットの父親としての責任感の無さに腹が立つな。
ミセス・ベネットにとっては自分と娘たちの生活がかかってるから少しでも有利な結婚をさせようと必死なのに夫はどこ吹く風…ときたら、そりゃヒステリーも起こしたくなるってもんです。
人物紹介だけでなく、夫婦間で価値観が一致していないとこんなに不幸だぞ〜ということもこの会話に示されているように感じます。

この作品は脇役にもちゃんと個性があって、思いがけない動きをするから侮れません。

一番面白かったのが、ミスター・コリンズがエリザベスにポロポーズするシーン!
というか、その後のミセス・ベネットとのやり取りかな。

ミスター・コリンズは自分がフラれるわけがないと思い込んでいるから、エリザベスが何度拒絶しても、それは女性らしい恥じらいのせいだと都合よく解釈しますよね。
なのにミセス・ベネットに
 「あの子は馬鹿で頑固ですから、何が自分の得になるのか分かりませんの。でも、わたしが叱り飛ばして分からせますわ」
そう言われた途端、
 「もし彼女が本当に馬鹿で頑固なら、わたくしのような立場の人間にふさわしい相手とは申せませんよ」
と言ってあっさりプロポーズを取り下げるんですよ!?

なんとしても娘を結婚させたいミセス・ベネットの奮闘が空回りする面白いシーンですが、同時に、賢いエリザベスにできなかったことを思慮の浅いミセス・ベネットが一瞬でやってのけたという、なんとも皮肉なシーンでもあります。
あー、こういうことってあるよなあ…と妙にリアルでクスッと笑ってしまいました。


 「自尊心の持ちすぎというのは」と、平素から思索の深さを自慢にしているメアリーがおもむろに口を切る。「とてもよくある欠点だと思うの。たくさん本を読んで分かったんだけど、人間、誰しも自尊心にはすごく弱いものなのね。あることないこと理由をつけて自己満足しないでいる人なんて、数えるほどしかいないわけ。でも、虚栄心と自尊心は別ものよ。一緒くたにしてる人が多いけどね。虚栄なしで自尊心を持つことだってできるの。自尊心はわたしたちの自己評価から生まれるけど、虚栄心の源は、他人にどう思われたいかということなの」(P32)

なんて、偉そうに語っている張本人が虚栄心でいっぱい…という人間あるある。
こういう人間の愚かさをユーモアたっぷりに描いているから、私たちはこの作品に惹きつけられるんだな〜と思います。


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2024年09月19日

私は信頼されている――太宰治「走れメロス」(『走れメロス』収録)

本棚.jpg結婚式の日取りも決まってないのになんで御馳走を買ってるんだよ!とか、
歩いてないで今すぐ走れよ!とか、

国語の授業で「走れメロス」を習ったときは、そんなツッコミで盛り上ったな。

親友との約束を果たすためにメロスは走る-。信頼と友情を謳い上げる表題作ほか、生きることの意味を考え続けた著者の名作短編集。太宰入門にふさわしい1冊。(解説・池内輝雄/鑑賞・井坂洋子)(Amazon.com より引用)


作品情報

『走れメロス』

著者:太宰治
発行年月日:1999年5月25日
出版社:集英社

ヤング・スタンダード 走れメロス・おしゃれ童子 (集英社文庫 た 26-2)




収録作品

  • 燈籠
  • 満願
  • 富嶽百景
  • 葉桜と魔笛
  • 新樹の言葉
  • おしゃれ童子
  • 駈込み訴え
  • 走れメロス
  • 清貧譚
  • 待つ
  • 貧の意地
  • カチカチ山


感想

「カチカチ山」が読みたくなって買った本なんですけど、表題作の「走れメロス」って改めて読むとイイですね。
教科書に載っているくらいだから名作なのは当たり前なんですが、大人になってから読むと他者から「信頼されている」ことの重みがより分かるというか。

メロスはダメ人間

そもそもメロスって、怒りに任せて王様を殺しに行こうとして捕まったうえ本人の許可も得ずにセリヌンティウスを身代わりとして差し出すという、とんでもなく短絡的で自己中な男ですよね。
「きょうはぜひとも、あの王に、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って磔の台に上ってやる」なんて言っちゃって、ええカッコしいでもある。

この作品は、そんなダメ人間・メロスの成長物語なんだということがよく分かりました。

 メロスは、一生このままここにいたい、と思った。この佳い人たちと生涯暮らして行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものではない。ままならぬことである。メロスは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。(P140)

 妹たちは、きっと佳い夫婦になるだろう。私には、いま、なんの気がかりもないはずだ。まっすぐに王城に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要もない。ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気さを取り返し、好きな小歌をいい声で歌い出した。(P142)

昔はこんなメロスに対して、なんて能天気なヤツ!これのどこが勇者なんだ!と腹が立ったのですが、この作品は別にメロスを正義の人として肯定してるわけじゃないでんですよね。
彼は「私は、今宵、殺される。殺されるために走るのだ」と分かっている。
分かっているからこそ、無意識のうちに王城への到着を遅らせているんですよね。本当は死にたくないから現実逃避しているだけ。

それでもメロスは濁流を泳ぎ切り、山賊を三人も打ち倒して王城へ向かうわけですが、疲労のあまり「もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな不貞腐れた根性」が心の中に現れ、ついには「ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか」とまで考えてしまう。
このときのメロスは自分を正当化してみたり開き直ってみたり、友人の命よりも自分の名誉を気にしていたり。

こうやって読み直すとメロスの、というか人の心の弱さがよく描かれていて面白いな〜と思います。
我が身を振り返ってみても思い当たる節が多々あってアイタタタ…って感じ。

メロスが走る理由

一時はセリヌンティウスを裏切りかけたメロスですが、この後、泉の水を飲んで立ち直ります。

 私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいいことは言っておられぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ!メロス。(P147, 148)

 「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいもののために走っているのだ。ついて来い!フィロストラトス。」(P150)

「私は信頼されている」からメロスは走る。
彼を支えているのは、もはや自分の名誉ではなく、ただセリヌンティウスの信頼に応えることだけ。
自分を信じて、命さえ預けてくれる友人にふさわしい自分でいるために。

もしメロスが誘惑に負けて走るのを止めてしまったら、友人の「信頼」を裏切ってしまった自分に劣等感を抱いて生き続けることになる。
つまり、自分の心の弱さに打ち克つこと=友人に恥じない自分でいることが「もっと恐ろしく大きいもの」なのかな、と感じました。

大人になった今なら、困難な状況下で「私は信頼されている」と実感することのプレッシャーや、そこから逃げ出したくなる気持ちも理解できるから、たとえ一度挫けたとしても再び走り出したメロスは立派だと思います。

万歳、王様万歳。

死ぬために走り続けたメロスは間一髪で王城にたどり着き、処刑を免れたばかりか、王様に「信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか」とまで言わせる。

私、ここからの展開がご都合主義的でイヤだったんですよ。
いくらメロスが約束を守って戻ってきたからって、何人も殺してきた暴君が簡単に改心するなんて納得いかないじゃないですか。

でも、これって単に約束が果たされたからというだけじゃなかったんですよね。
一番の理由は、きっとメロスとセリヌンティウスがお互いに、相手を裏切ろうとしたり疑ったりしたことを正直に認めたから。
王様は決して二人の友情に感動してあっさり改心したわけじゃなくて、これまでずっと向き合うのが恐くて見ないふりをしていただけで、自分の心の弱い部分に気づいていたし克服したいとも悩んでいたんだろうというふうに想像できました。

最後の緋のマントの意味は未だによく分からなくていろいろ調べてみたんですけど、一番しっくりきたのは照れ隠し説かな。
「万歳、王様万歳」で終わってしまったら、さすがにピュアすぎですもんね。


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古伝説と、シルレルの詩から。

シラー詩集 第1部


posted by 橘早苗 at 13:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 太宰治

2024年09月11日

強姦犯を愛した女の子?――林奕含(リン・イーハン)『房思h(ファン・スーチー)の初恋の楽園』

冒頭の比喩表現から凄い。

主人公の親友・劉怡婷(リュウ・イーティン)が、高級食材のナマコを便器の底のウンコに喩え、そのナマコを口に入れてから吐き出して「これってフェラチオみたい」と言う。
この描写だけで、意味も知らずにフェラチオという言葉を使うような年頃の少女に性行為を強要することのおぞましさが伝わってくる。

台湾で25万部突破! 台湾社会を震撼させた、実話にもとづく傑作長篇

著者は1991年生まれの女性作家。デビュー作である本書に「実話をもとにした小説である」と記したことから、著者の実体験なのではと大騒ぎとなった。刊行2か月後に著者が自殺。台湾社会を震撼させた。
文学好きな房思hと劉怡婷は高雄の高級マンションに暮らす幼なじみ。美しい房思hは、13歳のとき、下の階に住む憧れの五十代の国語教師に作文を見てあげると誘われ、部屋に行くと強姦される。異常な愛を強いられる関係から抜け出せなくなり、房思hの心身はしだいに壊れていく…。房思hが記した日記を見つけた劉怡婷は、5年に及ぶ愛と苦しみの日々の全貌を知り、ある決意をするが…。
一方、同じマンションの最上階の裕福な家庭に嫁いだ二十代の女性・伊紋の物語も同時に描かれる。伊紋は少女二人によく本を読んであげていた。だが実は夫からのDVに悩み、少女らに文学を語ることが救いとなっていたのだ。
人も羨む高級マンションの住民たちの実情を少女の純粋で繊細な感性によって捉えることで、社会全体の構造的な問題が浮かび上がってくる。過度な学歴社会、格差社会、権力主義の背後にある大人の偽善、隠蔽体質…。なぜ少女の心の声を大人が気づけなかったのか。文学の力とは何か。多くの問いを投げかける。(Amazon.com より引用)


作品情報

『房思h(ファン・スーチー)の初恋の楽園』

著者:林奕含(リン・イーハン)
訳者:泉京鹿
発行年月日:2019年11月5日
出版社:白水社

房思h(ファン・スーチー)の初恋の楽園




感想

訳者あとがきによれば、作者はこの作品を「『強姦犯を愛した女の子』の物語」だと語ったらしい。

…これは一体どういう意味だろう?

主人公・房思h(ファン・スーチー)は自分をレイプした李国華(リー・グォホァ)を本当に愛しているわけじゃない。
愛しているのだと必死に自分に言い聞かせているだけなのは第1章の日記から明らかだし、彼女自身、そんな自分に気づいているからこそ、その矛盾に耐えきれなくなって正気を失ってしまったのだと思うのです。
作者の意図が分からなくて混乱しています。

意外だったのが、作品内における台湾社会が性に関してかなり保守的だったこと。
台湾はすでに同性婚が合法化されているという話を聞いたことがあったので、てっきり性に関する社会の理解は日本より進んでいると思い込んでいたんですよね。

だから、思hと同じく李国華にレイプされた郭暁奇(グオ・シャオチィ)が被害を訴えたのに、誰も彼女の味方をしないということに愕然としました。
ネット上の赤の他人の心無い書き込みはまだしも、郭ママの一言が私にはあまりにも衝撃的で、しばらく固まってしまったほど。

 「人様の家庭を壊すようなことをするなんて。そんな娘はうちにはいないわ!」

このシーンを読んでいるとき、作品のテーマも状況も全然違うけど「14歳の母」というドラマを思い出しました。
確か主人公の妊娠が発覚したとき、母親が主人公に「(相手の男に)無理矢理されたんでしょ?」みたいなことを言うんですよね。

親なら無条件に、自分の子どもは被害者なんだと信じるものだと思っていました。
まして暁奇は紛れもなく被害者なんだし。
でも郭パパ&ママは加害者の親として李国華の妻に謝り続ける。

なんだかなあ…。
こんなに加害者に都合がいい社会なら、思hが性暴力を愛だと思い込んで自分の心を守ろうとしたのも当然だ。

物語のラストは、冒頭と同じくマンションの住人たちの豪華な食事シーンが描かれます。
李国華もその場にいて食事を楽しんでいて、円卓に並ぶ様々な料理の中には「一杯の蟹」。

…蟹の思h。

思hの発狂はどうやら、本の読み過ぎということで片付けられたらしい。
彼らは今後もきっと、思hやその他の少女たちの犠牲を無視し続け、輝かしく豊饒な日々を送っていくのでしょう。
あまりの不条理に怒りが湧き上がると同時に、じゃあ自分に何かできるだろうかと考えるとただただ心が重くなる。

正直なことを言うと、できることなら私は「世界にはマカロンと、ハンドドリップコーヒーと輸入文房具しかないと思い込」んで生きていたい。
私も思hを「世界の裏側」に追いやった一人ではないかという思いに打ちのめされています。


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2024年09月02日

灰色の鳥――村上龍『新装版 限りなく透明に近いブルー』

 僕の部屋は酸っぱい匂いで充ちている。テーブルの上にいつ切ったのか思い出せないパイナップルがあって、匂いはそこから出ていた。
 切り口が黒ずんで完全に崩れ、皿にはドロドロした汁が溜まっている。


これだけでもう吐きそう…。
なのに読後感は意外と悪くない。

とにかく文体が素晴らしかった!

村上龍のすべてはここから始まった!
文学の歴史を変えた衝撃のデビュー作が新装版で登場!解説・綿矢りさ

米軍基地の街・福生のハウスには、音楽に彩られながらドラッグとセックスと嬌声が満ちている。そんな退廃の日々の向こうには、空虚さを超えた希望がきらめく――。著者の原点であり、発表以来ベストセラーとして読み継がれてきた、永遠の文学の金字塔が新装版に! 〈群像新人賞、芥川賞受賞のデビュー作〉(Amazon.com より引用)


作品情報

『新装版 限りなく透明に近いブルー』

著者:村上龍
発行年月日:2009年4月15日
出版社:講談社

新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫 む 3-29)




感想

解説で綿矢りささんが書いているように、主人公・リュウは本当に見てるだけ。
リュウの目を通して描かれるのはドラッグとセックスに溺れる若者たちの退廃の日常で、私たち読者からすれば過激で濃密な出来事。彼らが非行に走るきっかけを描いたりしていくらでもドラマチックにできそうなのに、作者はそうはしない。
あまりにも淡々と描かれるので、新幹線の窓からあっという間に過ぎていく風景をただ眺めているような気分でした。

退廃の日々

でも、語り手であるリュウの感情が抑えられているからこそ、彼らの世界の異常さが際立つんですよね。
リュウをはじめとする登場人物たちが抱える虚無感にも。

登場人物の心情についてはほとんど描かれていないのに、全員心の中では深く傷ついていて、でもどうすればいいのか分からずもがいている、というのがジリジリ伝わってくるので、読んでいてどんどん気分が沈んでいきました。

綿矢りささん曰く、一般的に人は「大人になれば見たくないものをわざわざ見る必要はないから目を背ける」もの。
リュウの恋人・リリーや他の仲間たちはこのタイプの人たちですよね。
私だってそうです。

対してリュウは、見たくないものも真っすぐ見てしまい、却って苦しむハメに陥る。
彼は現実逃避しながらも現在の空虚な状態から抜け出したいと思っていて、だからこそ「黒い鳥」を見る素質を持っているんだろうなと感じました。

「黒い鳥」とガラスの破片

ある時グリーンアイズという黒人男性がやってきて、リュウにこう言います。

 いつか君にも黒い鳥が見えるさ、まだ見てないんだろう、君は、黒い鳥を見れるよ、そういう目をしてる、俺と同じさ(P63)

リュウの仲間たちはグリーンアイズを「狂ってる」と評し、「いつかグリーンアイズは下剤配ったからなあ」と言うわけですが、これってつまり、グリーンアイズはかつてはドラッグに溺れていたけれど、今は更正し(もしくは更生しようとしている最中)、リュウたちをドラッグまみれの日々から救おうとしてくれてる…という解釈で合ってますよね?

「黒い鳥」についてはいろいろな見方があると思いますが、私は、人が社会に対して抱く恐怖や不安の象徴なのかな〜と考えています。
本当は向き合って乗り越えるべき、自分の中にある負の感情。

リュウにもやがてそれが見えるようになり、今度は見えたが故に恐怖することになるけど、彼は苦しんだ末に、ブランデーのグラスの破片を腕に突き刺し、自分の中にいる黒い鳥を殺すことに成功しました。

この後のガラスの描写は本当に美しくて優しくて、一気に心が洗われた気がしました。

 限りなく透明に近いブルーだ。僕は立ち上がり、自分のアパートに向かって歩きながら、このガラスみたいになりたいと思った。そして自分でこのなだらかな白い起伏を映してみたいと思った。僕自身に映った優しい起伏を他の人々にも見せたいと思った。(P157)

灰色の鳥

ラストにも鳥が出てきますが、この鳥はもうリュウを苦しめてきたあの黒い鳥じゃないんですよね。

 僕は地面にしゃがみ、鳥を待った。
 鳥が舞い降りてきて、暖い光がここまで届けば、長く延びた僕の影が灰色の鳥とパイナップルを包むだろう。(P157)


ん?灰色?

急に色変わってるじゃん!と思って数ページ戻ってみたら、P152に「いつも見る灰色でパン屑を啄む鳥」と書いてあるのを発見。
そうか。アパートに飛んでくるあの鳥、リュウがパイナップルを食べさせようとしたあの鳥は灰色だったのか。

P107まで戻ると、ちゃんと「僕は円い縁取りだけの鳥の目が好きだ。頭に冠のような赤い羽をもつ灰色の鳥」という記述があって震えましたね。
完全に読み飛ばしていました。反省…。

「灰色の鳥」にはどういう意味があるんだろうか。
真っ白なら平和の象徴だと思いますが…この作品で白といえば「白い起伏」。
優しさや希望を表す色が白だとすれば、灰色の鳥は、これまで負の感情が支配していた黒い心の中に、白い前向きな感情が広がりつつある心理状態を表しているのかな〜と考えました。

たとえ一度は不安に囚われたとしても、勇気を出して自分を見つめ直せば、その先には希望がきらめく世界が待っている!…かもしれない。
(正直「希望がきらめく」は言い過ぎな気がしますが、あらすじにそう書いてあるもんですから。)

読み始めたときは本気で吐き気を催すくらい不快感が強かったのに、読み終わると不思議と爽快感さえある。
私にとってはそんな作品でした。


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posted by 橘早苗 at 18:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 村上龍

2024年08月23日

真実の愛? ―― ロレンス『完訳 チャタレイ夫人の恋人』

正直、多様性の時代を生きている身としては「性愛がそんなに大事か!?」と疑問を呈したいところだけど。
当時の女性や労働者階級の人たちが置かれていた状況を考えると、性の解放を通して魂の自由を描いたこの作品は画期的だったろうな〜と思います。

森番のメラーズによって情熱的な性を知ったクリフォード卿夫人――
現代の愛の不信を描いて、「チャタレイ裁判」で話題を呼んだ作品。

コンスタンスは炭鉱を所有する貴族クリフォード卿と結婚した。しかし夫が戦争で下半身不随となり、夫婦間に性の関係がなくなったため、次第に恐ろしい空虚感にさいなまれるようになる。そしてついに、散歩の途中で出会った森番メラーズと偶然に結ばれてしまう。それは肉体から始まった関係だったが、それゆえ真実の愛となった――。
現代の愛への強い不信と魂の真の解放を描いた問題作。(Amazon.com より引用)


作品情報

『完訳 チャタレイ夫人の恋人』

著者:D・H・ロレンス
訳者:伊藤整
補訳:伊藤礼
発行年月日:1996年11月30日
出版社:新潮社

完訳チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)




感想

作品の舞台は第一次大戦後のイギリス。

冒頭でも書きましたが、生殖目的以外の性行為がタブー視されていた当時のキリスト教社会において、愛を確かめ合うための性行為を真正面から描いたことの衝撃は大きかったでしょう。
性と生への賛美は、読んでいて確かにひしひしと感じました。
雨の森を裸で駆け回るシーンやアンダーヘアに花を挿すシーンなんて滑稽で苦笑いしてしまいますが、それでも生命力にあふれていて割と好きだったりします。

ただなあ…。

コニーとメラーズの間に真実の愛なんてありますか?

その点が引っかかって私の好みにはあまり合わない作品でした。

あらすじによると、二人は「肉体から始まった関係だったが、それゆえ真実の愛となった」らしい。

……本当か?

ただの性欲じゃないの?と思ってしまう私。
特にメラーズの方。

彼、元妻バーサ・クーツとの性生活をボロカスに言ってましたが、確か最初は彼女とのセックスにも満足していたんですよね?
もちろん浮気されたことへの怒りがあるからだろうけど、身体の相性が悪くなったからって一度は愛した女性のことを悪し様に語る男と真実の愛なんて育めるのか。

そりゃ今はコニーもメラーズも肉体的に満たされているから精神も幸福でいられるでしょう。
でも、もしどちらか一方でも性生活に不満を抱くことがあれば?
この作品ではやたらと精神を「空虚」だと言って批判していますが…甚だ疑問です。

興味深かったのは、コニーの方に自分の自由になる財産があること。
なんとなく戦前の日本の感覚で、女性の財産は夫のものだと思っていたので。
コニーがクリフォードに対して強気でいられるのも、結局のところ彼女に財産があるからですよね。
どうやら魂の真の解放にもお金は必要らしい。


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