サッカーW・Cも毎日、国の威信と意地を掛けた
必死の熱戦が続いています。
そんな中、きょうの新聞記事に同じ県内のある高校野球
選手権大会に出場した投手(当時)のことが書かれていました。
1998年8月、甲子園球場2回戦、山口・宇部商業 対 愛知・豊田大谷の
試合。延長戦15回裏 2対2 宇部商エース藤田投手の211球目の
投球に入ろうとしたとき、球審の手が挙がり「ボーク」の判定。
宇部商はサヨナラ負けを喫したのでした。
172cm、58キロという投手としては華奢な体つきの藤田投手。
それまで、淡々と投球を続けてきたがサヨナラのランナーが
ホームベースを踏んだとき「ああ、負けたんだ」と
とめどなく涙が溢れてきたそうです。
このボークの判定に多くの高校野球ファンからクレームが殺到して
反則を言い渡された藤田投手には多くの労わりの手紙が届いたそうです。
当時、この試合の球審は林さんという五輪でも野球審判員をされたという
ベテランの方です。
この林さんに抗議が殺到したそうです。
ボークではなくて「注意」に留めるべきだった・・
との意見が多かったようです。
当の藤田投手はその後、この球審のことをずっと気にかけていたとのこと。
「あの判定で僕の人生が180度変わってしまった・・と思い苦しんでいるのでは・・」
林球審は試合後に記者団に取り囲まれてボークの判定について
問い詰められるような質問が多くあったとのこと。
・・ ・・ ・・ ・・
昨年7月に阿久悠記念館(明治大学)の来場者記念企画で
藤田投手、林球審が招かれたのだそうです。
「元気でやってます。それだけを伝えたくて・・・」と藤田投手。
その言葉を受けた林球審の目からは涙が溢れた・・・
阿久悠さんは私の尊敬する作詞家です。
この人の感性、詩に載せる人の心・・・
決して真似のできない、天才肌の方だと今でも思っています。
当時、阿久悠さんが甲子園の熱戦をみて、敗者側の選手たちに
詩を書いていました。
1998年8月の あの試合・・も観戦していました。
「ゲームセットが告げられた瞬間の / はじめて崩れた
君の表情が / 忘られません」
また、今年も球児たちの夏が来る。
時代遅れ 河島英五さん
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